5◇八百屋案内すら満足にさせてもらえない世界とは



「……普段食べている物のお値段ってこれぐらいだったのですね」


「セリア様は貴族ですから、もっと高価なものを食べられていらっしゃるかもしれませんよ?」


そんな雑談をしつつ、案内に終わりの兆しが見える。

実時間としては1時間位かかってるのよね。

でもずっと敬語使ったりボロが出ないようにしてたわけだから……体感としては2、3時間は経過してる。

そういうわけで後はセリア様と別れるだけ。

慣れないことはそうそうするものじゃないなぁ……

でも可愛い貴族令嬢を案内出来たって考えれば概して利益出てるよね。

ほら、だって日本には金髪外国人の貴族令嬢なんていう属性詰め合わせセットさんなんていないでしょ?

こういうのが異世界転移の醍醐味っていうか……役得みたいなものよ。


「今日は案内して下さりありがとうございます、ハナさん」


別にそんな『さん付け』で呼ばれる人でもないんだけどね。

特に貴族には……もし他の貴族に見られたら面倒なことになる可能性もあるだろうし。


「こちらこそ、セリア様と会えて光栄でし──


セリア様に感謝の言葉を述べようとした、その時だった。


辺りに異様な雰囲気が漂う。

日常が壊れ、歓迎されぬ異常が現れる兆しが見える。


突然、私の真横から大きな音がして。

そして、目と鼻の先の道に大きな穴が開いて──


「─────ッ!」


数多の悲鳴は崩れる瓦礫とそこから這い上がるそれ・・自身に掻き消されて。


それはゆっくりと、辺りを見回す。

まるで、獲物を探すように。

そして、私へとその視線が固定される。


日本ではあり得ない事態に、足がすくみ、口から自然と悲鳴が漏れる。


舐めるように……憧憬の果てにある恨みを感じさせるように、その大量の目による視線が私を貫く。


その姿は、大量の「人間」を組み合わせて一つにしたような、おぞましいもの。



───つまり、異形の存在バケモノが出てきた。



秘匿エネステラ出現暴露!』

『避難勧告!危険度───Euclides』

『討伐対象───』


『──融合人形エフェミルドール!!』



警報のような何かが聞こえ、人々は逃走という概念を思い出したかのように散らばり始める。

それでも、極一部の人間は動かない。

一つは、構えた店や住む家を守るため。

そしてもう一つは、私。


その夥しい程ある視線全てが、観察するように向けられているため。


運良く穴が空いた周辺に人は居なく、直接的な被害はなかったようだけれど、それでもわかる。

このバケモノが安全な存在なはずがない!


私もどうにか隙を突いて逃げなきゃ……


……ってその前に!


「セリア様!速く逃げてください!」


私の声が届いたからかセリア様は急いで離れてくれる。

私の事を案じてくれたのか、セリア様が逃げてと言ってくれたけど、もう怪物の近くにいる人は私しかいない……

隙でも付かなきゃ逃げられない。


それに逃げたら周りの人に迷惑がかかる。

というかそもそも論として、ここで逃げたらこの先ここで生活し辛くなる。

なら、時間を稼いで救援が来るまで避け続けるしかないかな……

もし本当にやばくなったら、逃げるしかないけれども。

さて、戦闘するに当たって状態を確認。

目の前の異常から意識をそらすために、見慣れた自身のことを確認していく。


クレルモンにはmpが271貯まってるし、mpも全回復してる、つまり合計925ある。

これでどうにかなるかな?

まあどうにかならなかったら死ぬだけなんだけど……


何分で援軍っていうか助けがくるかな?

30分あればさすがに来るよね。

なら…『舞踏城タンゼンシュラウス』を30分間dexとaglを30倍で使う!

mpを900使うしほぼ攻撃も出来なくなるけど…逃げるだけなら十分でしょ!

それじゃあ不本意ながら、戦闘時間稼ぎ開始!


「『舞踏城タンゼンシュラウス』!!」


これでaglは実質900になった。


先日も、これでゴブリンから逃げられたおかげか少しだけ精神に安定がもたらされる。

バケモノの攻撃を避けるためには、必然的にその姿が目に入るわけだけれども……


改めて敵を見ると本当に気持ち悪い。

それに理不尽に私を憎む様な……呪う様な、何とも形容し難い、とても不快な視線を向けてくる……


顔が3つある上、胴体が潰れていて、そこから足や手が沢山生えている。

それに加え、目が至るところにありギョロギョロと私だけを追うように動いている。

四本だけ他のより長腕があることから、それらが普段使ってる腕だという推測が立てられる。

後見た目的に魔術は使ってこなさそう……なんなら使ってきたら詰みなので、逃げるしかない。


土煙が収まり、視界が晴れ……そして、その異形の体が震えたように見える。


────来るっ!


