第11話 しばらくの別れ
「じゃあ、行ってくるよ。頼んだぞ」
「はい。気を付けてくださいね」
午前6時。俺はメントレネに向かうため、家を出るところだ。
ジュリは起きて見送ってくれるが、真式は起きてくる気配はない。
まぁ、元々見送ってもらおうとは思っていなかったので気にはしていないが。
むしろこんな朝早くに起きて見送ってくれるジュリがいい子過ぎるのだ。
ジュリはしっかりしているので安心して家のことを任せられる。
「さてと、頑張って向かいますか」
家から出て、馬車を借りるため
しばらくは一人。ここ最近はジュリも真式もいたためそんなことはなかったので、少しは寂しいな。
ただ元はこんなんだったので、生活が戻ってきただけと考える。
30分程して物資輸送停に着いた。
ここでは国内外で物資が輸出、輸入される。
それに乗じて、馬車に乗り込み長距離移動が出来る。
一応チップとしていくらかは渡すが、大した料金にはならない。
基本馬車というのは役人や貴族は私物として何台か持ってはいるが、俺みたいなあくまで一般の人間はこれに使って移動する。
馬宿とかに行けば借りる事は出来るが、かなりの出費が出る。
今回は別に俺一人だし、ピンポイントで向かわなければならない訳でもない。とりあえずメントレネの王都周辺まで向かうことさえできればそれでいい。
だから今回はこれを使う。
「メントレネ行きはあるか?」
「それならあと10分後に出るよ。あれだ」
「分かった。ありがとう」
物資輸送停の人にどれが目的の馬車かを聞く。
丁度いい時間だ。ここから馬車が出るのは大体7時。
そのために早めに家を出た。今日は少し早いな。
「小僧、こいつぁメントレネ行きだが間違っちゃいねぇな?」
「あぁ、頼む」
俺は待っている間、少し考え事をしながら荷台に座り10分を過ごす。
それは今回の依頼。オルスの妹へ向けた手紙だ。
正直、俺である必要が本当にあったのかと思う。
中身は見ていないから分からないが、報酬は20万。あまりにも大金だ。一体何が書かれているのやら。
そしてもう一つ。
何故オルスがジュリのことを聞いてきたかだ。
あいつの情報網で俺のところに元奴隷がいることを知った。それまでならいい。
しかしそれならばあそこまで執拗に聞いてくることはないはずだ。
もしかしてジュリには何かがあるのか?
うーん。いくら考えても思いつかない。ジュリが俺に隠し事をしている様子もない。
「ま、いくら考えても思い浮かばないなら…ないはずだな」
オルスにゃ悪いが今回は忘れることにしよう。出来る限りジュリのことを信用しなければならい。
彼女が俺を信用してくれているように。
もういい加減過去から離れなければならない。
俺ももう大人なのだ。
「…そろそろだな」
俺はメントレネ行きの馬車に乗り込む。俺の他には…誰もいなさそうだな。
「待ってくれ!私も乗らせてくれ!」
「ん?」
そろそろ出発という時に男性の声が聞こえてきた。
そしてその声に俺は聞き覚えがあった。
「ノベルさん!?」
「いやー間に合って良かった」
息を切らしながらノベルさんが乗り込み、馬車は出発した。
「なんでノベルさんが?あなたなら自前の馬車ありますよね?」
この人は俺のよりも金を持っている大商人。
何度かミョルフィアの大通りをノベルさんが乗った専用馬車を見たことがある。だから持っていないはずがない。
「それがですね…今は部下に仕事として貸してしまってですね。商会用の馬車が足りなくなってしまって自分のを貸しているんですよ」
「…なるほど」
「そういう功次さんはどうしてここに?」
「俺は所属ギルドの『イアラロブ』のギルドマスター、オルトライス・モデヴェロの依頼でここにいます」
「おや?あのギルドは肉体的労働はないはずじゃ?」
「…俺は多分判定外なんですよね、それ。あのギルドマスターは割と俺の事を扱き使う節があるんですよ。まぁ、俺もあの人には恩義があるのであまり断る事は出来ないんですけどね」
「それはそれは…とんだ貧乏くじを引きましたな」
そう言って笑うノベルさん。
彼の言う通りギルド内で言えば貧乏くじを引いたといっても過言ではないだろう。
全く、変な気に入られ方をしたもんだ。
「ところで…今回のその依頼はどういったものなんですか?」
「それは…」
一応今回の依頼は俺指名だ。あいつに言われてはないが、俺が中を見てはならない以上、口外は許されないと思う。
「すみませんが、多分言えないです」
俺の言葉を聞いたノベルさんは
「でしょうな。個人依頼というのはあまり口外されるものではない。聞いてしまって申し訳ない」
「あ、はい…」
俺の周りにはこれだけ丁寧な人はあまりいない。だから俺も対応の仕方に困ったりする。
「では、俺から聞いてもいいですか?」
「なんでしょう?」
「ノベルさんは何故メントレネに?」
「私は…まぁ視察ですね」
「視察?」
「えぇ、あちら側の商人たちも私の所と協力をしたいという話が出てきましてね。今回はその打ち合わせということで、自ら出向くことにしたんですよ」
「…なるほど」
こういった話を聞くと、この人もしっかりと働いているんだなという事にを理解できる。
「では、これから3日間共に揺れることになりますな」
「そうですね」
日も頂点に昇り、昼飯の事をあまり考えていなかったことを後悔し始めた頃。
ノベルさんは持ってきていた握り飯を口に運んでいた。
こっちの国でもおにぎりがあるのか。
ありゃ俺の出身国だけだと思ってたが…。
こっちの方に来てからは一度も見ていないからな。
というか米もあまり見ないんじゃないか?
