優編
「え?おれの趣味?」
おれに問われて、優はパチクリと目を瞬かせた。
「うーん……凛も知ってる通りゲームは好きだよ」
「それは知ってる。それ以外は?」
「サッカーかな。昔やってたからね」
そう言えばそうだったな。
中学まではサッカー少年だったんだよな、優は。
確かJ1リーグの川崎FCの下部組織にいて、U-14にも選ばれたって言ってた。
……すごくね?
「それって、やるの?見るの?」
「両方だよ。でも最近は見る方が多いかな」
優はそう言うと、おれの方に顔を近づける。
「……なに、おれのことが気になるの?」
にっこりと笑いながら、そう問う。
「うん。おれ、よく考えたら無趣味だからさ……こういうアンケートに書くことがなくて……」
おれは、番組の打ち合わせ用アンケートの趣味欄を指で突く。
「……ああ、そういうことね」
優はなーんだと言いながら椅子に腰掛けた。
「ああ、ならさ。よければ今度一緒にサッカーの試合見にいってみる?」
優の申し出に、おれは目を輝かせる。
「え、いいの?」
「もちろん。おれの推しの川崎を、凛も一緒に応援してよ」
それから、優はあっという間にチケットを取り、おれたちの試合観戦が決まった。
「スポーツバーもいいけど、最初はやっぱりライブだよね」
そう言いながら、競技場に入る前におれをグッズショップに連れて行く。
そこにはさまざまな応援グッズが並び、見てるおれもなんだかワクワクしてくる。
「おれの一推しはセンターハーフの水野選手なんだ。……実は昔ポジションを争った元チームメイト」
嬉しそうにそう言う優が着ているレプリカユニフォームも10番の水野選手だ。
日本代表でも活躍する有名ミッドフィールダーで、おれでも名前を知っている。
「せっかくだから凛もレプリカユニフォーム着て応援しようよ。一体感が違うから」
おれ、初心者だけどいいかな?
おれはソワソワしながらも、優に勧められてユニフォームを選ぶ。
ふと見れば、センターバックの椎名選手のユニフォームが目に入った。
細身ながらも抜群の身体能力で大型フォワードにも引けを取らない、川崎の司令塔だ。
そして、時には自ら前線に上がってきたりもするスーパープレイヤー。
もちろん日本代表にも選ばれている。
おれ、一応勉強してきたんだ。
なんとなく、その姿が優と被って気になってたんだよな。
「おれ、椎名選手にする!」
「へえ、渋いところ行くね」
「そう?なんかこの人のプレイスタイルが優と被って気になってたんだよ」
「……っ」
おれは思ったことを素直に口にすると、優は何故か言葉に詰まった。
「おれはメインボーカルで主旋律を歌うことが多くて、優はハモリのことが多いだろ?でも、ソロの時にはその歌唱力をしっかり見せつける所とかが、華麗な技術と守備も攻撃もできる能力……優?どうした?」
「いや……ありがと」
優はそう言うと視線をおれから外して顔を赤くしている。
ん?
なんかおれ変なこと言ったか?
「じゃ、凛は椎名選手でいいんだな?」
「おう!」
おれは買ったばかりのユニフォームに袖を通すと、優の言った通りなんだか気分も上がってくる。
おれたちはチケットのもぎり列に並ぶと、期待とワクワクでドキドキしてきた。
おれ、今日ほとんど変装してないけど意外と気が付かれないもんなのかな?
「なあ優、いつもお前こんなんなの?」
「ん?ああ……おれが川崎ファンなのはみんな知ってるから、ほとんどの川崎ファンはおれだって気がついても放っておいてくれる」
あ、そういうことか!
川崎ファンっていい人が多いんだな!
おれは納得するとチケットを係の人に渡す。
「でもまあ……流石に今日はチラチラ見られてるな」
「?なんで?」
「お前がいるからだよ」
「新参者だからか!」
「いや、そうじゃなくて……まあいいや」
おれたちは競技場に入ると、まずは試合が始まるまで喉を潤すことにした。
「何飲む?」
「優は?」
「おれは軽くビール」
「じゃ、おれも!」
おれたちはビールを買って席に着くと、始まるまでの間に飲む。
なんだかワクワクしてきたぞ。
「なんかすでに楽しい!」
「そう?良かった」
優はそう言って笑うと、おれの口についたビールの泡を指で拭う。
恥ずかしい、はしゃぎすぎた!
「試合が始まったらもっと熱くなるよ」
ビールを飲んで、しばらくすると華やかな音楽が鳴って選手が入場してくる。
今日の対戦相手は仙台だ。
両チームが並び、写真撮影が終わるとコイントスが始まった。
いよいよゲームスタートだ。
キャプテン同士が拳を突き合わせ、所定の位置に散らばっていく。
ホイッスルが鳴り、ゲームが始まった。
ボールはまず川崎がキープ。
試合は一進一退を繰り返し、おれたちはボールを奪ったり奪われたりするたびに歓声を上げて応援をする。
前半38分、ついに川崎がチャンス!
