第10話 帰宅、そして手紙

「ご帰宅だー!」

「ただいまです」

王都から出て自宅に帰ってきた。

その道中では大した出来事はなく適当な雑談をして時間をつぶしながら馬車に揺られていた。

王都観光をしようとも思ったが俺には仕事がある。一日帰るのが遅れたのでそこらへんが気になり王都観光は諦めた。

まぁ少しだけ見て町の奴らへの土産は買ったが。

しかし俺が寝ている間にジュリと真式は王都観光をしていたようなので気にするなとのこと。

ちなみにその金は何処から出したのかと聞いてみると俺の財布からとのこと。

それを聞いた時にはビンタでもしてやろうかと思ったが、今回くらいは良いだろうと見逃してやった。

真式を叩くとジュリにも同じことをしなければならないからな。

…バルコルの言う通り俺は甘いのかもしれない。

「いやー、疲れた。別に何かしたわけじゃないけど疲れた」

「環境の変化ですかね?」

「かもな」

外で疲れるといつも帰ってすぐにリビングのソファに飛び込むが今回は真式が先取りしていた。

なので仕方なく普通の椅子に座る。

「今日はどうしようか」

「どうする…とは?」

「今は昼過ぎだ。飯は食べたけどなんか疲れているからな。仕事を進めようかどうしようか…」

「無理はするもんじゃないぞ~。俺みたいに休んどけ」

体から力を抜きソファでゴロゴロしている真式にそう言われる。

確かにそうだな…とも思ったが、そうなると王都観光をしても良かったということになるのでやはり仕事を進めることにしよう。

そう思って立ち上がると…

「そういえば、さっきポストに何か入っていたから取ってきたぞ」

「ん?」

すると真式が紙を二枚、机に置いた。

片方はしっかりとした文書だ。そこには『イアラロブ』のシンボルマークがある。

そしてもう一枚はそこら辺の紙切れのような雑なものだ。…ゴミじゃないのか、これ?

俺はまず『イアラロブ』の文書を手に取る。

「何の紙でしょうか?」

「さぁな」

紙を開く俺の横にジュリが来る。

そして紙の中身に目を通す。

「…マジかよ」

「何が書かれているんですか?」

「…また俺は出かけることになるらしい」

肩を落とす俺の反応を不思議に思ったジュリが紙を覗き込む。

「えっ?」

手紙には

(『イアラロブ』所属の世垓功次。此度ギルドマスターより勅命の依頼がある。この文を読み次第至急『イアラロブ』本部まで向かうよう)

と、書いてある。

「…これはどういうことですか?」

「簡単に言えば面倒事だな。詳しくは本人に聞かんと分からない」

「…なんか不憫ですね」

ジュリは同情するように言うが、事実そうだろう。

やっと統治者がどうのという面倒事が終わった直後にこれだ。

流石の俺も疲労で倒れるぞ。

というか『イアラロブ』に所属している以上、世に物を出すという仕事が滞ることを考えないんだろうか…あのギルドマスターは。

「なんだ?功次はまた出かけるのか?」

「…あぁ。正直今日は行きたくない。明日行くよ」

「おー頑張れー」

一切気持ちのこもって無い応援を投げかける真式に俺は呆れる。

…俺、一応家主だよな。だいぶこいつの世話をしているはずだが。

「で、もう一枚の方なんなんだ?」

真式が机に置かれたもう一枚の紙に指を差す。

手紙だとしたら『イアラロブ』からの文書のようにしっかりとしたものではない。

だからどこかからの機関の物ではない。個人的なものだろう。

「どれどれ…」

俺は手に取り開いてみる。そしてそこにはたった一言書いてあった。

(今から行く)

