第3話

 バイト終わり。

 俺たちは二人で夜道を歩いている。


 話したいことってなんだろう? 

 気になるな。だが、俺から聞くのもな……憚られる。


 俺はユイカが話を切り出すのを待ったが、彼女は黙ったまま俺の隣を一定の速度でてくてく歩いている。その顔は、緊張か何かで少しこわばっていた。普段は見せない顔だ。明るく元気な彼女にしては珍しい。


 やがて、幅の広い川の上をまたぐように作られた橋に差し掛かる。名前も知らない橋。老朽化して今にも壊れるんじゃないか、と心配になる。けれど、見た目よりかはずっと頑丈なようで、前に大きめの地震があったときもびくともしなかった。


 橋の真ん中あたりで、ユイカはぴたりと止まった。俺も止まる。彼女は橋の欄干にもたれてどこか遠くを見た。俺も欄干にもたれてみるが、彼女が何を見ているのかわからなかった。夜の川ははっきり見えないし、夜空にはいつもみたく星が輝いているだけだ。


 ユイカは何かを話そうとしている。でも、話し出すまで、もう少しだけ時間が必要なようだ。俺は夜空とユイカの横顔を交互に見ながら、彼女が口を開くのをただじっと待った。無理に聞こうとはしなかった。

 しばらくして、ようやくユイカが口を開いた。


「先輩、さっきの話ですけど……」

「さっきの話?」

「はい。私に好きな人がいて、だけどその人には恋人がいて……って話」

「……ああ。あの話がどうかしたのか?」

「先輩、けっこう鈍いんですね」


 ユイカはくすりと笑って、俺の顔を見る。


「私の好きな人は、先輩です」


 …

 ……。

 ………。

 まったく、これっぽっちも気づかなかった、というわけではない。好意を持たれているな、とは前々から思っていた。だが、それが恋愛感情であるとは思わなかった。……いや、思わないようにしてきた、と言うべきか。

 俺にはカオリという恋人がいて、だから仮にユイカに告白されても俺は付き合うことができない――できなかった。


 だが、今は違う。

 俺は恋人のカオリを、誰かも知らないチャラ男に寝取られた。今の俺には恋人はいない。フリーなんだ。だから、誰かと付き合ってもかまわない。


「先輩、私と付き合ってください」


 ユイカは俺の目を凝視して、きわめて真剣な表情で言った。

 俺をからかうために言った冗談なんかじゃないことはすぐにわかった。ユイカは本気で告白し、俺と付き合いたいと心から思っているのだ。

 それに対して俺は、俺は――。


「……」


 何も、言葉が出てこなかった。

 口の中がからっからに渇いていた。……緊張、しているのか?

 黙っている俺に、ユイカが言った。


「彼女さんを寝取られて悲しいんですよね? 私は絶対に先輩を裏切りません。彼女さんの代用品でもなんでもいいので――」

「ユイカはユイカだ」


 俺ははっきりと言った。言葉が流れるように出てくる。


「他の誰かの代わりなんかじゃないし、ユイカの代わりもいない」


 カオリとユイカ。

 二人はまったく違った人間で、それぞれに良いところがある。

 もちろん、人には良いところだけじゃなくて悪いところも、それぞれたくさんある。カオリは浮気をした。けれど、ユイカは俺を裏切らない――浮気しないと言う。俺はその言葉を信じよう。


「わかった。付き合おう。これからよろしくな、ユイカ」

「よろしく、タクマ!」


 ユイカはそう言うと、がばっと抱きついてきた。

 俺はいささかの恥ずかしさを感じながらも、ユイカのことをきつく抱きしめた。

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