パパラッチフィーバー⑧

side L

「はよ」

「おはよ……なんでもう凛がいるの?」

事務所からの距離の関係で、いつも大抵一番最初に迎えにこられる優の部屋だが、今日はおれの家から向かっているので、もちろんおれが一番に乗っている。

「ねえ、しかも敦士、スーツ昨日と一緒じゃない?」

す、鋭い……。

おれは優の観察眼に舌を巻くと、アワアワしている敦士に助け舟を出す。

「敦士さー、昨日うちに泊まったから」

「はあ?!」

あれ。

女遊びとかじゃないぜ!ってフォローしたつもりだったんだけど、おれなんか間違えたかな。

「……ツイッター見たけど、あのまま泊まったって事?」

「そういうこと」

おれはそういうと、隣に座った優にじっと見つめられる。

「まあ……事情があるから仕方ないけど……今度はうちに泊まりにきなよね」

「あ……はい」

有無を言わさぬ調子の優におれは思わず頷く。

その後、同じような話を清十郎、翔太と二度繰り返し、おれはダンススタジオに着く頃には精神的にヘトヘトになっていた……。



side A

おれは、なんだかわからないがイライラしていた。

おれたちの偽物ーーかどうかもわからないがーーの目的もわからないし、いちいち綾斗の行動にドキドキする自分にもイライラしている。

最近は、そのどちらもがエスカレートしている事もムカつく。

おれは音楽番組のリハーサルで自分の出番を待っていると、いつもはベッタリとおれの後ろをついてくる綾斗がいない。

珍しいこともあるものだなと他へ視線をやると、セットの裏で女性歌手と仲良く談笑している綾斗の姿が見えた。

女性歌手は馴れ馴れしく綾斗の腕に手をやると、ベタベタと触る。

綾斗は満更でもなさそうにそれを許すと、また楽しそうに話をし出した。

ーーイラッ。

あれ。

今おれ、イラッとした?

おれは自分の心の動きが理解できず、混乱する。

何に対して、おれはイラッとしたんだろう。

綾斗がモテていること?

それとも……綾斗が他の誰かと仲良くしていること?

おれはブンブンと頭を振ると、下らない思考を追い出そうとした。

しかし、考えれば考えるほど、心のモヤモヤはどんどんと広がっていく。

「……アキ、どうした?」

いつの間にかおれの隣に戻って来ていた綾斗が、おれの顔を覗き込んだ。

おれはその綾斗の何事も無かったかのような平然とした態度に余計イライラを募らせると、綾斗に当たり散らす。

「別に?おまえこそ何してたんだよ、女の子と仲良さそうにイチャイチャしてやがって……モテる男は違いますってか?」

おまえ、おれの事好きって言ったくせに、と言いかけて、それだけはすんでのところで言いとどまる。

「アキ……」

「なんだよ」

おれは、イライラを隠さずに綾斗を見上げると、予想に反して綾斗は目をキラキラさせておれを見ていた。

は?

こいつなんなの。

おれにキレられて嬉しそうとか……ドMなの?

「アキ……」

「だからなんだよ!」

「もしかして……嫉妬してるのか?」

「ーーはあ?!」

嫉妬?

おれが?

誰にーー?

おれは、ある可能性に思い至ると、カアッと顔が赤くなるのを感じる。

おれが綾斗と話している女の子に嫉妬している?

おまえ、おれのことが好きって言ったくせに、他の子と話してるんじゃねえよ!って?

おれは頭を振ると、その馬鹿げた思考を追い出そうとする。

「ば、ばかじゃねえ?そんなわけ…ないだろ!」

おれはそう言うと、居た堪れなさからセットから足早に遠ざかる。

丁度セットの死角になっている場所まで歩いてくると、おれは真っ赤になった口元を押さえた。

「アキ!」

綾斗がその後ろをついて来る。

ばか、ついてくんなよ!