と、だけ。

「なんですかね、これ?たった一言で少し不気味です」

「悪戯じゃないのかな。どこかの子供か、嫌がらせか」

俺はあまり気にしないで言うが、どこか引っかかっている。

この字…どこかで見たことがある。

しかしそれがどこかは分からない。最近ではない…もっと昔だ。

「まぁいいや。何かあったらその時に対処すればいい」

とりあえずこの手紙のことは忘れて休むことにする。

「俺は疲れた。ソファはそこの穀潰しが使ってるから部屋で休んでいるよ」

「お前辛辣だな!?」

「分かりました。夕食頃に起こしましょうか?」

「頼む」

後の事はジュリに任せて俺は自室に向かう。その間後ろで真式が何か言っていたが無視しよう。


「ふぅ…」

自室に入り、ベッドに腰を掛ける。

王都は疲れたな。移動もそうだがあの人混みは慣れん。

それと比べてこの一人の環境は落ち着く。

しばらく真式が居候しているし、何よりジュリがいる。

あの日以来一人になる状況は少なかったからな。たまにはこういう時間は必要だな。

「それにしても…」

王都の宿で寝ている時に気になったことがある。

『…功次』

あの謎の声だ。

夢であるはずなのに明確に記憶に残っている。だからあれは夢なんかではない…はず。

始めて聞くはずなのにどこか懐かしい。

あれは一体…。

「うーん…」

考えていると眠気が襲ってきた。やはりかなり疲れていたようだな。

俺は眠気に逆らわず寝ることにした。


『また苦労が耐えない状況になってるわね』

…ん?…お前は

『あら?また会ったわね』

…俺はお前の姿を見たこと無い…会ったとは言えないんじゃないか

『変なところで堅いわね。まぁいいけど』

…結局何者なんだよ

『気にしなくていいわ。それよりも…』

…なんだよ

『これ以上下手に自分を抱え込まない方がいいわ』

…ん?どう言うことだ?

『これに関しては何も疑うこと無く言われた通りにして。さもないと…』

…さもないと?

『あなた自身に地獄が舞い降りるわ。そしてそれは身近な人にも影響する』

…何を言っているんだ

『…今は従って』

…お前の目的が分からなさすぎてどうしようもないぞ、なんだ?自分を抱え込みすぎないって

『自覚無いの?』

…どうしたんだ、お前

『…仕方ない。そろそろジュリちゃんが起こしに来るから私は離れるわ』

…おい!ちょっと待て!