「っと、危ないっ!」


声を出す余裕があるわけではなく、声を出すことで自身の生存と傷の有無を確かめる。


相手が怨念の塊みたいな相手だからか、直線的にしか動かなかったのが助かる事象。

だけれども、その代わりか速い!

大量の速度30倍ドーピングを重ねた私より少し遅い……か同速位。

これこの世界の最上位勢からするとどうなんだろ……ってそんなこと考えてる場合じゃない!


「……っ、右っ!」


確認の意味も込めて自身の行動を言葉として出す。

幸いにも相手には言葉が通じていないからね、これが戦闘に不慣れな私に出来ること。


パッと見安定しているようには見えるけど、そんなに状況が良い訳じゃない。

今で速度がギリギリってことは30分経ったら終わりだし、30分経たなくても私が対処をミスっても終わり。

それにこっち側には攻撃手段もない。

だから攻撃して止める系の技殴らないと止まらない溜め攻撃みたいのがもしあったら私の詰みだ。

とは言ってもここに飛ばされて2日目。

こんな見ず知らずの地で死んでたまるかっていう話!


「………っと!」


近づいてきたからに横に避けようとしたら、二本の腕で既に包囲されていた。

上に跳んで敵の向こうに、着地っと。

すぐに余ってる足で蹴ろうとして来たので急いで後ろに下がる。

一拍時間を置いて長い腕が勢いを付けて振るわれる!

もう一回跳んで……不味い!

予め相手の醜悪な腕が跳ぶ場所に置かれてる!

少し無理な体勢になるけど無理矢理後ろに跳ぶ。


「……痛っ、」


無理な体勢で跳んだからか、背中から思いっきり地面にぶつかった。

急いで起き上がると目の前に怪物がいた。

少しくらい落ち着く時間が欲しいなぁ……急いで腕の攻撃を横に避ける。

さて、仕切り直しだ。

これホントに30分間も続けられる自信がないなぁ…

唯でさえもう限界が見えてきているっていうのにね。



──あれから10分経った。

所々でミスが出てきて、その度に「ウォール」で相手の視界を一瞬塞いだり、「ファイヤーボール」で気を逸らしたり、「ウィンド」で1秒だけagl上げてリカバリーしてるけど…そんな小手先の逃げもmpがもう3しか残ってないからあんまり使えない。

本格的にまずい…どうしよ。

こうして考えてる今も怪物は私を攻撃するわけで…


「……っと!」


危なっ!もう少し反応が遅れてたら吹き飛ばされてた。

周りの人は逃げられてる……?

周りを見渡すと少し離れた場所から見てる……

え?なんでこの人達は逃げないの?「あの女の子なら大丈夫そうね、騎士団の人かしら」じゃないよ!

そこの婦人!私、攻撃手段、ない、集中力、切れそう、ヤバい。

こんな状況で逃げ出せないなぁ。すごい恨まれそう。どうしよう。

脳内での思考とは真逆に、敵の攻撃を避け続ける。

パターンとしてはあんまり種類がなく、それこそ単純ゲームのようなもの。

されど一回のミスがゲームオーバーになると言えば、緊迫感も緊張も嵩み動きが鈍っていく。


「───ッッ!」


地面に落ちていた瓦礫を投げ、敵の腕にぶつけることで軌道をそらす。

ここまでの戦いで崩れた地面に相手を誘導して、足場を不安定にさせる。

戦闘途中に知らない人が、私に武器がないことを察してくれた剣を使ってその足を地面に突き刺す。

といっても私の筋力は悲しいレベルなので、万有引力という物理法則の力を借りた上空からの攻撃だけれども。


だけれど、そんな手品もどきの逃げ手段も限界。

速度自体は問題ないけれど、私の体力が問題。

一回ミスったら死ぬなんて環境で10分超も全力運動なんてしたことないものだから、体のあちこちが悲鳴をあげている。

普段使わない筋肉が悲鳴を上げ、限界を訴える。

それを無理矢理生存本能で押し込む。

……流石にここまで頑張ったなら、逃げても文句言われないよね?


──思考がそう、傾き始めた時だった。


「大丈夫か!」


援軍、だよね……?これで敵側の支援だったりしないよね?

ちらっと目をむけるといい感じに騎士っぽい格好をした人が沢山いる。

めっちゃありがたい!なんとかなりそう!


