第11話

土曜日。MOTEGIにて待ち合わせ。

俺は少し早めに向かい、一番乗りだった。


「あらあらあらあら歩ちゃん!?まぁまぁまぁまぁ!」


やっぱり記憶は間違っていなかった。そうだ、こんな感じだった。

茂手木母は穏やかな笑顔と裏腹にリアクションと声がいつでも大きく、店全体の雰囲気を活気で溢れさせていた。そんなところが俺の母親と相性が良かったのかもしれない。

俺を『歩ちゃん』と呼んでいた唯一だが、さすがに大学生ともなると気恥ずかしい。早めに来ておいて良かった。

事情知らぬ先輩方にこの様子を見られるのはもっと気恥ずかしい。


「ちょっと母さん・・・、歩くん困ってるよ。」


つられてるぞ、茂手木くん。君は一応まだ名字で頼む。


「お久しぶりです。」


これ以外の挨拶がまるで浮かばないため深々と会釈した。


「やだねぇ改まっちゃって!学食のケーキも食べてくれてるんだって?」


「あ、そうです。いつもお世話になっています。先日のチーズケーキも大変おいしくいただきました・・・!」


なんか変な言い回しではあったが、ようやく微笑み返すことが出来た。

店の奥からはオニオンスープの香りが漂ってきていた。キッチンから客席へと出る木製の扉が開け閉めされる。懐かしい音だ。テーブルや椅子のあたたかいこげ茶色も、木目の入り方まで懐かしい。最近はガラス越しに外から眺めるだけだったが、この光景はかなり憶えていたようだ。


「それにしても本当に久しぶりね!何年ぶりかな、5年、6年?・・・もっと?」


「あの、母さんさ!夕方の仕込みあるんじゃないの。」


「え?そりゃまぁそうですけど。」


「うん、はい、じゃあ厨房に戻って・・・!」


「はいはいはい。もう、少しくらい良いじゃないのよ、ねぇ?それじゃあ歩くん、ゆっくりしていって!」


はいはいはい、と茂手木が押し戻すように母上を扉の中へ連れて行った。この店のあたたかい雰囲気は、こうした家族のちょっとした空間感が作り出しているのだろう。

なんというのか、ほっこりした。相変わらずお元気そうで何よりだ。

くるりとこちらに戻ってきた茂手木の顔は少し赤い。


「その・・・、ごめんね。いつも母さんあの調子で。」


「いや、懐かしかったな。」


「あ、そう?憶えてる?やっぱり。」


「あぁ、もちろん。ケーキのことも一応は直接言えたし、会えてよかったよ。」


「そう言ってくれてよかったよ・・・。」


茂手木が軽くついた溜め息はドアベルの音にかき消された。


「こんにちはー!!」


鈴音が更にかき消えるような溌剌とした挨拶が店中のそこかしこに反射する。振り返ると、金髪を後ろに束ねた香取先輩が仁王立ちしていた。まだ髪色は変わっていない。

聞きつけた茂手木の母上が再び顔を出し、こだまのように声をかけた。


「あら、孝太くんこんにちはー!」


たった10メートルほどの距離に全身を使って腕を振る香取先輩の後ろには、甲本先輩と慈円先輩が続いていた。


「安藤君もう来てたのか。早いな。」


「どうも、こんにちは。」


甲本先輩はワイパーのように視界を往復する腕をうざったそうに叩き落とした。


「呼んだのはこっちなのに、悪いな待たせて。」


「いえ用事があったのでお構いなく。あの、先輩方は何度かここにいらしてるんですか?」


「え、いや俺は初めてだよ。先輩は?」


「俺も初めてかなぁ。」


慈円先輩は相変わらず朗らかな微笑みを浮かべた。


「どうして?」


「あー・・・、茂手木のお母さんは香取先輩のことを知っているようだったので・・・。」


母上の姿は既に無く、作業が再開されているだろう厨房へ視線を向けた。茂手木と香取先輩が何やらノートをひろげて話している。


「なんか、あいつは昔からたまに来てたらしいぞ。」


なんと。ニアミスしたこともあったのだろうか。


「おーい、そろそろはじめよー。」


先輩は金髪を揺らし、腕をまた大きく振った。確かにいくら準備中とはいえ出入口付近にいても仕方がない。


「はいはい。よっこら・・・」


大袈裟な掛け声とともにガサガサとビニールが音を立て、諸先輩方が荷物を持ち上げた。


「ひぃああぁぁ先輩方!ありがとうございましたそれは僕が持ちます!!」


茂手木が奇声を上げながら駆けてきた。もしやこれは。


「すいません買い出しお任せしてしまって本当にありがとうございました!」


やっっぱりか、全然気付かなかった。すいません気の付かない奴で・・・。

という万感を込めて俺も荷物を受け取ろうとした。


「いいんだよ。茂手木君が立派な場所を提供してくれたんだから、俺らが買い出し。そもそも買い出しじゃんけんで負けたのは甲本君なんだし。」


先輩、じゃんけん弱。


「あと、安藤君はお客さん。」


慈円先輩はものすごい朗らかな笑みで握りしめる荷物を全然離してくれない。


「や、あの・・・。」


茂手木はともかく諸先輩方が作る食べ物(が出来上がると信じたい)をただ漫然と待つことなど出来ようか。それはさすがに弁えてここに来ている。


「俺も手伝・・・わせてください。」 


「え!?模擬店!?」


あ。


「いえまずは本日の作業を!この場でひとり出てくるものを待つなんて無理です!」


もう無駄な足掻きではあるが、とりあえずはここを切り抜けさせていただきたい。

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