『最後にこれだけ言っておくわ』

…なんだよ

役割ロールに負けないで』

謎の存在はそれだけ言うと気配を消した。


「功次さん。夕食の時間ですよ」

「…んあ?もうそんな時間か?」

「はい。言われた通り起こしに来ました。真式さんは早く降りてこいと言ってますけど」

「…あいつ何様だよ。まぁいい。すぐ行く。先行っててくれ」

「分かりました」

ジュリは俺の返事を聞いて部屋を出る。

何故一緒に行かなかったか…それはあの謎の声だ。

夢であれば今のジュリとの一会話である程度忘れているだろう。しかし先ほどの会話を一切忘れていない。

ということは夢ではないと言うこと。

…一体なんなんだよ。自分を抱え込みすぎるな?その言葉の真意が分からない。

しかしこれだけは分かる。あいつは俺の何かを知っている。自分自身ですら知らない何かを。そしてあいつはそれを伝えようとしている。

今はそれが何なのかを考える必要がありそうだ。

「…っと、早く行かないとな。また真式が文句を言うぞ」

一旦考えるのを止め一階に行くことにした。


部屋から出て一階に降りると既に料理が用意されていた。

ジュリが用意してくれたものだろう。

「おせーぞ。ジュリちゃんが呼びに行ったろ?」

「悪い悪い。少し考え事をしていてな」

結局考えるのを中断して降りてきたのに文句を言われてしまった。

少しの考え事をするのも許されんのか。

やはりこの家の主は誰なのか分からなくなるな。

まぁこれは割といつも通りなので気にせず席に着く。

「じゃあいただくか」

「そうだな」

そうしてジュリが作ってくれた料理を口に運ぶ。

「うん。旨いな」

「ありがとうございます。まだまだ功次さんには及びませんけど…」

「そうは言うが俺だって素人だ。男の一人飯だからそう旨いもんじゃない。ジュリの方が断然旨いぞ」

俺は謙遜するジュリの頭を撫で褒める。

やはりどうしてもどこか引いてしまうのは変わらんなぁ。もっと自分に自信を持ってほしいところだ。

「そうだぞ。俺はジュリちゃんの飯の方が旨いと思う。いい加減功次の飯は飽きてきたからな」

「…追い出すぞ」

「お許しをぉ…」

居候の身で何我儘な事を言うんだ。そう言うならば自分で作れって話だ。

「功次さんは仕事があるんですし、家事を私に任せても大丈夫ですからね。基本的な事はもう出来るので」

「あぁ分かった。助かるよ。…真式も見習えよ」

「チョット何言ッテルカ分カンナイ」

「こいつ…」

良い子のジュリと比べてどうしようもない真式に呆れる。

そんなこんな話をしながらも飯を食べ終わった。

多少は家事を手伝えということで真式には皿洗いを任せた。

すると「割っても知らんぞ」とごねてきたがどうぞご勝手にということでやらせることにした。まぁ不安だからジュリに見ておいてもらうが。

俺は明日に『イアラロブ』に行かなければならないので仕事を進めようと思い、自室へ向かおうとすると玄関のドアにノックをされた。

「こんな時間に誰だ?」

「…敵か?」

「そんなことはないと思いたいが…」

「一応気をつけろよ、功次」

慣れない手つきで皿を洗う真式にそう言われる。今はそれなりに暗い時間帯。

訪問なんて本来あるもんじゃない。だから俺らは警戒をしている。

ジュリも少し不安そうだ。面倒事じゃないことを願おう。

「はーい」

俺は慎重に玄関を開ける。そしてそこにいたのは…

「手紙です」

「あぇ?」

普通に配達員だった。

「何故こんな時間に?そちらの仕事時間ではないのでは?」

本来手紙の手渡し配達は午後の5時頃までだ。それ以外の時間ではポストなどに入れられる。

「なんか上層部が緊急だからということで手渡しになりました。世垓功次様ですね?」

「あ、はい」

「受け取りください、『イアラロブ』様からです」

「…なんだと?」

とりあえず受け取る以外の選択肢はないので受け取る。配達員はそそくさと帰っていった。

「なんだった?」

「…『イアラロブ』からだ」

「なんでこんな時間に?」

「さぁな」

とりあえず中身を見ない事にはどうしようもないので手紙を開く。

「…げっ」

「なんて書いてあったんですか?」

気になったジュリがこちらに来て手紙の中を見る。

そこに書いてあったのは『読み次第来いって言ったぞ。早く来いや。さもないと次の仕事なしにするぞ』という文書としてはダメダメな文字が雑に書かれていた。

この感じ…ギルドマスターか。

「…本当に面倒なことになったな」

「…みたいですね」

ジュリは事情は分からないが何となく理解できたようだ。

