第9話

ひとまずサークルを紹介すると言う茂手木に連れられたのは、表から見ても裏から見てもボロいあの部室棟だった。

表から入ると、通路の左右に扉がズアァっと奥まで並んでいる。扉という扉、壁という壁を張り紙が埋め尽くす。入り口脇から上がれる階段も同様だ。


『来たれ新入メンバー!』


『春祭にて演奏会、14時より!!』


『毎週木曜活動中!!!』


『県人会だよ全員集合!!!!』


眺めながら階段を昇るが、情報量が多すぎて何も頭に入ってこない。


件のサークルは2階のどん詰まりに居を構えている。茂手木が律儀にノックした扉には、墨書で大きく『創作サークル』の文字。

書道なんて小学校の授業で書き初めた程度だから何ぞ分からんのだが、上手いな、と思った。

扉を開く重く鈍い高音に、棟の裏側にくっついた階段の不安強度を思い出す。

室内では、まさにその外階段で目撃した大興奮じゃんけんが繰り広げられていた。デジャヴ。

デジャヴというか、まんまその光景だった。昼間に緑道から見かけた男子学生たちだ。


「じゃーんけーん、ぽい!!!」


あいこ。


「・・・こんちは。先輩方、今は何を決めてるんですか?」


「「買い出し隊長!」」


茂手木、顔が引きつってる。

内情を知ってるこいつでもこの顔だ。それに輪をかけて圧される俺に気付くと、金髪先輩が声を上げた。


「ん、新入生!?」


「あ、や、違います。」


やべ、反射で答えてしまった。違わない。


「すいません、新入生ではあります。が入部希望ではありません。」


入部じゃなくて、入サークルかな。違うか、なんだ。

後半は茂手木に念押すつもりで訂正したが、それを聞いても金髪先輩は天真な笑顔を崩さなかった。


「おぉ、入学おめでとう!」


「あ・・・ありがとうございます。」


この春に一番かけられた言葉だが、この時のが一番まっすぐ、おめでとうがられた気がした。


「ひとまず春祭の手伝いをしてもらえないかと思って、来てもらっちゃいました。」


「え、手伝い要員ほんとに連れてきてくれたんだねぇ。ありがとう。」


窓際のソファに座っていたもう一人がのんびり立ち上がった。でかいな。190cm近くあるんじゃないか。


「まぁとにかく座ってよ。二人とも。」


ね、と金髪先輩とじゃんけんしていた眼鏡先輩に視線を送った。


「うん、よくやったな茂手木くん。上出来だ!」


真っ先に眼鏡先輩がどすんと腰掛け、隣らへんをぽふぽふ叩いた。茂手木といい、この春はいきなり隣に座るのが流行ってたのか?

茂手木と見合わせて、仕方なく眼鏡先輩の隣に「失礼します」と座った。

金髪先輩とのんびり先輩は色も形も異なる向かいのソファへ着席。


「それで、君の名前は?」


「安藤です。安藤、歩くと書いて、あゆむです。」


「安藤君は学部どこ?」


「文学部です。」


「おー茂手木君と同じ。それでか?」


「はい!中高も同じで、声かけました。」


「あ、そうなの?じゃあ仲いいんだ。」


「いいえ、まったく。」


茂手木が首だけでこちらを振り向いた。本当のことなんだから悲しそうな顔をするな。


「安藤君、なんて言われて連れてこられたの?」


「いや、サークルの手伝いとしか。」


「よくそれでついてきたね!」


「いろいろあったんで・・・。」


当社比、一日でいろいろ起こりすぎで思い出すとぐったりした。何故ついてきてしまったんだろうとか考えると帰りたくなったからやめた。


「手伝いっていうのは文化祭のことなんだけど、詳しいことはサークルの代表から説明しようね。」


のんびり先輩がバトンを渡すように眼鏡先輩を見た。


「・・・は!俺かぁ!?」


「そうだよ!昼に決めたじゃんか!」


金髪先輩が相変わらず弾けた笑い声を上げた。

もしかして外階段で見たじゃんけんバトルは代表決めだったのか。

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