10‥‥僕とキャンディとショッピングモール

「れんはこういうのが好きでしょ? あーでもこれも可愛いなぁ。いやこっちにしようか? ん~、迷うなぁ。ねぇ、れんはどっちが好み?」



 アパレルショップよろしく沢山の洋服類だけが納められた一室。カラフルな色彩を放つまるで花畑のような部屋で、アゲハはとても楽しそうに洋服を選んでいた。



 次々とワンピースやオシャレアイテムを取り出しては僕に似合うかどうかを訊いてくる光景はまるでデート前夜のようで、しかし安易に僕は喜べなかった。



 理由は単純にして明快。

 彼女が選んでいる服は、僕がこれから着ていく衣装なのだから。



 それ以前に僕はアゲハに監禁されていて、知覚している限りでは二日も経っている。

 逃げようと隙を伺っているのだが、傲岸不遜な態度が逆に恐ろしくて逃げられずにいた。

 こればかりは、母さんと警察に祈るしかない。



「ねえ聞いてる? これなんかどうかな? リズリサの新作。れんはこういうガーリーなファッション似合うと思うんだけど。童顔で低身長だし。ロリ系で行こうよ!」



 薄桃色に散らばったラッピング柄のスカートと肌触りのよさそうなふわふわしたニットを僕の体に合わせながら、黄色い声を上げるアゲハ。

 年相応のかわいらしい笑顔を浮かべて、「これに決めた~♡」とハンガーから服を抜いた。



「じゃ、着替えよっか。はい脱いで~」


「……無理」


「知ってる。自分で脱がなくていいよ、私が脱がせてあげるから」



 なんの躊躇いもなく穿いていたホットパンツを降ろされ、黒いショーツが露わになった。

 下着まで女物だ。

 言うまでもなく、この眼前でニヤニヤと楽しそうに笑う変態女のせいだった。



「やっぱり肌きれい~。スっベスベー。その下着も似合ってるよれん。とってもイヤらしぃ……。はむ――ンチュぅぅッと。はい、足上げてー?」



 恥辱に唇を噛みながら、アゲハの指示通り片足を上げる。

 右足からするりとスカートが上がってくる。



 スカートが両足をすり抜けると、アゲハは頬を紅潮させて布のなかに潜り込んだ。

 そのなんとも言えない気持ち悪さに前屈みになってスカート越しにアゲハの頭を抑えた。



「んぅぅぅ、いい匂いする……赤血球がね、れんの匂いを体中に運んでってるよ……わかる? 私の赤血球、今すごい喜んでる。発情期みたい。ふふ、ふふふふふふふ」


「……っ」



 どんな環境で過ごしたら、こんなにも気持ち悪くなれるのだろう。逆に尊敬してしまう。



「すぅぅぅぅぅ、ふぅぅぅぅぅぅ……あー……これを芳香剤にして売り出したらきっとミリオンセラーだよ」



 人の股間に顔を埋めて深呼吸を終えた変態は、荒い鼻息のままスカートの中から這い上がってきた。

 丁寧に内腿から足の親指までを舌でなぞりながら。



「次はニットだね、でもでもその前にちょっと舐めたい……」


「………」



 空気に晒されている僕の腹を十二分に味わったアゲハは、ようやくニットを着させる気になったようで、ブラジャーの中から鍵を取り出した。



 ちなみに、アゲハの部屋着は下着だ。

 僕を誘惑するように、劣情を誘う桃色の下着を身につけている。



「いい? 少しでも妙な真似したらデートはお預けだからね? ね?」


「………」


「返事は?」


「……はい」



 ちらりとアゲハが逸らした視線の先に置いてある凶器と、アゲハのショーツに挟まっている幾つかの五寸釘が僕に脅しをかける。



 カチャりと手錠を外され、一日ぶりに束の間の自由を手に入れた。

 彼女の目を盗んで脱走を図ったことへの罰として、僕は手錠を強要されていたのだ。



 手際よく僕にニットを着させ、フリルが沢山ついたガーリーな首輪を嵌められた僕は忌々し気にアゲハを睨みつけた。



「うん、素敵。似合ってるよ、



 僕が、おじさんやお姉さんと会うときに使っていた名前を呼んで、アゲハは下卑た笑みを張り付けた。



 ネクタイの次は鎖か。

 首輪から伸びた鎖を引っ張り、勢いよく引き寄せられた僕は、半ば辟易しながらアゲハの胸に飛び込んだ。

 豊満な肉の塊に歓迎され、きめ細やかな肌が酸素の吸入を阻害する。



「よしよし、いい子だねぇ。好き好きちゅっちゅー♡」


「んぐ……っ」



