パパラッチフィーバー⑩
side L
う……重い……。
おれはあまりの寝苦しさに目を開けると、目の前にピンクアッシュの頭のつむじが見えた。
よく見てみれば、おれの上にのしかかるように翔太が覆い被さり、すーすーと寝息を立てている。
「翔太……おも…重い……!」
おれは翔太を揺さぶって起こすと、翔太はうっすらと目を開ける。
「んー……凛」
「凛、じゃないよ。重いって!」
何でこんな狭い場所でわざわざ人を羽交締めにして寝てるんだよ!
「だってー凛があまりにも気持ち良さそうに可愛く寝てるからさー」
そう言うと、やっと翔太は身体を起こし、ふわぁとあくびをした。
本当は、わかってる。
恐らくおれは気持ち良さそうにどころか、うなされながら寝てたんだろう。
夢見が悪かったから、きっとそうだ。
だから、あやす様に抱きしめてくれてたんだよな。
まあ、そのまま寝ちゃったのはどうかと思うが。
最後は別の意味でうなされたわ。
おれは、変な姿勢で寝てしまってゴキゴキなる身体の関節を動かすと、軽く伸びをした。
「皆は?」
「向こうでお茶飲んでるよ。行く?」
「んー、そうだな。そろそろ移動時間も近いしな」
おれはソファから立ち上がると、隣の部屋へ移動する。
「お、起きたか。ねぼすけ凛」
「ミイラ取りがミイラ翔太もね」
「何の話してたの」
「………」
あー、恐らくこれはあれだ。
例の件について会議が行われてた感じだな。
「例のインタビューなら、見た」
「凛さん……」
「いや、待って!おれちゃんと言付け守って、自分のツイッターと公式サイト以外見てないからね?」
「……まさか、公式サイトやおまえのツイッターにまで載せられるとは思ってなかったからな……」
清十郎がそう言うと、一同は黙る。
「ちなみにだけど……二人が付き合ってるって言うのもガセだよね?」
沈黙を破る様に優の言った言葉に、おれは飲んでいたルイボスティーを盛大に咽せた。
「……は?!」
流石にその情報は知らない。
え、二人っておれと秋生のこと?
「秋生とは確かに仲良いし、一緒に遊びにいったりするけど……ただの親友。恋愛感情とかゼロ」
おれは盛大に首を横に振ると、優は安心した様にため息をついた。
この偽物たちは、いったい何がしたいんだ?
おれは頭を捻る。
きっと今頃秋生も嘉神に色々言われてるんだろうな。
いや、嘉神の性格だったら逆に言われないか。
「さあ、では皆さん。そろそろ次の現場に移動しましょう」
敦士の言葉に、皆は腰を上げる。
次はスポーツバラエティ番組のゲスト出演の撮影だ。
AshurAのメンバーが揃ってこういうバラエティに出るのは珍しい。
おれはダンスレッスン用の服から私服に着替えると、さっと髪を整える。
今回の番組は、VS battleという番組で、ORION(超有名男性アイドル事務所だ!)のKey WESTというアイドルの持つ番組で、Key WESTの五人と色々なゲームで勝負して得点を競うという趣旨だ。
おれは移動中の車の中で、参考に過去のゲームを見る。
……あ、だめだ、気持ち悪くなってきた。
「何してるんだ、凛。おまえ車の中で酔うタイプだろう?」
清十郎がおれのスマホを取り上げて画面を切る。
「だってー!黙ってるとなんか余計なこと考えちゃうから!」
「だからって……」
「じゃあ清十郎、なんか面白い話して!」
「……なに?!」
アワアワと戸惑う清十郎に、おれは意地悪そうに笑う。
「ねえー清十郎!」
「はいはーい!おれ面白い話あるよ!」
不意に翔太がひょこっと頭を出して手を上げる。
「はい、翔太!どーぞ!」
おれは悪ノリして翔太を指名する。
「さっき寝てた時ねー!凛は涎垂らして寝てましたー!」
ぶふぉ!
