パパラッチフィーバー⑭

side L

スマホの着信を知らせるディスプレイの名前を見て、おれはモゾモゾとベッドにから起き上がる。

隣では当たり前のように優がおれを抱きこんで寝ているが、おれはその腕をほどき、スマホを手に取った。

「……もしもし、秋生?」

『すまない、おれだ。嘉神だ』

「?嘉神?」

『今起きたのか?』

「うん、いま起きた……」

『ならSNSはまだ確認してないか……』

SNS?

おれは寝ぼけた頭を叩き起すと、嘉神の声に集中した。

「何があったのか?」

おれはそう問うと、おれの身体を弄る優の手をペシっと叩く。

どうやらおれの声で起きてしまったらしい。

『ああ……おまえには直接関係ないが、アキのSNSが炎上してる』

「え?」

おれは背中に背を這わせてくる優の手をつねると、思わず変な声が漏れそうになるのをグッと堪える。

『今写真見られるか?』

嘉神の言葉におれは電話をスピーカーに切り替えると、写真が送られてくるのを待った。

送られてきたスクリーンショットはskeleton headsのHI-ROが秋生を抱き寄せてユニット宣言をしている写真だ。

おいヒロ、おまえなんつーことしてんだ!

「は?なにこれ」

いつのまにかおれの横に肘をついて写真を眺めていた優が声を上げる。

相変わらずおれの身体をしっかりと撫で回しながら。

やめろ、そろそろ本当に変な声が出る。

おれは優を睨みつけると、そんな視線などどこ吹く風で優はおれの頬に口付けた。

そのままその唇を這わせて首筋にキスを落とす。

「…んっ…」

『?どうかしたのか?』

「な…んでもない…」

『そうか?』

おれは息を整えると、聞きたかったことを確認すした。

「ところでこれ……」

『もちろんアキの意思じゃない。皆川の独断だ』

「だよな」

しかし、公式のSNSで拡散されたのはキツい。

おれは秋生の心情を思いやると、眉根を寄せる。

しかもこのタイミングで……。

『こっちの都合でこんなことを言うのは申し訳ないが……決行を早められないか?』

嘉神の言いたいこともわかる。

これは早めに手を打たないとまずい。

おれは優を見ると、優はその眉を少し上げ頷いた。

「直接関係ないとはいえ、あっちがゴタゴタするのはこっちにも都合が悪い。いいんじゃない?」

『すまない』

「秋生は?」

おれは秋生の様子が気になりそう聞く。

『……今、泣き疲れて寝ている』

あの勝ち気な秋生が泣くなんて、相当きてるな。

「わかった。ターゲットが現れたら今日にでも決行しよう。他のメンバーにはおれから言っておく」

『頼む』

おれは、電話を切るとベッドの上に仰向けに寝転がった。

優がそれを覗き込むように肘をついておれを見下ろす。

「……何?」

「ん?いや。かわいいな、と思って」

またか。

お前たちの目はどうなってるんだ?

おれは格好いいのであって、決して可愛くはないぞ?