…一発殴った方が良いな、あのギルドマスターは。

「悪い。あとのことは任せる。早急なお呼び出しのようだ」

「…お前も苦労が絶えんな…あっ、やべっ」

真式は同情してくれた直後に手を滑らせて皿を割った。

「…ほんとだよ。後始末できるか?」

「…悪い。あとは任せておけ」

「なら良し。遅くなるかもしれんから先に寝ていてくれ」

俺は財布と身分証を持ち最低限の身支度をして家を出た。


走って2時間。『イアラロブ』本部に着いた。

「No.96。世垓功次様ですね。ギルドマスターがお待ちです」

「…だろうな」

『イアラロブ』本部に入るとメインホールで受付嬢が待っていた。

受付だけ済ませるとギルドマスターがいる場所まで連れられる。

その間久しぶりに来たということもあって見渡しながら歩く。

相変わらずいろんな作品が飾ってあるな。

あ、あれは初めて見た。

『イアラロブ』内は所属するメンバーが作り出してきたものが展示されている。

こういう廊下や部屋には主に絵画がある。

俺は絵が描けないので本だけだ。だからそういった書籍作品があるのは世界随一の巨大書庫だ。俺の作品もそこにある。

「中でギルドマスターがお待ちです」

「分かった。下がっていいぞ」

しばらく歩くと巨大な扉が構える、ギルドマスター部屋まで来た。

俺の指示で受付嬢は元の場所に向かった。

「入るぞ」

俺はあえてノックをせずにこの扉を開ける。

その瞬間目の前から顔めがけて一冊の本が飛んできた。

「あだっ」

突然の事に反応できず直撃してしまった。痛い。

「遅かったのぉ、功次。恩義を忘れたか?」

「…っ、こんのババァが」

「口が悪いのぉ。わらわはまだ32じゃぞ」

部屋に入り視界に映るのは山積みになった本の数々。

そしてそれをベッドのように寝転がる女が一人。

見た目と年齢にそぐわない喋り方をするこいつこそ、『イアラロブ』ギルドマスター、オルトライス・モデヴェロだ。俺はオルスと呼んでいる。

「その本、取ってくれぬか」

俺に投げられ床に落ちた本を指差し指示してくる。

…こいつには一切尊敬できないな。


「で、こんな時間に呼び出した用ってのはなんだよ」

散らかりすぎて腰かける場所が無いので俺は立ったまま話をする。

「片付けをしろとかだったら帰らせてもらうぞ」

「おぉ、流石は功次。よく分かっておるではないか」

「帰る」

「あぁ、ちょっと待てい!悪かった冗談じゃよ!」

しょうもないことを抜かすので本気で帰ってやろうかと考えたが、一応は雇い主だ。話くらいは聞かんと駄目かと思い立ち止まる。

「相変わらずじゃのう。妾に一切媚びへつらわん姿勢は好ましいが扱いが、ちと面倒じゃな」

やれやれといった様子でオルスは言うが、それはこっちのセリフだ。

こいつには恩があるが、このノリは苦手だ。

「早く本題に入れ。さもないと本当に帰るぞ」

「分かった分かった。そう怒るでない。今回呼び出したのは、ある仕事を受けてほしくてな」

「…その仕事とはなんだ?」

こいつは面倒な奴だがどうでもいいことでは呼び出したりはしない。しかも今回は『イアラロブ』メンバー指定ではなく俺指定。

多分相当な事なんだろうと予想している。

「隣国メントレネの『イアラロブ』支店まで行ってこの手紙を渡してきてほしい。妾の妹に」

「なんだと?」

隣国まで行くというのは面倒だが、手紙を渡すだけとは予想以上に楽な仕事だ。そのせいで俺は気が抜けてしまう。

「なんで俺なんだ?別に他の奴らでもいいじゃないか」

「先程も言ったであろう。功次は妾に媚びへつらわん」

「それがどうした」

「功次以外のメンバーではあちらに行っても妾の妹だからと媚びる気がするからのぉ」

「…かもな。なら…」

「受けてくれるな?」

「断らせてもらう」

「なんでじゃ!?」

断られると思っていなかったのかオルスは驚く。

「別に媚びてきたからなんだ。ほっときゃいいじゃないか、そんなもの。別に俺じゃなくていい」

「報酬は弾むぞ!行ってくれぬか?」

「俺には俺の仕事がある。ここ最近は余計忙しくなりそうなのに、また面倒事に首は突っ込みたくない」

ただでさえ王都から帰ってきて滞っていた仕事を進めて統治者の仕事が回せるようにするつもりだったのに、また家を空けるなんてたまったもんじゃない。

「…功次がそう来るならこちらにも考えがあるぞ」

「…何?」

悪い顔をするオルスを見て俺の背筋は凍る。…一体何を企んでいるんだ。

正直こいつがこういうからには絶対良くないことを考えている。

素直に従っておくべきだったか?