椎名選手がボールをカットし、そのまま前線へ上がる。
華麗に相手を抜き去り、水野選手へと絶妙なパスを出した。
水野選手はそれをワントラップして、これまた絶妙な角度でアシストする。
パスを受けたセンターフォワードの藤村選手はそのボールを力強くシュートした。
ボールはディフェンダーを抜け、綺麗にゴールに突き刺さる。
「おおおおおお!」
「やったあああ!」
おれは優と抱き合って喜ぶと、ファン同士のハイタッチにも参加させてもらった。
すごい! めちゃくちゃ熱い!
スタンドは川崎コールに沸く。
かーわーさーき!
ドンドンドン!
オーオーオー!
かーわーさーき!
ドンドンドン!
オーオーオー!
おれもその川崎コールにのって手を叩いた。
前半はその一点で終了。
おれはハーフタイムに優から渡されたドリンクを飲むと、興奮してはしゃいだ。
「すげえ!めっちゃ熱い!面白い!」
「そっか、良かったよ」
優がなんとなく優しい顔でおれを見下ろす。
やっぱり自分の好きなものを好きって言ってもらえるのは嬉しいよな!
「水野選手の絶妙アシスト、マジ超絶技巧だったよな!」
「うん」
「その前の椎名選手のカットもヤバかった!」
「うん」
「もちろん藤村選手のシュートもカッコ良かった!」
「……凛」
あ、やべ!
はしゃぎすぎた?!
おれが黙ると、優はふっと笑っておれの頬を撫でた。
「可愛すぎる」
そう言うと、チラリと周りを確認しておれの頬に唇を寄せる。
いやいや!
いくら今ハーフタイムで人が少ないとはいえ……人前!!
いや、人前じゃなかったらいいのかと言われるとそれも違う気がするけど!
おれは顔を真っ赤にすると、優を見上げる。
「本当は口にしたいけど、我慢するよ」
いやいやいや、何言ってるのこの人。
ここはパブリックスペースです!
いや、だから人前じゃなかったらいいのかと言うと、そうじゃ無いけど!
そうこうしているうちに後半が始まる。
後半は仙台が攻撃的な布陣にメンバーをチェンジし、果敢に攻めてくる。
椎名選手をはじめとするフォーバックがギリギリのラインでゴールを防ぎ、まさに後半も一進一退。
ボールがゴールから外れるたびに相手チームからはため息、自チームからはホッとした安堵の吐息が聞こえる。
おれは声をかぎりに応援すると、再び椎名選手のパスカットから川崎に試合が傾いた。
グングン敵を追い抜き、フェイントからの華麗なパス。
パスを受けたサイドハーフの永田選手が水野選手へさらにパスを繋ぐ。
両ウイングが上がってきて、水野選手は右ウイングの萩原選手にアシストをした。
萩原選手は強烈なシュートを決めたが、これにはオフサイドフラッグが上がる。
「ああああ!」
「あーっ!」
川崎サイドからはため息が漏れる。
おれも優のユニフォームを掴んで悔しがった。
優は苦笑してそれを見ている。
いや、盛り上がりすぎてわるい……。
再びゲームが始まり、先程のシュートは決まらなかったものの、流れは川崎に来ていた。
かーわーさーき!
ドンドンドン!
オーオーオー!
かーわーさーきー!
ドンドンドン!
オーオーオー!
ここで川崎の選手交代。
サイドバック田中選手の登場だ。
おれたちは声の限り応援する。
三度椎名選手のパスカットから、田中選手へパス。
田中選手はボールをもって猛然と敵陣へ駆け上がった。
田中選手から水野選手へ鋭いパスが通る。
水野選手は相手との一対一でフェイントをかけると、相手を抜き去りそのまま自らシュートをした。
激しいシュートがゴールポストを揺らす。
『ゴオオオオオオオル!!』
電光掲示板にゴールと表示され、おれたちは再び抱き合って喜んだ。
どさくさに紛れて、優が再び頬にキスしてきたのはまあ許してやろう。
そのまま試合は川崎有利で進め、2対0で勝利。
試合終了のホイッスルが鳴ったと同時に、ファン同士ハイタッチを決め、喜びを噛み締めた。
フィールド上では水野選手が勝利者インタビューを受けている。
それを、優は嬉しそうに眺めていた。
「ちょっと、サッカー続けてれば良かったって思った?」
おれがそう聞くと、優は驚いたようにおれを見つめる。
「なんで?」
「なんとなく……」
もし、そうだと言われたらおれはどう思うんだろう。
「いや、おれはAshurAとして活動してる今が楽しいよ。凛とも出会えたし」
優の言葉に、浮上するおれの心。
おれってわがままだな。
おれたちはスタジオを後にしながら試合の余韻に浸っていた。
「……ところで凛。椎名選手が応援ありがとうってさ」
優はそんなことを言いながら、おれにスマホの画面を見せる。
そこには、優と水野選手のLINEのタイムラインになぜかおれの応援する姿の写真が載せられていた。
え?
こんな写真いつ撮ったの?
そして、水野選手の返信には「椎名がありがとって。めっちゃ喜んでた」と一言返されている。
「椎名選手、凛のファンなんだってさ」
なに?!
知らなかった!
優はおれをじっと見つめると、ニヤリと笑う。
「でも、凛はあげないから」
「は?それどういう……」
「いいの、凛は知らなくて」
タクシーが来るまで、おれたちはそんなこんなではしゃぎまくったのであった。
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