「格好いいって言ってくれ」

おれの言葉に優はクスリと笑う。

「そうやって、気がついてないところがかわいいんだよ」

優はそう言いながら、おれの髪をさらりと撫でる。

「………」

「不本意そうだね?」

「不本意っていうか……その感覚がおれにはわからないだけ」

「いいんだよ。凛はそれで」

優はそう言っておれの頬を指で優しく撫でる。



「あーあ。今日は午後からなのに早く起きちゃったね?」

優はそう言うと、肘をついて顎を支える。

「もっかい寝る?」

「ううん。……ねえ、凛のこと教えてよ」

「おれのこと?」

突如そんな事を言い出した優に、おれはわけがわからず言葉を返した。

「例えば、凛の初恋っていつ?」

「へ?」

突如始まった恋話に、おれはポカンと口を開ける。

「おれはね、幼稚園の頃、担任の先生が好きだったよ」

昔を思い出してそう言うと、優は懐かしそうに笑う。

「凛は?」

おれの初恋か……。

残念ながら、おれはいまだに恋というものをしたことがない。

前世から推しは沢山いたけどな。

雅紀の時から凛として今まで生きてきて、恋という恋をしたことが無いかもしれない。

ああ、でも。

「恋っていうか……単純に憧れっていうなら、いとこのお姉ちゃんだな。でも、恋ってものじゃない」

すごく優しくて、よく遊んでくれたから大好きなお姉ちゃんだった。

それだけだ。

「そう考えると、おれは……初恋もまだなんだなぁ」

いい歳の大人になって、初恋もまだだとか……優に笑われるかな。

おれは優をチラリと見ると、以外にも優は優しげな目でおれを見ていた。

「へぇ……初恋がまだ、か。凛らしいね」

なんだよ、おれらしいって。

おれが少し唇を尖らせると、優は小さく笑う。

「馬鹿にしてるんじゃないよ。かわいいなって思っただけ」

なんでそれがかわいいんだよ……。

お前のかわいいの基準がわからない。

「ねえ」

「何?」

「……凛の初恋、ちょうだい」

「……は?」

「凛のファーストキス貰ったし。初恋も欲しい」

不意に真剣な目をした優に、おれは心臓がドキドキとするのを感じる。

「な……」

おれは口をパクパクとさせると、視線を彷徨わせた。

「っていうか、もらう気満々だから。覚悟しておいてよね」

そう言うと、優はその端正な顔をにっこりと微笑ませる。

おれは顔面に熱が上がってくるのを感じると、視線を逸らした。

「凛……好きだよ」

そう言って、そっとキスをされる。

触れるだけのキス。

おれは既にそれだけで気持ち良さに反応してしまう身体を呪った。

「凛のファーストキスも、初恋も……その先の初めても、全部おれがもらうから」

そう耳元で囁くと、優はクスリと笑った。

おれはその色気のある声にゾクリと背筋に電流が走ったように感じると、身を捩る。

優はそんなおれを見て吐息だけで笑うと、おれの唇を自分の唇で覆った。

初めは優しく柔らかく触れていた唇が、次第に激しく重ね合わされる。

「……っ…」

おれは思わずピクリと身を跳ねさせた。

差し込まれた舌が歯列を這い、おれの舌を絡め取る。

ピチャピチャと水音が鳴るたびに、おれの背に電気が走ったような甘い感覚に翻弄された。

「……ゆ…う」

「……ふ。凛かわいいね」

名残惜しそうに唇を離すと、優はそんなことを言って笑う。

「それに、めちゃくちゃエロい」

「お、お前がエロいキスするからだろ!」

おれは赤くなる顔を押さえながら反論する。

「それは気持ちよかったってことでいい?」

「うぐっ……」

おれは言葉に詰まると優から視線を外した。

「ふふ。反応は上々。良い傾向だね」

おれは余裕ぶった優のおでこをピシャリと叩くと、背中を向けてスマホをいじる。

「ねえ、凛。怒った?」

優が焦った様子もなく、おれの腰に手を回しながらそう聞く。

怒ってないことなんかお見通しなくせに。

「……怒った」

おれは、思ってもない事を言うと、ぷっと頬を膨らませる。

「ごめんって」

優は耳元でそう囁くと、耳朶にキスをした。

「ねえ、どうしたら許してくれる?」

「……帝国ホテルのアフタヌーンティーで許す」

「オーケー。今度行こう」

優はそう言うと、おれの身体を自分の方へと向ける。

その目はとても優しくて、思わず見惚れてしまった。

「ねえ、他のことも聞きたい。凛のこと、知りたい」

「……どんな事?」

おれの頬を撫でながら、優はそうだな、と考えるような仕草を見せた。

「好みのタイプは?」

優の言葉に、おれは言葉を詰まらせる。

初恋もまだだと言うのに、そんなのわかるか!

