パパラッチフィーバー⑤

side L

「……なんつー色気のない格好で寝てやがるんだ、おまえは……」

バスルームから出てきた一哉にそう声をかけられ、おれはウトウトしていた目を一気に覚ます。

色気のない格好……確かに。

おれはうつ伏せで枕に頭を突っ込み、気を付けの姿勢でウトウトしていた。

確かに色気も可愛げもねえなこりゃ。

おれは顔をあげてモソモソとベッドから起きると、一哉に視線をやる。

「……おまえこそ、なんつー格好で出てきてやがるんだ……!」

そこにはバスローブ一枚でベッドに腰掛け、ペリエを飲む一哉の姿があった。

おま、どこの貴族様だ!

おれはどこに目をやったら良いのか分からず目線をウロウロさせると、結局視線を一哉に戻す。

おれの知り合いでこんなにバスローブが似合うやつ、初めて見たわ。

「確かに、おまえは似合わなさそうだな」

そう言って笑うと、一哉はバスローブを脱いで着替えをし出す。

服を着てると一見細そうに見えるのに、こうやって脱ぐとやっぱりしっかり筋肉のついた男らしい身体をしている。

ていうか、スタイル良すぎ。

脚長すぎ。

清十郎とは少し違ったスタイルの良さだ。

清十郎はアスリート体型。

一哉はモデル体型。

おれは、自分の貧弱な身体をちょっとだけ恥じた。

「……なにじっと見てんだよ」

「え?いや……スタイルいいなーって」

「………」

「え、何」

「いや……なんでもない」

一哉は手櫛で髪を整えると、シャツのボタンを締めた。

「酔いが覚めたならそろそろ食事を頼むけど、いいか?」

「あ、お願いします」



side A

おれは、ありすちゃんと綾斗の二人に詰め寄られ、窮地に立っていた。

ありすちゃんはスマホの画面をおれに向けると「さあ説明しなさい」とばかりに指でメガネを上げた。

「だから、知らないって!これはおれたちじゃない」

「じゃあ、これは誰だ」

「おれが知りたいよ!」

おれは綾斗にそう言うと、自分のスマホを出す。

昨日撮った写真、送ってもらっといて良かった!!

おれは二人に昨日撮った写真を見せる。

そこには『友達以上。』の劇場版ポスターの前で映画の半券を手にポーズを決めているおれと凛の姿があった。

メガネにマスクだけど、これくらいならおれってわかるだろ。

「……本当ね。ここに写っている人達とも服が違うわ」

「だから言ったじゃん!おれこんな怪しいクラブとか行ってないよ!」

おれの言葉に、綾斗は素直に謝る。

「……すまんアキ。おまえのことを信じなくて……」

しゅんとする綾斗に、おれは頭をかいた。

確かにこの二人の背格好や服装、髪型なんかはおれたちにそっくりだ。

暗いところでの小さい写真だから、おれたちだって言われたら信じてしまうだろう。

「分かってくれたならいいよ」

おれはそう言うと、ため息をついた。

「けれど、これがあなたたちじゃなくても……あなたたちだと世間が勘違いしたら厄介ね。この写真は削除依頼をしましょう」

ありすちゃんはそう言うと、事務所に電話をかける。

「なんで……」

「……ん?」

「なんで、おれを誘ってくれなかったんだ」

「何がだよ」

「映画」

ああー……面倒くさい。

またいつもの相方愛拗らせたやつですか……。

「いや、映画って趣味があるだろ。どう考えてもおまえの趣味じゃないじゃん。興味のない映画見るほど辛いものないだろ」

「アキとの時間に辛い時間はない」

「……じゃなくて」

おれはため息をつくと、頭をかいた。

「あーもう、分かったよ。次の映画はおまえを誘ってやるから」

「本当か!」

綾斗はそう言うと嬉しそうに笑う。

何でこんな事で嬉しいんだ。

おれは凛に言われたことを思い出す。

ーー綾斗がおれのことを好き、ねえ。

正直に言えば、おれたちのファンの中に『そう言うファン』がいることは知ってる。

おれたちのことを所謂カップリングで表現するファンたちだ。

正直おれは腐男子だし、ファンの子達がそういう嗜好があっても全然構わない。

そういう本や読み物がおれの目に触れても、気持ち悪いとか思わないし、なんなら面白く読ませていただく所存だ。

A’sのいわゆる『王道』は綾斗×秋生とか綾秋とか言われるカップリングである。

もちろん逆もあるが、大概がおれが右側にいる事が多い。

ちなみにAshurAにもカップリングは存在する。

AshurAはメンバーが多いからカップリングは様々に存在するが、LIN受が一番の王道であるように思う(おれ調べ)。

SHO受とかもあるが、やはりLIN受が大半だ。

左側の相手は様々。

happiness以後は久我LINなんかも存在している。

おれは、時々エゴサならぬ、エゴBLサーチをするのだ。

それはファンサの為でもあるし、単純に趣味でもある。

しかし……実際この大型犬がおれのことを恋愛対象として見ていると言われても……正直ピンとこない。

おれは、ふと興味から綾斗に疑問をぶつけてみた。

「なあ……おまえ、おれのこと好きなの?」

「?もちろん好きだ」

だろうね。

「それって、どういう好き?キスとかしたい好き?」

「………」

おれの質問に、不意に綾斗が黙る。

あれ?

