11‥‥僕と彼女

 僕が似合うと適当に言った服をアゲハはかごに詰め込み、アゲハは僕に似合うと真剣に選んでくれたネックレスを丁寧に舗装しプレゼントしてくれた。



「ペアルック……ふふっ」



 ひとつ十万もするネックレスをふたり分、カードで一括購入したアゲハは嬉しそうに指先でそれを転がした。



 ちなみに、現在僕もネックレスを着用しているのだけれど、首にまわされた輪っかが目立ちすぎて十万の輝きが霞んでいる。



「あ、懐かしいね。ゲームセンターっていつぶりだろう」



 鎖がジャリンと音を発し、アゲハは嫌がる僕の心情などかまわず若者たちの群へ突っ込んでいった。



 ドン引きする男子高校生。

 見ないフリをする子連れの親子。

 眉間にしわを寄せた店員さん。

 そして、笑顔で女装男子を引っ張り回すお嬢様。



 率直に悪夢だった。だんだんと慣れ始めている僕自身にも嫌気がさしてしまう。

 こんなところを、クラスメイトの誰かにみられたら……万が一、母さんと鉢合わせたら。



「ねえ、れいかちゃん!! これぜったいおかしいよ!?」


「え、ちょ、なにやってるの!?」



 ガンガンガン――



 UFOキャッチャーにキレて蹴りを入れはじめたアゲハを羽交い締めして、奇行をやめさせる。

 涙目になってUFOキャッチャーを指差すアゲハは、どうやらクマさんのキーホルダーが欲しかったようだった。



 周囲の視線が痛々しいものから、温かみのある視線へと……若干だけど変わった。主に、男子高校生。




「ゆるせない、離してコイツぶっ壊す」


「まってまって、みんな見てるからそんなことやめてッ」


「じゃあ一人でプリクラとってきて」



 その流れもおかしいだろ、とは聞き入れてもらえず。



 ただでさえ鏡にうつる僕は美少女にしかみえないのに、プリクラ補正と指示されたポーズが絡まって、僕の顔はもはや二次元だった。



「ニヤニヤしちゃって、そんなに自分がかわいい?」


「ど、どうでもいいでしょ。僕が僕のことをどうおもっていようと」


「うんうん、そっかそっかぁ」


「やめろその母親が息子を見るような目」


「じゃ、切ったら半分ちょうだい」


「……わかったよ」



 周囲の視線を気にしながらプリクラが排出されるのを待ち、女子高生の輪の中に飛び込んで備え付けの鋏でプリクラを分割した。



「あの、それリズリサの新作ですよね。とっても似合ってます、私もリズリサ好きなんですよ」


「高校生? どこの高校なの? とってもかわいいね?」


「独特なファッションセンスだね、ご主人様はどこなのかな?」


「犬耳かわいい! ねえ、一緒にお昼行かない?」


「え、あ……っといや、あ、ご主人様が……」



 脈拍が急上昇した。

 俗にいう逆ナンしに来た女子高生たちが身につけているのは、星鳴高校の制服だった。

 ネクタイの色は赤色。つまり、一個上の先輩方だ。

 アゲハやゆき先輩と同学年。



「え、かわいい~! ひとりでプリクラ撮ったの? ということはやっぱり一人?」


「連れいないの? ならちょっと付き合ってよ」


「一緒にごはんたべよ? ね?」


「うぅーん? やっぱりきみ、どっかで見たことあるような……?」



 どうしよう。危険だ。

 僕ももちろん、先輩たちの身も。

 そんな僕の心配をよそに、彼女たちはにじり寄ってくる。



「ふふっ」



 一歩後ずさった僕の両肩を、ぎゅっと強く誰かが掴んだ。



「いい度胸ね、私のペットに色目使うなんて。身の程をわきまえなさいよ……ルナ、イチカ、ナナカ、カレン」



「……え? なんで、わたしたちの名前を……」


「こっち向いて、れいか。あなたのご主人様が誰なのかをしっかり見せつけてあげましょう?」



 無理やり顎を掴まれた僕は、見せつけるように先輩たちの前で唇を奪われた。

 舌を何度も絡ませ唾液の交換をしながら、ドヤ顔で三人を見遣るアゲハの胸を結構強めに叩く。


 けど、離してはくれない。

 ヒートアップしたアゲハが、僕のスカートの中に手を突っ込んだ。



「や……やばくない? こいつら……」



 当たり前の反応を浮かべて逃げていく先輩方を、涙目で追う。



 本当にヤバいと思ってるなら警察を呼んでくださいお願いします。



「んふふ、ふふふふ。ラノベの主人公はこんな快感を感じていたのね」



 きっと彼女は、不良に絡まれた美少女を助けた程度の認知なのだろう。

 暴力で追い払うよりかは安全で好意を持てるけれど、ディープキスで追い払う主人公なんて、僕のデータにはない。



「れいか、次は二人でプリクラ撮ろう~」



 そして案の定、俗にいうチュープリを撮った僕達はゲーセンを後にして、クレープを買った。



 二人でクレープに噛みつきながらぶらぶら歩きまわって、見つけたベンチで休憩をとりながら、アゲハが最近読んだ小説の話を聞く。



 退廃的でいて耽美な世界観が好きらしい。

 美しい少女が苦難に晒されながら、諦め絶望して儚く散っていく様に胸がときめくという。

 誰かに助けてもらわないと何もできないようなか弱い少女が、遍く総てから見捨てられ孤独に沈んでいく――深く、深く水面に。



 灰色と黒と赤で彩られた世界。

 なんて、美しい――



「――私、許嫁がいるの」


「え……?」



 ぼそりと呟いた言葉に耳を疑う。

 突然のカミングアウト。

 なんでこのタイミングで?

 やっぱり頭、大丈夫だろうか。

 いや——それよりも。



「今の時代で許嫁って笑えるよね。五歳年上で、誰だって一度は聞いたことあるような財閥の御曹司。別にそれでもよかった。早くこの家から出られるのなら、なんだってよかった。許嫁が居るから目立たないように生活しろって言われて、髪もボサボサになるように手入れした。厚い牛乳瓶みたいなメガネも着けて、部活も今にも廃れちゃいそうな美術部に入った。うちの学校、絶対どこかの部活に入らなくちゃいけないでしょ? れいかは、文芸部だっけ」



 ボサボサの髪の毛。厚い牛乳瓶のようなメガネ。そして美術部。

 今のアゲハからは全く想像できない姿に若干驚いて、けれど同時に納得もいった。



「……アゲハが、美術部の部長だったんだね」


「うん。驚いた? キミに恋をしてから、本気出したんだよ」



 そう――キミに恋をした、あの日から。



 私は、全てが変わったの。

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