パパラッチフィーバー⑪
side L
おれたちは『buzzer beater』のBlu-rayを見ながら、かなり興奮していた。
『buzzer beater』はアメリカのダンスヴォーカルグループで、とにかく歌とダンスが上手い。
特に歌。
コンサートでアカペラを披露しているが、全員が一流オペラ歌手並みに上手い。
おれは翔太の部屋の80インチのテレビに釘付けになっていた。
「見た?今のパフォーマンス。あのダンス踊りながらあの歌歌えるって……どんな心肺機能してんの?!」
「本当だよね……さすがアメリカの音楽賞総なめにしただけある」
『It's up to you to make me live or die.
With just one word from you,
my heart can be happy or unhappy.
Please let me live.
Light up my heart with your smile.』
おれはBlu-rayのダンスをコピーしながらbuzzer beaterの曲を歌う。
「うわー!凛のbuzzer beater!超貴重!」
「いや、恥ずかしいな!完成度低いんだから動画撮んな!」
清十郎や一哉ならもっとダンスの完コピ出来たんだろうけど、おれはまだまだだ。
おれが画面を見て、歌いながらダンスをコピーし続けると、翔太もそれに倣う。
むしろ、翔太の歌の方が貴重だ。
当たり前だが、翔太はラップだけじゃなくて歌も上手い。
二人揃って、あーでもないこーでもないと言いながら歌い踊ると、少しずつモヤモヤした気持ちが無くなってくる。
「……あーっ!疲れた!」
「でも楽しかった!」
おれたちはクタクタになるまで踊り続けると、息を切らせて床に座り込む。
翔太はおれの顔を見て、嬉しそうに笑った。
「……なに?」
「いやー。やっぱり凛は笑ってた方が可愛いよ」
「……?!」
翔太のどストレートな言葉に、おれは思わず照れる。
「か、可愛いって……」
「だって可愛く思えるんだもん」
翔太はそう言って膝でにじり寄ってくると、そのスマホを構える。
「はい、凛笑えー!」
翔太はスマホでおれたち二人のショットを撮ると、公式ツイッターに投稿する。
「凛と二人 buzzer beaterコピー めちゃ疲れた……送信ー!」
いつも、翔太のこの明るさには救われている。
おれは悪ノリして翔太に近づきスマホを覗き込んだ。
「どんな風に撮ったんだよ!」
おれが翔太に視線を寄越すと、その視線が絡む。
翔太の顔が近い。
おれは思わずドキッと心臓が高鳴るのを感じた。
「ーー凛。いまおれのこと意識したでしょ」
翔太の言葉に、頬が赤らむ。
「あ……えっと…」
否定はできない。
最近はメンバーにドキドキさせられっぱなしだ。
「凛……好きだよ」
翔太は低い声でそう囁くと、おれの頬に触れるだけのキスをする。
それがなんだか気持ちよくて擽ったくて、おれは翔太の瞳を見つめた。
翔太はおれと視線を絡ませると、その唇をおれの唇に重ねる。
その柔らかな感触がどうにも心地よくて、おれは自分の心に動揺した。
触れるだけのキス。
ただそれだけで、痺れたような気持ちよさを感じる。
おれは、いったいどうしてしまったんだろう。
押さえつけられてるわけでも、無理強いされてるわけでもない。
なのに、振り解けない。
唇が、離される。
物足りない、なんて思ってしまう自分の思考におれは自分の脳みそがどうにかなってしまったのではないかと思った。
「凛、可愛い」
そう言って翔太はおれの瞼にキスを落とす。
「今日も一緒に寝ようね」
そう耳元で囁かれ、おれは思わず頷いた。
side A
おれはカーテンから漏れた光に目を覚ますと、ボーッと天井を見つめた。
隣を見れば、綾斗の整った寝顔がある。
綾斗はおれを腕枕の状態で、抱き寄せたまま眠っていた。
綾斗もおれも服を纏っていない。
