第13話

一通りの試食を終えると、「はい撤収!」と甲本先輩が両手を合わせた。模擬店に向けただけあって複雑すぎる調理工程は無いものの、いざ実践してみるとレシピに加えるべき点が次々と見つかり少し長居してしまった。


「各自、どのメニューがいいか考えながら作業してくれな。この後どこかで話し合おう。安藤君も来られるか?」


「行きます。」


このままではただ食べに来ただけの人になってしまう。洗い物が俺の出番だとすかさず動き出した。ご相伴に預かったのだ、片付けだって話し合いだって全力で参加させてもらおう。腕を捲った。

このとき拝借したのは茂手木家の皿だった。手を滑らせないよう慎重にすすぐ。

記憶にあるMOTEGIの皿と同様、はっきりした色使いと輪郭にぬくもりが感じられるものだった。青や緑など食欲を減退すると言われる色までもMOTEGIの料理を引き立てるから不思議だ。

ただ、模擬店では当然プラスチックや紙の容器が使われるだろう。試食した3品も見え方が変わることを考えなければ。俺は当日参加する訳じゃないけど。

食べ歩きなのだろうか、着席できるのだろうか。状況によって食べやすさが左右されるし確認するか。俺は当日参加する訳じゃないけど。

手を動かしていると考えがまとまりやすく、考えているとよく手も動く。皿はみるみるうちに洗い終わった。その皿を拭き上げていた茂手木が隣でぽつりと言った。


「どれも美味しかったね。」


そうなのだ。

どれも美味しくて、だから無意識に前向きな考えが混ざっていったのだろう。

どれか一つだけを選べていたら「これ!」で済んだが、それぞれに選ぶ理由があると絞り込むために色々と考えてしまう。ここにあらずな返事をした俺を横目に茂手木は静かに皿を持ち上げた。


「これ片してくるよ。」


大切そうに抱える姿を見て、そういえば昔は皿洗いを手伝っていたと聞いたことを思い出した。


「こっちの小皿、持っていくの手伝う。」


「ありがと、階段少し急だから気をつけて。」


厨房の奥から上がって二階が茂手木宅になっている。少し暗くて短い階段も懐かしかった。お邪魔したことあるな。



一階に戻ると先輩と、ついでに茂手木母は店側にいた。


「戻ってきたね。」


「お待たせしました!」


「よし、じゃあ行こう。無理を言ってすみませんでした。場所をお借りできて助かりました。」


甲本先輩が代表としてお礼を伝えると、肩を叩かんばかりの勢いで茂手木母が腕を振った。


「こんな時間だしまだ大丈夫だから!どれに決まるか楽しみにしてるからね。」


最後の一言は茂手木に向けられたようだった。


「これうちの焼き菓子、お土産に皆持ってって。」


「やった、ありがとうございまーす!」


例のトマトと卵のイラストが描かれたビニール袋を香取先輩が満面の笑顔で受け取った。


「歩ちゃんも、ご家族によろしくね!」


あ。


「・・・また近々うかがいます。」


先輩三人分の視線を一瞬で集めてしまい、笑顔が引き攣った。


「じ、じゃあ夕方には帰るから。先輩方、出ましょう。行きましょう。」


いったい一日に何回、茂手木に気を遣わせてしまうのか。


「はーい、行ってらっしゃい!」


何にも気付かず茂手木母に玄関ホールから送り出された。


「駅前のファミレスにでも行くか。」


「安藤君、来たことあったんだね、茂手木君ち!」


はい。


「やっぱり突っ込みますか。」


「まぁあんなに思いっきり愛称で呼ばれてたら、気になるよね。」


香取先輩が髪をほどきながら振り返った。


「ありますよ、何回か。十何回か。」


「めっちゃ来てんじゃん。」


「かなり前ですけどね。小学生くらいの頃です。香取先輩も来てたんですよね。」


「あぁ、うん。あの辺に音楽ホールあるじゃん。あれ親の会社のなんだよね。」


「へ、」


「ホールに行った帰りとかよく寄ったな。っていうか今もだけど。」


なんと。ルートが同じじゃないか。

いや違う、そこもそうだけど、そうじゃない。


「あそこのホール、なんていいましたっけ。」


「香取。」


そりゃそうなんだろうけども。


「そんな、名前、でしたっけ、」


「ほらあそこ。」


慈円先輩が高いところから指差した先にちょうどホールの頭の部分が見えている。遠くてぼやけるが、確かに流れるような筆記体でKATORIとある。


なんなんだ、このサークル??


寺の息子に、地元じゃ名の通ったレストランの息子、更には大企業の息子?

よくこんな狭いコミュニティに集まったもんだな。


「今、設定過多なサークルだなって思ったろ。」


香取先輩の声には、にやけた笑みが含まれていた。


「俺そんなに顔に出てます?」


「素直なことは非常に良いことだと思いますよ。」


いいこと、ではなく、よいこと、と発音した辺りに揶揄っている色は感じたが嫌みでは無かったようで安心した。

その横で甲本先輩は振り返らずに続けた。


「もともとは諸事情で部活ほどは頑張れないかもしれない人で集まった同好会みたいなものなんだ。俺は親が共働きだから弟たちの世話で時間がとりづらい。大した事情じゃないけど、このサークル内ならむしろ普通なのがマイノリティだ。まぁそれぞれだよ。」


普通か?

俺は自分の世話も満足に焼けていない気がして眉間に寄った皺をさすった。

一拍おいて、先輩はゆっくり言った。


「だから、お気軽に参加してくれていいぞ。」


言葉に詰まってしまった。

何故かはわからないが、返す言葉に困ったのだ。

瞬きする俺をよそに、先輩は数メートル先のファミレスを指差した。いつの間にか駅前まで戻ってきていたらしい。示し合わせ、店につながる階段を上がった。

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