第11.5話 功次のいない家

功次さんが所属する『イアラロブ』の仕事で家を出てから次の日。

私は起きて朝食の準備をします。

真式さんは朝が弱いらしく、起きてくるのもゆっくりです。

ただ、食事が完成すると気づいた頃には席に着いています。

「よぉ、ジュリちゃん。朝飯あんがとな」

「はい。私は出来ることをしただけですので」

そうして二人で朝食を食べ始める。

いつも私の隣にいたはずの、功次さんがいない。

いつも3人だったはずのこの空間に一人いない。

常に話題を出すのは真式さんで、私と功次さんはそれに返すだけ。

それだけのはずなのに、なんだろう。

…このどこかで感じる寂しさは。

「そうだ、ジュリちゃん」

「あ、はい、なんでしょう?」

「もうちょいしたら仕事行くからさ。家んことは任せるけど、大丈夫か?」

「はい。お任せください」

真式さんは主にその日限りや短期の力仕事でお金を稼いでるようだ。

どうやらそっちの方が貰える賃金は多いようで。


「じゃあ行ってくる。多分夜飯までには帰ってくるとは思う」

「分かりました。お気をつけて」

私は真式さんを見送る。

人混みに姿を消すまで手を振る。

真式さんもこちらが見えなくなるまで手を振り返してくれていた。

そして家に戻り、一人ソファに腰かける。

一人。完全に一人になることはここに来てからはなかった。

必ず二人のどちらかが家にいました。

功次さんが出かけるときは必ず真式さんがいるとき。

真式さんが出かけるときは必ず功次さんがいるとき。

それは私を一人にしないようにするためか、ここに来てすぐに攫われることがあったからだろうか。

二人には二人の生活があるというのに、私に気をかけすぎてそれがおざなりになってしまっては申し訳ない。

「さてと…」

私はこれからやるべきことを考えて、動き始める。

まずは…各部屋の掃除をしよう。


この家のルールとして、自室はそれぞれが掃除をして共用の部分は功次さんがやってくれていた。

しかし今その功次さんがいない。

しばらく家を空けてようやく帰ってきたら『汚うち』になっていては心労に触る。

功次さん曰く、真式さんはそう言ったことはてんで駄目なようなので私がしっかりと頑張ろう。

一通りのことは教えてもらっている。

ミスをして迷惑をかけるわけにもいかない。

2階にある自室から廊下、階段、ダイニングキッチン、トイレ、お風呂と玄関周り一通り掃除をしていく。

元からそこまで汚れているわけではないので思いの外すぐに終わってしまった。

ざっと2時間ほど。

まだお昼には早い。

それならどうして過ごそうか。

功次さんが買い揃えている本を読むか、ついでに二人の部屋も掃除をするか…。

二人の自室を掃除するにしても、何かプライベートな物や触れてほしくないものがあったら困る。

なら、本を読むかと悩むが一度立ち止まってみる。

…ここに来てから3週間ほど。

毎日が楽しく知らないことばかり。

以前とは大違い。

それでも前の何も出来ない苦しい時間の方が長く、趣味といったことも、やりたいこともいまだに見つけられていない。

一番思うのは功次さんの隣にいたい。

ただそれだけ。

だからこそ、功次さんがいる時はその側で何か助けになることを探すことが出来る。

今回にように一人だと何をすればいいのか分からなくなってしまう。

…この誰もいない静かな空間。

どこか思い出してしまう。

あの辛かった記憶が。

幼い頃の記憶。

もう…忘れることの出来ないトラウマ。

村が、友達が、家族が…全てが奪われたあの日。

私は口を塞がれ声も出せずにただ袋の中で涙を流していた。

外から聞こえてくる悲鳴と血の音。

隣から聞こえてくる泣き声。

上から聞こえてくる笑い声。

全てが絶望だった。

視界は灰色になって、何も見えなくなって。

絶望は始まったばかりだった。

…自然と涙が流れてくる。

でも…もう、そんな地獄を経験することはない。

いまだに治らない傷は…あるけど。

ある意味、私は幸運だったのかもしれない。

功次さん達と会えて、まだ私の身体は綺麗なまま捧げることが出来る。

だけど…あの時運命を変えられたのは私だけじゃなかった。

同じように攫われて行方が分からなくなっている子がたくさんいる。

袋に入れられてから皆がどうなったのか分からない。

一緒に育った友達だった子も、良く面倒を見てくれていたお姉さんのような年上の人も。

どうなっているのか、今となっては分からない。

私のように暴力を振るわれているのか、もっと酷いことをされているかもしれない。

もしかしたら…人としての形すら保ってないかもしれない。

そんなこと、前までは考えることもなかった。

今、こんなことを考えることが出来るのは、自分自身に余裕が出来たと言うこと?

