パパラッチフィーバー④
side L
翌朝、おれは仕事のある秋生と別れて、おれはタクシーに乗っていた。
珍しく、おれは昨日の午後から今日にかけて連休だったのだ。
今日は以前から約束していた一哉と過ごす日。
おれは自分の部屋に帰ると、さっと着替えを済ませて一哉が来るのを待った。
昨日はこの間のように酷く酔ってはいないので、インスタやツイッターに変な投稿をしていることも無い。
おれは待っている間にスマホを開くと、秋生のインスタを開く。
そこには相変わらず秋生にベッタリとくっついて写真に写っている嘉神と、美味しそうにロケ弁を頬張っている秋生がいた。
#ロケ弁 #今半 #美味すぎ
おれは「美味そう」とコメントを残す。
イケメンは食事しててもイケメンだなぁ。
おれはそう心の中で思って苦笑すると、おれのスマホが震えた。
着信は一哉。
一哉がマンションに着いたようだ。
おれはスマホと財布をポケットに突っ込むと、部屋を出る。
「はよ、一哉」
「……おう」
あ、あれ。
なんか機嫌悪くね?
なに、おれそんなに遅れてないよね?
おれは一哉のアストンマーティンに乗り込むと、口数の少ない一哉の顔を覗き込む。
「なに?なんか機嫌悪い?」
「……おい。おまえ、昨日の夜何してた?」
「へ?」
おれは思わず上擦った声を上げる。
や、やべえ。
昨日の夜って映画から帰ってガッツリ腐男子話で盛り上がってた頃じゃん……。
「な、なんで……」
「いいから。答えろ」
おれはしどろもどろになりながら、口を開いた。
「……秋生と映画に行って……そのまま飲んでた」
「……ちっ」
一哉はイライラした様子で舌打ちをする。
え、なんでおれここまでイライラされなきゃいけないの?
おれは少しムッとすると、一哉に詰め寄る。
「おい、なんで秋生と映画に行っただけで、そんなにイライラされなきゃいけないんだよ」
一哉はおれの言葉に、無言で自分のスマホを差し出す。
そこにはツイッターの画面があり、写真が投稿されていた。
なになに……『スクープ!LINと秋生、二人で仲良くクラブで女漁り?!』
ーーは??
おれは画面を見て固まると、顔が強張るのを感じる。
クラブ?
確かにそこにはおれと秋生『らしき』人物が二人で怪しいクラブに入っていく姿が写真に収められていた。
けど、おれたちは昨日こんなところに行ってない。
映画館から秋生の家に直行したからだ。
途中で寄った所といったらコンビニだけ。
一哉は、おれが固まったのを肯定だと思ったのか、おれを叱責する。
「おまえ、何怪しいところに入る写真撮られてんだよ!」
「いや……待って一哉。これ、おれじゃ無い」
「ーーは?」
「おれは確かに昨日秋生と一緒にいたけど……外にいたのは映画館にいる時だけで、後はコンビニ寄ってすぐ秋生の家に帰った」
「は?じゃあこれは誰だって言うんだよ」
俄には信じられなさそうに、一哉はおれを見る。
「本当だって!ほら、写真見ろよ!」
おれは恥を忍んで、一哉にスマホの写真を見せる。
そこには『友達以上。』の劇場版ポスターの前で、チケットの半券を手に写真に映る二人の姿がおさめられていた。
ちゃんと半券の日付も昨日の日付だ。
思い切って二人でポスターの前で写真撮っておいてよかった!!
