パパラッチフィーバー⑫

side L

「誰と話してたんだ?」

おれは風呂から上がった清十郎にそう問われ、後ろを振り返る。

「ん、秋生」

「日比野か」

それはいいけど上半裸で出てこないでください。

あなたの素晴らしい肉体美は目のやり場に困るんで。

おれは目を逸らすと、スマホをテーブルに置く。

清十郎は髪を拭いていたバスタオルを洗濯機に放り込むと、おれの隣に座る。

いや、だから服を着ろ。

「盗み聞きするつもりでは無かったんだが……さっき……レイプとか聞こえたから……その、ちょっと心配でな」

「ああ……うん。まあ、その話はちょっと……話すことは出来ないかな」

流石に秋生のプライバシーに関わることだし……。

「そうか。……まあ、おまえが被害に遭ってないなら良い」

そう言うと、清十郎はおれの顔を覗き込む。

「いや、もちろんおれの話ではないよ」

まあ……数ヶ月前に未遂はあったけどな……。

おれは嫌な思い出を封じ込めると、はぁとため息をついた。

不意に清十郎の顔が陰り、おれの考えたことを見透かすようにそっと抱きしめる。

「……大丈夫だ、おまえの事はおれが守る」

風呂上がりの清十郎の暖かな体温が心地よい。

おれは清十郎の背中に手を回し、ポンポンと叩くいた。

「ありがとう。頼りにしてる」

そう言って身を引こうとするが、何故だか清十郎はそのままおれの身体を離さず、ずっと抱きしめている。

「凛」

突然名前を呼ばれ、おれは清十郎の方を見た。

少しだけ身体を離され、視線が合わさる。

「おれは……凛が好きだ」

真剣な目で見つめられ、おれは思わず顔が赤くなるのを感じた。

「誰よりも…何よりも……おまえが大切だ」

トクトクと、心臓の音が聞こえる。

それは、おれの心臓の音と、清十郎の心臓が高鳴っている音。

「あ……ありがとう」

おれはドギマギしながらそう口にする。

清十郎の好意は素直に嬉しい。

今、それに応えられるかと言えばーーそれはまだノーだけども……。

「今はまだ、その気になれないかもしれないが……おれは諦めない。いつか、おまえの気持ちをおれへ向けさせて見せる」

な、なんて男前な告白……。

おれは頬がカッと火照るのを感じる。

「……ふっ。少しは意識してくれたか?」

清十郎はそう言って綺麗に笑うと、その優しげな瞳でおれの顔を覗き込んだ。

そのまま、清十郎の顔が近づく。

ちゅ、と触れるだけのキスをされた。

そのまま唇を離すと、額、瞼、頬に次々とキスを降らせる。

おれは、次々と降ってくるキスの箇所がどんどん熱を持ったように感じ、さらに顔を火照らせた。

「……そんな可愛い顔をするな」

清十郎はそう言うと、その端正な顔に苦笑を浮かべる。

「……我慢がきかなくなる」

耳元で囁かれ、おれは腰が抜けそうになった。

そのまま再び強く口付けられると、今度はその舌を深くおれの口内へ侵入させる。

「…ん…っ」

口内をなぞられ舌を絡めとられると、そのまま味わうように舌を吸われる。

激しく落とされるキスに、おれは切れ間に息をしながら清十郎の肩にしがみついた。

清十郎はおれをそのままソファに押し倒すと、激しく口内を弄る。

気がつけば、清十郎のそれは硬さを帯び、おれの下腹部を押していた。

おれはあまりのキスの気持ちよさに、そんな状態にも関わらず頭がトロトロに溶かされていく。

「ーー凛……愛してる」

清十郎の唇が頬から首筋に降りていき、鎖骨を滑る。

ーー不意に先程の秋生との会話が思い出された。

『なんで言ったらいいのか分かんないけど……泊まってる時にそういう雰囲気になって、でもやっぱおれが腰が引けて……待ってって言ったのに待ってもらえなかったと言うか』

ーーこれ、今のおれとそっくりだ!