おれは綾斗の剥き出しのたくましい胸に抱かれていた。
ああ、そうか。
……つまり、そういうことだ。
ゴミ箱を見れば、昨日の行為の残骸が捨てられている。
「……アキ、起きたのか……」
綾斗はおれの小さな動きで目を覚ましたらしく、おれをさらに抱き寄せて額にキスをした。
おれはその綾斗の行動に、自分でもよくわからない感情が生まれるのを感じる。
「……アキ?」
目頭が熱くなり、ジワリと涙が溢れ出た。
「……アキ!?」
綾斗はそんなおれを見つめると、動揺したようにおれの涙を拭う。
「どうしたんだ……アキ……」
「……んで……よ……」
「え?」
鼻の奥がツンと痛み、涙がポロポロと溢れる。
「……な…んで……や…やめてくれなかったんだよ……!」
「……ア…キ……」
おれの言葉に、綾斗の顔色がサアッと白くなるのがわかる。
けれど、おれの口は止まらない。
「お……おれは……待ってって……言ったのに……」
「………っ」
涙が次から次へと溢れる。
そう、おれは綾斗にベッドに組み敷かれた時、確かに「待ってくれ」と頼んだ。
それは、ベッドの上の睦言だと思われる様な言葉だったかもしれない。
でも、おれにとっては本気の言葉だった。
……まだ、本当に好きかわからない状態でそういう行為をしたくなかったから。
快感と情に流されてしたくなかった。
この、胸に芽生えた僅かな思いを大切にしたかったから。
「ーーアキ、おれは」
顔面が白を通り越して真っ青になっている綾斗を恨む気持ちはない。
キスを振り解かなかったのも、絆されかけたのもおれだ。
綾斗はオーケーだと思っていただろう。
けど、だからといって、今のこのおれのクシャクシャした気持ちが晴れることはない。
おれはベッドから降りると、脱ぎ散らかされた服の一枚を羽織る。
「ーーしばらく……一人に…してくれ」
おれはそう言うと、シャツを一枚羽織っただけの状態でバスルームに座り込んだ。
ひんやりとした床がおれの熱を奪っていく。
「……っ…う……ううっ……」
おれは膝を抱えて再び溢れ出した涙を押さえた。
どれだけそうしていただろう。
おれの身体は冷え切り、ブルっと震えた。
「ーーアキ……すまなかった」
バスルームの扉を挟んで、綾斗の声が聞こえる。
「風邪をひくから……服を着てくれ」
ここに置くから、と言い置き、綾斗はその場を去った。
おれは、震える身体を抱いて脱衣所に出ると、自分の服に袖を通す。
時計を見れば、もうそろそろありすちゃんが迎えにくる時間だ。
おれは重い身体と心を引きずり、バスルームから出る。
「ーーアキ」
「ーーおれ、今日からホテルに泊まる……」
おれの泣き腫らした目を見て、綾斗は口をつぐんだ。
「そ…うか」
綾斗はそう言うと、自分の拳を握りしめる。
「アキ……すまなかった。許してくれとは言わない……でも……謝らせてくれ」
綾斗は綾斗なりの誠意を見せようとしている。
けれど、今のおれにはそれを許容する余裕がない。
「……今は頭ぐちゃぐちゃで、許すとも許さないとも言えない。しばらく……時間をくれ」
「……わかった」
おれは綾斗から視線を離し、ソファへと腰掛ける。
気まずい沈黙が続くが、何も喋る気にはなれない。
しばらくして、ありすちゃんが迎えにくると、おれたちのよそよそしい態度に首を捻った。
「なあに、あなたたち喧嘩でもしたの?」
ありすちゃんの言葉におれは無言で窓の外を見ると、綾斗が代わりに口を開いた。
「喧嘩じゃない……おれが無神経に……アキを傷つけた」
「あら……珍しい……」
それについておれが何も言わないので、ありすちゃんはそれ以上この話題に触れてくることはなかった。
その日の仕事は必要最低限の事しか喋らず、おれの表情もぎこちなかったが、不幸中の幸いで今日は打ち合わせとダンスレッスンだけだったので特に問題なく過ごせた……多分。
おれは仕事がすむと、ありすちゃんが取ってくれたホテルへの部屋に入った。
