第9話 国王陛下は変わった御方

『元気?功次』

…誰だ?

『あら?まさか返事があるなんて思わなかったわ』

…この声、どこかで聞いた事があるな

『そうなの?知らないと思っていたけれど』

…何故か懐かしく感じるのはなんでだろうな

『自分で考えたら?』

…考えても思いつかない

『…あんまり思い出さない方が良いかもね』

…どっちなんだよ

『まぁ気にすることないわ』

…ほんと、お前何者なんだよ

『まぁ別に悪い存在じゃないわよ』

…ならいいけどな

『ところで功次』

…なんだよ

『ジュリちゃんとはどう?』

…ジュリの事を知っているのか?

『まぁね。で、どう?』

…どうって何がだ

『あら分からない?』

…質問の意図が分からない

『とても本を書いている人とは思えないほど察しが悪いわね』

…悪かったな

『まぁ今は良いわ』

…よく分からないやつだな

『…そろそろ時間かしらね』

…なんのだ?

『ま…会え…こ…を願…てお…わ』

…おい

『じゃ…ね』


「………ん?」

俺は目が覚めた。…いつから意識を失っていたんだろうか。

何か変な夢を見ていた気もするが…思い出せない。

「………功次さん」

「お?」

「………大丈夫ですよ」

何処からか聞こえてきたジュリの声。その出どころは…

「…またか」

隣からだ。同じベッドで寝ているジュリの姿。それを見て安心する。

「いったいどんな夢を見てるんだか」

何が大丈夫なのかは分からないが…まぁいいか。

「…にしても…ここは?」

体を起こし、周囲を見る。

自分の家はない。しかし、こんなところは今までの人生で見たことがない。

「…」

窓があるので、外を見てみようとする。しかし何かに腕を止められる。

「…え?」

その原因は、ジュリがパーカーの袖を掴んでいるからだった。

うーん、離してほしいところだが…可哀そうか。

「仕方ない」

俺はもう一度横になる。

このベッド、家のよりも上質だな。

とてもふかふかだ。ここが宿だとするならば、宿泊費にかなりの値段がするだろう。

…予算は大丈夫だろうか。こんなところを選ぶのはジュリではないだろう。

ということは真式か。犯人があいつなら、後でシバく必要がある。

「ん~」

横でジュリは唸っている大丈夫だろうか。

「功次さん…まだ…駄目です…早いですよ」

…本当にどんな夢を見ているんだろうか。夢にまで俺が出て…なんか申し訳ない。

「お?」

掴まれていた袖が離されたので、起こさないように静かにベッドを出る。

「どれどれ?」

俺は窓から景気を見る。

…ミョルフィアではないな。ということは、この景色はやはり…

「王都か」

昨日からミョルフィアを出て、王都に向かっていた。

確か道中で山賊か盗賊の襲撃に遭って、戦闘中に気を失った気がする。

俺はずっとこの宿で寝ていたのか?

だが…

『功次…』

気を失う前の微かに残る記憶で響くあの声。

懐かしくも聞いた事がない、謎の声。あまり覚えていないが夢に出てきた声にも似ている気がする。

あれは一体何だったのだろうか。

「…ん~」

少し考えていると後ろから声が聞こえてきた。

「起きたか」

「あー…功次さん、おはようございます…」

眠そうに目を擦りながら体を起こすジュリ。

「まだ寝ていても良いのか…な?」

「良いと思いますよ~」

「そう…なのか?」

こういうところは何時までに出ろとかがあったはずだが…大丈夫なんだろうか。

「その~国王…じゃなくて、役人さんが良いって言っていたんですよ」

「なら…いいのか?」

役人が良いというならばいいのだろう。

…国王陛下の予定などは大丈夫なのか。

何も指示がないが、いつでも行って良いという風だったらいいんだが。

「一応いつでも行けるように準備をしておくか」

「そうですね」

「…ん?」

俺はそこであることに気付いた。

俺はいつ着替えたんだ?上は変わらずパーカーだが…下は寝巻きだ。

昨日はずっと寝ていた気がするし、誰が着替えさせたんだろう。

「ジュリ、ちょっといいか?」

「なんですか?」

「昨日俺を着替えさせたのって誰だ?」

「…え?」

「いや、昨日はずっと寝ていたはずだから俺は着替えていないと思うんだよ。誰が俺を寝巻きに変えたのかなーって」

「えーっと、それはー…」

何故かしどろもどろになるジュリ。どうしたんだ?