「功次さん、昼はどうするおつもりで?」
「それがあんまし考えちゃないんですよね。どうせ道中に市場やらなんやらがあると思ってたんで。…まさか、ここまでそんなところひとつも見ないとは」
視界に広がるのは無限に広がる広大な平野。
何もないという表現では足りないほどの物の無さが目立つ。
「あっはっは、小僧よ。お前さんは知らんのか」
「何をだ?」
馬車を引くおっさんから声が飛んでくる。
「ミョルフィアを出れば、次の町スタルストは馬車で14時間だ」
「…マジかよ」
おっさんから聞いたその事実に軽く唖然とする。
そして自分の無知を呪う。
俺はこの国に東から来たというのもあって、西側諸国についてはあまり詳しくない。
次の町に着くだろう時間は、日を跨いで少し経った頃。
それまで俺は飯抜きか。
飲み物は持ってきてて良かった。
脱水で死にたかないからな。
そう思いながら、腰に着けてある瓢箪に目をやる。
「功次さん、よろしければ私のを差し上げましょうか?」
「いえ、大丈夫です」
ノベルさんが気を遣ってくれるが、きっぱりと断る。
「しかし…」
「大丈夫ですよ。別に人間なんて1週間は食わずに生きてはいられますんで。昔は2~3日食べないなんてざらにありましたからね。気にしないでください」
「そ、そうですか…」
まぁ死ぬわけではないが、腹減るのは事実。
ちょっとずつテンションが下がっていくんだろうな。
そうしてまた広く長い道を台車は進み続ける。
「あ、そうだ」
少しした時、俺はノベルさんに会ったら言おうとしていたことを思い出した。
「この前頂いた紅茶、ありがとうございました」
俺の言葉を聞いて一瞬キョトンとした表情をするが、すぐに思い出したのか口を開く。
「あぁ、あの時渡したものですか。どうでしたか?」
「いやぁ、あれは美味しかったですよ。紅茶に関しては、アールグレイばっか飲んでいたもので。あそこまで高貴な風味は経験したことがなく、良い経験となりました」
「そういって貰えて、私としても嬉しい限りです。ある意味であなたの善意を利用してあの子を押し付けてしまったようなものですから、私としても思うところがあったのです」
「そんな重く思わなくても、最終的に決めたのは俺ですよ。ノベルさんがそう思う必要なんてないんです」
「そういってもらえると助かります。茶葉を渡したときのジュリさんの様子は安心・平穏という言葉が合う様子。それを見ると、功次さんに引き取ってもらったのは正解だったと、今は思います」
その言葉に俺は感謝の意を返すが、頭の中では本当にそうだろうかと思ったりもしている。
どこまで行っても自分自身に完全な自信というモノが見当たらないのは、俺の悪い癖かもしれない。
日も沈み、辺りは完全に暗闇に包まれ、残る灯火は焚火の明かり。
今は馬車を降り、男3人で焚火を囲い休憩をしている。
日を跨ぐほどの長時間、物資輸送に乗ったことは今までなかったので、夜はこうなるのかと思っている。
しかし野宿の怖いところは野盗などに出くわす可能性があることだよな。
街中の治安はどこの国も最低限度の警邏組織があるだろうが、ひとたび郊外に出れば治安というのは劇的に下がる。
それでもピュオチタンというこの国は比較的マシな方だろう。
前に王都に向かう道中では襲撃にあったが、おそらくどこからかの手が回ったんじゃないかと考えている。
そうでもなければあの護衛衆がやられ、俺も気を失い、真式ですら久々に力を使ったと聞く。
選民議会が柔な連中を連れてくるとは到底思えないからな。
俺を統治者としたくない、または恨みを持っているやつか。
まぁ、何でもいいか。
流石にあっちも馬鹿じゃない。そんな事を話しはしなかったが、調査はしているだろう。
それは俺の役目ではない。
…にしてもここ最近ずっと気になっていることが一つある。
俺の夢に現れたあの女だ。
それがずっと脳裏に焼き付いて響き続けている。
