パパラッチフィーバー⑥
side A
今日は木曜日はおれたちの番組『AMV』の放送日だ。
今週のゲストは先日収録したAshurAである。
ツイッターでは数多くの人が『楽しみ』だと投稿していた。
特に、件のおれのインスタや凛のツイッターを見たファンが放映を心待ちにしているらしい。
巷では最近新たに「LIN×秋生」「秋生×LIN」というBL百合なるものが人気になって来ているようだ(おれ調べ)。
……おれたちがBL。
うん、ちょっと想像できない。
あくまでも凛は友達だし、お互いそういう感情は一切持ってない。
ただただ、本当に仲の良い親友だ。
ブロマンスですらない。
仮に、凛がおれを好きになったとして……。
ーーうん、考えられないわ。
気色悪いとかは思わないが、やっぱり無しだ。
丁寧にお断りする。
……あれ。
じゃあ綾斗はどうなんだ。
なんで、綾斗の時はこんなに動揺したんだろう。
綾斗だって仲の良いメンバーだと思ってた筈だ。
もちろん、気持ち悪いとかもない。
ごめん、やっぱただのメンバーだわって断る事も出来たはずだ。
なのに、何でこんなに意識しちゃってる?
何でこんなに気になっちゃってる?
おれはぐちゃぐちゃになった頭の中の思考を放棄するように机に突っ伏す。
AMVの放映が始まった。
『A’sのミュージックバラエティー!エイ⭐︎エム⭐︎ビー!今夜のゲストは……AshurA!!』
おれは、流れる番組をボーッと見ていた。
『まずは最初の対戦!ヴォーカルなら分かって当然?!音程当てクイズ〜』
おれと凛が様々な生活音の音程を当てるクイズが流れる。
船も汽笛の音、電子レンジの終了音、電車の発車ベルの音。
よくもまあこんなクイズ思いついたな。
おれと凛は一進一退でゲームを進め、最終的には引き分け。
次鋒戦はYU対綾斗。
こちらは綾斗の天然が炸裂して3対2で負けた。
次はダンスバトル。
SEI&KAZUYA組とA’sチームのチーム戦だ。
こちらはかかった曲で即興のダンスを踊るという企画。
突然三曲目にかかった曲が某幼児向けアニメのテーマソングで、四人とも総崩れになるというハプニングがあり、波乱のまま引き分けた。
最後はメンバー間の意思疎通を図るゲーム。
これは見事おれたちのA’sの勝利。
最後の歌パートは、おれたちA’sの曲とAshurAの曲をメンバー七人で一緒に歌う。
おれと凛が隣同士ミラーでダンスを踊りながらAshurAの曲のサビの部分を歌っている。
一度しか合わせてないのに、ハモリも完璧。
流石おれたち。
最後のエンディングではテンションが上がったおれたち二人は肩を組んでカメラに手を振っていた。
……あれ、こんな事したっけ。
おれは頭を捻ると、まあいいや、と思考を放棄した。
と、急におれのスマホが震えだす。
着信ーー綾斗?