どさりと荷物を置くと、ベッドへと倒れ込む。
ジクジクと、胸が痛い。
この胸の痛みはなんの痛みだろう。
おれは、ベッドに仰向けになると天井を見つめる。
一人のベッドは広い。
広すぎて寒い。
おれはスマホを取り出すと、凛とのLINEトークを開く。
『今、何かしてる?』
おそらく、凛もメンバーと一緒にいるか、ホテル住まいのはずだ。
しばらくして、凛から返信がある。
『いま清十郎の家にいる。清十郎は今フロ。どうかした?』
『いや……ちょっとやな事があって……話しかけただけ』
すると、すぐに凛から着信があった。
こんな時の行動、早いよな。
さすがは親友。
『なんだ、どうした?』
凛は努めて明るくおれに話しかける。
「今から言うおれの話を聞いて、引かないでくれるか?」
おれの真剣な言葉に、電話の向こうの凛が居住まいを正す音がした。
『おう。真面目な話なら、真面目に聞く』
おれは凛の言葉に自分の口を開きかけて、そのまま閉じる。
心臓がドキドキと高鳴って、じっとりと変な汗が出た。
凛は真面目に聞いてくれるはずだ。
けど、万が一。
気持ち悪いと突っぱねられたらーー。
おれは頭を振ると、ふうと大きく息を吐いた。
「おれーー綾斗と……その、した」
『したって……え?そう言う意味でのシたって事?』
「……うん」
『……嘉神と付き合うことにしたの?』
「ーーいや」
『え?』
「なんで言ったらいいのか分かんないけど……泊まってる時にそういう雰囲気になって、でもやっぱおれが腰が引けて……待ってって言ったのに待ってもらえなかったと言うか」
『………』
凛が息を飲む音が聞こえる。
「や、やっぱこんな話気持ちわりーって思うよな……」
『じゃなくて!』
「……え?」
『それって……秋生の意思を無視してってことだろ?』
「……うん」
『嘉神、最悪じゃん。好きな人の気持ち無視するとか……もうそれレイプじゃん!』
レイプ。
その言葉に、おれは胸の中が焦げ付くように痛んだ。
この痛みはなんだ?
「……っ」
『あっ…でかい声出して悪い……つい、ムカついちゃって……』
「いや……気持ち悪がらずに聞いてくれてサンキュー」
ジクジクと胸が痛む。
凛はおれのために怒ってくれたのに、綾斗のことを悪く言われて腹が立っている自分がいた。
なんでた。
さっきまで、綾斗のことをひどい奴だと少なからず思っていたのに。
自分自身の考えの揺れ具合に嫌気がさす。
『……で、何を悩んでるの?』
「わからない……頭の中がぐしゃぐしゃで…何を悩んでるのか、何が悲しいのか、何が辛いのかがわからないんだ……」
おれの言葉に、凛はすこし間を置いて言葉を選びながら聞いた。
『秋生は……嘉神のことをどう思ってるの?』
凛の言葉に、胸がズキリと痛む。
「………どう、なんだろう」
『嫌いじゃないんだね?』
「うん……」
『その…昨日以外にキスとか…されたことは?』
「ある」
『その時、どう思った?』
「嫌じゃ……無かった」
そう、嫌では無かった。
むしろ、離れるのが寂しいと思ったことさえあったのだ。
おれは、胸の奥に潜む微かな気持ちの正体に気づく。
おれが黙ると、凛は優しげに吐息だけで笑ったような気配がした。
『あとは……自分でわかりそうだね』
遠くで凛を呼ぶ声が聞こえる。
「ああ……ちゃんと自分で考えてみる」
『前にも言ったけど……おれは、秋生が幸せになるなら相手が誰でも応援するからな!』
「ああ、それはおれもだ」
少しだけ、気持ちが浮上する。
「話聞いてくれてーーありがとうな」
『親友の悩みくらい聞くさ!』
おれはベッドから起き上がると、見えない凛に向かって頭を下げる。
電話が切れると、おれは持ってきたギターをケースから出した。
譜面と鉛筆を出してギターを構える。
おれは、迷いながらも一つの結論を出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます