拓海編

「うーん。おれの趣味、か」

そう言って、ワインを片手に首を捻ったのは俳優の久我拓海さんだ。

おれたちは今、拓海さんに誘われて小洒落たワインバーに来ている。

ドラマの撮影後「食事にでも誘うよ」と言われていたが、果たして本当に誘ってくれた。

撮影最終日に電話番号とLINEアカウントの書かれたメッセージカードを貰ったおれは、その後に撮影時の感謝をLINEで送った。

すると、すぐさま返事が来てそこからラインのやりとりが続き、その会話の中で食事に誘ってもらったのである。

しかし……相変わらず拓海さんからは大人の色気が溢れ出ている。

おれはワインを揺らす拓海さんに見惚れていると、フッと笑われる。

「……あんまり見つめられると、照れるな」

「あっ、すみません」

「いや、こんな顔で良ければいくらでも見てくれ」

こんな顔って!

めちゃくちゃイケメンが何を言ってるんだ!

拓海さんはワイングラスを置くと、テーブルに肘をついた。

「カポエィラ……は前に話したかな。身体を動かすことは基本的に好きだよ」

カポエィラってのはブラジル発祥の格闘技とダンスの中間のようなものらしい。

「時間があればスキューバとかもするかな」

スキューバ!

趣味までイケメンだ。

「スキューバってやっぱり楽しいんですか?」

「うん……海はとても幻想的で綺麗だよ。なんて言うのかな、ひととき現実を忘れさせてくれる感じがする」

いいなー!

やってみたいけど、なかなかすぐ出来ることじゃないもんな。

おれはよほど羨ましい顔をしていたのか、拓海さんはおれを見て吐息だけで笑う。

「スキューバは……今すぐには無理だから、もし君さえ良ければ、もっと簡単に海を感じられるところに連れて行ってあげようか」

「え?!どこですか?」

食い気味に聞いたおれに、拓海さんは今度こそ声を立てて笑った。

「水族館だよ」

「水族館!」

水族館なんて、もう何年行ってないだろう。

おれはワクワクして拓海さんに頷く。

「行きたいです!」

おれの返事に拓海さんは頷くと、お互いの次のオフの予定を合わせて、約束をした。

数日後、拓海さんはおれの家までわざわざ迎えに来てくれて、おれたちは水族館へと向かう。

拓海さんの車はレクサスLC500コンバーチブルモデルだ。

色気のあるイケメンにオープンカーはめちゃめちゃ似合う。

この人にこんな車でデートに迎えに来られたら、女の人みんなメロメロになるんじゃないか?

なんせおれが一目見た瞬間、ドキドキが止まらなくなったくらいだ。

高速を走ると、風が気持ちいい。

ていうか、運転する拓海さんが格好良すぎて困る。

「どうした、凛くん」

「え!あ……その……拓海さんは何しても格好いいなあって」

おれの言葉に拓海さんは少し笑うと、片手でおれの髪を撫ぜる。

「それは光栄だな」

だめだ、ドキドキが止まらないどころか加速する。

おれは赤くなる顔を隠すように前を向くと、髪を撫でていた拓海さんの手が滑り降り、おれの頬を撫でた。

なんで、この人の行動はこんなに色気があるんだ!

おれは目線を彷徨わせて外を見ると、不意に視界に海が広がる。

「うわあ!綺麗!」

おれは思わずそう叫ぶと、外の景色に夢中になった。

「……君は……本当にかわいいな」

拓海さんの言葉に、はしゃぎ過ぎたおれはパッと視線を戻す。

「す、すみません!おれ、はしゃぎ過ぎて!」

「気にしないで。君が楽しんでくれればおれも嬉しいから」

拓海さんの言葉に、おれはホッとして景色を楽しむ。

「もうすぐ着くよ」

今回は、拓海さんのオススメの少し郊外の水族館に来た。

久々の水族館に、おれは子供のようにワクワクする。

水族館に着くと、おれたちは早速入館する。

拓海さんは当たり前のようにサラッと二人分チケットを買い、当たり前のようにエスコートしてくれた。

ううん、格好良すぎる。

中に入ると「暗いから気をつけて」と言って、拓海さんはこれまたさりげなくおれの手を取った。

そして、そのまま歩き始める。

なんか……手を繋いで水族館とか、カップルみたいじゃない?!

いいの?!