…このように過去に耽っていると、昼食にはいい時間となった。


冷蔵庫から卵と2枚のハム、レタスを、袋から2枚のパンを取り出し用意する。

ハムをそれぞれのパンに置いて、卵を焼いてスクランブルエッグにする。片方のパンにレタスとスクランブルエッグを乗せてもう片方のパンで挟むことでサンドイッチを作る。

いつも3人で食事をしていたテーブルに一つのお皿が置かれる。

そしてコップには牛乳を注ぐ。

「…いただきます」

ここに来てから初めての一人での食事。

…寂しい。


「ごちそうさま」

私はゆっくりと食べ進め、ついに食べきる。

使った食器を洗い乾かす。

これからどうしようか。

どこかに行こうか…買い物か、この街をもっと見て回るか。

そう考えていると、家のドアをノックされる。

…誰だろうか?

以前に功次さんは、私に言った。


「もしも…極力そうはならないようにするつもりだが、真式と俺がいないときに誰か来たときは出なくてもいいぞ」

「…知っている人の場合は?」

「ティナとかの場合は出ても問題ないが、知らん奴だったら何があるか分からないからな。過去にも俺に依頼と称して襲撃して来たりすることがある。下手に金を持つというのも問題があるとも言えるな」

「分かりました」


一応知っている人であるかの確認はしておこう。

なのでドアに近づき覗き穴から誰が来たのかを確認する。

そこにいたのは、功次さんが良くいく八百屋店長のバルコル・ヴェーラさんだった。

一体どうしたんだろう?

とりあえず、知っている人だったので安心してドアを開ける。

「おや、ジュリちゃんかい。功次君はいるかい?」

ドアを開けると何度見たことのある大きな体が姿を現す。

初めて功次さんに連れられヴェーラ屋に行ったときは、その大きさが以前のデルタルト伯爵を思い出し、少し恐怖して功次さんの後ろに隠れてしまった。

でも今は気のいいおじさんという認識になっている。

今日は手に何か大きな袋を持っている。何が入っているんだろう?

