パパラッチフィーバー⑯

side A

偽物はさらに話を続けた。

その後、公式が大荒れした事により、自分たちのしでかしたことの重大さにやっと気がついたが、もう引き返せなかったらしい。

更に、皆川とおれの公式ユニット発言で慌てると、本日それを否定するためのライブ中継を開いたそうだ。

あくまでも、ユニットはおれとLINで、と言う発表をするためだと言うから流石に呆れる。

おれはため息をつくと、カメラに向かってにっこりと微笑んだ。

「……と、いうわけでA’sとAshurAのファンの皆さん!安心してください。おれとLINは確かに親友ですが、各々のグループやユニットを解散する気は全くありません!」

「秋生の言う通りです。おれたちはAshurAであり、A’sである事に誇りを持っています。このメンバーでこれからも続けていきます!」

凛の言葉に次いで、おれは更に続けた。

「あと、skeleton headsのHI-RO!おれの許可なく勝手な投稿しやがって……おれはお前と組む気もないからな!」

おれの言葉に、心なしか綾斗の顔が緩んだような気がする。

「そんなわけで、AshurA公式ユーチューブの緊急生放送はとりあえずここまででお終いです!皆様、長らくお付き合いありがとうございました!」

そう言っておれたちが手を振ると、雄谷……AshurAのマネージャーが中継を終了する。

さあて、そろそろありすちゃんから鬼電がかかってくる頃だ。

おれは頭をかくと、綾斗を見る。

「怒られる時はおれも一緒に怒られるよ」

「当たり前だ。共犯だからな!」

すると、間もなくおれのスマホがけたたましく鳴り出す。

相手はもちろんありすちゃんだ。

『……アキ、言いたいことはわかってるわね?』

「あ……はい……」

『なら、今すぐにアヤと事務所まで来なさい!』

スピーカーフォンにしても無いのに、ありすちゃんの声はAshurAのメンバーにも聞こえていたらしい。

凛は苦笑いをすると、肩をすくめた。

おそらく、あいつらもこの後大目玉を喰らう事になるだろう。

おれたちは偽物の連絡先と身分証明書を確認と撮影して、クラブを後にする。

おれは、綾斗のバイクの後ろに乗ると、綾斗はバイクを発進させた。

綾斗の背中の体温が心地いい。

おれは綾斗の背中にしがみつくと、少し笑ったような声が聞こえる。

「……そんなにしがみつかなくても、振り落とさないぞ」

「……うるせ」

事務所に帰ると、まずはありすちゃんにしこたま大目玉を喰らい、事務所のお偉いさんからも厳重注意を受けた。

しかし、今回は事情が事情だった事と、結果がうまく行った事により、二週間の謹慎(仕事以外の外出禁止)で済んだ。

おそらく秋生たちも同じ程度の処遇で済んでるだろう。

おれは、仕事以外の大半の時間を、次の曲作りにあてた。

正直、一曲にここまで時間をかけたのは初めてかもしれない。

自分の心を素直に表現する事が、こんなにも照れる事だとは思いもよらなかった。

おれは、この先の未来に想いを馳せて、曲作りに励んだ。



side L

あの日から三日たった。

おれたちは上層部から大目玉を食らったが、結果的には半月の謹慎処分で済んだ。

それは、この行動の結果おれたちのイメージが正常に戻った事と、おれたちが言葉を選ばす言えば「売れる商品」だからだ。

おれたちの仕事を規制しても事務所に良いことはない。

それは秋生たちも同じようで、これといって仕事をセーブしている様子はない。

問題は敦士だ。

敦士はおれたちを止められなかったばかりか、おれたちと共に行動に参加したと言うことで、激しく叱責された。

現在おれたちのマネージャーを外され、自宅謹慎を命じられている。

このままでは敦士はAshurAのマネージャーを外されてしまう……。

それだけはなんとしても避けなければならない。

おれのせいで敦士がAshurAから離れるなんて……。

おれは唇を噛むと、ダンススタジオのフロアから立てずにいた。

「どうしたの、凛」

落ち込むおれに、優が話しかけてくる。

「敦士、戻って来られるかなって……」

おれの言葉に、優はおれが言外に言いたかったことを理解したようで、ふうと息を吐いた。

「謹慎処分は二週間で解けると思うよ。けど……」

そこまで言って、優は黙る。

「……やっぱり、AshurAから外される可能性、あるよな?」

「無いとは……言えないね」

おれは拳を握ると、キツく唇を噛む。

「おれの所為なのに……なんで、敦士が怒られるの」

「それは……おれたちが良くも悪くも『商品』からだよ。商品に傷を付けるスタッフを側に置くわけにいかないから」

「傷って!むしろ敦士が居なきゃ成功しなかった!」

「それは、わかってるよ」

優に八つ当たりしても仕方ないことはわかってる。

しかし、おれは不安からつい言葉を荒げてしまった。

最低だ。

「……ごめん」

「いや。凛の気持ちはわかるよ。おれも……敦士には戻ってきて欲しいから」

優がそう言うと、おれたちの言葉を聞いていた清十郎が、ポツリと言葉を挟む。

「……上層部に、直談判しに行くか?」

「直談判?」