なんだろう、こんな時間に。
おれはスマホを操作すると、電話に出る。
「綾斗?何、こんな時間に」
「アキ、今どこだ?」
「今?家だよ?」
なんだよそんなに慌てて、と言おうとした時、チャイムが鳴る。
「悪い、ちょっと待ってて」
おれはドアモニターを確認すると、そこにはスマホを片手に綾斗が立っている。
「へ?」
おれはドアモニターとスマホを見比べると、とりあえずエントランスのオートロックを解除する。
しばらくすると、今度は部屋の玄関のチャイムが鳴った。
おれはよく分からないながらも綾斗を部屋に招き入れる。
「何だよ綾斗、こんな時間に急に……」
綾斗はおれの言葉を途中で遮るように突然おれを抱きしめると「良かった」とつぶやいた。
「……?」
おれは全く状況が掴めず、ベリっと綾斗を引き剥がすと矢継ぎ早に質問攻めにした。
「なんだよ、ちゃんとおれにもわかるように話せ!何が良かっただよ。一体どうしたっていうんだ?」
綾斗はおれの言葉に自分のスマホを操作して、ある画面を見せる。
そこには、また例の「おれと凛らしき人物」が怪しいクラブに入っていく画像だった。
「?!」
「これが今更新された。AMVのタグと一緒にアップされたから、すごい勢いで出回ってる」
「は?!」
おれは得体の知れない気持ち悪さに寒気がして、ブルっと身体を震わせた。
「それで、なにが良かったんだよ……」
おれは精一杯の虚勢を張ってそういうと、綾斗は心底ホッとした様子で言葉を継いだ。
「この写真の人物が入っていったクラブだが……麻薬取引や性的暴行事件も起こってるなんて言われてる、タチの悪いクラブなんだ。万が一、アキがそんなクラブに入っていったと思ったら……」
あー……。
心配して飛んできてくれたって事か……。
おれはなんとなく胸にじんわり温かいものが込み上げると、ぶっきらぼうに礼を言う。
「あ、ありがと……」
と、突然おれのスマホが再び震えた。
着信相手はありすちゃんだ。
おそらく電話の内容は綾斗と同じだろう。
「……もしもし?」
『アキ?今どこ?』
「あー…大丈夫、家。綾斗もいるよ」
おれの言葉にありすちゃんはピンときたらしく、ホッとしたように息を吐いた。
『画像、見たの?』
「うん……綾斗が知らせてくれた」
『そう。……アキ、今日はそのままアヤと一緒に居なさい。万が一何かあっても、その方がアリバイが出来るわ』
アリバイ……。
なんか嫌な言葉だけど、ありすちゃんの言うこともわかる。
綾斗はおれのマンションの防犯カメラに映ってるし、おれが出迎えたところも映ってるはずだ。
……凛は大丈夫だろうか?
不意にそんな事を考える。
おれはスマホの画面を開くと、凛へLINEをしようとアプリを開いた。
と、その手を綾斗に止められる。
「ーー今は、連絡しない方がいい」
綾斗の言葉に、おれは口を開きかけたけど、結局そのまま閉じる。
画面を閉じると、ため息をついた。
「そんなところに立ってないで、座れよ」
おれは綾斗のために紅茶を淹れようと、キッチンへ向かう。
「ああ……」
綾斗はソワソワとして、ちょこんとソファに座った。
「ありすちゃんが、今日はお前に泊まってもらえって」
「え?」
「何かあっても対応しやすいからってさ」
「そ、そうか……」
いやまて、何でお前がそんなに動揺してるんだよ。
今までだってうちに泊まった事あるだろうが。
おれは淹れた紅茶のカップをテーブルに置くと、綾斗の顔を見る。
「食事は?」
「いや……まだだ」
「なら、ケータリングでも頼むか。アリバイにもなるしな。何でもいい?」
「ああ」
おれはスマホで常連の店のサイトを開くと、サラダにカルビクッパ、プルコギ、参鶏湯などを頼む。
「……何ソワソワしてるんだよ」
「いや……」
綾斗はそう言うと、おれの隣のソファに移動する。
そうして、おれの髪をそっと撫でた。
「風呂上がりのアキが……その……可愛くて」
なっ!?