強いて言えばおれだ、西園寺凛だ。

でも、それは推しであって恋じゃないもんなぁ……。

「まだ……わからないな。好きになった人がタイプだ、多分」

「えー」

優は残念そうにそう声を上げる。

「優は?」

「おれ?」

優はビックリしたように目を見開くと、おれの瞳を見る。

「おれも同じ。好きになった人がタイプ。つまり、凛」

そう言うと、優はおれの鼻をつんとつついた。

な、なんか改めて言われると照れる。

「……いい趣味してるじゃないか」

「うん、おれもそう思う」

おれは優の答えに少しだけ笑うと、ベッドから起き上がる。

「せっかく起きたし、朝ごはんでも食べに行く?美味しいフレンチトーストの店があるんだけど」

優の言葉に、おれは頷く。

決行までの間、少しくらいゆったりした時間があっても良いだろう……。

おれはそう考えて身体を伸ばした。



side A

気がつくと、おれはベッドに寝かされていた。

ベットサイドに座る綾斗の大きな手が、ゆるゆるとおれの髪を撫でている。

その手の動きが気持ち良くて、おれは起きたくなかったが、そういうわけにもいかない。

おれは緩慢な動きで目を開けると、ゆっくりと身体を起こそうとする。

「アキ……起きたか」

綾斗は優しげな目でおれを見下ろすと、撫でていた手を止めた。

おれは少しそれを残念に思うが、仕方がない。

「おれ……どのくらい寝てた?」

「一時間くらいだ」

「……ダンスレッスン、遅れちまう」

「今日のダンスレッスンは休みと連絡しておいた。マネージャーも同意してる」

「……ありすちゃんもアレを見たのか」

「事情は話してある。少し休めとのことだ」

おれは目にかかる髪を撫でつけると、綾斗に向き合う。

「……悪かった。おれのせいでこんな……」

「アキの所為じゃない。気に病むな」

こんな時ですら綾斗は優しい。

文句の一つも言ったって、おれは返す言葉がないのに。

「後……勝手に行動して悪いが……例の件、早めてもらうように西園寺に連絡した。西園寺も事情を把握して、分かってくれたよ」

「そうか、サンキュー」

凛にも迷惑かけたな……。

おれは綾斗の肩口に頭を預けると、そのシャツを掴む。

こんな時ばっかり甘えてすまないと思うが、身体が勝手に動いてしまった。

「……甘えてばっかりで悪い」

綾斗は息だけで笑うと、おれの背を支える。

「おれでよければ、いつでも甘えてくれ」

綾斗の言葉に、おれは頭を離してその瞳を見上げた。

自然と視線が絡む。

綾斗の顔がおれに近づき、しかしそのまま躊躇うようにそこで止まった。

「……悪い」

綾斗は視線を下げると、近づけていた顔を離す。

おれはそんな綾斗の頬を両手で掴むと、自分の方へ向かせた。

そのまま、自分の唇を綾斗のそれに重ねる。

綾斗の目が驚いたように大きく見開かれた。

おれは、重ねていた唇を軽く離すと、再び強く押しつける。

背中にまわされていた綾斗の手に力がこもり、おれを強く抱きしめた。

そのまま噛み付くように唇を奪われると、何度も角度を変えてキスを重ねる。

綾斗の舌が口内へ入ってくると、おれはおずおずとそれに自分の舌を絡めた。

「…っん…」

甘い吐息が部屋の中に響く。

おれの舌は綾斗の舌に絡め取られ、舌の裏から歯列まで余すことなくなぞられた。

何度も口付けられ、おれの意識はどんどんと溶かされていく。

綾斗の唇が離された時、おれはあまりの気持ちよさから頭がクラクラするのを感じた。

「……アキ」

綾斗はおれを抱きしめると、その艶のある声でおれの名を囁く。

「…アキ、愛してる」

おれは、答えの代わりにもう一度その唇に口づけた。

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