第21話

はじめに通された部屋へ戻ると、三年ふたり組はどちらが持ってきたのかスケッチブックを広げていた。


「何してるんですか?」


茂手木は卓に盆を起き、グラフをひとつ手にとりながら覗き込んだ。俺はそこに麦茶を注ぐ。


「ここだよ、ここ!」


香取先輩は顔を上げて教えてくれたが、ほとんど答えていないのと同じ情報量だった。


「このお寺の、見取り図をな。」


溜め息混じりで付け加えつつ甲本先輩も顔を上げた。


「掃除の分担をしようかと。

あと部屋数が多いから、慈円家が住まわれてる空間に迷い込まないようにと思ってね。」


「あぁ、ここが皆に泊まってもらう部屋だ。

甲本くん結構覚えてるね。」


慈円先輩の指差した紙面にはざっとした平面図が描かれつつあった。フリーハンドによる線画のラフ加減はともかく、部屋がどのように配置され何のための部屋なのか、例えば客間なのかプライベートな空間なのか、全体像がある程度は把握できるくらいには載っていた。見るに、ふたりがこの家に来たのは一度や二度ではなさそうだ。


「掃除する範囲はこの辺りまでかな。」


香取先輩がマドレーヌを片手にボールペンで図面を区切っていく。斜線で塗りつぶされつつある箇所は住居スペースの中でも個人の部屋らしく、だから除外という意味だろう。


「庭は結構大変だから、いいよ。暑いし。」


慈円先輩がある一ヶ所を指を移した。門から見てちょうど本堂の真裏に大きなスペースがあり、右手側は本堂から伸びる廊下、左手側は縦長で俺達のいた住居スペースにそれぞれ囲まれている。この図がどこまで正しいか分からなかったが、もしそうならかなり広範囲にわたる立派な庭だ。ご丁寧に花のような落書きが点々と描かれていた。三年のどちらかは俺と同レベルの画力であることが分かる。


「屋内でも俺達が立ち入れる場所は結局そう多くないですし。この時期の草むしりなんて、やってなんぼですからね。庭もぜひ。」


眼鏡を指で押し上げ、甲本先輩はにかっと笑った。確かに本堂の仏像はもちろん、隣接する収蔵庫なんか香取先輩でなくても手は出せない。元々この日は休暇でいなかったというだけで、普段は事務や掃除を担っている職員が通ってきているという。

危うい箇所は専門の方へお願いするとして、更に、住居方でも応接間やら客間やらくらいしか出番は無いだろう。屋内の三分の二はなんだかんだと斜線で埋まってしまった。


「じゃあ、無理の無い程度に、お願いします。」


「当然!連泊の恩をがんがん返していきますよ!じょあ持ち回りはじゃんけんで決めよう。」


またか。香取先輩が肩を回して準備体操を始めた。いい笑顔だ。

麦茶の減ったグラスに追加を注いでいた茂手木はそれに微笑み返したが、先輩、と呼び掛けた。


「調理班として僕達は買い出しに行きませんか。」


「えっ。」


え、という形で口を開きっぱなしにして、先輩は右手を掲げたまま停止した。

なるほど。慈円先輩宅の所蔵が貴重な物だと無事に判明したことだし、香取先輩の成人男性らしい振る舞いを疑う訳では無いが、危険の芽は摘んでおくに限る。


「確かに、分担するした方が効率良さそうですね。それに香取先輩、俺の料理の実力はご存知でしょう。」


「そんなキリッとした顔で言われてもな…。

まぁいいけど。そうしよう。安藤くんと章が掃除、茂手木くんと俺が買い出しね。」


不本意だが、俺の不器用さが役に立ち納得してもらえたようだ。


「じゃあ慈円さんも一緒にいこ。」


マドレーヌの包みを丁寧にたたみ、ごちそうさまでしたと両手を合わせながら香取先輩が何気なく言った。


「え、家主連れて行っちゃうんですか?」


「だって慈円さん一緒だと商店街の人達おまけしてくれんだもん。人手ほしいし。」


先輩を人手としてカウントするなとは思ったが、買い物は地元の人と行く方が効率が良さそうなことは俺でも分かる。


「ん。2人で十分だろ。」


甲本先輩はスケッチブックを閉じて、持ち寄った荷物をまとめて置いていた一角に立て掛けて頷いた。

そうか。

甲本先輩と二人きりになるのは初めてじゃないのか?

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