おれは、残った理性を総動員し、清十郎の名前を呼んだ。

「せ、清十郎……!待った!だめ!ここから先はだめ!」

そう言って、力が入らないなりに精一杯清十郎の身体を押す。

清十郎はハタと気がつくと、一度おれをぎゅっと抱きしめて、そのまま身体を離した。

清十郎は洗いざらしの髪をかき上げると、ふうと息をついて、立ち上がる

「すまない、凛。少し頭を冷やしてくる……」

そう言って、清十郎はベランダへと出ていった。

秋生の話を聞いていなかったら、おれはここまでの抵抗ができただろうか?

そう考えておれは唇を噛む。

おれはソファから起き上がると、頭を抱えた。

おれはどうにもメンバーからのアプローチに弱い。

メンバー全員が全員魅力的で、格好良すぎるのが悪いんだ……。

おれは心の中で一方的な悪態をついて、ため息をついた。

その日おれは結局、清十郎の抱き枕となって寝た。

もちろん清十郎は鉄の意思でもっておれにそれ以上何もしてこなかったが。

なんかもうメンバーの抱き枕になるのも恒例になりつつあるな。

目の前にある清十郎の凛々しい寝顔を眺めると、そっとため息をついた。

いつかは……おれもこんな風にたった一人を選んで愛するようになるのだろうか。

それは、どんな気持ちなんだろう。

おれは小さくため息をつくと、そのまま眠りについた。



翌日、おれは歌番組の控え室で絶望の底に叩き落とされていた。

ついに、公式ネットニュースの一部やスポーツ新聞がおれたちの事を報道し始めたからだ。

もちろん、「この人物は本物か?!」という体で書いているため、ギリギリグレーの線を貫いている。

このままではヤバイ。

おれはため息をつくと、おれのツイッターを開く。

そこにはファン同士、罵り合っている様子が窺えた。

もちろん、見つけ次第公式が削除してくれているが、次から次へと投稿されるため削除が追いつかない。

『信じてたのに!』

『裏切り者!』

『いつからユニット始動なんですか?!』

『AshurAをやめないで!』

おれは、ツイッターに踊る色々な言葉を見ると、ため息をついた。

みんなの不安な気持ちもわかる。

でも、匿名の掲示板だからと、こんなにむき出しの感情を出すことができると言うことにおれは今更ながら恐怖を感じていた。

そして、おれは以前から温めていた作戦を、今こそ開始するべきではないかと考える。

その作戦とは……おれたち自身が目撃情報のあるクラブに乗り込んで行って直接偽物に相対するって作戦だ。

もちろんこの作戦は誰にも言っていない。

言ったらおそらく事務所から止められるからだ。

おれはため息をつくとスマホの画面を閉じる。

決行をするなら失敗は許されない。

まかり間違って偽物が現れずに、おれたちがパパラッチに直撃されたら嘘が誠になってしまう。

「おら、凛。なにしかめっ面してんだ」

一哉がおれの眉間に寄った皺を指で押しながらそう言う。

ーーメンバーには、言ってしまおうか?

もし、おれたちが単独で行動したらきっとコイツらは怒るし悲しむだろう。

しかしーー。

その瞬間、メンバーをこの問題に巻き込むことになる。

おれはボーッとメンバーの顔を見ながらぐるぐると悩み続けた。

ええい、おれのポンコツ頭!

本当は、メンバーに話しちゃいたいって思ってるんだろ!