おれは綾斗を振り返ると一言言ってやろうと口を開いた。

瞬間、強く綾斗に抱きしめられる。

「な……おい!」

おれを抱き潰す勢いで抱きしめる綾斗に抗議の声を上げると、綾斗の絞り出すような声が聞こえた。

「アキ、可愛すぎる。……これ以上好きにさせてどうしようって言うんだ……」

「は?!何言って……」

「おれが好きなのは、アキだけだよ。他には誰も要らない。だから……安心して」

「ばっ……だから別に嫉妬なんてしてないって言ってるだろ!!」

口ではそう言いながらも、イライラが少しおさまっていく感覚がおれをより混乱させる。

おれは、いったいどうしちゃったんだ。

綾斗に好きって言われてイライラがおさまるとか……。

おれはしっかりとおれをホールドしている綾斗を引き剥がすと、セットの方へと歩き出そうとする。

「アキ……好きだよ」

「……おれは好きじゃない!」

おれは子供のように舌を見せてベーッと変な顔を向けると、綾斗は一瞬ポカンとした後、フッと笑った。

「最高」

「はぁ?!ど変態!」

「褒め言葉だ」

クックッと笑いながら答える綾斗に、おれは根負けして口を閉じる。

おれは、トクトクと脈打つ胸の痛みには気が付かないふりをして、セットの灯の下へと向かった。


歌番組の本番が始まる。

「A’sのお二人です!」

おれは、不機嫌さを押し隠して笑顔を作った。

「どーも!ダンスヴォーカルグループ界のエースです!」

「こんばんは」

「秋生はいつも通り強気だねぇ」 

タバヤシさんのコメントに、おれはいつも通りの返事をする。

「あはっ!それが取り柄なんで!」

「最近AshurAのLINと仲がいいんだって?」

突如挟まれるアドリブにおれはヒクッと顔が引き攣るが、ギリ笑顔を絶やさずに答える。

「そうなんですよ!一度話してみたらめちゃくちゃ意気投合しちゃって!」

「いつか二人で曲出しちゃったりしてね〜」

「あはは、それも良いですね」

おれはそういうと、綾斗の顔を見る。

綾斗はいつも通りクールな表情でおれたちの話を黙って聞いていた。

しかし、明らかに不機嫌なオーラが出ている。

この辺りは長年組んできた勘だ。

「でもまあ、まずはおれたちA’sの新曲を聴いてください」

おれはサラッとフォローすると、綾斗の雰囲気が少し和らぐ。

おれたちはオープニングの撮影が終わるとひな壇へと移った。

先程の女性歌手が綾斗を見ている。

目が合うと、小さく手が振られた。

ムカッ……。

おれはまた正体不明なムカつきを感じると、綾斗のジャケットを掴む。

綾斗はおれを見下ろすとクスッと笑った。

「……愛してる」

綾斗はおれの耳元に唇を近づけると、その美声で囁く。

おれはその言葉に、誇らしいようなくすぐったい様な不思議な気持ちを感じると、女性歌手にムカついていた気持ちがなんとなく落ち着いて来るのを感じた。

ひな壇の位置が変わり、次の演者席に移動する。

「次はA’sのお二人の新曲、energyですが、今回はどなたが作詞作曲されましたか?」

アナウンサーの女性の質問におれが答える。

「今回はおれが作曲、綾斗が作詞です」

「綾斗は何かイメージがあって作詞したの?」

タバヤシさんの質問に、綾斗は微笑みながら答える。

「題名の通り、おれのenergyになる人を想像して書きました」

「へえ!それは誰?」

「勿論、相方のアキです」

綾斗の言葉に、むず痒いようなソワソワするような、でもちょっと気持ちが浮上するような感覚になる。

「ははっ!女の子とかじゃないの?」

タバヤシさんの茶々に、綾斗はきっぱり答えた。

「おれが一番好きなのはアキなので」

「相変わらず相方大好きだねえ」

「はい」

今までならこういう受け答えも「相方愛が強いなあ」で流して来れたのに、最近はそれも出来ない。

おれはなんとなく照れてポーカーフェイスが出来なくなっていた。

「では、A’sのお二人に歌っていただきましょう!曲は『energy』。A’sのお二人はスタンバイお願いします」

おれたちがスタンバイするために席を立つと、件の女性歌手がタバヤシさんとトークを始めた。

「リナはA’sのファンなんだって?」

「そうなんですー!今日は生でパフォーマンスが見られるの、楽しみにしてきました!」

「じゃあ、energyみたいな曲書いてもらいたいでしょ!」

「それ、めちゃくちゃイイですね!わたしも自分をイメージして曲を書いてもらいたいです!」

……なに?

おれは今日何度目かになるムカつきを感じて、唇を尖らせる。

「リナ、プロデュースして貰ったら?」

「わあ、是非お願いしまーす!」

誰がするか!

おれはスタジオを移動しながら心の中で悪態をつく。

「アキ」

「……なんだよ」

「断ったから。曲作りの話」

はあ?

もうすでに頼まれてたのかよ!

「当たり前だ!おまえが曲を書くのはおれにだけだ!作詞するのもおれにだけだ!」

おれはぶっきらぼうにそういうと、綾斗の襟首を掴んで睨みつける。

綾斗はそんなおれの言葉に、耐えきれずにフッと笑うと、言葉を漏らした。

「……超わがまま」

その通りだと思うけど、そうして欲しいんだから仕方ない。

「でも、死ぬほど可愛い」

綾斗はそう言って皆の死角になるように触れるだけのキスをする。

「勿論、おれの曲は全部アキのものだ。詩もアキ のものだ。おれの持ってるものなら、全部アキにやるよ」

「……っ!」

おれは綾斗の台詞に心が満たされると、急激に恥ずかしくなった。

これじゃあまるで、おれが綾斗のことを好きみたいじゃないかーー。

「A’sのお二人、スタンバイお願いします!」

スタッフにそう呼ばれ、おれはハッと現実に戻る。

おれは恥ずかしさを振り払うように所定の位置に立つと、深く呼吸をした。

ヘッドセットの位置を調整してカメラを向く。

綾斗と視線を交わし、一つ頷いた。

前奏が流れ、おれはステップを踏み込む。


『君の笑顔は僕を幸せにする

何気ない言葉も 少し笑った顔も

全てが僕の心を熱くさせる


君の歌声は僕を幸せにする

つれない言葉も 少し怒った顔も

全てが僕の心を焦がすんだ


君はenergy 僕のenergy

君さえいれば僕は生きていける

君のenergy 僕に届け

君と一緒に僕は歩いていく


僕のenergy 君はenergy

僕とならきっと幸せになれるよ

僕のenergy 君に届け

僕と一緒にずっと歩いて行こう』


……今改めて聴いてみると、確かに完全におれのことじゃないか!

しかも、めちゃくちゃ告白してるし。

ていうか、これ『おれ宛』って言ってイイの?

物議を醸さない?!

おれは内心で動揺しながら間奏を踊る。

はっ!

だめだ、パフォーマンスに集中しよう。

おれはなんとか最後までパフォーマンスをすると、最後のポーズを決め、ふうとため息をついた。

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