翔太編

「凛ー!なんか趣味のことで悩んでるんだって?」

翔太はそういうと、おれの未だに空白のままのアンケートシートの趣味欄を指差す。

「うん……おれ、無趣味とか……すごい隠キャ感甚だしいよな」

おれのどんよりとした声に、翔太は笑う。

「凛が隠キャとかウケる!世間には陽キャ代表みたいに扱われてるのに!」

え?

そうなの?

おれ、一般的には陽キャ代表なの?

おれは世間のイメージと自分のイメージの乖離に頭を抱えた。

「……ちなみに、翔太はなんで書いたの」

「おれ?おれはねービンテージジーンズ集めと、あとリアル謎解きゲーム!」

謎解きゲームってあれか。

最近よくある街の中やパークや施設の中で、謎解きをしながらゴールを目指すってやつか。

面白そうだと思ったけど、おれは一回もやった事ないなー。

「謎解きゲームって面白いの?」

「めっちゃ面白いよ!凛はやったこと無い?」

「無い」

「えー!勿体無い!」

翔太はそう言うと、ズイッとおれの方へ顔を寄せる。

「ねねね。今さ『花やかた』で謎解きゲームやってるんだよね!それ、チームでも参戦できるから、一緒に行かない?!」

『花やかた』とは、都内にある老舗の遊園地だ。

そんなに場所も遠く無いし、謎解きゲームも翔太と一緒ならなんだか楽しそうだ。

「ん、いいよ。おれも体験してみたい」

「マジで?!やったー!」

翔太はそう言っておれの手を取って喜ぶ。

当日、おれは迎えに来てくれた翔太の車で花やかたへ向かうと、早速入場券と謎解きゲームの書類の入った封筒を購入して中に入った。

平日とはいえ、花やかたにはそれなりに人がいる。

一応二人とも変装してきたけど、明らかに翔太のイケメン華やかオーラは変装の外へ漏れ出していた。

それを翔太に言えば「いや、それ、凛が言うの?!」と言葉を返される。

まあ、本人は全く気にしていないからいいのかな。

おれたちはまずベンチに腰をかけると封筒を開いて中身を確認する。

中には冊子とメモ用紙、簡易鉛筆と様々な書類が入っている。

書類は然るべき時に使うようだ。

翔太は慣れた手つきで冊子の一ページ目を開くと、冒頭部分を読み始めた。

「えーとなになに。『探偵諸君、この度は私の依頼を受けてくれて感謝する。今回の依頼は……』」

つまり、おれたちは設定上私立探偵かなんかなんだな。

で、この依頼人の依頼を受けると。

今回の依頼は『遺言書のありかを探す』事。

ざっくり要約すれば、

『大富豪の父親が名前の書いていない遺言書をどこかに隠した。

その父親には息子が三人いて、自分の遺言書を最初に見つけた者を跡取りとして、名前を記入した遺言書を渡す』

といった内容。

今回の依頼人はその息子のうちの三男という事だった。

なるほど、設定も凝っている。

おれたちは指示書を読み進めると、まず最初の謎解きに当たった。

「えーっと、まずはこの記号の場所を見つけてそこへ行け、と……」

翔太は地図を広げると、該当の場所を探す。

「これってなんの記号?」

「んーなんだろ。円に点々がついてて三角の台座…………」

「あっ……もしかして観覧車?!」

「そーだよ!それだ!さあ、いくぞ!ワトソンくん!」

いつのまにおれはワトソンになったんだ。

おれたちは地図を見ながら観覧車までを歩く。

爽やかな風が気持ちいい。

観覧車まで来ると、次の指示を探す。

「んと……赤の番号を調べて、それに5をかけた場所にいけ」

「赤って……1?」

「1×5……5。いちかけるご。いちご……イチゴ?!」

地図の中には様々な記号が書いてあるが、そこにはイチゴも書かれている。

おれたちは顔を見合わせると、イチゴの記号の場所……メリーゴーランドの所まで向かった。

その後もいくつかの指示をこなし、クイズをこなし、かれこれ二時間。

なかなかに歩かせてくれる。

「翔太ぁ〜!おれ喉乾いた!ちょっと休憩しない?」

「あ、賛成〜!おれも喉乾いた!ってか、腹減った!」

そういうわけで、おれたちは園内のレストランに入ると、テーブルに着いた。

翔太など、もう堂々と帽子を脱いでいる。

いや、バレる。

流石にそれはバレるよ。

お前みたいなピンク頭のイケメン、そうそういないから!

「えーいいじゃん、バレても。フライデーされるようなヤバいことしてないし。おれと凛でデートしてるだけだもん」

そういうと、翔太はおれの帽子もえいっと脱がせ、メガネも外してしまった。

チラチラと他の人の視線が痛い。

ええい、仕方ない。

今更隠してもバレてるしな。

おれはわかったよと頷くと、メニューに目を通す。

ここはイタリアンの店なので、各々好きなパスタを注文した。

おれはトマトベース、翔太はオリーブオイルベースだ。

しばらくするとホカホカしたパスタが運ばれてくる。

遊園地のレストランにしては美味しそうだ。

おれたちは早速食べ始める。

「ねえ凛、トマトベースのも一口ちょうだい!」

食べていると、翔太がそんなことをリクエストしてくる。

おれは「いいぞ」と皿を押し出そうとしたら、翔太はにっこり笑ってその口を開けた。

えーと。

これはあれか?