「大丈夫じゃないです!助けてください!」



「王国第四軍団団長メルケルトが来たから、もう安心しろ!」


その頼もしい援軍のトップに従って、私は安心しつつ後ろに下がる。


「はぁ……はぁ……」


息を整えながら、顔をあげて戦闘の行方を見る。


──それにしてもメルケルトさん超強い。

なんだっけ、王都のなんとか軍団長って言ってたっけ?

このレベルなのね。


速度は多分今の私以下ではあるけど、物理も魔術もどっちも使いこなして相手どって翻弄してる。

それに速度だって、まだ本気を出してない感がある。

素人目でも綺麗だとわかる剣筋で……何か魔術を使ってるのか、ちょくちょく慣性の法則を無視した剣の軌跡を描きながら戦闘が進んでいく。


「第一小隊到着しました!」


「こいつの特徴は不死性だ!他の能力は私1人でも対応できるから、その対策を準備しろ!」


え?本当マジ

あの怪物の特徴が『不死性』なら、私に攻撃手段があっても倒せなかったじゃん。

…っていうかむしろ攻撃にmp使ってmp枯渇してた可能性すらあるなぁ。

うん、自分の無能さに助けられたわぁ。


「団長!用意出来ました!」


「私が深手を負わせて動きを止めるからその隙にやれ!」


もう人が増えすぎて、状況がどうなってるかわからないけれど、メルケルトさん側が優勢だっていうことはわかる。

その証拠として、徐々にあのバケモノが追い詰められて、怪我を増やしていく。

腕が断ち切られ、回復しようとしているけれど……その回復すらも見込んでいるような、攻撃の連携によって更に深手を負わせる。


……気のせいじゃなければこれ、普段は『異常なほど戦術を立てるのが上手い人』な指導を受けてるんじゃないの?

いやまあ戦闘初心者オブ初心者だからわからないけれどね。


さて、そんな馬鹿らしいことを考えている間に戦闘が佳境に入ったらしい。


「今だ!『不死生物抹滅魔術式アンデットリジェクター』!!」


その魔術……もしかしたら、魔法なのかもしれない物を発動させ、異形のバケモノが消えていく。


『討伐対象の討伐を確認──避難勧告解除』


《レベルが上昇しました》

《職業レベルが上昇しました》


いやすごいね……

本当に倒せたよ、しかも危なげなく。これ私いる?

どうしよ、今の内に一般人のふりをして帰れ……


「君、ちょっといいかい?」


ダメですよね、分かってました。

これ、どうなるんだろ。

戦闘能力について聞かれる分には問題ないけど、出身とか聞かれたらめんどくさいなぁ。

なんか異世界物って何故か知らないけど『真偽検知機』みたいのがあるじゃん。だから伊達に嘘つけないし。


「エフェミルドールについてだが」


「エフェミルドール?」


「ああ、すまない今回の『エネステラ』、あのアンデットの名前だ。それで、あれが落としたD.E.Iについてだが」


まってまって、また知らない単語が増えたって。


「ストップです、『エネステラ』とD.E.Iって何ですか?」


「もしかして君今回みたいな『地下暴走』に巻き込まれるのは初めてか?」


「多分そうです。地下暴走っていうのが私の予想通りならばですが」


どう説明したほうがいいのか、と思案するような顔をしている。

すみませんね、田舎者で。

これでも一応都会出身だったんだけどね。


「地下暴走って言うのは世界全体で2ヶ月に1度程度、長い時は半年起こらない時もあるが……」


え、もしそれぐらいの頻度で起こるとしたら私の運が壊滅的に悪いってことになるんだけど。

もしかしてこれってステータスのlucって部分関係あったりする?


「まあそのくらいの頻度で起こる自然災害みたいなものだ」


随分と物騒な自然災害あるものだね。

まあでも地震や台風と違って、まだ人為的に止められそうではあるんだけども。


「今回みたいに王都で起こることは滅多にないがな」


まあ世界全体でそんなレベルでしか出ないなら、運が本当に壊滅してることになるよね。

『最近は妙に多いんだがな』と呟き漏らしたメルケルトさん。

……んー、なんかあったりするのかな?まあいっか。


「それで強いやつ…つまり『エネステラ』が地下から今回の様に出てくる」


「この国の地下どうなってるんですか?」


……思わずそう聞いてしまう。

だってあれよ?地下からあんなおぞましいバケモノ出てくるっていうのにおちおち地上に住めないよ?


「それが20m位掘ると急に掘れなくなるんだ。だから放置されてる。それで、それで出てくる『エネステラ』を倒すとD.E.Iって言われる物を落とすんだ」


ほうほう?MMOでいうMVP報酬的なやつかな?

それとも汎用orレアドロップ的なもの?