「…昨日真式さんが着替えさせてくれたんですよ。私がやるにはいかないですしね」

「そうか。一応後で礼をいっておくか」

あいつがこんなにちゃんと作業を出来るもんなんだな。昔、疲れて力尽きていたときも着替えさせてくれていた気もするけど、その時は途中でやめられて着替え途中みたくなっていた。そん時と比べたら成長したんだな、あいつも。

「私も用意しますね」

「分かった。あっち向いてるよ」

ジュリも着替えを持って用意をするようだ。

着替えを見るわけにはいかないので、反対側を見ておく。

改めて窓から王都を眺める。

やはり他の街と比べると賑わっている。人通り、店や建物も多い。ここから見えるだけでも、詰所が何ヵ所かある。

警邏もしっかりしているようなので、治安も良さそうだ。

…なんか変に地面が凹んでいる場所があるけど、何かあったんだろうか。

「…きゃっ」

王都の街並みを見ていると、後ろからジュリの悲鳴が聞こえた。

「どうした!?」

俺は急いで振り向くと…

「だ、大丈夫です…」

ジュリは服に足を取られ転んでいた。

そのせいで少し着ている服がはだけてしまっている。

最初に会った時に見えた体よりも肉がついて健康的な人に近づいている雰囲気。あの頃の瘦せ細っていたジュリはもういない。

そして、今はそんなことより…

「わ、悪い!」

今度は急いで先程と同じように窓の方を向く。

俺の中ではわざとではないとはいえ、ジュリの体を見てしまった。

駄目だ。そんなことは駄目だ。ジュリに対してそんなことを考えてはいけない。

あくまで俺は保護者である、親代わりだ。

ジュリは俺を慕ってくれているが、それは助けてもらったというのと兄みたいな存在だと思われているからだろう。

下手な事を考えるのはやめよう。

「大丈夫です。お見苦しいものを見せました」

「…そんな見苦しいものじゃないと思うから、そんな卑下するようなものじゃない」

「そ、そうですか…ありがとうございます」

一瞬見ただけだが、最初に会った時よりも肉付きは良くなっていそうだった。

瘦せ細っていたあの頃よりも健康になっていそうで安心した。

この調子で普通の暮らしをさせていこう。


「準備出来た?」

「はい。功次さんは?」

「俺も出来たぞ」

お互い着替え、荷物も用意できた。時間の指示がないようなのでゆっくりと準備できた。

「…真式はどうかな」

「さぁ…?」

まぁジュリに聞いても分かる訳ないか。あいつの行動は未知数だ。

「とりあえず行ってみるか」

「そうですね」

そして真式の部屋に向かってみることにした。


「ん?どうしたお前ら?」

「あれ?お前起きてたの?」

真式の部屋をノックすると普通に出てきた。起きてないと思って、ダメもとでノックをしたので驚いた。

「なんだよ起きてないと思ったのか?」

「そりゃあ、まぁ」

「あのなぁ、俺が起きないのはゴロゴロしてても問題ないお前の家だけだ」

「そうなのか?」

「そりゃそうだ。仕事の宿舎とかだと自分で起きなきゃいかんしな」

なんだろう。俺が思っている以上にしっかりしていた。

それでもいい加減自分の家を買えよ。そう思って真式に言ってみると…

「嫌だよ。お前の屋根裏部屋が俺の家だ」

と返されてしまった。誰もあそこをお前の家にして良いとは言っていないけどな。

「どうするんだ?そろそろ行くのか?」

「うーん…なんか時間指定はされていないんだろ?ゆっくり行っても良いかなぁとは思ってるけど」

「一応国王陛下にも予定は…あると思いますけどね」

ジュリの言う通り、国王というのは忙しいとも思うんだけど実際のところは分からない。

「でもまぁ早めに行ってもいいんじゃないか?早めに行けばそれだけ家に帰るのも早くなるってんだろ?」

「…それもそうか」

俺にも一応仕事がある。下手に遅れて『イアラロブ』に何か言われると面倒だ。

「じゃあ行きますか?」

「そうだな。俺らは準備出来てるし」

「俺も出来てるぞ」

全員向かう用意は出来ているので、王城に向かうことした。


「ようこそお越しいただきました。世垓功次様」

「こちらこそお招き感謝します」

王城まで着くと警備兵に止められたが、用件を伝えると昨日の役人2人を連れてきた。

「陛下は既にお待ちになられています。ついてきてください」

「了解しました」

うーん…俺、結構堅い空気苦手なんだよな。ジュリに敬語話されるのも実は慣れていないし。国王陛下ともこんな堅い空気で話さないといけないのか?

それを考えるとここから去りたくなってきた。

「やっぱり王城って派手なんだな」

「そうですね」

廊下を歩きながら辺りを見渡す。豪勢な飾りが多くあって目に悪い。

俺の家とは違うな。これが国王陛下の趣味だったら…ちょっと俺とは合わなそうだ。

「お?これかな?」

しばらく歩くと大きな扉の前まで来た。

…大きすぎやしないか?人間どころか巨人用の扉みたいだ。

「ここを開けると陛下がお待ちであられます。無礼のないよう」

「あ、はい…」

女役人にそう言われた。なんか当たりが強い気がするが…何かしたか?

