第5話
その後、カオリが俺の前に現れることはなかった。
ある日、俺は友人と飲みに出かけた。その友人は趣味で、周りの人間関係に関する様々な情報を収集している。なかなか変わった趣味だと思う。探偵とか情報屋とか向いていそうだ。
「いやあ、お前と飲むの久しぶりだな」
俺は言った。
今日、突然『飲みに行かないか?』と連絡がきたのだ。最近、彼とは飲みに行ってなかったし、今日はユイカが用事があり、俺はバイトもなく暇だったので、快くオーケーの返事をした。
「しかし、どうして突然?」
「ん? ああ……実はな、お前の元カノについて、ちょっと情報が手に入ったものだからな。教えてやろうかな、と思って」
「ああ、カオリのことか……」
久しぶりに、カオリのことを思い出した。
俺が微妙な顔をしているのを見ると、友人は気を遣ってか、
「聞きたくないのなら、話さないが」
「いや。教えてくれ」
俺は言った。彼がどんな情報を手に入れたのか気になったのだ。
「それでは――」
そして、彼は話しだした。
カオリは俺と別れた後、あのチャラ男と付き合い始めた。しかし、彼は見た目を裏切ることないチャラ男であって、カオリ以外にも十数人の女と関係を持っていたようだ(十数人!? 驚きだ!)。
それだけではなく、彼は怒りっぽく、暴力を振るう性癖(?)があるとかで、カオリも散々な目に遭ったとか……。
その彼は、つい先日、交際女性の幾人かに暴力を振るったとして逮捕された。そのことはテレビのニュース番組でも報じられた(ちなみに俺は知らなかった)。
彼の逮捕後、カオリは体に違和感を覚え、検査をしてみた。もしかして、自分は妊娠しているのではないか、と。
結果、妊娠していることがわかった。
しかし、お腹の子の父親は逮捕されてしまった。一人で産んで育てるのは難しく、かといって子をおろすには時期が遅すぎた。自分が妊娠しているとは、それまでこれっぽっちも思ってなかったのだ。
どうしよう、とカオリは考えた。
考えに考えた結果、前の彼氏であるタクマ(俺)とよりを戻して結婚しようと企んだ。妊娠した時期は俺と別れた前後だったので、あなたの子よ、とか言えば俺を騙せると思ったようだ。
しかし、自分が妊娠していることを俺に告げる前に、ユイカによってシャットアウトされてしまった。その後、カオリは何回か俺に会いに来たようだが、その度にユイカが注意し、最終的に『もし、また私たちの前に現れたら、今度は警察を呼びますから』と言ったようだ。
警察を呼んだところで、カオリが逮捕されるようなことはおそらくないだろう。しかし、カオリは怖くなったようで、二度と現れることはなかった。
「で、その後、カオリはどうなったんだ?」
「子供を産んで……そこから先はわからない」
カオリはどこか遠くへ行ってしまったのだろう。死んでいる、ということはないと思う。どこでどんな仕事をしているのだろう? もしかしたら、誰かと結婚したのかもしれない。彼女が現在、幸福か不幸かは、聞いてみないとわからない。
他人の不幸は蜜の味、なんて言うけれど、俺は別にカオリが不幸であってほしいとは思わない。しかし、カオリの幸せを願うほどお人好しでもない。
彼女が幸福でも不幸でも、俺はどちらでも構わない。
「――というわけだ」
「なるほどな」
「よかったな。騙されなくて」
「『あなたの子なの』とか言われても信じなかったさ」
「それもそうか」
カオリの話はそこで終わった。
友人とはそれから二時間ほど飲んで、別れた。情報通の友人の話はどれも面白かった。でも、一番印象に残ったのはカオリの話だった。
その後、俺は一人バーに入って、適当に酒を飲んだ。もう少し酒を飲んで酔いたかったのだ。酔ったほうが思考力が落ちる。カオリのことをあまり深くは考えたくなかった。
「カッコウ」
と、俺はカウンター席で呟いた。
「カッコウ?」
バーのマスターが不思議そうに反応する。
何でもない、と俺は首を振って微笑んだ。
カッコウという鳥がいる。彼らは『托卵』をする。他の鳥の巣に行って自らの卵を置き、そこにある卵を一つ持ち去ったりするのだ(帳尻合わせのために)。自分で育てずに、見知らぬ異なる鳥に子を育てさせる。
カッコウほどひどくはないが、カオリが俺にしようと企んだことは、カッコウを彷彿とさせた。
俺はカクテルとウイスキーを飲んで、いい感じに(?)酔った状態でバーを後にした。
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