 頭部にキスの嵐を受けながら、アゲハの胸にしがみついて唇を守る。一度唇を許してしまえば、彼女は止まらないからだ。



 ようやく訪れた好機を、逃すわけにはいかない。



「さって、私も着替えよー。服、選んでくれるよね?」



 無言でうなずいた僕は、適当に服を見繕う為にアゲハから離れた。







 総ての支度が終わり、久方ぶりに外へ出た。

 人気ひとけのない通路をエレベーターまで手を繋いで歩く。

 首輪から伸びる鎖はアゲハの手首にぐるぐると巻き付けられていた。



「あ、ないとは思うけど大声で助けを呼んでも無駄だから。最上階ここと下の階には誰も住んでないし、通りすがりの人に助けを求めてもそんな恰好じゃネタにしか思われないよ」



 無人云々はともかく、確かに彼女の言う通り誰も助けてはくれないだろう。

 首輪と犬耳を白昼堂々身に着けたメイドコスの男を、街中を歩く人間が相手にしてくれるはずがない。

 むしろ逃げる。僕ならそうする。



 程なくして高層マンションから出た僕達は、玄関前に停まっていた車両に乗り込んだ。



 いつかの時と同じように、運転席には黒スーツのグラサンがよく似合う厳ついおじ様が待機していて、一言も発さず車を発進させた。



 薄々感じていたけれど、たぶん、アゲハはどこかの令嬢なのだと思う。

 隣で棒付きキャンディを口に咥えていたアゲハが、首を傾げた。



「あ、舐める?」


「い、いや――」


「遠慮するなよ~?」


「ん、んぐぅっ!!?」



 口からキャンディを引き抜いて、唾液で濡れた瑞々しいそれを僕の唇に押し込んだ。



「私ね、甘いものを口に入れていないと死んじゃうの。そういう病気。家の中ではれん――じゃなくて、れいかの唾液を固めた氷を舐めてたけど、外には持ってこられないでしょ? 溶けちゃうし」



 僕の知らないところで恐ろしいものが製造されていた事実に鳥肌を立たせながら、いい加減に鬱陶しくなってきたキャンディを投げやり気味に咥えた。

 薄いストロベリー味。苺が嫌いになりそうな今日この頃。



「できるなら一分置きにれいかとキスしたいんだけど、そこはほら、TPO弁えてるから」


「昼休みの廊下でとつぜん唇を奪われましたけど、あれは弁えていると言えるのでしょうか」


「うん。大丈夫だよ、誰も居なかったし」


「TPOって人が居る居ないの話でしたっけ?」



 しかもがっつりクラスメイトや同学年の人間に視られていたし。

 教師が居なかったことが幸い……いや、それこそが不幸だ。

 その場に教師が居れば、特に生活指導の先生が居れば、こんな状況にはなっていなかったかもしれない。



「ねえ~? いい加減さ、敬語やめない? 他人行儀っぽいよ。つぎ敬語使ったら――」


「――――到着しました」



 アゲハの恐ろしい宣告を遮って、運転手が目的地に到着したことを伝えた。

 しかし目もくれず、アゲハは片目を閉じて言った。



「――わかった?」



 ドアが自動で開く。アゲハの諭すような笑顔に、僕は黙って頷いた。



「ん~~~! 久々に来たぁ。都内じゃここが一番大きいよね!」


「そう……だね」


「ふふっ」



 眼前に大きく広がっているのは、ゾンビゲームなんかで舞台になりそうな大型ショッピングモールだった。



 マスコットキャラクターの狐か猫なのかよくわからない容姿をした【サラマンダー】ちゃんが、休日イベント実施中の看板を掲げて子供たちに囲まれている。



 休日、なのか。

 アゲハの家にカレンダーはあってもテレビがないので、曜日感覚どころか今日が何月の何日なのかすらわからなかった。



「さ、行こ♪ 私アナスイの服みたい」



 手を――ではなく、何故か鎖を引っ張られながらアゲハは走り出した。

 彼女に引っ張られるようにして、僕も小走りに移行する。



 周囲の視線が刺々しいものに変わっていく。

 休日ということもあり、人の数が尋常ではない。

 恥ずかしさと悔しさに顔を赤くしながら、僕は鎖を握った。



 ジャリジャリと音を立てて鳴く鎖。

 この鎖を断ち切れば、僕とアゲハを繋ぎとめる糸も切れるのだろうか。



 楽しそうにはしゃぐアゲハの横顔を眺めながら、そう思った。



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