君最!シリーズ短編日常編

一哉編

うっわあ……リアル王子だ……」

おれは一哉を見上げると、思わずそんな感想が口から飛び出た。

目の前には文字通り白馬に跨った一哉がいる。

格好いい。

格好良すぎる。

「白馬に乗った王子だ……」

おれの言葉に一哉は苦笑すると、訂正される。

「こいつは白毛じゃなくて芦毛な」

何の違いか分からずにいると、一哉は丁寧に説明をしてくれた。

「白毛の馬は生まれたときから全身が真っ白なんだ。肌の色もピンクに近い肌色だ。それに対して芦毛の馬は、生まれたときは青毛や鹿毛などの色をしてる。それが年をとるに従ってだんだん白くなってく。肌の色も濃い。白毛はなかなか貴重だから、そんなに簡単にはお目にかかれないぞ」

なるほど。

非常にわかりやすい解説をありがとう。

おれはボーッと一哉に見惚れると、おれの担当の人から声をかけられた。

「ええと、LINさんは乗馬は初めてでしたっけ?」

「へ?あ、ああ。はい」

「では、乗り方を教えますね」

そもそも、何故おれはこんな所にいるのか。

それは遡ること数週間前。

理由は一哉との会話の中にあった。

「……なんかさ、一哉って趣味も高尚そうだよな」

「なんだ、急に」

おれの言葉に、一哉は訝しんだようにおれを見る。

「なんか趣味もオシャレそうだなーって」

おれは次の番組のアンケートシートの趣味の欄をポールペンで突きながら一哉を見上げた。

「ああ……その欄に書くことの話か。洒落てるかどうかで趣味は選んでねえが……」

「王子は乗馬とか出来そう」

おれは茶化すようにそう言うと、一哉は黙った。

……あれ、まじでできるのか、こいつ?

待って待って、冗談で言ったのに。

おれなんて趣味「ゲーム」だぞ。

隠キャこの上なくね?

「もしかして……一哉、リアルに乗馬できたりすんの?」

「まあ……ガキの頃から乗ってはいるな」

ま、まじかー?!

似合いすぎるだろ!

おれは青空の下、白馬に乗った一哉を想像した。

だめだ、完璧に王子だ。

非の打ち所がない。

おれはぐぬぬと唸ると、理不尽なことを言い募った。

「王子狡い!似合いすぎる!イケメン狡い!」

おれの言葉に一哉は呆れたのか、笑いながらため息をつく。

「なんだそれ」

一哉はそう言っておれの額を突くと、その目をやさしげに細める。

「馬はいいぞ。賢いし優しい奴が多い。癒されるし、心が満たされる」

意外だ……一哉がこんなに優しげな顔で馬のことを語るなんて。

「今でも乗ってるの?」

「ああ、たまにな。……乗ってみたいか?」

「え、おれでも乗れるの?」

「初心者コースがあるから、それなら乗れるぞ」

「なら、乗ってみたい!」

そんなこんなで、一哉の乗馬クラブを紹介してもらったのであった。

そして、冒頭に戻るのである。

確かに、一哉の言う通り生で見た馬の目は優しくて可愛かった。

そっと撫でてやると、ブルルと小さく返してくれる。

や、やばいかわいい……。

「ではLINさん、まずは乗り方なんですが……初めてなので、踏み台から乗ってもらいますね」

担当の人はそう言うと、馬の左側に踏み台を置いた。

一哉は台なんか無くてもひらりって感じで乗ってたけど、流石にそれは無理なんだな。

当たり前か。

「馬の左側から乗ります。どうぞ」

おれは緊張しながら踏み台に足を乗せると、馬の左側に立つ。

「では馬のたてがみをもって……そうです。左足を鎧(あぶみ)にかけてください」

言われた通り左足をかける。

「手を鞍壺の向こう側にかけて……右足で踏み切って乗ります……そう、上手です!」

うおおおお!

はじめての乗馬!

思ったよりも目線高いぞ!

おれはテンション上がりまくりで興奮する。

そんなおれを一哉は笑いながら眺めていた。

「テンションあがるよな。おれもはじめて乗った時はそうだった」

「一哉がはじめて乗ったのっていつ?」

「いつだったかな……八歳くらいじゃないか?」

おれ、八歳児と同じ精神レベルかよ。

まあいいか、気持ちいいのは事実だ。

「初心者コースはこの牧場内を一周してもらいます。この子は賢いので、ちゃんとコースを覚えてますから安心してください」

うわー、緊張するぞ!