おれがソワソワして拓海さんを見上げると、拓海さんから「何?」と笑顔で聞かれて、おれは言葉に詰まった。

結局、おれたちは手を繋いだまま水族館の中を歩く。


久々の水族館は想像よりずっと進化していて、とてもとても綺麗で面白かった。

キラキラ輝く熱帯魚や、変わった形の深海魚、イワシのトルネードや、ゆったり泳ぐマンボウ。

それら全てが新鮮で、おれは全ての水槽の前でかなりはしゃいだ。

拓海さんはそれを楽しそうに見ている。

……拓海さん、魚よりおれの観察してるんじゃない?と疑うくらい見られた気がしたのは気のせいだろうか。

おれたちはそのまま進んでクラゲのコーナーまでやってきた。

色とりどりのクラゲがフワフワと泳ぎ、とても幻想的で綺麗だ。

「うわあ、綺麗!かわいい!」

おれはフワフワ優雅に泳ぐクラゲの水槽に張り付くと、さまざまな色に光るクラゲに見惚れる。

「拓海さん!スキューバしてる時も、こんな風にクラゲが見えたりするんですか?」

「うん、そうだね。種類によっては見えたりするよ。海の中で見るクラゲはとても幻想的で綺麗だな」

そこまで言って、拓海さんは言葉を切った。

「ところで、凛くん」

「はい?」

「そろそろ、敬語をやめにしてもらえないかな?」

「え?!」

突然の拓海さんの申し出に、おれは思わず聞き返してしまう。

「普通に喋って欲しいんだ。だめかい?」

「ええと……拓海さんがそれでいいなら……」

おれはしどろもどろになりながらそう言うと、拓海さんは嬉しそうに笑う。

「良かった。嬉しいよ」

おれは、拓海さんの優しげな笑顔にノックアウト寸前になりながらなんとか踏ん張る。

まったく、色気がありすぎる。

「拓海さんはどこの海に潜りにいくの?」

「色々だよ。日本国内のこともあれば、海外のこともある」

おれが言葉を崩したのがよほど嬉しいのか、拓海さんはその端正な顔をニコニコと崩して答える。

「凄いなー」

「ねえ、凛くん」

「うん?」

「もし、君さえ良ければ……休みを合わせて、今度こそ本当のスキューバに行かないかい?」

「え!おれ初心者だけど、潜れるの?」

「インストラクターがついて一緒に潜れば大丈夫だよ」

「やってみたいなぁ」

「やってみようよ。きっと楽しいよ」

拓海さんはそう言うと、おれの耳元に唇を寄せて囁いた。

「おれが、色々教えてあげるから」

拓海さんの言葉に、おれはボッと顔を赤くすると、拓海さんはそんなおれを見て笑う。

「きみは、本当に……」

クックッと笑うと、拓海さんは館内が暗いのを良いことに、おれの頬に唇を寄せた。

「かわいいね」

唇を離しながらそう言うと、すっと顔を離す。

おれは恥ずかしいやら照れるやらで顔を真っ赤にして俯くことしかできない。

拓海さんは吐息だけで笑うと、そんなおれの手を引いて次の水槽へと向かった。

おれたちはその後もたくさんの水槽を楽しむと、イルカショーのステージへとやってきた。

おれたちは並んでベンチに座ると、当たり前かのように拓海さんはおれの腰に手を回してくる。

その手つきがあまりにも自然過ぎて、おれは突っ込むタイミングを逃してしまった。

ショーは可愛いイルカたちがジャンプをしたり、色々な芸をしたりして楽しませてくれる。

かわいい……めっちゃかわいい……!

「可愛すぎる!」

「……確かに、可愛すぎるね」

いや、拓海さんイルカ見てる?

おれの方ばっかり見てない?

イルカのいたずらでちょっと水がかかったりしながら、おれたちは目一杯イルカショーを楽しんだ。

イルカショーが終わり、順路の最後はお土産屋さんだ。

う……さっき見たばっかりだからイルカのぬいぐるみが可愛く見えて仕方がない。

おれはソワソワしながらイルカのぬいぐるみをそっと手に取る。

……いやいやいや、良い大人だしおれ。

ぬいぐるみを置いて、やっぱりもう一度手に取る。

「……ぷっ!」

ハタと気がつくと、拓海さんがそんなおれを見て笑っている。

は、恥ずかしいところ見られたー!!

「そ、それ……欲しいの……?」

「や、その!……うー!子供っぽいとこ見られた……」

おれが顔を真っ赤にして俯くと、拓海さんは笑いながらおれが持っていたぬいぐるみを手に取った。

「この子?」

「え?」

そのまま拓海さんはレジに行くと、サッと会計を済ませてしまう。

そして戻ってくると、おれにイルカのぬいぐるみを手渡した。

「はい。今日の記念にどうぞ」

「あ、ありがとう……」

おれは照れながらもそのぬいぐるみを受け取る。

よし、このぬいぐるみはタクミと名付けよう。

「今度は、本当のスキューバをしようね」

拓海さんの言葉に、おれは頷く。

今度は本物の海で、もっと近くで。

当たり前のように手を引く拓海さんの横を歩きながら、おれはその日に想いを馳せた。

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