滅びの一歩

「さて、ここだな……」


 淀美と奉政は魔族達の勢力圏にあるとある岩山に来ていた。

 荒れ果てた岩山には、一見草木すら生えない死んだ土地であった。

 だが、彼女達はそこにとある目的のためにやって来ていた。


「ここにあるんだよな、例の場所っていうのは」

「ああ、地図によればそうだ」


 淀美の言葉に奉政が答える。

 奉政の手には地図があり、二人の目の前には洞窟が空いていた。


「ここが一番近い場所らしい。この魔族の勢力圏『ノーマンズランド』には複数の目的地があり、城から一番近いのがここになるようだ」

「なるほどな。それじゃあ、ここまでの道路整備も急がせないとな」


 そう言いながら二人は松明片手に洞窟に入っていく。洞窟には他に明かりがなかったが、二人はノスフェラトゥによって与えられた力の副次効果によって身体能力が向上していたため、松明の明かりだけで十分であり、暗闇をものともしなかった。


「しかし、ここまで必要なものが揃っていると、この死した場所として『ノーマンズランド』と名付けられたこの土地も悪くないものだな」

「そうだな。まあ、この世界の人間にはまだ価値が分からないモノだっていうのも大きいんだろうが……と、おっとこれは」


 と、そこで二人は立ち止まる。

 二人の進む道を、崩れた岩が塞いでいたからだ。


「ふむ、このままでは通れないな。……松永氏、どうだ?」


 奉政が淀美に聞く。淀美は周囲をぐるりと見回す。


「ふむ、広さは問題なし……周囲の岩壁も、もろくなったのはここだけで他は大丈夫そうだ。大丈夫、いけるよ。ちょっと待っててくれ」


 そういうと淀美は、松明を左手に持ち替え、右手の手のひらを上に向ける。

 すると、赤色の輝きが彼女の手元に集約したかと思うと、そこにとあるものが突如現れた。

 それは、ダイナマイトだった。


「よし……ちょっと離れてな」


 淀美に言われ奉政は後方へと後ずさる。

 一方で淀美は松明からダイナマイトの導火線に火をつけ、それを前方に放り投げた。

 そして彼女も離れる。そのすぐ後、ダイナマイトは轟音を鳴らしながら爆発し、岩の山を吹き飛ばした。


「ほら、どうよ!」

「見事だな」


 ニカっと笑う淀美に、奉政は無表情で答える。


「自分の脳内にあるものを何でも生み出し操れる『創造』の力……まったく、恐ろしさすら感じる」

「はは、それはどうも。でも、今はまだ手のひらサイズのものしか生み出せないけどね。力が成長すればより大きなモノも作れるらしいが。それに、単純なものならともかく複雑なものはより具体的なイメージがないと生み出せないから万能ってわけでもない。それになにより、作れるのは一個ずつで大量生産に向いてないから軍備を整えようがない」

「ふん、それでも君には十分なのだろう? 完全記憶能力によってあらゆる武器、兵器の設計図を記憶している“ガンスミスクイーン”の君になら」


 表情をほとんど変えずに歩き始めながら淡々と語る奉政。

 彼女ついていきながら、淀美はその言葉に少し照れくさいといった笑みを作る。


「いやはは……アタシのは別に完璧な完全記憶能力じゃないよ。どちらかというと、サヴァン症候群に近い。だって、武器意外の事に関しちゃ全然興味がないからね、アタシは。それこそ、人の命さえ、ね」

「他人の命に興味がないのは私も同じだ。気にすることではない」


 淀美の言葉にやはり冷静に返す奉政。

 そんな彼女の言葉に淀美は一瞬きょとんとしたが、すぐさま口を開けて笑う。


「ははっ! それもそうか! 自分の政治的目的のためなら他人の命を平気で奪ってきた政治家様だものな、あんたは! ははは! なんかへんな気分だよ! こうして同類とゆっくり話ができるなんて」

「勘違いはやめてほしい。他者の命に興味がない点では一緒だが同類ではない。なぜなら私の殺人は目的のための手段に過ぎないが、あなたは手段に意味を見出している。そこは大きな違いだよ松永氏」

「ふむ、なるほどねぇ。ま、確かにそうか」


 冷たい奉政の言葉に相変わらずにんまりとした表情で答える淀美。

 二人の様子はその殺人という内容とはかけ離れた、まるで日常会話をするかのような雰囲気であり、もし常人が見れば異常さを感じてしまうだろう。


「アタシの殺しはそれが武器の生まれた意味だからこその行為だからね。武器は人を殺すために作られる。なのに作っただけで人を殺さないなんて、存在意義を否定しているようなもんだ。だからアタシは武器で人を殺す。それが『自分が富むための手段』というあんたとは大きく異なるんだろうな」

「そうだな。故に私達は共通点こそあれど同種ではない。……まあ、常識から見れば人殺しという点では共通なのだろうがな」

「そらそうだ。ハハハ!」


 大声で笑う淀美。そして、笑った後に最後にポツリと付け足す。


「……まあ、富皇ほどじゃあないけどね」

「……そうだな。宇喜多氏は、私達のどちらとも違う、異質な存在だ」


 富皇の名前を出すと、二人は少し静かになった。そこには、話すまでもない共通認識というものが二人の間に存在しているようであった。


「……さて、ついたな」


 二人が会話をやめてすぐに、二人は広い空間に出た。

 そこは天井に穴が空いており、そこから光が差している空間だった。そして、光は大きな池を照らしていた。


「どうだ奉政? 目当てのものか?」


 池を見ながら淀美が聞く。それに、奉政が頷く。


「ああ、間違いない。私の力『鬼謀』が、これが硫酸の池であることを教えてくれている」


 そう、彼女達の目の前にあるのはただの池ではなかった。硫酸が池を作るほどに溜まっている池であり、そここそが、彼女達の目的の場所だったのだ。


「よし、これだけの硫酸があれば問題ないな。しかしそっちも便利だよな。ものの性質や本質をひと目見ただけで見抜けて、かつ自分の知識を他者に共有できる『鬼謀』の力は」

「ああ、この力があれば私達の計画をより容易にこなせるだろう。とはいえ、この力もまだまだ発展途上の力だ。より力を強めることにこしたことはない」

「そうだな……それじゃあ、この硫酸を外で待たせているスケルトン達に運ばせるか」


 スケルトンは彼女達がこの世界の事を知るに際し最初に知った労働力である。

 数が多く簡単に増えるため労働力、及び兵力として申し分ない存在なのだ。


「ああ。他に必要なものは揃っているのだろう?」

「もちろん。硝石が大量にある場所は既に発見済みだし、木が独特な形をしているけど森林もある。塩素やらカルシウムシアナミドっていう代物も、魔族の錬金術師であるデーモンアルケミストって連中が在庫をたくさん持ってたから、問題ない。あとは富皇が獣皮を確保してきてくれれば――」


 淀美はニヤリと笑う。その笑みは、これからが楽しみで仕方ないと言った、無邪気な笑みだった。


「作れるってわけさ。現代の武器の根幹たる、無煙火薬をね」

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