何で黙るの?

「おい、綾斗……」

あれ、やべえ。

もしかして『こいつ何言ってんの気持ち悪い』とか思われた?

おれの問いに、綾斗は口を開き、閉じて、また開く。

「……い」

「ん?」

「……抱きしめたいし、キスしたいし……それ以上も、したい……」

そう言って、綾斗は真剣な目をおれに向ける。

ーーな、なんだって?

おれは自分がした質問の答えに動揺すると、綾斗のいつになく真剣な視線にも狼狽えた。

「あや……」

「アキが、好きだ。誰よりも、何よりも、世界で一番」

そう言うと、綾斗はおれの唇に触れるだけのキスをする。

おれは動揺して心臓がバクバクと破裂しそうなくらい高鳴っているのを感じ、目の前がグルグルと回った。

まさか。

この大型犬は、自分に異常に懐いているだけだと思っていた。

親愛の延長だと思っていたものが打ち崩され、おれは自分の顔が今更ながら赤く火照ってくるのを感じる。

綾斗が、おれのことを好き。

それも、恋愛対象として。

おれは、軽々しく質問したことを激しく後悔した。

「アキ?」

不意に綾斗がおれの頬を撫でる。

おれは身体をビクッと跳ねさせると、思わず綾斗から距離をとった。

今までは、親愛の情だと思っていたから平気だった。

けど……恋愛感情があると分かって仕舞えば、意識するなと言われる方が難しい。

おれは火照る顔を隠して、綾斗を見上げる。

綾斗はおれが距離をとった事によって離れた自分の手を見た。

あ、ヤバい傷つけたかな。

実際、気持ち悪いとかでは一切ない。

だから、拒絶反応というより意識してしまって離れただけなのだ。

「綾斗、ごめ……」

「……やっと」

「?」

「やっと、おれのことを意識してくれた」

そう言うと、綾斗はその端正な顔を優しく微笑ませる。

「……?!」

おれは綾斗の言葉にさらに動揺すると、もっと顔を火照らせた。

「アキ。おれ、本気だから。おまえに振り向いてもらえるまで、ずっと口説き続けるからな」

そう言って、綾斗はおれの髪をサラサラと撫でる。

「だから、覚悟しておいてくれ」

耳元で囁かれたその言葉に、おれは脳内キャパが完全にオーバーし、その場にしゃがみ込んだ……。


それからのおれは散々だった。

ゲストで呼ばれた先のトーク番組のリハでは噛みまくり、トチリまくりで現場を苦笑させるし、ダンスリハでもステップを踏み間違えてあわや転びそうになると言う、このおれにはありえないミスを連発した。

その度に綾斗に支えられて、その度に顔を赤くすると言う悪循環。

これではダメだ。

おれは軽く頬を叩くと、思考を整理した。

綾斗はおれを好き。

そういう意味で。

けど、おれはどうだ?

もちろん、綾斗のことは好きだ。

でもそれはメンバーとして、だ。

恋愛対象として見たことは一度もない。

そうだ。

だから、おれが慌てる必要は全くない。

あくまでもこの思いはまだ一方通行。

うん、よし。

落ち着けおれ。

おれはふうーっと息を吐くと、トーク番組の歌パート本番に向けて精神統一をした。

「A’sのお二人、本番入りまーす」

スタッフさんにそう呼ばれ、おれは立ち位置に立った。

スッと血が冷えていく感じに、感覚が研ぎ澄まされていく。

キューがでて、前奏が掛かった。

『線路の上を 二人歩く

夕日が僕たちを照らし

長い影が伸びている

君の瞳が 赤く染まり

キラキラと輝いていて

僕はその横顔を見つめた

Trust 僕と共に

手を取って歩こう

Trust 僕が必ず

君の事を守るから

Trust 君と共に

前を向いて歩こう

Trust 君は僕の

大切な人だから』

ダンスパート。

冷静になれば、いつも踊っている曲だ。

ステップは身体が覚えている。

おれは後奏まで完璧に踊り終えると、ラストのポーズをビシッと決めた。

「カット!オーケーです!」

「さすが日比野さん、本番はしっかり決めますね!」

当たり前だ、おれは日比野秋生だぞ。

本番でトチるとかダッセー事できるか。

おれは一息つくと、こちらを見ていた綾斗と目が合う。

「うん、さすがだな。格好良かった」

綾斗はそう言って優しく微笑んだ。

何度も綾斗の口から言われ慣れた台詞なのに、何故か今日はドキッとする。

「お、おう……」

それは何故か、ソワソワ感と心地よさが同居したような、なんとも言えない心臓の高鳴りだ。

おれは耐えきれずクルリと綾斗に背を向けると、ペットボトルの水に口をつける。

「ーーアキ、ペットボトルのフタが開いてない」

「……うっ」

綾斗に指摘され、おれはマゴマゴしながら蓋を開けると漸く水を飲む。

本当に、今日のおれはどうかしてしまったらしい。

それもこれも全部綾斗のせいだ。

おれは心の中で自分勝手にそう決めつけると、ため息をついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る