綾斗の言葉に、おれはボッと顔を赤らめる。
おれの髪は猫っ毛でかなり柔らかい。
だから普段はハード目の整髪剤でしっかりセットしてもらっている。
しかし、今は風呂上がりのため、洗い晒しの髪はストレートに下ろしていた。
おれは髪を下ろしていると幼く見えるらしい。
その事を言っているのだろう。
綾斗は髪を撫でている手をゆっくりと下ろすと、今度はおれの頬を親指で撫でる。
振り払えばいいのにおれはなぜかそう出来ず、なすがままにされていた。
そして、気がつけば目の前に綾斗の顔があり、おれの唇は綾斗の唇に覆われる。
最初は触れるだけだった唇が次第に強く押しつけられ、そのまま角度を変えて何度も口づけられた。
「……っ…ん」
おれは、おれの口から漏れた予想外に甘い声に、自分自身驚く。
その声を皮切りに、綾斗の舌がおれの口内へ侵入し、おれの上顎を舐め上げる。
思わずゾクリと背中に走る甘い電流に、おれはビクリと身体を震わせた。
「……は…っ」
綾斗は自分の舌をおれの舌に絡めると、ねっとりと舌の裏から歯列まで激しく這わせる。
脳内が痺れ、何も考えられない位溶かされると、おれは綾斗のシャツを掴んでしがみついた。
「……アキ……かわいい……」
綾斗はそう言っておれの耳朶を甘噛みする。
ちゅっとリップ音が耳元で聞こえ、おれはぞくりと身体を痺れさせた。
「アキ……」
再び綾斗がおれの唇に自分の唇を重ねようとした時、オートロックのチャイムが鳴る。
「……っ!」
おれは現実に引き戻されると渾身の力を振り絞って、綾斗を引き離した。
「ケータリング……出なきゃ!」
おれはバクバクと暴れる心臓を必死で抑えて、ドアモニターを確認する。
あ、あのままチャイムが鳴らなかったら……。
おれは、カっと火照った顔を隠すと、オートロックを開ける。
いつのまにか隣に来ていた綾斗が、自然とおれの前に行き、ドアのチャイムが鳴った時にはおれの代わりにドアを開け品物を受け取る。
ついでに会計も済ませてしまった。
いつもの配達のお兄さんはおれにペコリと頭を下げると「まいどー」と言って部屋を出ていった。
「さあ、冷める前にいただこうか」
まるで何事もなかったように振る舞う綾斗に、何故かチリチリと胸が焼ける思いがしながらも、おれはそれが何なのか分からずただ頷くことしかできなかった……。
side L
おれは、リングイネパスタをフォークに絡めながら、向かいに座って険しい顔でフォークを置いたままの敦士を見つめる。
先程、事務所からの電話があり、その後写真だか何かのデータが送られてきたらしいのだが、そのデータを見たきり敦士の食事の手はずっと止まったままだ。
「……なあ、敦士。なんか問題でもあったの?」
おれの言葉に、敦士はハッと我に帰ると、おれへと視線を向ける。
「凛さん……黙っていてもいずれ知ることになると思うので言いますが……また、例の『凛さんと日比野さんに似た人物』が現れました」
「え?!」
おれは敦士の言葉に思わず声を上げると、敦士のスマホを覗き込む。
そこにはこの間と同じように、おれたちによく似た人物が、怪しいクラブへ入っていくところが写されていた。
しかも、目撃時間はたった今、つい十分前。
いや、十分前は前菜のサラダ食ってたよおれは。
「……何が目的なの?」
「……分かりません。しかし、このクラブはあまり品の良いクラブではありません。あなた方がこのクラブに入り浸っていると言う噂が立ったらまずいですね……」
「いや、おれ行ってないし」
「勿論知ってますよ。なんせおれと食事してましたからね」
そうなのだ。
今日はおれの個人の収録が押して、こんな時間まで局で撮影をしていたのだ。
だから、楽しみにしていたAMVもリアルタイムで見えていない。
そして、腹が減ったと駄々をこねて、敦士に食事に連れて来てもらったのだ。
「……凛さん、今日は一人でいない方が良さそうですね。できれば誰かの家にーー」
「じゃあ敦士がうちに来ればいいじゃん」
「え?!」
「え、嫌なの?」
「嫌、というか……おれは、アリバイ作りって言うとアレですけど、メンバーのどなたかと一緒にいるところをツイッターで流したら、噂が消えるんじゃないかと思ったんですけど……」
「それ、敦士じゃだめなの?」
「え?おれといるところを……ツイッターに流すんですか?!」
驚いている敦士をみて、おれは席を立ち上がり敦士の隣に移動する。
「はい、笑ってー」
そしてスマホを片手に敦士と二人で自撮りを決めた。
「ちょ、凛さん……!」
はは、ちょっと驚いてる敦士の顔いいなあ。
「仕事終わり。マネージャーとご飯。パスタ美味い。……送信っと」
おれの行動を見て、敦士ははぁーっとため息をついた。
たちまち、おれのツイッターにいいねがつきはじめる。
「今から誰かの家に行くより、敦士が来た方が早いって。だめ?」
「……もう、どうなっても知りませんよ……」
敦士はそう言うと、再びフォークを持って冷めかけたパスタを口に運んだ。
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