パパラッチフィーバー⑬

side A

それからおれたち7人は、何度もネットミーティングを開いた。

突入タイミングを間違えれば一気に窮地に立たされる。

もちろん通常の仕事もこなしながらだ。

おれはAMBの撮影をこなしながら、ぼんやりと作戦のことを考えていた。

「よー秋生!」

不意に、本日のゲストであるskeleton headsのギタリスト、皆川博貴ことHI-ROに話しかけられる。

「皆川か」

「え、つれねえ言い方!ヒロって呼んでくれよ」

歌番組で一緒になってからというもの、なぜかやたらと絡んでくる皆川に視線をよこすと、おれはペットボトルの水を飲んだ。

「んで?なに」

「おまえ、最近うちのLINと仲がよさそうじゃないか」

うちの、というのはおそらくMARS MUSICの、という事だろう。

skeleton headsはMARS所属のミュージシャンだ。

またその話かとおれが眉を顰めると、皆川は馴れ馴れしくおれの肩を組むとその耳元に話しかける。

「……なあ、LINとデキてんの?」

おれは飲んでいた水のキャップを締めると、皆川を睨みつける。

「……おまえもそんなガセに踊らされるのか」

「やっぱガセか!」

おれの肩を組んだまま、皆川は頷く。

「そんなことを聞きにワザワザ話しかけたのかよ」

おれは皆川の手を振り解こうとするが、皆川はおれの肩をしっかり掴んだまま離さない。

「いや、それは前置き」

「前置き?」

「じゃあさ、嘉神とデキてんの?」

「……は?」

「おれさ、おまえは嘉神とデキてんだと思ってて声かけなかったんだけど」

「は?何言ってるんだ?」

皆川はその色気のある目元を細めながら、おれの耳元で囁く。

さらり、とブルーグレーの髪が揺れた。

「なあ、デキてんの?」

「……いや……」

おれはなるべく視線を泳がせないように留めると、肩に置いた手を振り解こうとする。

「ふうん。……ならさ、おれなんて、どう?」

しっかりと肩を掴んだまま、皆川はおれに囁く。

「ーーおまえ、何言ってるんだ?」

おれは思わず皆川の目を見つめると、思いの外真剣な目をした皆川と視線が絡まった。

「マジで。おれ、優良物件だと思うけど?」

「………」

その視線の強さに思わずおれが固まると、皆川の目がニヤリと笑う。

「ずっと、狙ってたんだよね」

何言ってんだ、コイツ。

おれは軽く混乱する頭を落ち着けながら、眉を顰める。

「……秋生、赤くなってんの?かわいー」

は?

誰が何だって?

おれはどこからどう見たって、不快な顔してるだろうがよ!

おれは反論しようと口を開きかけると、不意に肩に置かれていた手の重みが消えた。

振り返れば、鬼の形相の綾斗が皆川の手首を掴んでねじり上げる形で立っている。

皆川は肩をすくめると、綾斗から手を振り解いた。

「番犬の登場か」

「アキにちょっかいをかけるな」

「はっ。別におまえのもんじゃねーだろ」

「……だが、おまえのものには一生ならない」

おい、おまえら……おれのことをさらりとモノ扱いしてんじゃねえぞ、こら。

おれはため息をつくと、睨み合う二人を引き離した。

「おれはどっちのモノでもねえ」

そう言うと、皆川は楽しそうに笑う。

「まだ、な」

「………」

話にならないとばかりに綾斗がため息をついた。

「なあ。真剣に考えてくれよ」

皆川はそう言うと、おれ肩をポンと叩いて去っていく。

綾斗は去っていく皆川の背を見送ると、次いでおれに向き直る。

「……何もされてないか?」

「されてない」

「よかった」

「おまえが言う?」

「……っ」

おれの言葉に僅かに眉根を寄せると、綾斗は視線を下げた。

「……すまない」

ちょっと意地悪が過ぎたか。

「ナンパはされた」

「っ!」

おれの言葉に眉を顰めると、綾斗は口を開きかけて閉じた。

「オッケーしてないから」

明らかにホッとした様子の綾斗を見て、おれはため息をつくとその背を叩く。

「ほら、撮影始まるぞ」

「ああ……」

番犬、ねえ。

今思えば、ああいう時必ず何処からともなく綾斗が現れて追い払ってくれてたな。

おれに悪い虫がつかないように、いつも目を光らせていたんだろう。

おれのためなのか、自分のためなのかは分からないが……。

なんにせよ、快適に過ごさせてもらっていたのは事実だ。

そこは感謝しよう。

「では皆さん、歌パートの撮影スタートします!」

プロデューサーの声に、メンバーが集まってくる。

skeleton headsの歌は割としっかり目のロックだ。

見た目はヴィジュアル系バンドのように派手だが、しっかり演奏技術も歌唱力もある。

おれはマイクを持つと、セットにスタンバイした。

AMBの音楽パートでは、基本的にゲストミュージシャンの曲をメインに歌う。

今回もskeleton headsの曲がメインだ。

他人の歌を歌うのはなかなかない機会だから、新鮮で良い。

おれはskeleton headsのヴォーカル上野遥希ことHARUと並んで目線を合わせる。

キューがかかり、前奏が始まった。

生バンドの演奏は心地よい。

皆川もあんなこと言わなきゃ良いミュージシャンなんだけどな……。


『頭がクシャクシャした時は

全部頭の中身をひっくり返して出してみな!

