第10話

「二言はない!」


高らかに咳払いをして眼鏡先輩が立ち上がった。


「安藤君には自己紹介がまだだった。ついさっき代表になった甲本です。俺とそこの金髪は経営学部3年な。」


「はい、香取です!ごめん、来週には変える予定だから金髪で覚えないでね。」


会釈。


「そういえば慈円先輩はどちらの学部か僕もうかがってなかったですよね?」


意外に場を回す茂手木が正面に笑顔を向けた。聞きなれない名字だから逆に覚えやすい。


「僕は今、博士課程なんだ。」


「博士!」 


のんびりした答えを射抜くような素早さで反応した。当の本人はそれを微笑ましそうに見つめ返す。

穏やかな表情のまま目線をこちらに移した。


「慈しむに円満の円、で慈円です。在籍は人文科だよ。」


会釈。


「以上、茂手木君を含めた4人が創作サークルのメンバーだ。」


「・・・え?」


すく、


「そう、もともと少なかったんだけど、この春で一気に卒業しちゃってね。」


また顔に出たらしい。いやしかしこれは、誰でも同じ反応だったろう。

4人。高校の将棋部の方がもっといたぞ。でもあそこはな・・・皆の嫌われ者ちばけん先生が顧問になってから激減しただけだし、引き合いに出すのは失礼か。

そうじゃなくて。


「本題なんだけど、サークルのお手伝いってやつ。」


「あ、はい。」


「6月の半ばに学園祭があるんだけど、そこで俺ら出店だすんだ。」


そうか学園祭か。出店としか言わないから祭でもあるのかと思ったら、祭は祭でも行事か。


「秋に比べると小規模だけど、金のかかる部活とかサークルはここで稼いで活動に弾みをつけるんだ。」


「へぇ・・・。でも稼げるほど人来ます?」


「オープンキャンパスもやってるからな、この時期だとまだ親と学校まわってるのが多いだろ?」


「僕もこの時期に来ましたね。」


そういえば俺もこの時期に来校したんだった。選んだ理由は近かったってだけだけど。

なるほど、

来客側からすれば、学校そのものだけじゃなく普段の課外活動も体感できる。

開催側からすれば、祭的な雰囲気でお財布の紐が緩くなる学生同士や同行する親から罪悪感なく恵みを受けられる。確かにいい機会だ。


「さすがに模擬店営業を4人で回すのは無理があるからな・・・。で、人手が欲しいんだ。なにも入部しなくてもいい。当日とその前後数日に手を貸してくれるだけでもとても助かる。」


あれ。

これは引き受ける流れになっていないか。

とても、の部分で力を込めて目を覗き込まれた。


「えぇーとですね、」


「まかないなら出るぞ。」


まかないかぁ。


「俺、そんな食いしん坊に見えます?」


「今年はいとくんちの協力があるからね!」


微妙に話が噛み合わない。噛み合わないが、なに、『いとくんち』???

俺の記憶が正しければ、糸君、とは・・・。


「あ、うんそうなんだ。今年はうちが一緒に考えたメニューで出店をやることになってて。」


やっぱり君か、糸君。つまりMOTEGIのメニューを、大学の、模擬店で。


そんなん可能なのか?

「それを早く言ってほしかった。」


逆だこれ。

ものすごい乗り気に聞こえる返事を口に出してしまった。しかし俺の身体のような単純構造からすると、胃袋を掴まれたのは心を掴まれたと同義だ。

であるからして、もうかなり意思がブレ始めていた。


「今は最終的に残ったメニュー案について協議中。」


「そうだ安藤くんも試食してよ!明後日の放課後うちで試作するから。」


「確かに意見は多くあった方がいいね、客層からの視点という意味でも。」


「楽しみだねぇ、安藤君!」


なけなしの意地は前後左右に寄ってたかって揺さぶられ、引っこ抜かれる寸前まできた。


「あと・・・ケーキの感想は直接伝えてもらった方が母さんも喜ぶと思うんだ。」


ぬぅ。

今度は情に訴えようというのか。

いや茂手木に関してはそれは深読みな気がした。たかだか数時間しか話していないが( 昔はノーカウント )、そういう器用さは持ち合わせていないと思う。

なんかやたら澄んだ瞳向けてきてるし。

まったく。


経験上、ここまでくると断る方が労力を必要とすることがわかった。もういい、わかった。


「・・・まぁ、挨拶しないととは思ってたし。」


「お?」


「行くかい安藤君!」


「とりあえずは週末についてだけ・・・」


「おー!」


「行こうか安藤君!」


いざとなったらまた全力で走れば逃げられるんじゃないかな。うん、きっとそうだ。

などとこの時点では考えていた。自分の性格上それは無いのだが、甘い考えを捨てきれないのもまた俺である。

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