「最近、功次は奴隷を買った…違うか?」

「…買ってはいないが…なんでそのことを知っている」

「妾の情報網舐める出ないぞ?これでも大陸随一の巨大ギルド。どんな情報も入ってくるんじゃぞ?」

「確かにな…で、それがどうした?」

「その娘…功次にとっちゃただの奴隷じゃなかろう?奴隷であったら部屋を用意はせぬし、服も買わんだろう」

「…かもな」

「しかも今、功次の家には友人の穀潰しがいるであろう?」

「…何が言いたい?」

「実はかなりの出費が出ていて貯金が減っているのではないか?」

「…っ!?」

誰にも言っていないことを言い当てられ俺は驚く。

こいつ…一体どこでそれを知ってきたんだ?真式にもジュリにも言っていないから、いくら情報網がすごいとはいえ知りようがないはずだ。

「妾が報酬を弾むと言ってるんだ。相当額が手に入ることは理解しているだろう?受けない手はないと思うが?」

ニヤニヤとしながら煽るように俺を見てくる。…うぜぇ。

しかしこいつの言うことは真実。

出来る限り余裕を持って生活をしたいから金はあるに越したことはない。

「受けるしかないと思うぞ?妾が知らぬことはない。これ以上情報を出されたくなったからな」

めっちゃ脅してくるな…こいつがどれほど俺の事を把握しているのか知りたいが、聞くのが怖い自分もいる。

それに、王都からの連絡もある。家を空けているときにこられたら対応できなくなる。

「ちなみに功次が考えている王都からの使者に関しては3週間は来ぬぞ」

「は、なんで分かるんだよ?」

「言ったであろう?妾にはどんな情報も入ってくるのじゃぞ」

「でも、それは機密情報じゃ…」

いくら情報網が大きいからとはいえ、国の内部事情まで手に入れることなんて出来ないはずじゃ。

「そうかもしれんのぉ…しかしな、功次よ。東国ではこのような言葉がある。『壁に耳あり障子に目あり』というのがな。東国出身の功次なら分かるじゃろ」

確かにそんな言葉があったが…こいつマジか。

国の情報まで仕入れるとは…どう考えても危険人物だろう。

とにかくこれ以上何処まで知っているのか聞くのは怖いし、統治者問題も気にする必要はないようだ。

なら、ここは…

「…食費、宿代、馬車代をそちらの負担であれば受けよう」

「こちらから頼んだのだが、今の状況でそんな条件を提示してくるとはな…まぁ良い。その条件呑んでやろう」

正直無茶な条件にしたつもりだったが、俺指名にした時点で俺以外に頼む気はない…だからこの条件も吞んだんだろう。

「で、具体的な報酬額は?」

「そうじゃの~…ざっと20万ソルで良いか?」

「なっ!?」

あたかも当然かのようにオルスが言うので俺は驚愕してしまう。

「そんな大金…普通に旅行するレベルじゃねぇか!」

「それだけこの依頼は重要なんじゃよ。なんじゃ?今になって降りるとでもいうのか?」

「…降りない。受けよう」

「よし、契約成立じゃな。じゃあ明日には行ってもらうぞ」

「分かった」

ようやくオルスが本の山から下りてくると、一通の手紙を渡してきた。

これに一体何が書かれているんだ…あんな大金をかけられているとは思えないほど、普通だ。

もっと厳重に見られない仕組みがあるとでも思ったが本当に普通の紙だ。

「功次ならないと思うが…中は見るでないぞ?」

「あぁ、分かってる。受けたからにはしっかりとやるさ」

これは仕事だ。今の状況はギルドという組織ではなく、こいつと俺の個人的な契約だ。組織であれば責任は分散されるが個人ともなればそうはいかない。しっかりとやらなきゃな。

