第12話
「あれだよな。料理って、難しいよな!」
甲本先輩は元気よく俺の肩を叩いた。
「そう、ですね。」
他の3人が手を動かし続ける様子を見て、あぁやっぱり食堂のおばちゃんたちはすごいなと思っていた。
「ここまで出来ない奴らが紛れ込むと、いくら茂手木君がいても場が荒れるわ。さすがに。」
足を引っぱりまくり壁際に追いやられた俺たちを香取先輩が交互に見つめた。
「卵は割ったら殻入りだし。キャベツも千切りっつったのに極太で、ほとんどくっついてるし。」
「なんか、誕生日会の飾りつけみたいですよね!」
「それはフォローになってんの?」
茂手木の無邪気な一言に笑いをこらえていた香取先輩が耐えきれず吹き出した。
「いや章の腕前は知ってたけどさぁ!安藤君もなかなかだね。こんなに困り顔の慈円先輩、俺はじめて見るよ。」
口許は微笑んでいるが、確かに眉が浅い八の字だ。
「危ないから、火を使ってる時には近づいちゃダメだよ。」
「あ、・・・はい。」
小学生じゃないです、とは反論できない。その代わり決定的な理由が見つかったと思った。
「模擬店で役に立てそうな気がまるでしません。手伝う・手伝わないの問題じゃないです、不可です不可。」
「大丈夫だよ、昨年は甲本君だって販売してたんだし!」
慈円先輩が慰めるように言った。
確かに壊滅的な調理技術の先輩がどう過ごしていたのかは気になる。
当の本人は作業風景の撮影をしていて、もはや段階を違えていたが聞いてみた。
「昨年ってメニュー何だったんですか?」
「イチゴ牛乳。」
斬新かつかわいらしいチョイス。
「なんか、分からないですけど、作業工程が少なそうですね。」
なぜ今年はドリンクではないのか。心の声を察するように、先輩はにかっと笑った。
「安心しろ安藤君。注文をとり会計するという仕事がある。」
「いや、だから別に積極的に参加したい訳じゃないんですってば。・・・さすがに自分がここまで出来ないとは思っていなかったですけど。」
思えば調理実習では、ひたすら洗い物係だった。何年も細かく手先を使ってきたつもりでも、演奏とは使っている神経も筋肉も違うような感覚だ。
「意外だね、安藤君あんなに手先が器用に動くのに。」
いかん同じこと考えてるやつがいた。
「へぇそうなんだ。」
「そうなんですよ。安藤君、中高では」
「意外と言えば先輩方ですね。」
このまま茂手木に流れを持っていかれるとピアノの話題になりそうで、被せるようにして話題をずらした。別に隠したい訳ではないが、ここではない気がした。
特に気にする素振りは無く茂手木も頷いた。
「確かに甲本先輩の小説によく料理が出てきていたので、てっきり料理されるのがお好きなのかと思ってました。」
「もしかして昨年の部誌も読んでくれたの?えらいね。でもこいつ食べる専門だよ。キッチンに立って包丁を握ると、妹・弟たちが泣いて止めるほど。」
「それは、」
茂手木が笑顔のまま言葉を失った。どう返していいか分からない、という相槌で伝わってくる。
「じ、じゃああの調理工程の描写の細かさは理想とか想像とか、本当に好きの表れなんですね。」
切り抜けた。すごい。
「あぁ、あれは孝大に作ってもらって観察したり撮影してる。こっちは結構うまいんだ、料理。」
「もう一人暮らしも3年だから。バイトでもだいぶ鍛えられたし。」
実際、会話しながら香取先輩の手も止まってはおらず完成に近づきつつあった。そつなくこなす慣れた手つきは慈円先輩や茂手木に後れず流れるようで、じっと眺めてしまった。無駄の無い動きは見ていて気持ちがいい。
「なんとなく家事器用とは無縁な気がしてたんですけど、人は見かけによらないですよね。」
「安藤君もポロっと言うよね、本音を。」
「あれ?すみません。感動してたんですけど。」
呆けて見入っていたせいで口元が緩くなっていたようだ。思ったことがそのまま出てしまったらしい。
香取先輩は、まぁいいさ、と一笑した。
「あとは毎年恒例、慈円先輩宅での合宿でバリエーションを増やしてもらってる。」
「おぉー、それもすごいですね。」
今度はまっすぐに感動を表せていただろうか。もっとでかい感動を茂手木がまっすぐ投げかけた。
「合宿があることも嬉しいですけど、慈円先輩のご自宅で、やるんですか!?」
あ、そこだ。思わず聞き逃してしまったが、個人の自宅で合宿というのはなかなか聞かない。
「無駄に広いからね、うちの寺。」
「寺。」
寺?
「慈円先輩のお宅、お寺なんですか?」
「うん、そうだよ。旺華寺ってとこ。」
茂手木の感動が冷めやらない。
そういえばお寺の息子さんって初めて知り合ったな。
「静かで、とても集中できるんだ。」
思い出の方向へ目を向けるように視線を上げた甲本先輩がうっとりと溜め息をついた。そんな姿に香取先輩も苦笑いした。
「章ん家、みんな元気だもんな。
よし!出来た!」
赤・青・黄、3色の皿がならんだ。
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