「ねえ、何か悩んでるなら話してみなよ」

おれの考えを見透かしたように、優がそう言った。

「悩みっていうか……」

おれは躊躇いながらも口を開いた。

「おれ……自分の手でこのニセモノの件に決着をつけようと思ってて」

「?どういう事?」

訝しむような翔太の言葉に、おれは意を決して話をし出した。

「おれが……おれたち二人が直接こいつら偽物のいる現場に乗り込んで、この二人と話をする」

「ーー本気か?」

清十郎が真剣な目でおれを見る。

「本気だよ。秋生とも少し話した」

「それを、おれたちに話したってことは……おれたちの力が必要ってことか?」

一哉がそう言ってニヤリと笑った。

「力というか……みんなに黙って行くのはちょっと違うかなって」

優と翔太、清十郎が顔を見合わせて同じく笑う。

「……その話、乗った」

「おれもだ」

「おれもー!」

次々にそう言うメンバーに、おれは涙腺が緩むのを感じる。

「勿論だが……事務所には内緒だよな?」

「うん。言ったら止められると思う」

「だろうね」

優はそう言うと、チラリと扉の外を見る。

「…と言うことは、敦士にも言わない方がいいな」

残念ながらそうなるな。

敦士はきっとなんだかんだで協力してくれると思う。

だからこそ、事務所から何か追求された時、一番に責められるのは敦士になってしまうからだ。

「敦士には後から謝ることにして……今回は敦士抜きで決行するか」

おれは頷くと、具体的な案について話し始めた。



side A

おれが曲作りに没頭していると、不意におれのスマホが鳴る。

おれはギターを横に置くと、スマホの着信を見た。

着信相手は凛だ。

おれはスマホを手に取ると、ボタンを押す。

「もしもし?」

『あ、秋生?今大丈夫?』

「ああ、どうした?」

『例の作戦……やっぱり、おれは決行しようと思って』

「あれか……」

おれは一人で頷くと、話の続きを促す。

『メンバーには話した。皆協力してくれるって』

「事務所には?」

『それは……言ったら止められると思うから、言わない』

だろうな。

おれもそう思う。

『秋生はどうする?一緒に行くか?それともやめておく?』

凛の言葉に、おれは一瞬躊躇う。

おれ自身が行くのはいい。

だけど……。

「……おれは、いく」

『嘉神はどうする?』

「………」

おれは、悩んだ。

この計画を打ち明けたら、綾斗は恐らく一も二もなくついてくると言うだろう。

そうしたら、綾斗まで巻き込んでしまう。

……いや、事はすでにおれだけでなくA’sの問題になってるのか。

『なあ、秋生。余計なお世話かもしれないけど……悩んでるなら言ったほうがいいと思うぞ。後から知るのは……結構辛いと思う』

控えめに、凛がそういう。

その通りだな。

「……言うよ。言う」

『うん』

おれは、電話を切るとスマホを手にベッドへ寝転んだ。

言うと言ったが、ハードルは高い。

あれ以来、綾斗とはまともに話もしていないのだ。

スマホの通話ボタンに指をかけ、離しては、また指をかける。

なんて言う?

あんなことを言って突っぱねておいて、ピンチの時にだけ頼るのか?

いや。

あの時、迷いながらも決めたじゃ無いか。

おれは通話ボタンを押すと、呼び出し音が鳴るスマホに耳を近づけた。

2コールもしないうちに綾斗が出る。

『アキ?』

「綾斗……今、いい?」

『勿論だ』

綾斗が少し緊張した声色を出す。

「あのさ……例の偽物の件。公式ネットニュースでも取り上げられ始めたろ?」

『……ああ』

綾斗は苦々しそうにため息を吐くと、頷く。

「おれ、事務所に内緒で凛と動こうと思ってて」

『……何?』

綾斗の声音が少し変わる。

「直接、おれたちが偽物のところに乗り込もうと思う」

『おまえたち二人だけでか?』

「いや、多分AshurAのメンバーは来ると思う」

『……なら、おれも行く』

綾斗の言葉に、なぜかホッとしている自分がいる。

これで「そうか」で終わられたら寂しいと、そんなふうに我儘なことを思っていた自分に心底嫌気がさした。

「でも」

『アキが何を言っても、これは譲れない』

心臓が、トクンと跳ねる。

ジワジワと、心が暖かくなった。

『おれに、アキを守らせてくれ』

くすぐったい様な、締め付ける様な、でも甘い痛みが心を支配する。

「…わかった。ーーその、ありがと」

電話の向こうで、かすかに笑う気配がする。

そんな声でさえ、ジワリと胸を熱くさせた。


そうして、おれたち7人での秘密のミッションは始まった。

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