脅迫状パニック⑯

「凛さん、大丈夫ですか?」

神谷と深見が連行されていくと、敦士が心配そうにおれに視線をやる。

「まさか……深見が犯人だったなんてな」

清十郎がそう言うと、優が頷いた。

「深見なら関係者だし、楽屋にも自由に入れる」

おれは、なんとなくボーッとそれらを聴きながら、拓海さんを見つめた。

拓海さんは二人が連行されていった扉の外をじっと眺めている。

「……拓海さん…大丈夫、ですか?」

おれは拓海さんの隣にゆき、掠れた声でそう聞くとハッと気が付いたようにおれを見る。

「凛くん……こんな時まで君はおれの心配をするのか」

拓海さんはそう言うと、自分の髪をぐしゃりとかき上げた。

「君を、こんな目に合わせたのは……おれのせいだっていうのに……」

「拓海さんの所為じゃ、ありません」

おれはそう言うと、そっと首を振る。

「人を好きになることに……善悪はない」

「けど、その後の行動には悪があるけどな」

一哉がそう言うと、おれは頷いた。

「ああ。だから二人には罪を償ってもらいます」

「凛くん……」

拓海さんは辛そうに目を細めると、そうだな、とつぶやいた。

「凛さん、まずは病院に行きましょう。最悪な事態には至らなかったとはいえ、身体が心配です」

敦士はそう言うと、そっとおれを促す。

おれは、未だに痛む首を支えながら、敦士に従った。

「……凛くん……すまなかった」

おれは、拓海さんの声に振り返ると、もう一度強く首を振る。

「拓海さん、謝らないでください」

おれはそう言うと、敦士に伴われて楽屋を出た。

「……酷い跡になってます……」

敦士はそう言っておれの首を撫でる。

その指先の触れだ場所がピリッと痛んだ。

「……っ」

「あ、すみません」

敦士はそう言うと手を引っ込める。

「けど……どうして深見が犯人って分かったんだ?」

「深見は……今日はオフだったはずなんです。今日の凛さんのメイクは細野さんだったはず。なのに、おれはメイク道具を持った深見と下ですれ違った。そこから先は……ただの勘です。なんとく嫌な予感がして、皆さんを迎えに行った後、やっぱり気になって様子を見にいったんです。そうしたら……」

そこまで言って、敦士は口をつぐんだ。

「いやあ、凛が襲われてた時の敦士の鬼気迫る表情は凄かったぜー」

そう言って翔太が感心したような声を上げる。

「そうだな、高速で走っていって、深見を殴り飛ばした迫力はすごかった」

「み、皆さんやめてください……」

さ、さすが柔道と空手合わせて五段。

敦士は怒らせないようにしよう……。

しかし、おれの中のゲーム上の可愛い敦士はどこへやったらいいんだ……。

おれは複雑な思いを抱えながらも、メンバーに向き直る。

「皆もサンキューな」

「いいって」

「お前が無事なら良いんだ」

おれはメンバーに礼を言うと、痛む首をそっとさすりながら敦士の後に続く。

「おれは凛さんを病院へ連れて行きます。すぐ別の楽屋を用意してもらいますので、皆さんはそちらでお待ちください」

敦士はそう言うと、地下駐車場に車を取りに行った。



医者に見てもらった結果、おれの怪我は全治二週間と言うことだった。

幸い骨や腱、神経に異常はないそうで、皮膚の擦り傷と締められたことによってできた鬱血が主な怪我だ。

ただし、鬱血でできた跡は暫く残るそうで、塗り薬と貼り薬を処置され、首に仰々しく包帯とネットを巻かれてしまった。

流石にここまでくると、マスコミもおれのトラブルを嗅ぎつけ大々的に報道されてしまった。

勿論、事務所によっておれのストーカー事件や俳優の恋愛沙汰などは表沙汰にはされていないが。

おれはマスコミ対策兼治療目的で二週間の完全休養期間をもらい、久しぶりに部屋でのんびり過ごしていた。

一週間が過ぎ、漸く首の跡が少し薄くなってきた頃、敦士がおれの部屋を訪れる。

「凛さん、調子はどうですか?」

「ん、随分いいよ。でも何もしてないと身体が鈍っちまう……」

「凛さん、普段は忙しいんですからこんな時くらい休んでください」

敦士はそう言うと、おれに差し入れのシュークリームを手渡す。

あ、おれこれ大好きなやつだ!