「ーーな?」
「マジかよ……。確かに服装も違うし、こっちは間違いなくおまえ達だな」
一哉はハンドルに腕をかけると、口を閉ざした。
「ていうか……だったらこいつら誰だ?」
暗い場所での隠し撮り撮影なので、顔はよくわからないが、髪の色や服装のイメージ、背格好なんかはおれたちとよく似ている。
おれはスマホを握りしめると、妙な気持ち悪さに寒気がした。
ただの他人の空似ならいい。
だけど、そうじゃ無かったら……。
何が目的なのかがわからない怖さがある。
おれは、数ヶ月前の恐怖を思い出すと、ブルっと身体を震わせた。
「おい、凛……」
「あ、悪い……ちょっと以前のアレ思い出しちゃって……」
おれの言葉に、一哉は首を振った。
「いや……おれこそちゃんとおまえの話を聞く前に責めて悪かったな」
一哉はそう言うと、スマホの画面を操作する。
「まあ……他人の空似なら良いだろうが……念のために事務所からこの投稿の削除依頼をしといてもらうか」
「そうだな」
そう言うと、一哉は敦士に投稿のスクリーンショットとアドレスを送り、電話をかけた。
「敦士か?ああ、裏が取れた。これは凛じゃ無い。……ああ。削除依頼頼む」
おれはそれを横目で見ながら、何かモヤモヤするものが胸に湧き上がってくるのを感じる。
電話を終えた一哉はおれの頭を軽く撫ぜると、車のエンジンをかけた。
「そんなしけたツラすんな。今日はおれがおまえの気を晴らしてやるから」
「……ああ、そうだな」
おれは深呼吸をすると、気持ちを切り替える。
どんな事があっても、前のあの事件を超える事はないだろう。
おれは走り出した車の窓の外の景色を見て、心を落ち着けた。
車を走らせて一哉が連れてきてくれたのは、なんとプラネタリウムだった。
しかも貸切だという。
さすが、スケールが違うな……。
おれはその辺りの席に座ろうとすると、一哉は「そこじゃ無い」とおれの手を引いて前へと進んだ。
「へ?!」
連れてこられたのは寝転がってプラネタリウムが見られるソファ席……所謂カップルシートだ。
「今日はおれのプランに従うって約束だっただろ」
そう言うと、自分のソファの隣をポンポンと叩く。
おれは何となくドキドキしながら一哉の隣に座ると、ゴロンと天井を向いて寝転がった。
同じように一哉も寝転がり、何故かおれの頭の下に腕をねじ込み、腕枕の体勢を取る。
「か、一哉?」
おれの言葉に、一哉はその端正な顔をニヤリとさせると、おれの耳元で囁く。
「……ドキドキするか?」
一哉の息が耳にかかり、ぞくりと背中に電流が走った。
ちくしょう、するよ!
めっちゃドキドキするよ!
くっそー、イケメン狡い!
おれは顔を赤らめて頷くと、一哉は満足そうに笑う。
しばらくすると館内の照明が消え、プラネタリウムの上映が始まる。
静かで柔らかな音楽と、キラキラした星々がうっとりするほど美しい。
おれは久々のプラネタリウムにの夢中になった。
「……なあ、今度は本物を見に行かないか?」
不意に、一哉がそんなことを言い出す。
「本物?」
「ああ。本物の星空」
一哉はそう言うと、片手を伸ばして星を掴むような仕草をした。
「……それも、いいな」
おれはそう言って頷くと、同じように片手を伸ばす。
「その時も、プランはおれに任せろ」
「ん、任せた」
おれの言葉に一哉はニヤリと笑う。
「……言ったな?聞いたぞ」
え、なにかおれまずいこと言った?
おれは一哉の顔を見ると、一哉は視線を天井に向けたまま、おれに語りかける。
「前にな、グラビアの撮影で行ったフィンランドの星空が……とんでもなく綺麗でな。おまえにも見せてやりたいって思ったんだ……」
フィンランド?!
「東京とは比べ物にならない位たくさんの星が煌めいていて……星座なんて探せないぜ。そこに、オーロラがカーテンを掛ける。後にも先にも、夜空であれだけ感動した事はないな」
うっとりしたように語る一哉の横顔を見て、おれも純粋にそれを見てみたいと思った。
「おれも見てみたいな」
「ああ……休みが取れたら、連れて行くよ」
一哉はそう言って、見た事がないくらい優しい笑顔でおれにそう言うと、おれの髪を撫ぜる。
そんな一哉の行動に、おれはドキドキと心臓の音が止まらない。
プラネタリウムを説明する声など、もはや耳に入ってこなかった。
おれは、一哉の端正な横顔を見つめると、小さくため息をつく。
おれは、どんどんメンバーに惹かれていっている。
口では「男は恋愛対象じゃない」なんて言いながら、メンバーや敦士の行動にドキドキさせられっぱなしなんだ。
まだ、誰かを選ぶとか、そういう段階ではないけれど……確実に皆の事をそういう目で見ることに慣れ始めている。
いつかはおれも……誰かのことを焦がれる程好きになる事があるのだろうか。
おれはそんなことを考えながら、満天の星空を見上げていた。
プラネタリウムが終わると、おれたちはまた一哉の車で移動をする。
着いたのは超一流ホテル、リッツ・カールトン東京。
ここでディナーを予約していると言う。
普通のやつがやると嫌味になるようなキザなことも、一哉がやると全て絵になって似合うから悔しい。
さすが『現代の王子様』なんて言われる男。
一哉は顔パスでチェックインをすると、専任バトラーに伴われてエレベーターに乗る。
おれはフレンチダイニングのアジュールにでも行くのかと思ったのだが、案内されたのはまさかのザ・リッツ・カールトン スイート……客室だった。
「ルームダイニングの方が落ち着いて食事できるだろ」
そんなことを言いながら慣れた様子で部屋に入る。
おれはドキドキしながら一哉に続くと、手招きされて一哉の向いのソファに座った。
「何か飲めないものがあるか?」
アルコールメニューを開きながら、一哉がそう問う。
アルコールを飲む気……と言うことは今日はここに泊まる気か!
