パパラッチフィーバー⑨

side A

その日の撮影も滞りなく終わり、おれは楽屋で着替えをしていた。

今日のスケジュールはこれで終わりだ。

綾斗は隣で着替えを終わり、スマホを見ている。

おれは着替えを済ませると、綾斗のスマホを覗き込んだ。

「何見てんの」

綾斗はその瞬間スマホの画面を閉じると、にっこりと笑う。

「秘密」

「……なんだよ!気になるだろ!」

「知りたい?」

「ああ」

「アキの写真」

……っ!

そう言って綾斗は悪戯っぽく笑うと、スマホの画面を向ける。

そこには、確かにおれの写真が壁紙になって写っていた。

ていうか、これダンスレッスン中の写真じゃん?

いつの間に撮ったんだ!

「もういい!」

おれは妙に恥ずかしくなると、スマホを押し返した。

「なあ、アキ。今日もおまえの家に行ってもいいか?…いや、今日はおれの家に来るか」

綾斗は椅子に座ったまま、立っているおれの腰を引き寄せると甘い声でそう問う。

おれはドキドキと心臓が脈打つのを感じると、思わず頷いた。

「お、おう……」

そう言うと綾斗は嬉しそうにおれの手を引き、その唇をおれの唇に重ねようとする。

瞬間、唇が重なる直前に、楽屋のドアがノックされた。

「!!ありすちゃんかな!?」

「……アキ」

おれはパッと綾斗から離れると、バクバクする心臓を押さえながら、返事をする。

「はーい、どうぞ!」

すると、ドアが開き一人の女性が入って来た。

「……!」

おれは、思わず息を飲む。

入ってきたのはありすちゃんじゃなくてリナだ。

「お疲れ様でーす!」

リナは元気よくそう言うと、おれには目もくれず綾斗へ近づく。

「綾斗さん、お疲れ様!今日のパフォーマンス、とっても素敵でした!」

「……ありがとう」

綾斗は儀礼的にそういうと、リナを見る。

「綾斗さん、やっぱりわたし諦めきれません!わたし、綾斗さんにプロデュースして欲しいです!タバヤシさんも言ってたじゃないですか!」

なっ!

何言ってんだコイツ!

おれはムカムカと怒りゲージが増すと、綾斗を見る。

綾斗は顔色を変えないまま、リナに向き直る。

「……リナさん。悪いけどおれはさっきも言ったけど、A’sの為以外に曲は作らないよ。アキにもそう約束してる」

綾斗はそう言うと、チラリとおれをみる。

「なんで!」

「おれは、アキのために曲を作るし、詩を書いてるからだ」

綾斗はともすれば冷たいような印象を受けるほど冷静にそう言うと、リナを見つめる。

リナは悔しそうに顔を歪めると、おれを指差して叫ぶ。

「当の秋生さんはAshurAのLINさんと組むって言ってるのに?」

ーーは?

おれはリナが何を言っているのかわからず、思わず馬鹿みたいに口を開けた。

「な、なんだよそれ……!」

おれの動揺を見て、綾斗は顔を歪めるとガタンと立ち上がる。

「アキは関係ない!」

「な、なによ……関係あるでしょ!こんな記事がスクープされてるの、知らないわけじゃないでしょ!」

リナはそう言うと、スマホの画面をおれに見せる。

そこには『AshurAのLIN、A’sの秋生ついにユニット結成?!』というセンセーショナルな見出しとともに、おれたちと思われる人物が二人でインタビューに答える姿が映っていた。

「……?!」

「アキ!見るな!」

綾斗はリナを押し退けると、真っ青になったおれをしっかりと抱き寄せる。

「おれ……こんなの……知らない」

リナはおれの動揺をみて、混乱したように聞いた。

「あ…あなたが言ったんでしょ?!」

その言葉に、綾斗は先程までとは全く違う、冷たい視線でリナを見る。

「……出ていってくれないか?」

「え?」

「話は終わりだ。曲は作らない。今後はおれたちに関わらないでくれ」

綾斗はおれを抱きしめたまま低い声でそう言うと、有無を言わさず視線をリナから外す。

「なに、よ……。あなたたちって……やっぱりそういう関係なの?」

「どう思ってくれても構わない。君には関係ないことだ」

リナは地を這うような綾斗の低い声に目に涙を浮かべると、部屋から走り去っていった。

「……おまえは、知ってたの?」

「……さっき、見た」

やっぱり、さっき見てたのはそういう記事か。

おれに気を遣って、瞬間的にアプリを閉じたんだな。

「……こんな事、おれは言ってない」

「わかってる」

「凛だって、言わない」

「そうだな」

「ありすちゃんの迎えが遅いのも、これが理由?」

「……恐らく、対応してるんだろう」

「おまえがさっきうちに来るって言ったのも、これが理由?」

「………」

無言は肯定の証だ。

おれも、今日は一人でいたくない。

「……おまえの家、行く……」

この状況なら、おれの家はパパラッチの一人や二人がいてもおかしくはない。

勿論おれじゃないのだから、何も恐れることはないんだけど、中にはセンセーショナルな記事を書くためには手段を選ばない奴らもいる。

相手にしなくていいならそれに越したことはない。

「ああ。それがいい」

綾斗は優しくそう言うと、おれの背を撫でた。


おれは、コンビニで必要最低限のものを買うと、ありすちゃんの運転で綾斗の家に向かった。

事務所との協議の結果、しばらくは一人で居ない方がいいと言う事で、綾斗の家に厄介になることになったからだ。

着替えなんかは明日ありすちゃんが代わりに行って持ってきてくれることになっている。

綾斗の家も嗅ぎつけられたらホテルだな……。

おれは綾斗の家に入ると、まずはシャワーを勧められ、素直にそれに従う。

シャワーを浴びて脱衣所に出ると、綾斗のシャツとズボンを借りて着る。 

あ、パンツはコンビニで買ってきたぞ。

……クッソ!