「こんにちわヴェーラさん。功次さんは…しばらく仕事で開けてます」

「そうかぁ…」

「何か急用でしたか?」

話に聞くと、功次さんはヴェーラさんの店番を手伝ったり、何か壊れた時は直したりといろいろしているらしい。

だから今回もその類だと思った。

「急用と言っちゃ急用かな。実は良い肉が入ってね。せっかくなら、お得意さんに譲ろうと思ったんだけど、まさかいないとは。どれくらいで帰ってくるんだい?」

ヴェーラさんは袋を開け中身を見せてくる。

そこにはかなり大きなお肉が入っていた。

ぱっと見でも人の手を広げて並べた時に5個入るくらいの大きさだ。厚さも本を2冊並べた時と同じくらいだ。

「早くても10日、遅いと15日と」

「かなりかかるね」

「お肉、保存できますか?」

「流石に10日となると厳しいね」

「そうですか…」

頑張っている功次さんに食べてほしいという気持ちが伝わらないことにどこかやるせなさが込み上がる。

「…そうだ、今は真式君が転がり込んでいるんだろう?」

「そうですね。真式さんも今は出払っていますが、夕方には帰ってきます」

「なら問題ないね。これは二人で食べるといいよ」

「…本当ですか?その…少し大きいような」

とても二人で食べきれるような大きさではない。

いくら真式さんはたくさん食べるとはいえこの量を二人では…。

「心配する気持ちはわかるけどきっと大丈夫だよ。真式君一人でもこの量の半分は食べてしまうだろう。この肉も二日は持つ。その二日間で全部食べきれるから安心していいよ」

「そ、そうなんですか…それなら、頂きますね」

私よりも長く二人と関わっているヴェーラさんが言っているのだから、きっとそうなんだろう。

それでも、真式さんがそんなに食べれるかは疑わしいところだけど。

「おっと、そうだ」

「…?」

ヴェーラさんは何かを思い出したように口を開く。

「見ての通りこの肉はかなり大きい。冷蔵庫に入りきるかなと思ってね。一度確認してくれるかい?」

「あ、はい、分かりました」

言われた通りにキッチンに向かい冷蔵庫を開ける。

中に食材自体はそこまで多くないが、冷蔵庫のサイズが元より小さいため入るかと言われたら怪しいところだった。

「どうだい?」

「微妙なところです。入りそうだけど入らなさそうと言うか…」

見た通りの事を伝えると、ヴェーラさんは少し悩んで口を開いた。

「…少し上がってもいいかい?自分の目で確かめて、もし入らなそうなら僕がちょうど良いサイズに切ろう」

「あ、えっと…」

私は悩んだ。

いくら知っている人とは言え、他の人を家に入れていいものなのかを。

それは留守番を頼まれている者としてやっていい事の範疇なのか。

もしこれで何か問題が起きたら。

「…あぁ、そうか。今ジュリちゃんは留守番を頼まれているんだもんね。もし他の人を入れちゃダメとかだったら、一度戻ってある程度切ってからまた来るよ」

私がどうすればよいのか悩んで固まっていると、ヴェーラさんはそれに気づいたのかその言葉をかける。

しかしせっかくの善意に一手間挟ませるのは、申し訳ない。

「…いえ、大丈夫です。一度上がってください」

「無理にとは言わないよ」

「いえ大丈夫です。誰も上げてはならないという言いつけはありませんから」

「そうか…変わったね。じゃあ少しだけ上がるよ」

そうしてヴェーラさんを部屋に招いた。

「やっぱりか~」

「どうしたんですか?」

ヴェーラさんはうちの冷蔵庫を見て何か納得したような声を出した。

「いやー流石功次君といったことろかな」

「え?」

「いや、ある意味駄目とも言えるかな」

「ど、どうしたんですか?」

「あーごめんね。彼の人間味がないところというか、不気味なところというかだけどさ。この冷蔵庫、3人で過ごすには小さすぎる」

「そうなんですか?」

私が見てきた冷蔵庫は貴族サイズとこれだけ。

基本的なサイズをこれだと思っていた。

「ほんと、男の一人暮らしといった感じだ。最低限のサイズ。きっと買い出しの頻度も多い…というか、ほぼ毎日のように来ていたんだ。少し予想していたけども、これくらい買い換えるお金はあるだろうに」

呆れるようにヴェーラさんは言う。

功次さんは最小限。

興味がないこと、やらねばならないこと以外への出費は極端に削減している。

私の知る世界は狭い。

基準も普通とは離れているのかもしれない。

だから気付かない。気付かなかった。

これで良いと思っていた。

「ふむ…多少詰めれば、入りきるだろう。ジュリちゃん、少し台所を借りるけどいいかな?」

「あ、はい。お願いします」

ヴェーラさんは袋から肉を取り出し、家の包丁を使い丁度良いサイズに切っていく。

その姿を椅子に座り見ている。

流れるように行ったその動きはこの家の物の位置を把握しているようだった。

「うん。これくらい切り分ければ入りきるだろう」

切り終わったようなので、冷蔵庫を開けスペースを作る。

奥に押し込んだり、蓋のある容器の上に乗せたりとして、場所を開けていく。

「お、ありがとうね」

その私を見てヴェーラさんは感謝をする。

…どこに感謝する要素があったのだろうか?

「自分でやれることを、自分で見つけて行動に移す。若い子には難易度の高い話。うちの従業員の若い子も指示待ち人間だからなぁ。それと比べるとジュリちゃんは良くやっているよ」

「そうですか…」

功次さんの迷惑になりたくない。

功次さんの役に立ちたい。

その想いで常に自分ができることを探し続けていたが、第三者からの言葉でそれが間違っていなかったと思える。

「何とか詰め込めたね」

「これで明日までのご飯は買わなくてよさそうですね」

「真式君が食べきらなければね」

パンパンになった冷蔵庫を見てヴェーラさんは笑う。

「ヴェーラさんは…この家に来たことあるんですか?」

「バルコルでいいよ。そうだね、僕は何度も来たことがある」

「どうりでこの家の物の場所を知っていたんですね」

「…彼らがこの街に来たとき、誰も味方はいなかった。いや、仲間と言った方が正しいか。当時、少年二人がこことは真反対ともいえる最東国から来たというのだから、それは怪しまれる」