「おれたち全員で『敦士がマネージャーじゃなきゃ嫌だ』って」

「そんなので、上が変わるかなー?」

清十郎の言葉に、翔太が頬杖をついて聞いた。

「まあ、シンプルに『敦士じゃなきゃ辞めてやる!』位言えば考えちゃくれるだろうが……そんなのは敦士は喜ばねえだろうな」

翔太の問いに、そう一哉が答える。

それは、その通りだ。

敦士は、おれたちがおれたちの株を下げてまで戻ることを良しとしないだろう。

けど、何もしないでいることはできない。

「……無駄かもしれないけど……やらないよりは良い。おれ、直談判いってくる!」

「凛、一人で行く気?」

「おれたちも気持ちは同じだ」

「人に頭を下げるのは慣れてねえが……仕方ねえ、敦士の為だ」

「ってなわけで皆で、行こー!」

メンバー全員の言葉に、おれは目頭が熱くなるのを感じる。

おれたちは臨時のマネージャーの浅見さんに頼み込み、なんとか上層部と話し合いの席を設けてもらった。

二日後、おれたちはドキドキしながら事務所の会議室へと向かう。

会議室に入ると、そこには予想外の大物が揃っていた。

なんと、社長自らがそこにいたのである。

おれは流石にこの予想外の事態に心の中だけで焦るが、努めて態度に出さないように会議室の中に入った。

「久しぶりだね、西園寺凛くん、鷹宮優くん、黒須清十郎くん、翠川一哉くん、牧翔太くん」

社長はおれたち一人一人のフルネームを呼ぶと、全員の顔を見回す。

「お久しぶりです」

おれは、一つ深呼吸をすると、社長に向かい合った。

「さて。今日は一体なんの話だね?」

「雄谷敦士の謹慎を解いて、お……ぼくたちのマネージャーに戻してください」

おれは、単刀直入にそう言う。

社長はそれを、微笑みを浮かべたまま聞いていた。

「ほう。それは何故だね?」

「彼は、ぼくたちを止めようとしました。けど、それをぼくたちが突っぱねて逆に巻き込んだんです。だから、彼は何も悪く無い」

「ほう、成る程。しかし、彼からは逆のように聞いているがね?」

「え?」

「彼は、自分が自分の意思でついて行ったと言ったよ」

……敦士……。

おれは、込み上げる涙をグッと抑えると、再び口を開く。

「彼の性格上、そう言うと思います。でも、本当に彼はぼくたちを止めに来ました」

おれはキッパリとそう言いきると、社長を見据えた。

社長の瞳が少し笑ったように感じる。

「何故彼にこだわるのかな?浅見くんは良いマネージャーだと思うがね」

確かにベテランだし、有能だ。

だけど……。

「浅見さんが嫌だと言うわけではありません。でも……おれたちは五人と敦士とでAshurAなんです」

おれは、いつもの口調に戻っているのを感じたが、構っていられなかった。

ここで折れたらダメだ。

おれは必死で社長に想いを伝える。

「……成る程。君たちの想いはよくわかった」

社長はそう言うと、肘をついて顎の前で手を組んだ。

「じゃあ!」

「でも、ただでというわけにはいかない」

「え?」

「次の君たちの曲……次のシングルが、オリコンの週間チャートで一位になったら雄谷くんを君たちのマネージャーに戻そう」

「!!」

おれたちは一瞬全員凍りついた。

「そう、知っている通り、君たちの次のシングルのリリースはORIONのZIPSと重なる」

ORION entertainmentとは、超有名男性アイドル事務所で、芸能界の事務所の中では一二を争う巨大な事務所だ。

タレントも数多く揃え、中でもZIPSは歌を出せば必ずチャートで一位を取るアイドルグループで有名だ。

本人たちの人気もさることながら、CMやらドラマとのタイアップなどとにかく事務所の売り込みもすごい。

実際、おれたちAshurAも秋生のA’sも、ORION事務所のZIPSにシングルチャートでは僅かに負けている。

それを、この社長は死ぬ気で抜けと言っているのだ。

おれは、ごくりと唾を飲んだ。

「チャートで一位を取れば、敦士を戻してもらえるんですね?」

やるしか無い。

「ああ、約束しよう」

「わかりました。かならず一位を取ります」

おれは深呼吸をすると、そう言った。

「うん、期待しているよ」

おれたちは会議室を出ると、顔を見合わせた。

「あんのタヌキオヤジ……優しそうな顔してエグい事言うぜ」

一哉が苦笑いをしてそう言う。

確かに、この取引で社長に損はない。

おれたちがチャート一位を取れば万々歳だし、取れなくても痛くもない。

おれは自分の頬をパチンと叩いた。

「でも、エグかろうが何だろうが、おれたちは一位を取るしかない」

「そうだな」

今からでもレコーディングの曲の見直しとか、歌番組用のダンスの練習とかできることは多いはずだ。

おれは気合を入れると、メンバーの前に手を出した。

気がついた優がその上に手を重ね、次いで一哉、清十郎、翔太と重ねる。

「絶対、一位を取るぞ!」

「おお」

「ああ」

「うん」

「オッケー!」

そうして、おれたちの戦いは始まった。

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