パパラッチフィーバー⑮
side L
その夜、三度目になる偽物の目撃情報がSNSに出回り、おれたちは早速集まった。
(おれと秋生が付き合ってるとか言うインタビューは記事だけだったので、目撃情報がなかった)
おれたちの偽物はいつも出入りするクラブを変えているらしい。
それはおれたちに捕まえられないためか、何なのかはわからないが、とにかく目撃情報があってから動かなくては捕まえられなかった。
おれたちは決められた通り迅速に行動すると、各々車やバイクに乗り込む。
おれは一哉の車に乗せてもらった。
こんな時に言うのもなんだけど、このクソ高い車で怪しいクラブ行って大丈夫か?
いや、メンバーの車全部高いけどさ。
秋生は嘉神のバイクの後ろに乗っている。
いざ、出発しようとした時、突然おれのスマホが鳴った。
ーー敦士だ。
「……もしもし?」
『凛さん?!今どこですか?!』
「あー……一哉の車でドライブ中?」
『……目的地はどこですか?』
明らかに怒っている声だ。
この様子だと勘づかれてる気がする。
おれは一哉に目くばせすると、一哉は小さくため息をついた。
「ええと……海の見える公園?」
「『へえ、どこに海が見えるんですか?』」
不意に電話口とすぐ近くで二重に敦士の声が聞こえ、おれは恐る恐る窓の外を見る。
そこには、にっこりと額に青筋を立てて笑っている敦士が立っていた。
さすがに、それには一哉も驚いている。
「あ、敦士……」
おれは車を降りると、とりあえず敦士を宥めようと笑顔を作る。
「敦士、なんでここが分かった?」
「凛さん……GPSを持っててもらったの、忘れたんですか?」
あ……。
そうだった……。
数ヶ月前使ったGPSを今回も渡されてたんだった…。
それを聞いて一哉が額を抑えている。
「偽物の目撃情報があって、雨宮さん……A’sのマネージャーさんですけど……彼女からA’sのお二人が居ないと連絡があってGPSを調べてみれば……全員揃って、何をしようとしてるんです?」
やばい、申し開きのしようがない。
おれは、視線を彷徨わせると、最終的に敦士を上目遣いに見た。
「偽物の件で動こうとしてるんですよね?」
敦士にそう言われ、おれは無言を貫く。
無言を肯定と捉え、敦士は話を続けた。
「今、事務所も動こうとしています。この先は事務所に任せて貰えませんか?」
「……動くって、どうやって?」
いつのまにか後ろに来ていた優がそう聞く。
「偽物に面会して、事情を聞き、ちゃんと事実を話してもらいます」
「素直に偽物が偽物って認めると思う?」
「それは……」
「それで、それをどう発表するの?」
「………では、あなた方は何をしようとしてるんです?」
優の言葉に、敦士がそう問う。
「今から、おれと秋生でユーチューブの生放送をする」
「え?」
「おれと秋生が直接偽物を直撃して、そのまま話を聞く。それを、全て生放送するんだ」
ただ『偽物でした』と伝えて終わっても、火消しのために事務所がそうしたんじゃないか?など幾ばくかの疑問が残るだろう。
しかし、おれたちがライブで直接出ていけば、おれたちがユニットを望んでいないことも、今ここにいる人物は偽物であることも一目でわかる。
この噂を消すインパクトも十分だろう。
それに、秋生のSNSの炎上を止めるためでもある。
それには、やはり本人が出るのが一番早い。
「……本気なんですね」
敦士はそう言うと、口を閉じた。
しばらく考えて、再び口を開く。
「もう一度言います。この計画は危険性を伴います。事務所に任せて貰えませんか?」
敦士の真剣な瞳に、おれは申し訳ないと思いながらも首を横に振る。
「ーーわかりました。ならおれも行きます」
「え?」
「なんですか?『なら皆さんで勝手にどうぞ』と言うとでも思ったんですか?」
「いや……」
「そもそも、止めたらやめるような皆さんでもないでしょう?」
敦士はそう言うと盛大にため息をつく。
「それに。皆さんそのド派手な車で行く気ですか?すぐに見つかって逃げられますよ!」
「……うっ」
「後、誰が撮影班なんですか?皆さんの中で撮影が得意な方いました?」
「……むっ」
「大それた計画を立てるわりに、凛さんの計画には穴がありすぎます!」
「……ぐっ」
ズケズケとそう言う敦士に、おれはしこたま凹まされると、翔太はお手上げ、といった体で両手を上げた。
「いいですか、一哉さんと翔太さんの車はここに置いておいてください。おれの乗ってきた車なら目立たずに多人数でいけます。清十郎さんと嘉神さんのバイクはそのままで行きましょう。それから……」
敦士はおれの穴だらけの計画を的確に立て直すと、テキパキと指示を出す。
けど、それよりもおれは気になることがあった。
「な、なあ……こんな事して、おまえ事務所から怒られたりしないの?」
「怒られるに決まってるじゃないですか!……でも凛さん、止めたって聞きませんよね?だったら……おれはあなた方を少しでも守れるようにしなくちゃいけない」
はあ、とため息をつくと、敦士は困ったように笑う。
「それに……おれは、少しでもあなたの力になりたいんです」
「敦士……」
おれは敦士の気持ちに感謝すると、敦士の車……正確には事務所の車に乗り込む。
敦士は全員が乗り込んだのを確認すると、静かに車を発進させた。
後ろから清十郎と嘉神のバイクがついてくる。
「撮影は凛さんのスマホでしますか?」
運転をしながら、敦士はおれにそう尋ねた。
「そのつもり」
「では、周りのギャラリーにライブでモザイクがかかるアプリを入れておいてください。たしか、無料の使用期間があったはずです」
「ん、了解」
