魔王の誕生
富皇、淀美、奉政の三人は赤いカーペットの敷かれた長い廊下を歩いていた。
先頭を歩くのはノスフェラトゥである。
彼女達は、ひとまず話を聞いてほしいと頼まれ、彼によって彼女達の目に映っていた城へと運ばれたのだ。
彼の描いた魔法陣により一瞬で、である。
更に到着後、彼女達のつけていた手錠を人差し指で壊したために三人はノスフェラトゥの言っていた魔族や魔王という言葉を信じるしかなかった。
「まったく……荒唐無稽な話だと言うのに、あんな体験をしてしまえば現実に目を向けなければいけなくなるな……」
「まったくだよ……ファンタジーはあんまり好きじゃないんだけどなぁ」
廊下を歩きながらそんな話をする淀美と奉政の二人。
一方で、富皇は一人だけ笑みを浮かべて言う。
「ま、いいじゃないの。おかげで絞首台からは逃れられたんだし。まさか、異世界へと飛ばされるなんて方法だとは思わなかったけれどね」
想定外の状況であるというのに、護送車の中と変わらない笑みを浮かべる富皇に淀美と奉政は顔を見合わせる。
そんな彼女達の方へは顔を向けず、ただ廊下を進んでいくノスフェラトゥ。
やがて、四人の前に大きな扉が現れる。カーペットと同じく赤く塗られた扉だ。
ノスフェラトゥがその扉を開けると、そこにあったのは玉座だった。
扉と向かい合うように置かれている、黒色の石でできた荘厳なモノであった。
さらにその玉座の左右には、同じく黒色の石で作られた、しかし正面の玉座よりは装飾の少ない二つの椅子が向かい合うように置かれていた。
「お三方、どうかこの椅子にお座りください」
「ふむ、ならそうさせてもらうわね」
三人は促されるまま椅子に座る。富皇が中央の椅子、淀美が扉から見て左側の椅子、奉政が右側の椅子に、である。三人が言われるがままに座ると、ノスフェラトゥは再び跪き、話し始める。
「突然のことで困惑しておられるでしょう。どうか突然あなた方を召喚した無礼をお許しください。しかし、これは我々魔族のために必要なことだったのです」
「魔族、ねぇ……ねぇ、まずそこから説明させてくれないかしら? この世界、そしてあなたたちの事を」
富皇がまったく臆せずにノスフェラトゥに言う。するとノスフェラトゥは「はっ!」と跪いたまま答えた。
「この世界は『リベゴッツ』と呼ばれています。この『リベゴッツ』は光より生まれし種族、人類と、闇より生まれし種族、魔族がいました。かつて人類と魔族はそれぞれ覇を競い合う間柄でしたが、それも今や昔の話。二〇〇年前に起きた一大戦争において魔族は大敗を喫し、この『ノーマンズランド』へと追いやられて緩やかに絶滅しつつあるのです」
「なるほど、見えてきたわ。それで、魔族をその絶滅から救いたいがために、あなたは異世界から私達を呼んだ、というわけね?」
「はい、その通りでございます」
ノスフェラトゥが頷く。しかし、その説明を受けてなお疑問を口にするものがいた。奉政だ。
「待て、ではなぜ私達なのだ? 私達は普通の人間なのだぞ? 異世界になら、もっと適した存在がいただろう」
「は、それも私にとっても意外なことでして……別の世界に存在する、できるだけ強大な悪意を呼び寄せるように魔術を行使したのですが……」
「強大な悪意……ふむ、なるほどねぇ。なら、それは間違ってないのかもね」
そう言ったのは淀美だった。その言葉に、ノスフェラトゥは驚いた顔をする。
「と、申しますと?」
「アタシ達は、アタシ達の世界でそれぞれ歴史に名を残すほどの悪事をやってのけて、それゆえに処刑されるところだったからさ。まずアタシは、ありとあらゆる武器を作り出してそれを売り捌き、かつ自らの手でも殺しをしてきた女だし、そこの奉政は、自分が甘い蜜を吸うためだけに人を闇に葬り去ってきた女。そして極めつけは富皇。彼女は、アタシ達の世界で、“人類史上最悪の殺人鬼”と呼ばれた程の女なのさ。つまり、呼び出す条件としちゃあピッタリだった、ってわけね」