最早世の中の出来事というものも自分のことも半ば興味を失い、ただ生きていた俺がここまで無意識に意識を向け続けるのは、必ず何かあるはずだ。
考えすぎだろうか。
やはり久々の一人で考え込む時間が出来ると、色々とあるな。
ジュリも真式もいなく、そちらに意識を向ける必要がないというのは、良い意味で自己整理が捗る。
「功次さん、大丈夫ですか?」
焚火の火に当てられ気付いたら意識から遠のいていた時、右からノベルさんの言葉が飛んできて、意識を戻す。
「あ、あぁ、大丈夫です」
どうやら一人でかなり考え込んでいたようだ。
「小僧、やっぱり何か食わんからだろ」
「いや、そんなことはない。昔ミョルフィアに来る前は、数日何も食べないこともあったんだ。この程度平気だ」
「そ、そうか。小僧も苦労してたんだな」
俺に同情の目を寄せる馬車引きのおっさん。
実際過去にはそういう時期もあったが、ここしばらくはしっかりと3食食べている。
そうなると、久々のこの状況は少しながら辛い。
まだ腹がなるほどではないが、どう振り払おうとも思考には『ハラヘッタ』という言葉が出て邪魔してくる。
「今日はとりあえずここで休む。馬達も疲労困憊だろうしな」
「分かった」
「そうですか」
一応周囲に気を配る。
変な気配はなさそうだが…。
別に動いていたわけではないので、体自体はそこまで疲れてない。
だがエネルギーはないため、省エネモードになって早くも眠気が来る。
昔から腹が減ると自然と眠くなるんだよな。
出来るだけエネルギーを消費しないようにするためなのか?
「ひとつ聞いて良いか?」
「なんだ、小僧」
馬車引きのおっさんに声をかける。
「そのスタルストまでは後どれくらいだ?」
「そうだなぁ…あと、4時間位だな。小僧も、ああ言って空腹に耐えられなくなってきたのか?」
「いや…間違ってはないが、寝て4時間なら余裕だ」
とりあえずこの状態では何をする気にもなれないので、早めに眠ることにする。
起きて8時頃だとしたら明日の昼食ごろには飯にありつける筈だ。
また何時間飯抜きになるか分からないんだ。
スタルストである程度貯蓄を用意しておくべきだな。
そうして寝る旨を二人に伝えて先に荷台に横になる。
軽い眠気を感じながら、夜空を眺める。この光景も何年ぶりだろうか。
ここ数年は人口の光が照らす空間に身を置いていた。
だからこのように無限の星を視認することは出来なかった。
少し昔を思い返す。
「星に名前とかあるのか?」
「星なんざどれも同じように光っているだけで、違いなんて分からんだろう。それに名前なんか付けたところでな」
「それもそうか」
真式の質問に対して、自分は答えられないことを伝えた。
二人で野原を寝転がり空を見た。
「あと、ピュオチタンまでどれだけかかるんだろうな」
「さぁな。何年経ったかすらも忘れてきた」
国境は2つ渡り、あと1つの国境をくぐれば目的のピュオチタンに入る事が出来る。
長い旅路、問題だらけの毎日ではあるがここまで生きて来れている。
最東国を出た後の夜空をもう覚えてはないが…秘密基地から見えた夜空と今見ているこの景色の星は違う。
さっきはああ言ったが、真式は気づいていなんだろうか。
毎度見る場所によって、光り方も色も、きっと違う。
ただ生きるために…逃げるために、国を跨ぎ、足を動かし、息をする。
ただ世界の壮大さを教えてくれる空も地も水も、見慣れれば色を味わえなくなり感じれなくなる。
「なんだ、お前疲れてるのか?」
「…どうした突然」
真式は上体を起こし俺の顔を覗き込む。
「お前が無言で何か考えている間、俺は昔を少し思い出していた」
「そうか」
「長く一緒にいてずっと見ていると気づかないこともある。それで気づいたんだ。あの村を出た直後のお前と今のお前は…明らかに違う」
「…それがどうした。俺は変わらないぞ」
突然何を言い出すんだと、俺は思いため息をつく。
「いや…変わったよ、お前は」
「…たとえば?」