「撮影はおれがしますから、凛さんたちは内容の確認をお願いします」
……こうやってみると、おれの計画穴だらけだな……。
いや、今でもこの計画が完璧だなんだ思えない。
もしかしたら、もっと上手い手があったのかもしれない。
でも、どうしてもじっとしていられなかった。
おれはスマホを操作すると、アプリを入れようとして……断念する。
おれは、車の中で字が読めないタチだった。
苦笑いした優が代わりにインストールをしてくれる。
しばらくすると、件のクラブが見えてきた。
今回のクラブも、今までのクラブと負けず劣らず怪しげなクラブだ。
おれたちはひっそりと目立たないようにクラブの中に入る。
クラブの中は華やかな光と大きな音楽が鳴り響き、多くの男女が踊ったり飲んだり思い思いに過ごしていた。
幸い、先に入った偽物たちのおかげで、変装をしたおれたちはさほど目立たず中を歩くことができる。
おれたちは少し中を歩くと、どうやら偽物はVIPルームにいるらしいという情報を突き止めた。
おれたちは目立たないようにVIPルームまで歩くと、少し手前でカメラを回す。
「皆さんこんばんは!AshurA、LINの公式ユーチューブチャンネルのライブ映像開始です!」
「今日のゲストは今何かと話題のA’sの二人です!」
「よろしく!」
「よろしく」
「今日は皆さんに大事なお話があってこの動画を流しています。ぜひ最後までご覧ください」
騒ぎに気がついて逃げられないように、VIPルームの入り口を一哉と清十郎が塞ぐ。
「まず、ここは今『おれたち』が居ると目撃情報があったクラブです」
にわかにおれたちの周りがざわつきはじめた。
どうやらおれたちに気がつきはじめたようだ。
当然かもしれない。
おれたちは照明でしっかり光を当て顔を出し、尚且つ公式チャンネルから中継しているのだ。
多少の変装はしているが、ファンにはわかるだろう。
対して、偽物の中継はわざと暗くして変装した状態で、声もボソボソと喋るだけ。
どちらが本物かは一目瞭然だ。
「今もなぜか公式外でライブ中継をしてますよね?……というわけで、今からVIPルームに突入したいと思います!」
おれたちはVIPルームの入り口へ向かうと、スタッフに止められる。
「お客様、ここから先はVIPルームでして……お借りいただいたお客様以外の入場はお断りさせていただいております」
「うん。知ってる」
そう言うと、おれは帽子と眼鏡を取り変装を解いた。
同じように秋生と嘉神も変装を解く。
その様子にスタッフは驚いたように目を見開いた。
「だって、借りたのおれたちでしょ?入っていいよね?」
「え?あ、はあ……」
スタッフはまったく訳がわからないと言った様子でドアから離れる。
その様子もしっかり敦士がライブカメラに収めている。
「ありがと」
おれたちはそう言うと、容赦なくVIPルームのドアを開けた。
部屋の主は驚いてこちらを見る。
そこには、果たして数人の撮影班に囲まれたおれたちの偽物の二人がいた。
「おい、ここはおれたちが借りたVIPルームだぞ!部外者は……」
そこまで言って、撮影班の一人はポカンと口を開けた。
当たり前だ、突然おれたち本物が現れたんだから。
「さっき入り口のスタッフにも言ったけどさ、この部屋を借りたのは『おれたち』なんだろ?だったら部外者じゃあないよな?」
秋生がニヤリと笑いながらそう言う。
初めて見た偽物は、たしかに髪型や服装など、遠目に見れば似ている。
しかし、近くで見れば全くの別人だ。
よくある「あー、A’sの秋生にちょっと似てるね?」って言われる程度の姿。
照明に照らされた彼らは動画でも一発で偽物だとわかるだろう。
「不思議なことに、おれたちが二人います!」
おれはカメラにむかってそう言うと、ポカンとしていた偽物はハタと気がつき、大慌てで逃げ道を探す。
しかし、VIPルームの入り口は他のメンバーがしっかりと塞ぎ、逃げ場がない。
諦めたように偽物はその場に頽れた。
「はは、こいつらのユーチューブライブ、今コメント欄大荒れだぜ!」
偽物のユーチューブライブを監視していた翔太がそう言う。
「逆に公式は大盛り上がりだ」
一哉は楽しそうにそう笑った。
「せっかくだし『おれたち』にインタビューしてみようぜ!」
秋生がそう言うと、ズンズンと近づく。
偽物はすっかり意気消沈し、怯え切ったように震えている。
「なあ……おれたち別に怒ってない……事もないが、まあ、今更責めるつもりはない。なんでこんなことしたんだ?」
秋生が質すと、偽物は帽子やサングラスを取り、自ら素顔を晒すと、ぽつりぽつりと経緯を話しはじめた。
曰く、そもそもは二人ともおれたちの熱烈なファンだったと言うこと。
「最初は……もともとおれたちはお互いLINさんと秋生さんのファンで、それぞれのなりきりファッションを楽しんでいました……それが、お二人の仲良さそうな投稿を見て、テンションが上がってしまって……」
おれの偽物はそこで口を止めると、秋生の偽物が跡を引き継ぐ。
「ちょっとした出来心で、二人でなりきって仲良さげな写真投稿をするだけのつもりでした。もちろんおれたちが本物だなんて言うつもりもなく」
それが、ひょんなことから二人の投稿がバズってしまった。
二人は驚いたが、そこで火がついてしまった。
そのままおれたちになりきって、目撃情報として二度目の投稿をあげる。
再びバズり、それに気を良くした二人はインタビューとして二人のユニットを発表した。
それがこんな問題に発展するとは思いもせずに。
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