パパラッチフィーバー③
side A
今日はおれたちA’sの冠番組『A’sの MUSICバラエティ』略して『AMV』の収録の日だ。
今日のゲストはおれたちと人気を分け合うダンスヴォーカルグループAshurA。
言わずと知れたおれの親友、凛のグループだ。
おれは内心ワクワクしながら収録スタジオに向かう。
おれたちもAshurAも忙しいため、リハーサルは最低限で済ませてある。
しかし、この一発撮り感がリアルだとウケているのだ。
おれはメイクとヘアセットを済ませてスタジオに入ると、丁度AshurAのメンバーもスタジオ入りしてきた。
「よー凛!」
「はよ、秋生!」
おれたちは挨拶を済ませると、早速雑談を始める。
「なあ凛、スタバの新作飲んだ?」
「あ、アップルシナモンだろ?飲んだ!めっちゃ美味かった!」
「だよなー!!」
ん?
心なしかAshurAのメンバーからの視線が痛いぞ。
めっちゃ見られてる。
不意に言葉を止めたおれに、凛はおれにこそっと耳打ちした。
「……なあ、おれ、おまえのところの嘉神にめっちゃ見られてるんだけど……おれなんかした?」
え?
おまえもか!
「……それ言うなら、おれだっておまえのところのメンバーにめっちゃ睨まれてるぞ」
「………」
「………」
おれは頭をかきながら凛に謝る。
「あー……悪い。うちの駄犬、相方愛が強すぎてな、自分より他の誰かがおれと仲良くなるのが嫌みたいで……拗ねてるんだ。すまんな」
おれの言葉に、凛は苦笑いをする。
「……どこも似たようなもんだな。うちもそんなようなもんだ」
おれは小さくため息をつく。
「お互い苦労するなぁ」
「ははは……」
おれの言葉に、凛は乾いた笑いを浮かべた。
でも、おれはだからって凛との友情をおざなりにする気はないぞ。
折角出会えたんだ!
「ところで秋生。今やってる映画『友達以上。』見に行った?」
あー!
あの伝説のボーイズラブ映画か……!
深夜枠のドラマで放映されて、大人気で映画化が決まった作品だ。
まだ見に行ってないんだよ……行きたいんだよなー!
「まだ行ってない……凛は行った?」
「おれもまだなんだよ……てかさ、一緒に行かね?」
「まじで?!行く!」
映画に一人で行くのはいい。
そんなのは簡単だ。
でも……この作品は観た後絶対誰かと語りたくなる!
だから一人で行くのを躊躇っていたのだ。
凛が一緒に行ってくれるなら大歓迎だ!
「映画の後感想会しような?」
「勿論だ!くぅー!楽しみすぎる!」
おれは凛のありがたい申し出にテンションが爆上がりすると、鼻歌まじりに収録が始まるのを待った。
「次のコーナーは題して『どれだけメンバーの事を分かってるか』クイズ!」
司会役の
AshurAのメンバーも意外とノリが良いんだな。
「このゲームは、こちらからした質問をお一人に答えてもらい、残りのメンバーにはその答えを予想してもらうと言うゲームです。その答えが見事一致したら正解!外れた場合は酸っぱいジュースを飲んでもらいます!」
うわ、ベッタベタなゲームだなー。
おれは手渡されたボードを持つと、AshurAのメンバーを見る。
AshurAのメンバーも楽しそうにワイワイやっていた。
「一問目はAshurAの皆さんからは代表して、SHOさんが答えて、LINさんが予想してもらいます。A’sのお二人は綾斗さんが答えて、秋生さんが予想してもらいます」
うわ、おれが予想か!
まあ、綾斗は分かりやすいからな……。
ちなみに酸っぱいジュースは本当にめちゃくちゃ酸っぱい。
できれば飲みたくないから本気で行く。
「では一問目!『無人島に何か一つを持っていくなら、何を持っていきますか?』シンキングタイム、スタート!」
「うわー何にしよー!」
SHOはそう言いながらも楽しそうにボードに何かを書いている。
凛は真剣に考えているようだ。
綾斗は……無表情で何かを書いている。
おれは、これしかないと言う答えを書き、全員の答えが出終わるのを待った。
「はい、終了!」
ププーっというSEが鳴り、各自ボードをスタンバイする。
「ーーではまず、答えを書いたSHOさん、ボードオープン!」
「はいはーい!じゃじゃーん!勿論『LIN』でーす!」
ぶふぉ!
おれは盛大に吹き出すと、同じように凛も吹き出している!