「…分からない」
「なら、変わってねぇってことだな。真式の気のせいだ」
「いや!気のせいじゃない!」
月明かりが照らす平野に真式の叫び声が響く。
「い、いきなりどうしたんだよ?」
「いいか功次。よく聞け」
「お、おう」
滅多に見ない真式の気迫に押され俺は押し黙ってしまう。
「俺はお前みたいな頭の良さはない。それで今まで面倒なことを起こしたこともある。そんな俺でも一番わかるのは…お前のことだ」
「何を言ってる」
「こう、ちゃんと言葉にはできないが…今のお前は疲れ切って何も希望がないような、そんな顔をしてる」
最後に自分の顔を見たのは一体いつだっただろうか。
少なからず…いや、完全に忘れたな。
しかし真式から見た俺はそんな顔をしているのか…。
「もっと気楽に生きるべきだと思うぞ、功次は」
「お前は気楽に生きすぎだけどな」
「それくらいでいいと俺は思ってる。何か問題が起きたとしても死ななきゃどうとでもなるだろ?」
「…そうだな」
「じゃあ出発するぞ。忘れもんはないな?」
「大丈夫です」
「問題ない」
おっさんの声掛けで、3人は出発する。
また4時間程度の揺れを感じながら景色を眺めることになる。
流石にそこまで関わりがないおっさん二人と話すネタも無くなってきて、静寂が訪れることも多くなってきた。
馬引きのおっさんは、あくびをしながら手綱を持つ。
ノベルさんは、何やらメモ帳のようなものを手に取り何か書いている。
1時間頃経った頃だろうか。
ずっと進んでいた舗装道を外れ、鬱蒼とした先の見えない深い森林に入った。
一応の道はあるが、たいして人が通っていないことが分かる。
「おい、おっさん。本当にこの道で合ってるんだよな?」
「心配するな小僧。この道は俺が何年も来た道だ。間違っちゃいねぇよ」
「そ、そうか…」
「今日は運良く快晴だ。雨だったらさっきの道を行くんだがな。こっちの方が近いんだ。大体1時間くらい早まるんじゃねぇかな」
こういったところは野盗の溜まり場になることも多くある。
あまり見通しの悪い空間にいたくはないんだが…。
「功次さん、ここは信じましょう」
「…そうですか」
「おう、信じろ小僧。早めに着きゃ小僧の腹の虫もちーたぁ収まるだろうな」
そういっておっさんは笑う。
まぁ、気を使ってくれるのはありがたいんだが…。
一抹の不安を抱えながら揺れる。
周囲の気配に気を配る。
獣の足音、鳥の呼吸音、虫の飛行音。
どれも自分の耳を刺激する。
「そんな不安がるこたねぇぞ小僧。もしやビビりか?」
「いや、そういう訳ではないが…」
ビュン スゥ――――
「……ッ!?伏せろ!」
俺の叫びに驚いたノベルさんは頭を下げる。
おっさんは行動が遅れる。
クッソ…間に合うか!?
荷台からおっさんの首元に腕を伸ばす。
「グッ…ってぇ」
右腕に矢が刺さる。骨ごと貫かれたか…。
「おい、小僧!大丈夫か!?」
「あぁ。それより急いで抜けるんだ!まだ撃たれるぞ!」
「分かった!」
おっさんは馬を強く打ち、加速する。
一体どこからだ…。
野盗なら一人なわけない。
まだどこかにいるはずだ。
「どうして気づいたんだ小僧」
「音が聞こえてな。弦を弾く音と、風を切る音が」
「そうか。わりぃな。助けてもらっちまって」
「あんたが死んだら誰が馬を引くんだよ…」
スゥ―――
「伏せろ!」
また矢の音が聞こえ、叫ぶ。
今度は二人とも頭を下げる。
音の聴こえた左側に目をやると矢が俺に迫る。
「っぶねぇ!」
寸前で体を逸らし避ける。
さっきは右側から、今度は左側。
やはり一人じゃなかったか。
馬車を止めれば降りて迎撃にも行けたかもしれないが、今度は集団で襲われるかもしれない。
防戦一方になるが、走らせ続ける事しか出来ない。
ゥ―――
ゥ―――
「ッ!?両方…グッ…」
音に反応が遅れ、咄嗟に両腕で首を守る。
その結果、両腕に矢が刺さる。
「ま…じか…」
両方やられるとは…。
なんで反応が遅れたんだ?