「手綱の動かし方は最初に受けてもらった講習の通りですが、大丈夫ですか?」

「なんとか覚えてます!」

「今回はおれがずっとついてる。心配はいらないさ」

「そうですね、一哉さんお願いします」

そう言うと、一哉はゆっくりおれの隣に馬を並べる。

「ほら、行くぞ」

「おう」

おれは緊張しながらかるく手綱を扱く。

すると馬ーー名前はエルヴィンと言うらしいーーがゆっくりと歩き始める。

ポクポクと蹄の音がして、ゆさゆさと身体を揺らしながら青空が綺麗な牧場を歩く。

風が気持ちよくて、おれは思わず顔が緩むのを感じた。

「……めっちゃ気持ちいい!」

「そうだろう?」

一哉の乗る馬は、いつもラファエルと言う馬なんだそうだ。

白馬……じゃなくて芦毛の綺麗な馬だ。

おれは一哉と並んで馬を歩かせると、サワサワと揺れる樹々の木漏れ日を感じて目を細めた。

ゆらゆら揺れる振動が気持ちいい。

「あぁーこれ、ハマりそう!」

おれが感極まったようにそう言うと、一哉はその瞳を嬉しそうに細める。

「はは。気に入ってもらえたなら良かった」

しばらく進むと、目の前に海が広がる。

この牧場は小高い丘の上にあるため、コースから海が見えるのがポイントだ。

実際には結構遠くにあるらしいのだが、青空と、牧場の緑と、海の蒼のコントラストがめちゃくちゃ綺麗でおれは思わず声を上げる。

「綺麗すぎる!」

おれの言葉に、一哉が苦笑をした。

「あんまりはしゃいで落ちるなよ」

おれは一哉の言葉にしっかりと手綱を握りなおすと、それでも目の前の絶景に夢中になった。

相変わらずエルヴィンはゆっくりと優しく歩を進め、おれを夢の世界へと連れていってくれる。

「エルヴィンもお前のことが気に入ったみたいだな」

「本当か?」

「ああ。穏やかな顔をしてる」

おれはエルヴィンの身体をそっと撫でると、ブルルと優しく嘶いて返してくれた。

か、可愛すぎる……!

おれは顔をふにゃふにゃにしてニヤけると、エルヴィンに抱きつきたくなる衝動を必死で抑えた。

急に変な動きをして驚かせたらダメだしな。

「……ったく、可愛すぎるだろうが」

一哉の言葉に、おれはうんうんと頷く。

「エルヴィンめちゃくちゃかわいいな!」

「いや……おれが言ったのは……まあいい」

一哉は苦笑しながらそう言う。

よくわからないが良いならいい。

初心者コースは牧場内一周だからおよそ30分程度。

あっという間にゴールが見えてくる。

ああ……もうエルヴィンとの時間が終わりなのか。

おれは残念に思いながらも最後までエルヴィンの背を楽しむ。

「ああ……名残惜しいよ」

「そんなに気に入ったなら、また連れてきてやるよ」

「本当?!」

「ああ」

一哉の言葉におれは満面の笑顔を向ける。

「あ……でも、おれと来たらおまえ、初心者コースしか走れなくてつまらなく無い?」

実際は一哉は上級者だから、もっとスピードを出して走ったり出来るはずだ。

けど、おれと来たらおれに合わせて初心者コースをゆっくりということになる。

「構わないさ。……一人で来るのとは違って良いものも見えたしな」

一哉はそう言って笑う。

「おら、ラスト少し気を抜くなよ」

「おう!」

こうして、おれの初乗馬体験はあっという間に終わった。

エルヴィンから降り、その背を撫でてやると嬉しそうに(多分)嘶く。

「エルヴィン、また来るよー」

「はは、気に入ってもらえたようで何よりです」

担当の係の人はそう言うと、何やら一哉にボソボソと耳打ちした。

「……LINさんって、テレビで見るより……その……可愛いですね」

「おい……凛に手を出したら分かってんだろうな?」

「だ、出しませんよ!」

「……?どうした一哉?」

「なんでもねえ」

一哉はそう言うと、おれの肩を抱いて歩き出す。

「せっかくここまで来たんだ、ついでにお前が好きそうな美味いもの食わせてやるよ」

そう言って一哉が連れてきてくれたのは予想外の店だった。

「ソ、ソフトクリーム!」

「ああ、ここは馬だけじゃなく牛舎もあるから、新鮮な牛乳で美味い乳製品が食える」

そう言って一哉はソフトクリームを一つ注文するとおれに手渡す。

「一哉はいいの?」

「おれはいい。その代わり別のものを買っていく。ほら、溶ける前に食え」

おれは一口ソフトクリームを頬張ると、その濃厚なミルク分と甘さ控えめな味に感動した。

「うっま!」

「……ふっ、そいつはよかった」

一哉はそう言うと、チーズを何種類か購入する。

「ここのチーズはワインに合うんだ」

なんか、何やってもサマになるというか……イケメン狡い。

帰りの車の中(現代の王子は馬も車も似合う)おれは思わずウトウトしてしまう。

人に運転させといて寝るとかマズイと思って必死で目を開けているが、楽しくてはしゃぎすぎたのと一哉の運転がうますぎてダメだ。

「無理せず寝てていいぞ」

「う……でも……」

「いいから寝てろ。着いたら起こしてやるから」

一哉は優しげにそう言って笑うと、おれの目を手で覆う。

おれの意識が残っていたのは、そこまでだった。

「おやすみ、おれのお姫様」

そう言った一哉の呟きは、おれの耳には入らなかった。

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