「いや、何でだよ!他に色々持っていくものあるだろ?!」
当のSHOはニコニコしながらそれを聞き流している。
「やー、だっておれ抱き枕ないと眠れないんだよー」
「いや、なんでいつおれがおまえの抱き枕になったよ?!てか、それなら抱き枕って書けよ!」
スタジオからは爆笑が起こっている。
「では、LINさん、答えをオープン!」
「くっそー!こんな答えありかよー!」
そうやって開いた答えは『スマホ』だった。
真面目か!
「残念ー!LINさんSHOさん答え合わずー!後でお二人には酸っぱいジュースを飲んでもらいます」
凛よ……あのジュースはトラウマになるレベルで酸っぱいぞ……。
「……では、続いて綾斗さん!答えオープン!」
「おれは……勿論『アキ』だ」
スタジオにドッと笑いが起きる。
「アンタもですか!」
袴田からのツッコミに、綾斗は無表情で頷く。
その天然さ加減に再びスタジオが湧いた。
「さあ、対して秋生さんは何と書いたでしょう……答えオープン!」
おれは言われてボードをひっくり返す。
「『おれ』」
「おおーっとこれは!まさかの正解!!」
「ええーまじかー!」
凛がそう言って頭を抱える。
「秋生さん、何で分かったんですか?」
袴田の問いに、おれはフフンと笑う。
「あれだろ、抱き枕の代わりだろ」
スタジオがドッとウケる。
「とか何とか言って、ウケ狙いで書いた答えが当たっちゃったんじゃないですかー?!」
「あ、バレた!」
再びスタジオが笑いに包まれる。
「うわ、一番格好つかないパターン!」
いや、実はマジで書いた、ごめん袴田。
おれは酸っぱいジュースを飲む気はない。
だからって「コイツおれのこと好きすぎだからねー」なんて言えないじゃん?
「ちなみに秋生さんは持っていくなら綾斗さんですか?」
「まさか!マネージャーのありすちゃんに決まってるだろ!」
「おーっと綾斗さんフラれた?!」
「アキ、何でおれじゃないんだ!」
「いや、逆になんで選ばれる気満々でいたんだよ!ありすちゃんとおまえ、生活能力が比べるべくもないだろう?!」
おれたちのファンの中でも、ありすちゃんは有能マネージャーとして有名だ。
なんなら、ありすちゃんのファンも居るくらいなのだ。
おれがありすちゃんの名前を出しても非難されないのはそう言う理由だ。
心外だ!と言うような綾斗に、スタジオから笑いが起こる。
「では酸っぱいジュースを飲むのはSHOさんとLINさんです!酸っぱいジュース、カモーン!」
「うわー酸っぱそう!」
「おれ酸っぱいの苦手……」
「では行きます!飲んでください!!」
「……っ!」
「……ゲホッ!」
ジュースを飲んだ途端、二人の顔が苦悶の表情に変わる。
酸っぱいだろう……おれはゲストと何かゲームする度にこれを飲む恐怖に怯えているんだ……。
「はい、罰ゲーム終了ー!」
ピピーッとSEが鳴り、ゲームが終了した。
そんなこんなで収録は滞りなく進み、ダンスバトルや音程当てなど様々なゲームをこなしていく。
その間、おれはAshurAのメンバーを見ていて気になった事があった。
ーーあれ、これ、AshurAリアルボーイズラブに発展してね?