「そのD.E.Iは良くわからないが倒した時に生きていた人でかつ一番活躍した人しか扱えなくてな」


なるほど……MVP報酬か。

ゲームチックな異世界だなぁ。


「でもD.E.Iは未知の鉱石だったり、武具だったり色んなパターンがあるからそれを狙って『エネステラ』を倒そうするやつもいるが……そういう奴に限って街の被害を考えなかったりするんだよなぁ」


あ、愚痴っぽくなってきた。

メルケルトさん、王国どこどこ隊長とか言ってたし、そういう苦労もありそうだよね。


「すまない、愚痴みたいになってしまったが、要はD.E.Iの所有権は君にあるそうだから持ってってくれっていうことだ。因みに今回は防具だったぞ」


愚痴だなんてオモッテマセンヨ?

……まあともかく、そう言い残してメルケルトさんは帰って行った。

私、一番活躍したっけ?

どんな基準なんだろ?

まあいいや、貰えるんなら貰っておこ。

えーと多分これだな、って以外と軽い。

これ防具として使えるの?どっちかっていうと上着では?まあいいや着やすいし、見た目も変じゃないし。ある意味お洒落?ってね。

これぞ異世界中世風ファッション術?


~~~~

D.E.I『不死融壊の衣』

vit+100

《不死融合》

mpを10消費してhpを1%回復する

《不死衣装》

この防具は壊れても再生する

~~~~


単純だけど強い、んだろうなぁ。

私のhpが低すぎて現状不死融合の使い道がない。

あっ、vit+100と《不死衣装》は美味しいです。

普段使いしても可笑しくない服だから私のvitがずっと100上がってる様な物だし。ちょっとファッション的には違和感あるけども。

まあそんなの細かく拘るタイプでもないし。


そして、あの戦闘でレベルの上がった私のステータスがこちら!


~~~~

名前:?

種族:人類種

lv14(ボーナスポイント:+240)(+exp21)

職業:不思議之住人lv14

hp…70/70

mp…11/1014 (+20)

str…70

vit…170「+100」

dex…70

agl…90(+20)

luc…7


技能スキル

…【火属性魔術】lv1

…【水属性魔術】lv1

…【風属性魔術】lv1

…【土属性魔術】lv1

番外技能エクストラスキル

…【重複魔術マルチスペル】lv1


特殊技能ユニークスキル

…【御伽之城主ミッシング・エリア】lv2

…【◼️◼️◼️◼️】lv1

称号

『唯一之取得者』

『廻遡宙の観測者』

不可思議之秘密シークレットファンタジー


「固有魔術」

限定空間制御マルチ・ディ・オービス』lv1


所有武器:クレルモン

mp貯蔵(0/1000)

所有防具:不死融壊の衣 

vit+100

《不死融合》

《不死衣装》

~~~~


さて、ボーナスポイントはどこに振ろうか……

そうね、hpの少なさは不安だし、この服との相性を考えてhpに100。

そして職業上mpに振るのが効率良さそうだし100、今回沢山お世話になったaglに40振ってちょうど良いかな。

これでステータスはどうなったかな。


~~~~

hp…1070/1070

mp…11/3014

agl…130

~~~~


めっちゃhp増えた。

戦闘前と比べて何と107倍!

やったね、《不死融合》の使い道が増えるよ。

これで殴られても即死はないんじゃないかな。

まあ殴られる予定ないけど。

……ないよね?

今回戦闘?っていうか逃げ回ってて思った事は、予想以上に『舞踏城タンゼンシュラウス』が優秀だし、mpの燃費も最初の印象よりは大分良いってこと。

「ウィンド」とかの消費mp見ればわかるけど倍率の3乗とか書いてある上に持続時間秒単位だからね。

圧倒的燃費効率に感謝。

そんな感じで独り反省会を開いていると、セリア様が近づいて来てくれる。

こんな危険で物騒なところ、戻って来なくていいのに。


「ハナさん!助けて頂き有難うございます。怪我とかありませんか?」


「セリア様、私は全く問題ありません、何しろ殆どメルケルトさんが対処してくれたので。セリア様こそ大丈夫ですか?御怪我とかされてませんか?」


「私も大丈夫でしたよ。ハナさんが守って下さいましたから……そうです!私の家でお礼しなくてはいけませんね。今から予定って空いていますか?」


どうしよ、貴族の家とか100%面倒くさい予感がするけど断るのも角が立つよね。

貴族の誘いを平民如きが断るなんて!無礼者だ!……みたいに。

お願いですから悪徳貴族でありませんように。


「はい。大丈夫ですが、御迷惑にならないですか?」


「命の恩人を無下に扱うなんてそんなことは出来ませんよ。我が家はこっちです。付いてきて下さい」

 

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