心がグチャグチャなった時は

全部心の中身を曝け出して見せてみな!

身体がソワソワした時には

身体中の力を全部全部弾けさせてみな!

bang!bang! bang!

悩んでたってイイことない

思った通りにやってみろ

bang! bang! bang!

腐ってたってイイことない

周り気にせず生きてみな

bang! bang! bang!

泣いてたってイイことない

さあ痺れる歌を歌おう』


間奏パートで皆川が接近してくる。

流石に撮影中に変な顔もできないし、仕方なく笑顔で乗る。

皆川はおれと背中合わせでギターを弾くと、最後におれの肩を組んで頬を合わせた。

このやろう、調子に乗りやがって……。

おれはピクリとこめかみがヒクくつのを感じながら軽い調子で腕を叩く。

いや、結構強めに叩いてやった。

ヴォーカルの上野が苦笑いしているのを感じる。

そんな調子で音楽パートの撮影が終わると、皆川がスマホを片手におれの方へとやってきた。

「なあ、秋生」

「……なんだよ」

「一枚写真撮ってくれよ」

そう言うと、皆川はグイとおれの腕を引き抱き寄せると、スマホで写真を撮る。

「おい!」

「怒るなよ、写真の一枚くらい」

怒るさ……主にうちの番犬が。

皆川はそう言うと、ズカズカと近づいてくる綾斗から逃げるように、その場から去っていく。

「じゃあな!返事、考えておいてくれよ!」

「断るって言っただろ!」

「つれねえな!もっと考えてからでいいんだぜ」

そう言うと、後ろ手を振ってスタジオから去る。

「アキ!」

「ああ……何にもされてねえよ」

「写真を撮られた」

不満そうな綾斗に、おれは苦笑をする。

「おまえ……独占欲強過ぎ」

「……否定はしない。アキのことに関しては」

いや、否定してくれよ。

おれは頭をかくと、綾斗を見上げる。

「……決行は近いんだぞ。冷静になれよ。もちろん、奴らが現れなきゃ始められないけど……」

おれの言葉に、綾斗は頷く。

「任せておけ」

おれは綾斗の背を叩いて促すと、スタジオを出る。

まさか、この皆川の写真がまた一波乱を起こすことになるとは思いもしないで……。



「なん……だ、これ……」

おれは翌朝ホテルのベッドの上で、スマホを片手に頭を抱えていた。

昨日の皆川が撮った写真が、SNSで拡散されまくっていたのである。

ハッシュタグは#HIROと秋生 #こっちが本命 #ユニット組みます

つまり、おれは凛とではなくて皆川とユニットを組むって言ってる、と公式で流しやがったのだ。

あんのクソ野郎……。

案の定、おれのインスタや公式サイトの掲示板は大荒れ。

『裏切り者!』

『二股とか最低!』

『綾斗がかわいそう!』

『A’sで頑張って欲しいのに』

おれは震える手でスマホをベッドに投げつけると、そのまま倒れ込んだ。

今までの誹謗中傷はまだ耐えられた。

なぜなら、あれはおれたちじゃないからだ。

あの写真は自分ではないと言う自信から、何とか耐えてこられた。

けど、今回のこの写真はおれ自身が撮られて、皆川の公式インスタにあげられている写真だ。

破壊力がちがう。

流石にダメージが大きい。

ビンポーン

不意に鳴ったチャイムに、おれは身体を強張らせる。

慌てるな、大丈夫。

ここを知っているのは一部の関係者だけだ。

パパラッチではない……。

そうは思うが、身体が震える。

おれはそっと扉に近づくと、覗き穴から外を覗く。

そこには心配そうな顔の綾斗がいた。

おれは、ふと身体から力が抜けるのを感じる。

ゆっくりチェーンを外すと、ドアを開けた。

「……アキ!」

綾斗は周りを見回すと、おれの顔を伺うように見つめる。

「……入れよ」

おれは周りに誰もいないことを確認すると、綾斗を部屋に招き入れた。

ベッドに腰掛け、綾斗にも勧める。

「……あのインスタの事か?」

おれがポツリとそう言うと、綾斗は控えめに頷いた。

「言っておくけどおれは……」

「分かってる。あいつの独断だ」

「……うん」

綾斗は眉を寄せると、少しだけおれに近づく。

「おれはそんなことを確かめに来たわけじゃなくて……その……あの写真をあんな風に使われて、おまえがショックを受けてないかと思って……」

綾斗の言葉に、少しだけ目頭が熱くなる。

おれは綾斗の腕に頭をコツンと預けると、少し鼻を啜った。

綾斗は僅かにためらったのち、そっとおれを抱き寄せる。

それはまるで壊れものを扱うかのように優しく、そして僅かに震えていた。

その震えからは、あの時の綾斗の激しい後悔の念と、今おれに触れることに対する緊張を表していて、何だかそれがとても切なくて愛おしく感じる。

おれはそっと綾斗の背中に手を回すと、なぜか出てくる涙をそのままに小さく嗚咽した。

「アキ……」

綾斗は嗚咽するおれの背をあやす様に撫ぜると、今度はしっかりと抱きしめる。

「大丈夫だ、アキ。おれはいつでも、どんな時でも、おまえの味方だし、おまえを信じてる」

「……っ……綾斗…っ」

おれはそのまましばらく綾斗に抱きしめられながら泣いて、いつのまにかそのまま泣き疲れて眠ってしまっていた。

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