おれは、凛には悪いが心の奥でワクワクしていた。
絶対皆凛の事好きだろ……長年ボーイズラブを見てきたおれだから判る。
多分、他の人たちは気がついてないと思うけどな。
勿論、ゲーム上でボーイズラブが当たり前だったからこそ、そう言う目線で見られるって言うのもあるけど……。
普通に生活してたらボーイズラブ妄想はしても、本当にボーイズラブが発生しているなんて思いもしないだろうからな。
おれはニヤける顔を押し隠すのに必死だった。
今度の映画の時に探りを入れてみよう。
おれはそう決めて、その日の収録を楽しく終えた。
side L
映画当日、おれは軽く変装をすると、秋生との待ち合わせの場所へ急いだ。
向かった映画館はちょっと郊外の人が少なめの映画館。
そもそもボーイズラブ映画なので、そんなに大きなスクリーンではやっていないから、ちょうど良かった。
待ち合わせ場所に着くと、3分もしない内に秋生は現れた。
一応メガネにマスクに帽子と変装はしているが、明らかにイケメンオーラが溢れ出している。
イケメンって出てるのが目と洗練されたスタイルってだけでイケメンなんだな……。
だからってこれ以上変装もできないしなあ。
まあいいか。
別に女性とデートしてるわけじゃないし。
いや、駄目か。
今から見るのはボーイズラブ映画だったな。
「はよ、秋生」
「おい、凛。イケメンが漏れてるぞ」
人の顔を見るやいなや、秋生はおれにそう言う。
「いや、それおまえもだからね?」
「え?」
「え?」
そうか、お互い無自覚か。
おれはこれ以上この件について話しても仕方がないと思い、話を変えた。
「じゃ、バレる前に劇場に入るか」
「そうだな」
そういって、おれたちは劇場に入った。
各々飲み物を買い、ハンカチを準備して席に着く。
四時間後、おれたちはしっとりと涙で濡れたハンカチを片手に、秋生の家にいた。
ウーロンハイを片手に、おれはパンフレットを広げて後から後から出てくる涙を拭いながら熱く語る。
「まさかさぁ、あそこでこんな展開になると思わないじゃん?!残酷過ぎるでしょ?!」
「だよなぁ!折角両思いになりかけたのに、あんまりだよ……!」
「でもさあ、おれが主人公ならやっぱり同じように身を引こうとしちゃうかも……」
「ぐっ……確かに解る……。先輩の止められなかった気持ちも解る……」
「でも、最後は良かったよねー!」
「だな!ちゃんとハッピーエンドでよかった!!」
確かに最後にお互い指輪つけて抱き合うシーンとか、マジで感動した。
物理的な距離は離れちゃったけど、心の距離は近いんだぞっていう演出……憎すぎる。
ああ……やっぱり腐男子同士のボーイズラブ語り楽しすぎる……。
「……ところでさ、凛」
「ん?」
「おまえ、好きな人とかいないの?」
「えっ?」
突然秋生にそう問われ、おれは思わず聞き返してしまった。
「な、何で急に?」
「や、何となく」
秋生はそう言うと、ニヤニヤとおれを見つめる。
「や、今のところはいない……というか、今はメンバーといるのが楽しくて、あんまり考えられないかな」
「ふぅん。その、メンバーの中で気になる人とか居ないのか?」
「へ?」
な、何を言い出すんだ秋生は。
おれはドキドキするのを隠しながら、至って平然と見えるように答えを返したつもり……だけど、この百戦錬磨のボーイズラブ好きには見抜かれていたらしい。
「や、だって明らかにメンバーはおまえ狙いでしょ。ゲームとはちょっと違う展開だけど」
うぐっ……。
おれは言葉に詰まると、仕方なく白状する。
「えーと…はい。多分、そうです」
おれは、メンバーの好意から目を背けないと決めたので、否定はしない。
「やっぱりな!ーーまあでも、おれたちが腐男子だからって、リアルで男を好きになるわけじゃないしな……」
そう、それ!
そうなんだよね!
勿論メンバーの事は好きだし、好意も嬉しい。
気持ち悪いとかいう気持ちは全くないし。
しかし、だからって、おれがその、誰かを好きになるとか……誰かを選ぶとか、まだ今は考えられない。
「まあ、おれたちの救いは、男同士の恋愛に否定的じゃないって事か」
秋生はそういうと、レモン酎ハイを飲む。
「おれは、おまえが誰を選ぼうと、男だろうと女だろうと応援してるぞ」
そう言って秋生はニッと笑う。
「……そういう秋生は?」
「ん?おれ?おれが何?」
キョトンとした顔の秋生に、おれはズイっと近づく。
「嘉神とどうなんだよ?」
「綾斗がなんだよ?」
「嘉神、どう考えてもおまえのこと好きじゃん」
「あーあれね。確かにおれのこと好きだと思うけど……あれはもうヒヨコが初めて見たものを親って思うようなもんで…単純に刷り込みなだけだよ」
え、そうか?
おれの目から見たら違うと思うぞ。
明らかに好き好きオーラが溢れてたけど……。
まあ、こればっかりはおれもそうだったけど、自分で気が付かなきゃいけない事だしな……。
おれはウーロンハイを飲んで秋生を見る。
「まあ、おれも同じだよ。おまえが誰を選んでも応援する」
おれはそういうと、あくびを噛み殺す。
「お、もうこんな時間か……そろそろシャワー浴びて寝るか。凛、今日泊まってくだろ?」
「いいのか?やった!」
そんなこんなで、おれたちの腐男子会は夜更けまで続いた。
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