第14話
たこ焼き。
オムキャベツ。
パンケーキ。
「で、どれがいいと思うよ。」
甲本先輩が身を乗り出して操作するデジカメを全員で覗き込んだ。
写真には調理過程や3品の出来上がりがしっかりと納められている。途中にキャベツと香取先輩のツーショットや茂手木のたどたどしいピースを挟みながらコマが進められた。隅の方でうなだれる俺の背中まで撮られていた。情けない猫背だ、勘弁してくれ。
「味のバリエーションをどれくらい作るかによるね。」
そう言って慈円先輩がコーヒーを啜りながらチラリとこちらを見た。
「安藤くんはどう思う?」
作ってもいないのに真っ先に聞かれて戸惑った。
「調理手順で一番効率が良さそうなのはやっぱりたこ焼きでしょうか。」
調理の流れを俯瞰的に見ることが出来たのは、壁から眺めていた副産物だ。一から作るとしても失敗が少なそうで、だからこそ模擬店・屋台の定番なのだろう。そのぶん他と被る可能性が非常に高い。
皿洗いしながら疑問に思ったことも聞こうとしたが、にっこりと首を横に振られてしまい口を閉じた。
「その辺は一旦置いてさ、安藤くんはどれが一番食べたい?」
「えぇ…?」
その視点では考えていなかった。更に戸惑ったが、確かに「店」として出すからには「食べたい」かどうかも重要な要素だ。どれも美味しかったから失念していた。
どれも美味しかったからこそ、単純に味で比較することが出来ない。しかし俺の一存で決まる訳じゃ無し、肩の力を抜いてぼんやり考えた。ぱっと最初に浮かんだものが、きっと一番食べたいものだ。
「パンケーキですかね。」
「そのこころは。」
なんだか妙な空気感で香取先輩が聞いてきた。
たこ焼きは外と中の触感がそれぞれ絶妙で、あの匂いにつられてくる客は多いだろう。俺もつられる。オムキャベツもシャキシャキ感が残り、春巻きみたいにロールされ食べやすく工夫されていた。食べ応えもある。
じゃあ何故その2つじゃなくパンケーキかと言われたら正直分からない。ふんわりと軽い舌触りなのか、少し甘じょっぱい生地なのか、色のあるトッピングなのか。
「理由ははっきり分からないですが、あのパンケーキ、また食べたいです。」
満足に言い表せなくて眉間に力が入ってしまった。そんな俺をよそに、先輩たちと茂手木の間に流れた緊張感のようなものが一気にほどかれた気がした。
テーブルに乗り出したまま更にうんと伸びをして、甲本先輩はカメラを引っ込めた。
「よし、じゃあきまりだな!」
何がどう決まったのか。
「今年の模擬店はパンケーキでいくぞ、したらば参考までに食後はここのパンケーキも注文しよう。ほうソフトクリームが乗ってるのか。」
「待て待て待ってください、他の意見は?俺より当事者メンバーのが重要でしょ。」
「みんなで話してたんだ。どうせ作る労力なんて大差ないんだし、明らかな失敗が無い限りどのメニューがいいかなんて決めかねるだろうから、じゃあ安藤くんに決めてもらおう!って。」
隣からメニューを奪いながら香取先輩が言った。
「初耳もいいとこなんですけど。」
「言ったら変な気を回すだろ。というより来ないだろ。」
「そりゃそうでしょうよ。重い。重いですよそんなん。」
「まぁいいじゃないか。パンケーキ、楽しみじゃないか。な、茂手木くん良かったな!」
捲し立てる甲本先輩と対照的に静かだった茂手木は、肩を叩かれて我に返ったように目をしばたたかせた。
「良かったね。」
その様子を見て慈円先輩も微笑んでいる。
茂手木の表情がやっと動き出し、嬉しそうな、本当に嬉しそうな顔で
「ありがとうございます。」
と言った。
どっこい俺は話の流れが掴みきれていない。置いていかれている気さえするほど周りと温度差のようなものを感じた。
何か俺の知らない事情に俺自身まだ巻き込まれているのではないか。さすがにそのまま進められるのは、なんか怖い。
眉間に皺が寄ったままの俺の顔を見て茂手木が白状した。
「実は、僕がサークルに所属することを家で反対されてね。」
あのふくふくとした笑顔の茂手木母が頭に浮かぶ。少し意外だった。茂手木父は知らないけど。
「講義が終われば真っ直ぐに帰って店を手伝うつもりだと思ってたみたいでさ。いや僕もそのつもりだったけど、ちょっと、やってみたくなったんだ。いろいろ。」
その「いろいろやってみたい」感覚は分かる気がした。
「そしたら条件がついた。」
「条件。」
「模擬店メニューに僕の案が選ばれればサークル、ダメなら店をって。」
なんだか飛躍してはいないか。
「創作メニュー、ってとこだね。そして見事に茂手木くんは勝ち取ったわけだ。」
こじつけにも感じたが、丸く収まったならよかった。これで晴れて茂手木もメンバーの一員というわけだ。めでたしめでたし。
「よし、じゃあお祝いに俺はステーキ定食にしようかな!もう腹ペコだぜ!」
それから宣言通りパンケーキも含めて食事を済ませ、決定した茂手木レシピの見直し点を話し合った。材料や価格など、運営委員に報告するまでに準備することはたくさんある。
小休止でドリンクバーへと席を立った先輩たちは複数のフレーバーをでたらめに混ぜ合わせ、大学生らしからぬはしゃぎっぷりで遊んでいた。その光景に目を向けたまま、茂手木に言った。
「学食で声をかけてきた時には、メニュー案を選ぶことが前提だったんだな。」
「ごめん。人手が無かったのは本当だよ。先輩方以外にメンバーがいないとメニューを選んでもらうどころの話じゃない。あのままだと母さんが選ぶところだったし。」
逃げる俺に向けられた、茂手木の情けない盛大な困り顔。合点がいった。
学食での自分の様子を思い出したのか、茂手木は照れたように苦笑した。
せっかく掴みかけた頼みの綱に逃げられたら、そりゃ必死にもなる。
先輩は言っていた。それぞれの事情で頑張りきれない人が集まったサークルだと。つまりそこまで目立たなければ知名度も低い。メンバーは増えない方が当然のように思えた。
「選ばれないとサークルに入れないと思ったら、いい案も浮かばなくなって悩んでたんだ。でも学食での安藤くんを見かけて。遠目だったけど昔と変わらず美味しそうに綺麗に食べてるのを見たら、もう選ばれなくてもなんでも、ああやって食べてもらえればそれでいいやって思っちゃって…」
さよけ。
面と向かっては言いづらかろうことを、茂手木は恥ずかし気も無く言う。
どこか面映ゆい空気を散らすために窓の外を見た。
「ファミレスの椅子って長く座ってるときついな。」
「お客さんの回転率を上げるために、わざと固めなのかもよ。」
「客の不快指数を利用した経営陣の呪いだな。」
くだらないことで笑ったのは久しぶりだった。
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