この国、街は閉鎖的な環境ではない。

事実私という突然現れた存在を功次さんという大きな要素があるとはいえ、皆さんに受け入れてもらっている。

貿易も盛んだから、様々な地域や国の人を見かけることもある。

「そんな中、僕の店に来て食材を買おうとしていた。その時初めてあの二人を見たよ。それぞれしっかりと金を用意しているが、驚いたのは目だ」

「目?」

「そう、目だ。真式くんは朗らかな顔ではあるが一歩引いて目線は一切相手から逸らさない。功次くんは真式くんを守るように前に立ち、表情も常に警戒していた。こちらの一挙手一投足全てに注意を向けて。あの様子は…そうだな、この街に来たときのジュリちゃんに似ていたかもしれない」

あの二人が…今の真式さんは何か良くないことがあると目を逸らしたり笑うだけではなく、いろんな表情を出す。功次さんも警戒心が高いのは変わらないけれど、少なからず誰に対してもその様な状態ではない。

「若くして本来まだ知らない方がいい世界を知ってしまった。そんな彼らに僕は同情し、この街について、この国についてたくさん教えた。それなりの稼ぎと信頼を持っているからこそ、この家の契約や戸籍の保証人としてたくさん協力した。そんな僕は第二の親とも言えるかな?」

そう言ってバルコルさんは笑う。

功次さん達がこの土地で一人前に生きていられることが出来るのは、バルコルさんのおかげ…。

今まで知らなかった。

ただ、バルコルさんが二人に対してただの常連だからという以上に、気にかけていることは知っていた。

それに功次さんも定期的に店の手伝いに行ったりもしている話も聞いていた。

その背後には、この過去があった。


「長居したね。そろそろ帰るとするよ」

「はい。ありがとうございました」

「食べたら感想、次に店に来たときに教えてね」

そうしてバルコルさんは帰った。

少し休憩するために、ソファに腰かける。

思わず安堵のため息が出てしまう。

やっぱり、まだ人と接するには疲れが出てしまう。

…まだ、功次さん達について知らないことがあった。

いや、知らないことがまだまだあることは分かっているけれど、今の状況とは全く違うことに驚かされた。

特に功次さんはあまり自分について語りたくないようだし、真式さんも必要以上に情報を開示することはしない。

…今の私がここで幸せを享受できているのは、功次さん達が苦労して環境を整えたから。

このまま…甘やかされた環境で生きるのも申し訳ないと思ってしまう。

奴隷だった時の苦痛の日々も辛かった。

それを知っているからこそ功次さんは私に何不自由ない暮らしを与えている。

でも…功次さんもきっと同じくらい辛い過去を持っている。

ただ気を遣って貰っているだけでは、私が望む関係に発展できない。

出来ることを増やして、功次さんの後ろではなく隣に立てるようにならないと。


「ご帰宅だーっ!」

「お帰りなさい。真式さん」

午後5時30分頃。

真式さんが帰ってきた。

「ん?何焼いてるんだ?」

キッチンで料理中の私を見て真式さんは気になっているようだ。

「お肉ですよ。バルコルさんがくれたんです」

「おい、マジか!こんなデケェ肉くれるとは、あのおっちゃん太っ腹だな!」

「そうですね」

「さすがにアイツが帰ってくるまでは持たんよな。腐らせんのももったいねぇし、全部食っちまってもいいよな?」

「そうするつもりですよ。功次さんには申し訳ないですが…」

「いいんだよ、そこまで気にしなくて。アイツはそんな小さい男じゃないし、仕事先で何かしら珍しいもんは食っているだろうしな。ちゃんと留守番していることの褒美とでも思ってパーっと食えばいいんだ」

きっと真式さんなりに、気にしすぎないように言ってくれているんだろう。

…半分くらいは自分本位な気もするけれど。

とりあえず、真式さんは仕事で汚れた服を着替えるため自室へと化している屋根裏部屋に向かった。

その間に私は肉を焼きつつ、サラダなども用意していく。

昔に家族の手伝いで出来るようになった以上の料理スキルが、今の私にはある。

最初は火を使うことに対して、功次さんはかなり心配していたけれど、真式さんが『慣らしておくべきだろうから、練習させたらどうだ?』と言ったことで問題なく使わせて貰えている。