「う、嘘つけー!」
「本当です〜!写真撮ってあるもん!」
それただのおれの恥ずかしい話じゃねえか!
スマホの画面を見ると本当に口開けて涎垂らして寝てやがる、くっそー!
「ぷっ!」
「……ふっ」
「こら、そこ!笑うなあ!」
「何言ってんだ。面白い話なんだから笑うべきだろうがよ」
むっきー!
一哉のやつ……そりゃおまえは寝顔までイケメンだったけども!!
「皆さん、盛り上がってるところ失礼しますが、もう着きますよー」
局に着くと、おれたちは打ち合わせ通りさっとリハを流し、本番に備える。
観客も入って準備OK。
おれたちはお揃いのジャージに着替えると、セットで作られたゲートにスタンバイする。
「今夜のゲストは……AshurAの五人!」
紹介の掛け声とともにゲートからスモークが吹き出し、おれたちは笑顔で入場した。
「AshurAの皆さんは初出演ですよね?……あ、SEI さんは別のチームで一回お越しいただきましたっけ?」
「はい。『チームアスリート』で去年出させてもらいました。その時は僅かの点差で負けたので、今日は完全勝利を目指します!」
清十郎が爽やかにそういうと、観客から『頑張ってー』と声援が送られる。
清十郎はその声援に軽く手を振ると、爽やかな笑顔を見せた。
「さて、ここで情報が入っています。実は……メンバーの中で一番鈍臭いのはLINさんだっていう話ですけど…意外ですが本当ですか?LINさん」
「ええ?!その情報源、絶対一哉だろ!鈍臭いって…酷くね?確かに運動神経は一番無いかもしれないけど!」
「えーと……はい、情報源はKAZUYAさんで正解です」
Key WESTの樋口くんがそう言って笑う。
「ちょっと違うかな。凛は鈍臭いんじゃなくて天然なだけだよね?」
優がそんな風に軽口を叩く。
どっちもどっちだ!
「そうだねー。今日も休憩室で涎垂らして寝てたし?」
おい!バラすな!
おれが憤慨すると、ハイハイとばかりに一哉が頭をぽんぽんと叩く。
「全部図星だからって怒るな」
一哉の言葉に会場が笑いに包まれた。
「さあでは、そんなAshurAの皆さんと今日は楽しく対戦していきたいと思います!」
ここで一旦カットがかかり、セットが変わる。
「まず、第一対戦は……ファイティングサッカー!」
このゲームはボールを蹴って流れてくる的に当て、どれだけ的を落とせるかを競うゲームだ。
自慢じゃ無いが、おれはサッカー経験なんで学校の体育でしか無いぞ。
「このゲームに参加していただくのは…LINさん、YUさん、KAZUYAさんの三名です!」
「LINさん、サッカーの経験は?」
「任せてください!全然無いです!」
「無いのかよ!」
「だからあとは任せた、元サッカー部!」
おれは優に無茶振りすると、おでこを弾かれる。
「ちょっと、ハードル上げないでよ」
「ここでまたもや情報が。YUさんは地元のサッカークラブ『FC川崎』のジュニア時代にU-14に選ばれていたとか?!」
会場内からおーっと歓声が漏れる。
「だれ、この情報源?!」
苦笑いした優の言葉に、テヘッと擬音がつきそうな笑顔で舌を出すと、翔太が手を上げる。
「おれでーす!」
「まったく……油断も隙もないね」
いや、いいじゃん。
むしろプラス評価じゃん。
おれの『鈍臭い』と比べてみてよ?!
