第4話

 ユイカとの交際はとても楽しいものだった。

 カオリとチャラ男の生々しい姿を目撃して、ひどく傷ついた俺だったが、ユイカと一緒にいるうちに傷口は癒え、鮮明すぎるほど鮮明だったその記憶が、少しずつ曖昧にぼやけていった。


 そのうち、元カノのことはすっかり忘れ、ユイカのことばかりを考えるようになった。

 毎日のようにデートをして、お互いの家を行き来する。すぐに、俺たちは同棲するようになった。

 そして、あっという間に、ユイカと付き合い始めて半年が経過していた。


 ある日、自宅でユイカとゲームをしていると、ピンポーン、とインターフォンが鳴った。誰だろう? 宅配便とかかな?

 出てみると、そこにはカオリが立っていた。


「カオリ……」

「タクマ……」


 カオリはやせ細っていて、泣きそうな顔をしている。

 この半年間、カオリの人生が決して幸福なものではなかったのだと、一目見ただけで分かった。かわいそうだとは思わない。同情したりもしない。俺は彼女にされたことを今でも覚えているし、それに俺とカオリは現在では赤の他人なのだから。今の俺にとって、カオリは地球の裏側に住んでいる人間とそう変わらない。


「何の用だよ?」


 俺はぶっきらぼうに、とげとげしく尋ねる。

 カオリは俺の態度に萎縮しながらも、小さな声で辛うじて言った。


「……よりを、戻さない?」

「戻さない」


 俺は即答した。

 いまさらよりを戻そうだなんて、都合がよすぎる。過去のことは水に流そう、とか言うんじゃなかろうか。やれやれ……。

 俺ははっきりと言ってやった。


「俺さ、新しい恋人ができたんだよ」


 そう言った瞬間、気配を感じて振り返る。ユイカがひっそりと立っていた。彼女の目は俺ではなく、カオリを見つめている。怒りなどの負の感情を無理矢理押さえつけ、能面のような無をぎりぎりで保っている。


「あなた」


 ユイカはいつもと違って、感情の抜け落ちた冷たい声だった。


「タクマの前の彼女さん?」

「ええ……」

「今、タクマは私と付き合ってるんです。あなたはタクマを裏切って悲しませた。もう二度と、私たちの前に現れないでください」


 そう言うと、ユイカは玄関のドアをぴしゃりと強く閉めた。問答無用と言わんばかりに。それから、鍵をかける。さらにチェーンもかける。

 ドンドンドンドン、と外からドアを叩く音と、すすり泣く声が聞こえる。


「ごめん。ごめんね……私が悪かった。お願い。許して……」


 俺は何か言おうと口を開きかけたが――。

 ユイカが俺の手を掴んで、ゆっくりと首を振った。返事をしないで、という意味だろう。それから、俺の腕をぐいぐいと引っ張りながら。


「ゲームの続き、しよっ?」

「……ああ」


 カオリのことは忘れよう。今日のことも忘れてしまおう。

 彼女との関係はとっくに終わったんだ。今は――そして、これからはユイカとの関係が続いていく。

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