…多分、功次さんが不安そうにしていた理由は奴隷だったことが関係していると思う。

この国は表向き奴隷制が廃止されている。

けれどまだ整備が行き届いていないスラムや闇市場、デルタルト伯爵のような古い権力者からこの文化が取り除かれているわけではないそう。

そこで『イアラロブ』出版で一般市民には繋がりの薄い奴隷の実情を示す本がある。

この本が出版された目的は市民間にも奴隷の存在を知らせて、誘拐などに対する警戒や奴隷制の廃止派の世論を強める目的で、『イアラロブ』所属の功次さんのこの家にも置いてあり一度だけ目を通した。

そこには私以上に苦しい思いをしている人がいることを知った。

その中には高熱の印で体を焼くことや蝋を垂らすといった火や熱にまつわる仕打ちを受けた例もあるという。

功次さんが持っている本を読んでいないわけがないので、私にも同じようなことを過去に受けていてトラウマを再発する可能性を考えたんだろうけど、運が良かったのかそんなことはない。

受けた過去は、打撃や斬撃といった暴力のみ。

消えない傷は残っても、まだ軽いほうだったのかもしれない。

「待たせたな、ジュリちゃん。俺も手伝うぞ」

「あ、ありがとうございます」

部屋着に着替えた真式さんが降りてきた。

日頃こういった家事は基本的に手伝うことはなく、功次さんに一任しがちな真式さんが珍しい。

「全部ジュリちゃんに任せっきりにしてたら、アイツに何を言われるか分かったもんじゃないからな」

「仕事から帰ってきてお疲れだったら功次さんもそこまで言わないのでは…」

「いーや、アイツは言うね。俺の体力的にそんな簡単に疲れないことを知られているからな。それに、全部ジュリちゃんに任せていられるほど、俺はゴミ野郎じゃないぞ」

功次さんと長い付き合いだからこそそう言うんだろう。

しかし功次さんが真式さんの話をするときはあまり褒めるようなことはなく、悪い点を言いがちだけど、それは真式さんも同じようで功次さんの話をするときには良いイメージを持った話をしない。

それでも、お互いに色々文句は言いつつ、充分な信頼があることは私でも分かる。


「いただきます」「いただきまーす」

ありがたく命を頂けることに感謝しながら食事を始める。

一般的なステーキのサイズが真式さんの前に置かれ、私はその半分をゆっくりと食べる。

その食べっぷりはまさにガツガツと言う音が聞こえてくるようにも感じるほど。

確かにこのお肉は柔らかくて非常に美味しい。

どうしても功次さんに対して申し訳なくなってしまうほど、美味しかった。

「ジュリちゃん、肉追加するわ」

「あ、はい」

私が自分の分を半分ほど食べた頃には、真式さんは既に食べ終わっていた。

…私の4倍?