…まさか…。
「出血か…」
貧血による意識の低迷。
それが聞こえた音への反応速度を鈍らせたのか。
「おっさん、あとどれくらいで森を抜けるんだ?」
「この速度なら15分も走れば抜けるぞ!」
15分か。…それを聞いた俺はあることを決めた。
「こりゃ、短期決戦になりそうだな…おっさん、後で追いつく!」
「おい、小僧!何をする気だ!」
「このままじゃやられっぱなしだからな。安全なところまで走り抜けろ!後で追いつく!」
俺は走る馬車から飛び降り、受け身を取りながら着地する。
「いっづ…」
着地の時に手をつくと、貫通した骨に痛みが生じる。
下手に刺さった矢を抜いて、体に鏃が残ってほしくはない。
だがこのまま戦うのはかなり厳しいぞ。
「仕方ねぇか…」
ちょいと無茶しよう。
いや、無茶しないと突破できない状況と言えるな。
「さぁてと…」
あっち側からはこっちが見えていて,俺は見えないと。
圧倒的に不利だな。
ここまで鬱蒼とした森では、視認性が悪いったらありゃしないな。
「おっと…」
一瞬意識が飛びかけ、よろめく。
俺の体が動かなくなるのも時間の問題だな。
一刻も早く動かなければ。
そこに聞こえてくる、1本の風切り音。
「っ!?っぶねぇ…」
的確に頭周辺を狙ってくるあたり相当な腕だ。
ただの野盗とは思えんな。
だが、飛んできた矢のおかげで方角はわかったぞ。
「ふぅ…」
矢の出どころに向かって、音を立てずに走る。
ここまで暗ければ、俺のこの全身黒ずくめの格好は有利に働く。
「………………ここだな!」
「#@(!?」
小さな呼吸音を感じ、敵を発見する。
「おとなしくしやがれ!」
「<&…」
確実に仕留めるために、今の腕では役不足。
だからこそ相手の顔面に対して全力の蹴りを入れる。
明確にダウンしたことを確認する。
「ん?」
慎重に近づいて相手の正体を確認する。
おかしな声を出すなとは思っていたが…かなり原始的な格好をしているな。
腰回りとマントのように羽織られた布しか身に着けていない。
しかもぱっと見で分かるほど女だ。
こんな軽装だったら乳はみ出すぞ。
暗いからしっかりは見えてないが…褐色肌っぽいな。
俺よりは年上に見えるが…。
「でも、なんだってこんなところに…まぁいい」
俺は落ちた弓を、拾い折って壊す。
全力で蹴りを入れたが、死んじゃいないだろう。
起きた後に襲われでもしたらたまったもんじゃないからな。
「さぁてと…あんたはどうだい?」
謎の仮面をつけたそいつがいた。
仮面で顔はわからんが、体つきからして男だろうな。
背中に弓を抱え、その手には棍棒のようなものがある。
「*$@>&%#*!!」
「あー…わっかんねぇ…」
なーにを言うてんのか分からんな。
対話は不可能か…。
襲ってこなさそうならこの場を立ち去ろうと思うが…。
「%‘$!!!」
「おわっと!?」
どう動くか構えていたら、棍棒を振りかぶってきた。
攻撃してきたとあらば、交戦の意思アリってことだな。
だがこれ以上長引かせても、俺が出血多量で倒れる。
「こんなところで、くたばってる場合じゃねぇんだよ!」
「#>>…」
相手の腹に全力で回し蹴りを入れる。
吹き飛んで気に叩きつけられた相手は静かにうなだれた。
「ふぅ…危なかった」
にしても…こいつらは一体なんなんだろうか。
おっさんが今まで無事にここを通ってきたというのなら、こいつらはそれまでいなかったといえる。
それに野党とも異なるのは、明らかに常用語が通じる気配がなかった。
恰好からしても、どこかの部族らしく思える。
武器も原始的だ。
「ぐっ…起きる前に逃げよう。おっさんたちは無事かね?」
出血のせいか、体から一瞬力が抜ける。
痛む両腕のこともある。
一刻も早く合流しよう。
「ハァ…ハァ…」
こりゃ…キツイ。
歩いてまだ10分ほど。
だが体感1時間にも感じるほど足取りが重い。
久々にここまでの出血をしている。
「功次さん!大丈夫ですか!」
「おい小僧!」
「…あ…二人」
そこでカクっと意識が途切れる。
最後に見たのは駆け寄るおっさん二人の姿だった。