「別に私は当然の事をしてきただけだと思うのだがね」
楽しそうに語る淀美に対し、奉政が言った。富皇は相変わらずニヤニヤと感情を読み取れない笑みを見せているだけだった。
「なるほど……!」
対して、ノスフェラトゥは納得を声と態度にあからさまに表す。
「故にあなた方が召喚されたのですね! それほどの悪意ならば、我らが魔王にふさわしいでしょう! ああ、後生でございます! どうか我らが魔王になってください! もはや、我らに道はないのです!」
「ふうむ……」
哀れになるほどに頼み込むノスフェラトゥに対して考え込むように顎をさする富皇。
同じように淀美を奉政も思案顔を見せる。
「いいわ、なってあげましょう」
が、すぐさま富皇はパァっと笑って答えた。
「な、本当によろしいのですか!? 我ながら、人間に頼んでも明るい返事は返ってこないと思っていたのですが……!?」
「あらそうなの? まあそれはそうよねぇ私達人間だし。でも、私達にはそれしか道がないのも確か。二人もそう思うでしょう?」
富皇が二人に言う。すると、淀美も奉政もコクリと頷いた。
「ああ、そうだな。アタシ達がここで断ったとして元の世界に返してもらえる保証はない。というか、そもそも返ったって待っているのは絞首刑だしね」
「それに、人間よりはるかに強大な力を持っているであろうあなたの申し出を断った場合、私達が生きていられるとも思えん。邪魔な人間は処分されるのがオチであろう」
「そ、それは……」
ノスフェラトゥが言い淀む。どうやら二人の言葉は当たらずとも遠からずといったようだった。
「それにね――」
更に、二人の言葉に富皇が付け加える。
「――人類を相手に絶滅をかけた戦いを挑むなんて、なんだかとっても面白いゲームになりそうじゃない」
満面の、笑みで。
「ああ、それ少し分かるな。アタシも、アタシの作り上げた武器がどんどんと戦争に使われていくなら、これほど嬉しいことはないしな」
「私は私が甘い蜜を吸えればなんだっていい……この世界では、魔王という立場のほうがそれはしやすそうだ」
「お、おお……!」
ノスフェラトゥはそんな彼女達の言葉に動揺と、ある種の感銘すら受けたようだった。
彼女達に、魔王に相応しい器を感じたのだ。そして、同時におぞましさすらも。
「素晴らしい……! あなた達は自らのためなら他者がどうなっても構わない、そんな魔族に相応しい思考を携えている! あなた達には、魔族の命運を任せる価値がある……!」
震えるように言うノスフェラトゥ。それほどに彼は彼女達の言葉、そして姿に感じ入るものがあるようだった。
「では、そんなあなた方に、私からもお力添えしましょう……。魔族の長に相応しき力の覚醒、そして装束を……!」
ノスフェラトゥがそう言うと、彼は彼女らに向かって右手を突き出す。すると、三人の足元に紫色の魔法陣が現れ、彼女達を包み込む。
そうすると、富皇達の姿は先程まで着ていた獄衣から一瞬で変わった。
富皇は髪色と同じ漆黒のドレスに。
淀美は紅の鎧に。
奉政は蒼のコートに、である。
三人は驚いて立ち上がる。更に、彼女達の変化はそれだけではなかった。彼女達は、自分の中から溢れんばかりの力が湧いてくるのを感じたのだ。
「これは……なるほど……」
「ふうん……」
「ほう……」
三人はそれぞれ自らのうちに宿った力を感じ、確かめているようだった。
「お三方が目覚められた力は不老長寿、そしてそれぞれ独自の力でございます。どのような力に目覚められたかは、私が口で説明するよりも皆様自身が理解していることでしょう」
「ええ、そうね」
ノスフェラトゥの言葉にそう答える富皇の目は、紫色に輝いていた。
同じように、淀美の目は紅く、奉政の目は蒼く輝いている。
「さて、それでは始めましょうか。魔族の立て直しを。そして、人類の絶滅を」
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