内心でその早さに驚きつつも、真式さんは追加のお肉を冷蔵庫から取りだし焼き始めた。

一瞬、任せても大丈夫か不安に思ってその背を見ていたら、真式さんが声をかけてきた。

「俺だって焼くくらいは出来るぞ。何も出来ない訳じゃぁない。ま、焦がさない保証はねぇがな」

そんな自信満々に真式さんは言うが、肉を焼くときに聞こえてくる音が足りないことに気付いた。

「…油は引きましたか?」

「あ、やべ」


夕飯も終わって片付け中。

早めに油を使っていないことに気付いたことで、フライパンに焦げ付くことはなかった。

そこから追加で焼かれたお肉は、全て真式さんが食べきり今はお風呂に入っている。

まさか貰ったうちの3分の2程度食べきってしまうなんて…。

予想外だった。

バルコルさんの言う通り、真式さんだけで食べきるんじゃないかと思ってしまった。

…一体、人体のどこにあれだけの量が入るんだろう。

お皿を洗いながら思う。

この街に来るまでの遠く長い道中、あの二人はどうやって生きてきたんだろう。

その当時の年齢は私と同じくらいかそれ以下だったはず。

バルコルさんの言う通り、一般的に見れば異質。

少しここにある資料を見ると、最東国とミョルフィアの距離はおよそ9500km。

そんな距離を二人だけで移動し続ける。

まだ知らなくても良い世界をたくさん見て、多くの絶望を知り、今を生きる。

私の知る絶望以上のものを、知っているはずで、それでも明るく振る舞う真式さんと人に優しく出来る功次さん。

その二人の背を見ている私が、立ち止まることは私自身が許せない。

今回の留守番も、しっかりとこなし早く功次さん達の隣に立つことを目指さないと…。

「おーい、ジュリちゃん。先に風呂あんがとな。わりぃな、片付け任せちまって」

「大丈夫ですよ。疲れてない方がこういうことはやるものだと思うので」

私がそう言うと、真式さんは少しだ待ってなにかを考えてから口を開いた。

「お前、疲れてないか?」

「え?」

私はどこか呆気にとられたような声が出た。

「顔色は悪くねぇ。ただ、何となく気負いすぎているように見えてな。アイツが追い込まれつつある時と同じ雰囲気を感じたんだ」

「わ、私は疲れてなんかないですよ?」

「そうかぁ?」

疑いの目を向けてくる真式さん。

一呼吸おいて口を開いた。

「ま、狙っている男が知らんところに行っちまうのが不安なのは分かるぞ。でも、そこまで心配する必要はねぇな」

「なっ、そ、そんな訳じゃ」

突拍子もなく言われたその言葉に、私は戸惑いを隠せずに言い返してしまった。

「私は早くお二人の迷惑にならないようにと思っているだけです!」

「ほう?そんなこと思っとったか」

「あっ…」

私は流れるように自分が内心で少し悩んでいたことを吐露してしまった。

功次さん以上に真式さんは人を誘導するのが上手だ。

他人に対して常に一定の警戒をして線引きが濃い功次さんと長年一緒にいると、その本心を知るためにはこういった誘導などをしていたんだろう。

「多少ジュリちゃんという人間について分かってきた俺からすると、そんな気負う必要はないとは思うっていうだけだな。俺は雑だし、功次もちゃんとしているように見えて、ちゃんとしている自分という者を演じているだけで本質は俺と大差なかった。そんな俺等はある程度のことで迷惑だ何だと思わないぞ。ま、流石に俺みたいな79万4000ソルも借りる様だと煙たがられるかもな」

そう言って笑う真式さん。

それにつられて私も自然と笑みが出る。

「それにだ、アイツの女になろうとするなら気負いすぎてもアイツのハードルを上げちまって互いにギクシャクするかもな」

「なっ…!?」

「やっぱ素の自分でいられるのが一番だな。頑張れよ」

真式さんは笑いながらそう言って階段を上がっていった。

やっぱりこの人は私の気持ちに気づいている…。

あの調子だと私のことを心配しているのか、揶揄っているのか分からなくなる。

…いや、きっと両方なんだろう。

私の知らない本当の功次さんを知り、その苦労を見てきたからこそ、長い友人として幸せを願っているんだろう。

…任せてください。


片付けも終わり、ゆっくりと入浴を済ませて自室で横になる。

これといった個人を示すような特徴のある部屋ではない。

だけど、以前までの暖も取れないような部屋ではなく、静かで居心地の良い空間。

この誰にも危害を加えられない安全な場所に来られるなんて、あの頃の私だったら考えもつかなかった。

「……………」

そんな私には身に余るような空間があるというのにも限らず、私はどこか心寂しさを感じる。

ここ最近で言うなら、真式さんをはじめいろんな人が私の功次さんに対する意識を促すようになっているように思う。

それもあってか、私自身も功次さんのことをどう思っているのか改めて見直すことが増えた。

この想いは、なんなのか。

恋心か憧れか、はたまた信頼か感謝か。

正直最近は分からなくなることもあるけれど、それでも私は功次さんのことを大切に思っている。

今はそれだけでいいのかもしれない。

私が自分のことに自身を持って立てるようになるまでは。

ただ…。

「…ふぅ」

私はこの感じる寂しさを埋めるためにベッドから出て立ち上がり、部屋を出る。

廊下は暗く、先の見えない闇は少しの恐怖を与える。

軋む床の音を聞きながら歩いて、あるところで立ち止まる。

そこは功次さんの部屋の前だった。

その扉を誰にもいないのにゆっくりと開ける。

当たり前だけど部屋の電気は消えている。

窓から入る月明かりを頼りに、功次さんのベッドに飛び込む。

どこかで感じるこの寂しさを、ベッドに染み込んでいる功次さんの匂いが埋めてくれる。

もう温もりは一切消えているけれど、この残る功次さんに包まれるような感覚が私に安眠を与えようとしていた。

…早く帰ってきてほしい。

ただ急いで何か問題が起きてほしくもない。

無事に…帰ってきてください…。

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