「じゃあな」

「ちと待ち」

俺が部屋を去ろうとすると、オルスが肩を掴んできた。

「なんだよ。早く帰って明日からの準備したいんだが」

「どうせそんなに荷物を持っていかない、いつもの軽装じゃろ?少し話を聞けい」

確かに財布とちょっとの着替えだけで行くつもりだが、既に今は20時半。こっから帰るのにも2時間はかかる。早めに寝たい。

「功次よ。お前さんはあの奴隷の娘のことはどこまで知っておる?」

「娘って言うのは?」

「功次の奴隷のことじゃよ」

オルスの言葉に帰ろうとする意識を変える。

「…ジュリの事か?別に変な子じゃないと思うが」

「何か過去は聞いておらぬのか?」

「出身と元は何処にいたのかということくらい」

「…左様か」

「なんだよ?ジュリになんかあるのか?」

どこか歯切れが悪い。こんなオルスは見たことがないので少し戸惑う。

「別に気にすることはない。娘が話していないのであれば知らないのであろう」

「?、本当にどうしたんだよ?」

おかしなオルスに疑問を浮かべるがいい返事は返ってこない。

「まぁ良い。しっかりとこなして来ておくれよ」

「あ、あぁ」

何処か気になるところがあるが、部屋を追い出されてしまった。

俺が部屋を出るとすぐに扉は閉められてしまったのでもう一度問う事は出来ない。

なので諦めて俺は帰ることにした。


「本当かいな、功次よ」

妾の『イアラロブ』でお気に入りのNo.96、世垓功次が去ってから一人呟く。

何故妾が最後にあんなことを聞いたのか、それはあの娘…ジュリと言ったか。娘の情報、功次の知っている以上のことを妾が知っておるからだ。

「これから、苦労しそうじゃの。功次も羽夏も。まぁ、これも一興として見届けさせてもらおうかの」

あの娘が秘密の多い功次の元にたどり着いたのは、同じく秘密を持つからじゃろうか。


「ただいま…ってもう寝てるよな」

俺は玄関のドアを開け言うが、すぐに返事はないことを思い出す。

時間は確認できていないが、少なからず帰るのは行きと同じくらいの時間がかかった。ということは今は10時半ごろ。流石に二人とも寝ているだろう。

そう考えながらリビングに入ると

「おかえりなさい。功次さん」

「ジュリ…起きていたのか」

「はい、一応待っておこうかと」

寝巻に着替えたジュリがソファに座っていた。近くには本が置いてある。読んでいたんだろう。小さな照明が点いているので外からは気付かなかった。

「先に寝てて良かったんだぞ」

「そうですけど、疲れていらっしゃると思って…これを用意しておきました」

「ん?」

ジュリがそう言うとキッチンの方に行き、一杯のコップを持ってきた。

中には紅茶らしきものが淹れられている。

「これは?」

「ダージリンという茶葉を使った紅茶です。ここより南東の国から最近仕入れたようで、以前買い物に行ったときに町で出会ったノベルさんに頂きました」

流石は商人。しかしこういった外国産の物は一般市場に出回ることは少ない。

つまり割とレア物だ。そんなものを代金もなしに譲ってくれるとは…どんな考えがあってのことだろうか。

「ノベルさんはなんて?」

「これには疲労回復、リラックス効果などがあるようでぜひ功次さんに、と。私を引き取ってくれたお礼とも言っていました」

「…なるほど。それならありがたくもらっておくか」

ジュリからコップを受け取る。そして匂いを嗅いでみる。確かに今まで飲んできた物とは違う感じがするな。

「…うん。美味いな。疲れた時には頂く事にするか」

「その方が良いと思います。最近の功次さんは少し疲れていそうなので」

ジュリにはそう見えていたのか…あまり自分では分からないものだな。疲労というものは。まぁ最近はいろいろとあるからな。流石に疲れるだろう。

「そうだ、ジュリも飲んでみるか?」

「え?」

「美味いぞ。せっかく淹れたんだジュリも飲んでみるといい」

俺は待っていてくれたお礼として、まだ半分ほど残っている紅茶を渡そうとする。

もう一度淹れようとすると少し時間がかかるのでこれでいいと思っている。

しかしジュリは何か戸惑っている。

「紅茶は嫌いか?」

「あ、いえ、そう言う訳ではないんですけど…」

何に戸惑っているのか分からず少し考えると、一つ思いついた。

「…あぁ、もしかして回し飲みは嫌いか」

「いえ、別にそう言う訳じゃないんですよ…」

じゃあ何なんだろうと考えるが、俺には思いつかなかった。

このとき俺も考え事をしていて聞こえなかったがジュリは

「それ…間接キスになりますよ」

と、小さな声で言っていた。

そんなこと露知らず、俺は他のことを思いついていた。

「もしかして、『かふぇいん』が入っているからか?」

「…なんですか、それ」

「あれ、違うのか?最近紅茶には『かふぇいん』と呼ばれる成分が含まれていると言われている。そしてその『かふぇいん』は眠気が飛ぶっていう話があるんだが、それで眠れなくなると困るからだと思ったんだが」