おれは敦士を部屋に招き入れるとコーヒーをいれた。

「あ、凛さん!コーヒーならおれが……」

「いいって。おれの家なんだし、お客さんは座ってな」

おれはそう言うと、皿にシュークリームを乗せ、コーヒーを持ってリビングへ戻る。

「ありがとうございます」

「……で、何か話があるんだろ?」

おれがそう切り出すと、敦士は頷いてその口を開く。

「凛さん、ドラマの件です」

「ドラマって……happiness?」

「はい。凛さんの……その…傷害事件があって、一度はポシャった企画なんですが……」

「うん」

言いにくそうに、敦士は口籠る。

「逆に、この事件によって更に小説が話題になって……再度ドラマ化が熱望される事態になりまして」

「ーーつまり、ドラマ化案が再浮上したって事か?」

「はい、そう言うことになります」

そこまで言って敦士はコーヒーを口にした。

「それで?」

「監督は前回と同じ甲斐監督です。監督と作者は前回と同キャストを指名しています。もちろん神谷の役の役者は変わりますが……」

「うん……」

「凛さん、どうしますか?受けますか?事務所は凛さんの希望通りにして良いと言っています」

おれは静かに目を閉じると、ゆっくりと考える。

「凛さんの傷も癒えていない事ですし、今回は見送りでもーー」

「やるよ」

「え?」

おれは目を開くと、敦士を見つめる。

「やる。前回は不完全燃焼だったし、それにーー今ここで、嫌な思い出だけ残して、他のキャストでドラマ化したら……おれはそれを見る度に嫌な思いだけを思い出しちゃいそうだからさ」

「凛さん……」

「だったら、おれはおれの力でこのドラマを乗り切って、最後は良い思い出にして終わりたい」

おれの言葉に、敦士はゆっくりの頷いた。

「そう、ですね。凛さんがそう言うなら、そうしましょう」

「ところでーー」

「はい?」

「深見と神谷はどうなったったんだ?」

「深見は現在勾留中です。おそらく殺人未遂罪で起訴されるでしょう。神谷も同様に勾留中です。神谷は殺人教唆になるかどうか、殺意のあるなしの証明が分かれ目になってくると思います」

おれはコーヒーを飲むと、ため息をつく。

コーヒーの苦味か、心の苦味が分からない味が口に広がった。

「なんであの時……拓海さんは神谷が脅迫状の犯人だって気が付いたんだろう」

「それは……おれも気になって聞いてみました。神谷は凛さんに何かある度、いつも妙に挙動不審だったそうです。それで、久我さんはそれが気になってずっと神谷を見ていたそうです。その後、あの日再び挙動不審になっていた神谷を思い切って問い詰めたら、全てを白状したそうです……」

敦士はそう言うと、手を組んだ。

そう言う事か……。

神谷は、自分が唆しておきながらも、罪の意識はあったと言う事だ。

勿論それなら許される、と言うことではないけど……。

「ドラマの撮影、やるとすればいつから?」

「凛さんの体調次第ですが、一応予定では来月頭からです。放送枠は来年の一月からですね」

「よし、気合を入れないと」

おれの言葉に、敦士が心配そうに問う。

「凛さん……大丈夫ですか?」

「ん。大丈夫。ありがとな。いつまでも怪我人ではいられないし……おれは、残念ながら芸能人以外で生活できそうにない」

「確かに、一般人の凛さんは想像がつきません」

「え、おれそんなに一般人が似合わないっぽい?」

これでも前世はドが付く一般人だよ?

「違いますよ。一般人にしてはオーラがありすぎるって事です。引退してもきっとすぐ色々なところでスカウトされますよ」

まあ、確かに自分で言うのもなんだけど、おれはイケメンだからな……。

おれはいただいたシュークリームを齧り付く。

クリームがたっぷりで、シュー生地がパイ生地で包まれていてサクサクして美味い。

敦士、おれがここのシュークリームがお気に入りって、覚えててくれたんだな。

「……ふっ。凛さん…口にクリームが付いてますよ」

「え、どこ?」

「ここです」

自分の口を指さして敦士が言う。

「ここ?」

「いや、反対……ここです」

そう言うと、不意に敦士の顔が近づき、ペロリとおれの唇を舐めた。

「……っ?!」

「……はい、取れましたよ」

「あ、敦士……っ」

敦士の行動におれは一人でドギマギしていると、それを見た敦士はクスリと笑う。

「こんな事でドキドキしてたら……今後心臓持ちませんよ?」

え、ちょっと待って、それどう言う事。

おれが激しく混乱すると、敦士はゆっくりとソファーから立ち上がる。

「ーーおれ、色々諦めないことにしました。だから、覚悟しといてくださいね、凛さん」

そう言って敦士は男らしく笑うと、おれの頬に触れるだけのキスをした。

「あ……え…?」

敦士はそのままリビングから出る。

おれは慌てて敦士を追いかけると、敦士は玄関でおれを振り返る。

「ではまた、様子を見に来ますので、ゆっくり休んでくださいね」

そう言うと颯爽と出てゆく。

その姿はいつもの敦士と変わらず、おれは一人混乱した。

「せ……宣戦布告?」

おれは玄関に腰を抜かして座り込むと、今更ながら顔を赤く染める。

確かにおれは敦士から見て攻略キャラだけど……ゲームと真逆じゃん?!

おれは、おれの知っているゲームの世界とは全く変わってきているこの世界に、溜息をついた。

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