「いや……特に何もない」
「じゃあ、適当におれのおすすめで頼むぞ」
そう言うと、バトラーに何事かを伝えて退出させた。
しばらくすると、いくつかの果物やチーズ、生ハムなどのお洒落な軽食とともにシャンパン(多分)が運ばれてくる。
バトラーがシャンパンのコルクを抜くと、一哉とおれのグラスに液体を注いだ。
そのまま、頭を下げるとバトラーは部屋を退出した。
一哉はおれにグラスの片方を渡すと、軽く香りを楽しんだ。
くっ……そんな仕草まで様になっている。
「じゃ、乾杯」
そう言って一哉はシャンパンに口をつけた。
おれもそれに倣ってシャンパンを口に含む。
め……めちゃくちゃ美味い!
おれは驚いてシャンパンのラベルを見る。
「これ、めちゃくちゃ美味いんだけど!」
「おれのおすすめが不味いわけないだろ」
さっきバトラーがシャンパンの説明をしてた時、ちゃんと真面目に聞いとくんだった!
「あ、でも口当たりがいいからって調子に乗って飲むなよ。アルコール度数はそれなりにあるからな」
一哉はそう注意する。
そう、おれはざるの他のメンバーと違ってそんなに飲める方ではないのだ。
下戸でもないけど、ある程度飲むと潰れてしまう。
案の定、おれは二杯目を飲み終わった時点でフワフワと良い気分になりつつあった。
「……だから言ったろうが……」
一哉は小さくため息をつくと、ヘラヘラと笑っているおれのそばにきてグラスを取り上げる。
そして、そのままおれの真横に座った。
「だって……美味しかったんだもん……」
「……あのな」
一哉はその青い目を細めると、おれの目をじっと見つめる。
「……あんまり可愛いことしてると、食事の前に食っちまうぞ」
そう言うと、一哉はおれの頬をするりと撫で、おれの顔を上に向かせた。
そのまま一哉の唇でおれの唇が塞がれる。
「……んんっ」
角度を変えて何度も口づけを重ねられ、おれの頭はとろとろに蕩かされた。
「……っは…」
侵入してきた舌が口内を余すことなく這い回ると、おれの身体中から力が抜ける。
おれは、いつのまにかソファに組み敷かれる形でキスを受けていた。
十分にも及ぶ長いキスの果てに舌を引き抜かれ唇を離されると、一哉は「はぁ」とため息をつく。
「……くそ。このまま食っちまいたいが……酔ったやつを抱くのはおれの主義に反する」
そう言うと、一哉はおれの上から身体をどかした。
そして、そのままおれの身体を軽々と抱き上げると、ベッドに寝かせる。
「おれはシャワーを浴びてくる。おまえは少し酔いを覚ましてろ」
そう言うと、一哉はバスルームへと消えていった。
おれは、それを見ながら、後からじわじわと迫り来る羞恥心に顔を真っ赤にすると、頭を枕に埋めた。
危なかった……あのままキスされてたら……おれは思わず絆されていたかもしれない。
おれはバンバンとベッドに頭を打ち付ける。
実は、おれは一哉が思うほど酔ってはいなかった。
シャンパンが美味しかったのと、一哉との時間が楽しかったのと、ホテルの雰囲気で舞い上がっていただけなのだ。
そんなことを考えていたら、おれはいつのまにか顔を枕に埋めたままウトウトと眠りに落ちていっていた。
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