第16話

夢中でペンを走らせ、時折ふわふわと髪を揺らす。実に楽しそうだ。


「順調か?」


分かりきったことを聞いてみる。

茂手木を含めた創作サークルの面々は、秋の学祭に向けて準備中だ。


「んー、まぁね。合宿で決めてから、特に方向性は変えなかったし。」


窓の方に視線を向けた茂手木につられ、俺も外を眺めた。反射で映った二人の顔を昨晩の雨粒が濡らしている。日はまだ当分明けない季節だ。


「合宿ね…もはや少し懐かしいな。」


二、三度ペンを指先で回し、ゆっくり深呼吸してみる。

雨の後の草木が匂った。訳ではないが、合宿先の庭に一面広がる自然と空気が思い出された。持ち直したペンを走らせる。


「綺麗な庭だったよね。」


茂手木は乗り出して俺の手元を覗き込んできた。これが花だと分かってもらえて何よりだ。


「ずいぶん種類の多い植物が植わってたな。寺って、こう、わびさびみたいな、渋い色のイメージだけど。先輩のとこはカラフルだった。」


合宿先は慈円先輩の実家、つまり寺だった。

今の季節はどんな花が咲いているのだろう。

秋の草花を連想しかけた時、音を立ててハンバーグが運ばれてきた。香ばしい香りに思考が霧散する。ノートを閉じて皿を迎える姿勢をとると腹が鳴った。


「元気だね。」


肩を震わす向かいに構わず合掌。いただきます。

ナイフを入れると途端に鉄板から肉汁の弾ける音が広がる。静かな店内に響いたそれに慄いた。この段階で唇にチラとでも触れたら惨事だ。一口大をフォークに刺し、注意深く、注意深く息を吹きかける。

凝視してくる茂手木の視線に思わず二度見した。


「猫舌なんだよ。」


「いや知ってるけどさ。」


腹が減っているのに食らいつけない。どうせお前にこのジレンマは分かるまい。

ようやく口に運ぶと、ボソつきはあるものの鼻に抜ける肉々しい味わいとデミグラスの濃さが合っていてなかなか美味い。きっと数時間ぶりの活躍にシェフが腕によりをかけてくれたのだろう。マニュアル通りが結局おいしい。

食欲に拍車がかかり次の一口を切り分ける。再び鉄板が鳴った。


「その音で思い出したんだけど、お寺の蝉の鳴き声すごかったよね。」


肉の欠片が喉につかえ、思わずむせる。


「思い出すポイントが独特すぎるだろ。」


水をひっつかんで喉を落ち着かせながら、またあの夏の日に想いを馳せる。

確かに俺達の住むこの住宅地より増長した、けたたましいくらいの大合唱に暑さが助長された。しかし家中(寺中)心地よい風が吹き抜ける慈円家の構造のおかげか不思議と嫌な暑さでは無かった。各々が自分の作業に集中できる有意義な時間で、それは俺も同じだったのだが、そもそもサークルメンバーではなかったはずの俺が合宿に参加したことが今の俺を悩ませている。


「見てたらお腹空いてきたなぁ。」


切り分けた先からチーズが流れ出たのを見つめ、茂手木はメニュー表を手に取った。ねっとりとしたツヤと時間帯への罪悪感が普遍的なこの一皿をより魅力的に見せる。

再び呼び出しボタンが鳴った。


「いちごクリームパフェください。」


「俺は食後にチョコブラウニーのやつを。」


茂手木と店員から一斉に視線を向けられた。景気づけにこれくらい、いいだろ。

水を足して去った店員の背中を見送ると、茂手木はやや呆れた顔で言った。


「元気だね。」

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