「…もうそれでいいです。眠れなくなるのは困るので、私は頂きません。また今度頂きます」

なんか呆れられた感じがするが、まぁいいや。

とりあえず今は飲まないようだ。

「じゃあ、残りも飲んじゃうか」

俺は味わいながら残りの半分を飲み干す。

うん、美味かった。また飲むことにしよう。

「ところで功次さん」

「ん?」

コップを片付けると、ジュリが話しかけてきた。

「『イアラロブ』からの呼び出しって、何だったんですか」

「…あぁ、それの事か」

「帰ってきたときの功次さん。少し困ったような表情をしていました。一体何があったんですか?」

心配するようにジュリが聞いてくる。どのみち話す必要はあったのでそちらから話題を出してくれるのは話しやすい。

「…悪いが、明日からしばらく俺は家を空ける」

「…え?」

俺の言葉を聞いてジュリは驚く。

その詳細をジュリに伝え、話し終わると静かに聞いていたジュリが口を開いた。まぁ貯金が若干減っているということが言わなかったが。

「分かりました。お仕事なら仕方がないですね。功次さんが留守の間、家のことは任せてください」

「そういってもらえて助かる。真式が何かやらかしたら容赦なく𠮟ってくれ」

「分かりました」

真式についてのことを言うと、くすくすと笑った。

ジュリはしっかりしているし、あいつは俺が言うより年下のジュリに言われた方が聞くことが多い。

そうだ、しばらく空けるとなるとこれも言っておかなきゃな。

「俺が不在の間、金の管理はジュリに任せる」

「え、良いんですか?」

「あぁ。真式に任せたら好き勝手しかねんからな」

「…その」

「どうした?」

「私が盗るとか、そんなことは考えないんですか?」

「考えちゃいないな」

俺は即答する。どうしてそんなことを聞くんだろうか。

「一応私は元奴隷ですよ?功次さんのお金を盗んでここから出ていくとかは…」

「大丈夫だ。極論、それをされるならもっと前にされているはずだ。だいぶ隙を見せていたからな」

「どうして…」

「だって別に金を奪われたからって俺が死ぬわけじゃない。真式だって一応は働いている。野宿だって食ってはいける。前々から逃げられたならそれでもいいと思っているからな」

「…」

「まぁ、ジュリのことをある程度知っている今なら信頼して預けられる」

「それは…ありがとうございます」

何処か照れ臭そうにジュリは言う。

真式も悪い奴じゃないが、こういうことはジュリの方が任せられる。

「早くて10日程、長くても15日程。任せたぞ」

「はい。任せてください」

俺はジュリの頭を撫でる。最近これをよくしているな。

なんとなくだがジュリの髪は気持ちいい。それによって癖になっているのかもしれない。

ジュリも嫌そうじゃないので、無意識にやってしまっているな。

「じゃあ俺はそろそろ寝るよ。明日は朝早くから出るからな」

「はい。おやすみなさい。真式さんには私から言っておきましょうか?」

「頼んだ」

俺はジュリと自室の前でそう会話を交わし、自室に戻る。

「…頑張りますか」

明日からの仕事に気合を入れるようにして、ベッドに入る。

ジュリに家のことは任せたし、いざというときは真式が何とかしてくれる…はずだ。

布団を被るとあることを思い出す。

そういえば…紅茶を飲んだから『かふぇいん』で寝れないのでは?

しかし体は疲れているせいか、『かふぇいん』の効果関係なく眠気が襲ってきた。

…これなら、ジュリも飲んで…みたら…良か…た…のに…な。

ここで俺の意識は途絶えた。


ようやく王都から帰ってくることが出来た。

あっちではいろいろなことが起こったけど、羽夏さんとも仲良くなれたし功次さんはやはりすごい人なんだということを再認識できた。

でも、それで国王陛下の姉君にも迫られてしまうというのは、良いのか、悪いのか…ともかく何とか襲われる前に助けることが出来て良かった。

そしてようやく帰ってきたと思ったら、また何かがある様子。

2枚の手紙。1枚は功次さんに微妙な反応をさせる『イアラロブ』から。

そしてもう1枚は謎の「今から行く」。何か不穏な感じがするので心配だ。

取り合えず明日からは功次さんが仕事でいなくなる。

その間、家のことは頑張ろう。

功次さんが帰ってきたときに、休憩できるように。

私の悩みとしたら、功次さんには異性ではなく子供としてしか見られていない様子くらいだ。

最近は良く頭を撫でられている。それは嫌な事じゃない。むしろ嬉しい。だけど明らかに子供扱いなのでそこはどうにかしたい。

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黒と奴隷と救済者 クロノパーカー @kuronoparkar

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