袖も裾も三回曲げなきゃ着れない!

おれだって、成人男性の平均身長は超えてんだぞ?!

おれは、ずり落ちる肩を上げながら、リビングへ向かう。

案の定、綾斗はおれの姿を見て笑った。

……いや、違うな。

これは笑ったんじゃなくて悶えてる。

「……か…可愛い」

真っ赤になって口元を押さえている綾斗の胸元を叩くと、おれは恥ずかしくなって悪態をつく。

「笑うなー!」

おれはいまだに悶えている綾斗に抱き潰されると、ジタバタと暴れた。

「アキ……食べちゃいたい」

そう言っておれの頬に軽く噛み付く。

そのまま額、瞼にキスを落とすと、最後に唇にキスをした。

綾斗は触れるだけのキスをすると、おれの髪を撫で身体を離す。

おれは、なんとなく物足りなさを感じると、その思考にカッと頬が赤くなるのを感じた。

物足りないってなんだよ!

もっとして欲しいみたいじゃないか!

綾斗はそんなおれを見てクスッと笑うと、おれの耳元で囁く。

「……続きは後で」

つ……続きって何だよ!!

おれは顔をさらに赤くすると、綾斗は喉の奥で笑ってバスルームへ消えてゆく。

おれはソファーに座ると、悩みながらもスマホを開いた。

公式のネットニュースでは流石に取り上げられてはいないものの、ツイッターやユーチューブなどに数々のおれたちの噂が載っている。

おれと凛が二人でユニットを組むことを、正式に発表した事。

それぞれの事務所とは現在協議中という事。

そして……何よりも驚いたのは、二人が付き合っていると発表した事だ。

勿論、こんなのはガセだ。

おれは凛とは良い友達であるし、凛もそんなつもりは全くないと思う。

AshurAの事務所のMARSも、現在のところ何も公式発表せず、それはおれたちTrident側も同じだ。

勿論、現在水面下で両事務所が対応について協議しているところだろう。

自分で言うのも何だが、A’sもAshurAも、お互いの事務所にとってはトップのドル箱だ。

曲をリリースすればヒットチャート常連。

番組を作れば視聴率を取る。

雑誌に載れば完売する。

事務所にとっては傷つけたくない商品だと思う。

おれはソファの上で膝を抱えると、ため息をついた。

恐らく両事務所は、この偽物を必死で探しているだろう。

だが、まだ捕まらない。

このニセモノの目的がわからないから、より気持ち悪さを感じてしまう。

おれは、ニセモノのインタビュー記事をボーッと眺めると、再びため息をついた。

と、不意にバスルームから出てきた綾斗に後ろからスマホを取り上げられる。

「こんな記事……見なくていい」

綾斗はそう言ってテーブルにおれのスマホを戻すと、おれの横に座り肩を抱いた。

「……そうだな。見ても仕方がないもんな」

おれはそう言うと、膝に顔を埋める。

「アキ」

綾斗は優しくおれの髪を撫ぜると、ギュッと抱きしめた。

「なあ、アキ。おまえは……LINが好きか?」

「……好きだよ。親友として、な」

「じゃあ……」

そこまで言って、綾斗は口を閉じる。

しばらくして、意を決したように再び口を開いた。

「じゃあ……おれのことは、好きか?」

「……すき、だよ」

「それは……どう言う意味で好きだ?」

おれは、綾斗の問いに自問自答をする。

どう言う好きか。

友達として。

メンバーとして。

そして………。

おれはそこまで考えて、顔が赤くなって来るのを感じる。

「わか……わかんない……」

おれは声を震わせてそう言うと、混乱する頭で考える。

恋愛対象として、すき?

その可能性について、否定できない自分がいる。

キスされても嫌じゃなくて、綾斗が他の人と話してるとムカついて、抱きしめられると安心する。

そんな、まさか。

おれは恐る恐る顔を上げると、切なげな瞳でおれを見下ろす綾斗がいる。

トクンと胸が躍った。

そのまま、顎を支えられて上を向けられると、綾斗の顔が近づく。

おれは、そのまま目を瞑った。



side L

おれは、ダンススタジオの休憩室のソファに身体を投げ出して横になっていた。

先に言っておくが、おれは敦士に言われた通り、自分のツイッターやAshurAの公式サイトなど、必要最低限のサイトしか見ていなかったぞ。

なのに、まさかそこにその記事のリンクが貼り付けられているなんて……。

おれは、ファンの人たちとの交流の一環として、公式サイトに寄せられるメールやコメントなんかをよく見るようにしている。

それは、公式ツイッターも同じだ。

今回はそこのコメント欄でファン同士が言い合いになり、その途中で参照記事として引用されていたのだ。

おれは、その記事の内容も勿論だが、そんな事でファン同士が揉めていると言う事実の方がショックだった。

AshurAの強火ファンは秋生とのユニットには断固反対だし、秋生とのユニット賛成派はいつから始動なんだと煽る。

勿論、そんな予定は全くない。

けれど、おれのツイートや秋生のインスタ、先日のAMBで火がついてしまったLINアキユニット派はこれが事実として歓迎している。

なぜ、こんなことになってしまってんだろう。

おれはため息をつくと、スマホをテーブルに戻す。

あー……動きすぎて身体が痛え。

おれは目を瞑ると、疲れからウトウトと夢の中に落ちていった。

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