あーんしろと言うことか?

おれは苦笑いしながらパスタを一口大にまとめると、翔太の口に放り込んでやる。

「うまい?」

「うはい!」

翔太は嬉しそうにホクホクしてそう答えると、自分のパスタも一口大にまとめた。

「凛も、はいあーん!」

え?おれも?

強制的にあーんなの?!

おれは照れながら口を開けると、翔太がパスタを口に入れてくれる。

周りからクスクスと笑い声が聞こえた。

は、恥ずかしいぞこれ……!

翔太は平気なのか?!

おれはモグモグとパスタを噛みながら翔太を見る。

翔太は、なんだかとても幸せそうにニコニコしながらおれを見ていた。

「うまい?」

「うまいよ」

良かったーと翔太が笑うと、なんとなくおれも幸せな気分になった。

何気ないけど、こういう日常っていいな。

おれはそう思いながら再びパスタを口に運ぶと、翔太はニコニコしながら言葉を続ける。

「幸せだなー!飯は美味いし、凛は可愛いし!」

その言葉に、おれはゲホッとパスタをむせた。

だーかーら、お前らはなんで揃いも揃っておれのことを可愛いと思うわけ?

おれ、どう見ても立派な成人男性よ?

おれがわけがわからないというように眉を寄せると、おれの表情からおれの言いたいことを理解した翔太が笑いながら答える。

「だって可愛いもん。可愛いから可愛いの」

頬杖をついてそう言う翔太に、おれは苦笑した。

理屈じゃないものを否定はできない。

おれは「まあ悪く言われたわけじゃないし」と放っておくことにした……次の台詞を聞くまでは。

「ねえ、おれは?おれは格好いい?」

おれは再びパスタをむせると、翔太へ視線をやる。

その目は期待に満ち溢れている。

う、だめだ。

この目は裏切らない。

「格好いいよ」

おれがそう言うと、翔太はそれはそれは嬉しそうな顔で微笑んだ。

その顔は控えめに言っても物凄くイケメンで、おれが今言ったことが嘘ではないことを証明している。

おれはその笑顔にドキドキすると、思わず視線を彷徨わせる。

「……凛、照れてる?」

「う、うるさいな!翔太がイケメンなのが悪い!」

おれはお門違いな文句を言うと、翔太は再び嬉しそうに笑った。

「やっば。凛かわいすぎ」

どさくさに紛れて手を握るな、人前だぞ。

いや、人前じゃなかったらいいみたいに言っちゃったけども。

でも、おれの手を握る翔太の手は大きくて暖かくて優しい。

おかしいな、身長はほとんど変わらないのに、この手の違いはなんだ。

おれがドギマギしていると、不意にスッと手が離される。

おれは、ちょっとだけ名残惜しいと思っている自分に驚くと、それを悟られないように食事を再開する。

食事が済むと、おれたちは再び謎解きを再開した。

QRコードを読み込み、スマホで制限時間付きのクイズを解いたり、クロスワードを解いたり、本当に盛り沢山だった!

おれたちはなんとか全ての謎をクリアすると、最終報告書へと向かう。

「おめでとう!君たちは全ての謎を解き、一番早くここに辿り着いた!したがって、遺言書には三男の名前を記そう!」

最終報告書で報酬と書いた封筒をもらうと、係の人が記念撮影をしてくれる。

明らかに係の人もおれたちだって気がついているな、これ……。

おれたちは、二人で笑顔で肩を組んで撮影された。

おれたちはベンチに座って、報告書でもらった最後の冊子を読む。

結局、三男の提案で会社は三人力を合わせて経営していく旨が書かれていた。

うん、いい話だ。

なんとなく想像ついてたけど。

そして、封筒の中には記念品として謎解きストラップが一組入っていた。

探偵をモチーフにした、キセルと虫眼鏡の形をした一対の可愛いストラップ。

おれたちはそれを二人で分けると、お互いのスマホにつけた。

翔太は「お揃いだー!」とはしゃいでいる。

おれも、なんだか同じ時間を共有した証みたいに思えて、ちょっと嬉しかった。

夕日が綺麗だったから、最後におれたちは観覧車に乗る。

ゆらゆらとゆったりとした時間が流れて、いい気持ちだ。

「今日はありがとね、凛」

「おれこそありがとう。すげー楽しかった!」

「そっか!じゃあまた別のやろ!」

そう言いながら翔太は小指を出す。

おれは翔太の小指に自分の小指を絡めると、指切りをした。

瞬間、ぐいとその手を引かれ、おれは翔太の腕の中に倒れ込む。

「……凛、大好きだよ」

そう言って優しく額にキスをすると、翔太はニコッと笑った。

おれの頬が赤いのは夕日のせいだ。

決して照れたからでも見惚れたからでもない。

そのまま、おれは地上が近づくまで翔太に抱き寄せられたままだったのは内緒の話にしておいてほしい。

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