「さあ、そんな三人の挑戦です!では、スタンバイお願いします!」
おれたちはそれぞれの立ち位置に立つ。
ファーストキッカーはおれ。
セカンドキッカーは一哉。
ラストキッカーは頼みの綱、優だ。
「では、はじめます……スタート!!」
ピーッと笛が鳴り、ベルトコンベアーが動き出す。
おれは集中して流れる的を見ると、的の中心に向かってボールを蹴ろうとした。
「ーーLINの裏切り者!!!」
おれの足がボールに触れるかどうかという時に、観客席からそんな声が飛ぶ。
おれは、瞬間的に頭が真っ白になり、そのままあらぬ方向へボールを蹴った。
ボールは的を外れ、セットの真ん中へと流れていく。
次の瞬間に客席がざわつきはじめ、カットがかかった。
「今のは誰だ!!」
「機械を止めろ!!」
スタッフさんが慌ただしく動き始める。
おれは何が起こったのか分からずに、ただボールの行方を目で追っていた。
ーー裏切り者?おれが?
時間が酷くゆっくり流れている様な気がする。
テンテンとボールが弾み、セットの裏へと消えていった。
瞬間、隣にいた一哉がグイッとおれの肩を揺さぶる。
「ーーおい!凛!」
「……あ」
おれはやっと時間が正常に戻った気がして、一哉の顔を見上げる。
「おれが……裏切り者?」
「ばか、あんなヤジ気にすんな!」
「そうだよ……そもそも凛はこの件に関してはむしろ被害者なんだから!しかも、こんな状況であんなヤジを言うなんて……あの子はAshurAのファンでも何でもないよ」
いつのまにかそばにいた優が、その瞳に怒りを乗せてそう言う。
おれは頭を振ると深呼吸をする。
「……気にしないことにする」
「ああ、そうしろ」
一哉はそう言うとおれの背中をポンと叩いた。
同じように優も肩を叩く。
「LINさん、大丈夫ですか?」
プロデューサーが飛んできて、おれに確認を取った。
「……大丈夫です。ご心配をおかけしました」
おれは頬を軽く叩くと、もう一度自分の立ち位置に立つ。
すると、観客席の中から『頑張れ!』や『気にしないで!』など、優しい言葉が飛んできた。
おれはその言葉に勇気をもらうと、観客に頭を下げる。
「では、撮影を再開します!……スタート!」
おれは、怒りの全てを込めて、ボールを蹴る。
ボールは見事的の真ん中を射抜き、次々と的を崩していった。
おれが取れなかった的は一哉が優雅に落とし、最後に残った難しい場所を正確に優が落としてゆく。
「AshurAチーム……なんとあと少しで満点の780点!!」
樋口くんの言葉に、中村くんが答える。
「いやあ、さすがAshurA!本番で魅せてくれますね!おれたちも負けてられないな!」
その後は何のトラブルもなく撮影は続いたが、おれの心の中には『裏切り者』と言われた事がモヤとなって残っていた。
分かっている。
AshurAのファンからしたら、あのインタビューはおれがAshurAを捨てると思えたんだろう。
けど、おれはAshurAを愛しているし、このメンバーだからこそやっていけると思っている。
逆に、このメンバーじゃなかったら、おれは芸能活動なんかしていない。
それくらい、おれにとってAshurAは大きなものだ。
なんせ、おれの最推しだから。
確かに秋生のこともA’sのことも好きだ。
でも……秋生とのユニットは、AshurAを捨ててまで欲しいものではない。
おれは楽屋の椅子に座りペットボトルの水を一口飲むと、ボーッと前を見つめる。
「凛ー!また余計な事考えてるでしょー!」
「翔太……」
「大丈夫だって!すぐにこんな騒ぎ収まるよ!」
翔太はおれの髪をくしゃくしゃと撫でると、ニコッと笑う。
「今日はおれんちおいでよ!前に凛が見たいって言ってた『buzzer beater』のBlu-ray手に入ったし!」
「……行く」
「よしゃ、決まり!」
翔太は嬉しそうにおれを立たせると、フォークダンスのように踊りながら歩く。
おれはそんな翔太の明るさに少し救われると、少しだけ気が晴れた気がした。
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