「うっうぅ………ハッ!?」
「大丈夫ですか!功次さん!」
なんとか目を開けると、ノベルさんの顔が視界に入ってきた。
「あ、あぁ。大丈夫です。…ここは?」
「ここはスタルストまで、あと20分ほどの地点です。あれを見てください」
「…ん?」
体を起こして、前を見ると城壁に囲まれた町が見えてきた。
「そういえば、腕は大丈夫ですか?」
ノベルさんのその言葉で、両腕が使い物にならなくなっていたことを思い出した。
両腕を見ると、傷口には包帯が巻かれていた。
「大丈夫っぽいですね。多少痛みますが」
「うまく矢が抜けて良かったです。変に鏃が残っては悪化するので、スタルストの医者に見て貰おうとも思いましたが…」
「俺が抜いたさ」
ノベルさんと話していると,馬引きのおっさんの声が聞こえてきた。
「よく上手く抜けたな。矢の治療は下手すると後遺症やら、鏃は体内に残れば再生阻害になり壊死の恐れすらあるはずだ」
「俺ぁ、今となっちゃこんなことをしちゃいるが、昔は一介の兵士だったからな。戦場やら訓練で矢に刺さることぁ、日夜あるもんだ。そん時の経験が活きたな」
まさか、こんなおっさんにそんな経験があったとはな。
人は見かけによらないっていう事か。
「しかし、小僧には申し訳ないな」
「なんでだ?」
「そりゃそうだろ。俺が行けると思って本道から逸れたことをしたからお前さんに苦労を掛けた。小僧が防いでくれなければ、俺も脳天を貫かれていたかもな。現役であれば反応できていただろうが」
「無事でよかった。おっさんに死なれたら馬を扱える人間がおらんくなるからな」
俺がそう言うと、ノベルさんが反応した。
「私は扱えますよ。仕事上、部下に全て任せることもできないので」
「あ、そうなんですか。…じゃあ、最悪おっさん死んでても何とかなったかもな」
「おいおい、冗談キツイな。さっきまで死にそうだったのは小僧だってのに、よくもまぁそれを言う元気があるな」
「…まぁな」
スタルストの関所を商人通行証で通過し、街の中に入る。
スタルストはミョルフィアと比べれば、そこまで大きな街ではない。
あくまで主要都市の中間地点にある街のようだ。
「じゃあ、俺は飯を買ってくる。腹が減っては治るものも治らんからな」
そう言って俺は荷台から降りるために立ち上がる。
すると一瞬だけ意識が飛び、体がふらつく。
「おっと…」
「まだ安静にしていた方がいいと思われます。食事に関しては私が買ってくるので」
「かなり出血したから貧血になったんだろう。すぐに動こうとするんじゃないぞ、若いの」
「…わかった」
馬車を適当なところに止め、二人は一度スタルストを見て回りにいった。
ノベルさんが昼は買ってきてくれるらしいからな。
任せて俺は休もう。
長袖のお陰で腕に巻かれた包帯は人目につかんが…それでもさっきの戦闘で服は若干穴が空いたり傷んだ箇所がある。
こんな状態で外を出歩けば、変な注目を集める可能性があるだろう。
そう気にすることではないが…。
「暇だな…」
いくら体が丈夫とはいえ、かなりの量の出血。
普段通りに動くことが出来ないのは百も承知だ。
それでも話し相手がいないこの状況は暇だ。
家で一人であれば本でも呼んでいたところだが。
…そういえば、ジュリ達は大丈夫だろうか。
いや、きっと大丈夫だろう。
ジュリはしっかりしているし、真式はあんなんだがやるときはやる男だ。
今はとりあえず体を休めて、動けるようにしなきゃな。
この程度の傷であれば、明後日には使い物になるくらいまで治っているだろう。
「…先行き不安だ」
オルスの依頼とあらば、簡単な内容に思えても何か隠れていたり問題が起きたりすることが多々ある。
それに合わせ、体に不調をきたしたとなると面倒なことになったときの対応がなぁ…。
メントレネまであと何日くらいだろうか…あと、3日程か?
何もなければそんなもんだろう。
今はゆっくり休憩してよう。
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