ギィィィ…と重い音を軋ませながら、大きな扉が開かれる。

「うっわぁ…」

空気が堅苦しい。周りに大勢の貴族に役人、騎士までいる。あの直線状にあるデカい椅子に座っているのが国王陛下か?

この中を歩けってのか………無理じゃね?

「大丈夫です」

「…え?」

俺がおののいていると、隣にいたジュリが声をかけてきた。

「いつも通りの功次さんなら何も言われることありませんよ」

「…そうか…そうだよな」

どうやら俺を安心させるために言ってくれたようだ。

なんかジュリは肝が据わっているな。俺より大人みたいだ。

「世垓功次殿。前へ」

「あ、えっと…はい」

国王陛下の隣に立っている人にそう言われ俺は前へ足を進める。

…めっちゃ見られてる。俺はモデルじゃねぇぞ。

ティナはこんなことをしてんのか…すげーな。俺が手伝うのは機材のセッティングとか着付け位だ。

「…」

国王陛下の前まで来た。こういう時は膝を付けばいいんだよな?

そう思い俺は膝をつく。近くに真式とかジュリがいないのは不安だ。

「そんな畏まらなくて良いぞ。世垓功次殿」

「…え?」

ここまで来て何をすればいいのか分からないので、かなり不安になっていた俺に国王陛下が言ったのは予想だにしないものだった。

「この度は我の私情でわざわざ王都まで来てもらってご足労をかけた」

「あーっと、その、別に大丈夫です」

「貴殿にはこの場は慣れないのではないか?」

「そうですね」

「貴殿さえよろしかったら場を変えようと思うが、どうだ?」

「…それはありがたい提案ですけど…よろしいのでしょうか?」

「問題ない」

「その…周りの方は?」

「彼らには彼らの仕事がある。今だって結局のところ建前が公的なものでの来客は貴族と役人は集まるという定型化されたルールで集まっているに過ぎない」

「はぁ」

「だから気にすることはない」

国王陛下がそういうのであれば、そっちの方が俺は楽だ。

「じゃあお願いします」

「分かった」

国王陛下は立ち上がると

「皆の者!私はこの者と会談を行う!統治者任命もついでに行う!だから皆、持ち場に戻ってよし!」

国王陛下がそう言うと貴族とか役人がわらわらと出ていった。

なんだろう、この国は大丈夫なんだろうか。いろいろと大雑把だが。

「ついてきたまえ。後ろで待っている連れの二人もな」

「…分かりました」

後ろで待っていた真式とジュリを手招きしてこっちに来させる。

国王陛下が俺を気遣ってくれたのなら、なんか失礼なことをした気もするが好意を無下にすることもない。


「…ここは?」

国王陛下と男役人についていくと、俺の家のリビング程の広さの部屋に来た。

さっきいた場所と比べたらとても質素だ。イメージしていたキラキラしていたような感じではない。

「我の個人的な客人を招く部屋だ。ここでは公的なものは無い。知人のように接してもらって構わない」

「いやー…それでも…」

そうは言われても一応役人が一人一緒にいるし、後でなんか言われないかという不安がある。

「『俺には神も乞食も関係ない』」

「え?」

俺が悩んでいると国王陛下をそう言った。その台詞って…

「貴殿ならば分かるのではないか?この言葉を」

「俺が書いている本の台詞…」

「そうだ。我は貴殿の本から色々と学ばせてもらっているのだ」

この時、俺はこの国王陛下は俺の本をしっかりと読んでいるんだなと思った。

今回王都まで呼ばれたのは元より国王陛下が俺に会うという何とも我儘な理由だ。

ただの興味本位で呼ばれたならだるいと思ったが、そうでもなさそうだ。

「諦めて下され、功次殿。陛下はかなり強情ですぞ」

「…そのようだな」

俺は吹っ切れていつも口調に戻す。

まぁ確かにこっちの方が俺も楽だな。

「それでこそ私が尊敬する世垓君だ。さぁ畏まらずに座ってくれ」

国王が手で指すソファに俺は座る。それ続いて隣に真式とジュリも座り、対面するように国王と男役人は座った。

「…よし。では改めて、此度わざわざミョルフィアから王都まで来てもらい感謝する」

「まぁ…どうも」

「先に名目上の役割だけは果たしておこう。議長、あれを」

「はっ」

国王がそう言うと役人は部屋を出ていった。…というか待てよ。

「一ついいか?」

「なんだ?」

「あの人、議長なのか?」

「そうだ。聞いていなかったのか?」

「聞いていない。二人は知っていたか?」

驚く俺の横で至って冷静な真式とジュリに聞いてみる。なんでそんな冷静でいれるんだ?

「まぁな」

「そうですね。昨日功次さんが寝ているときに教えてもらいました」

「そうなのか…だったら教えてくれればよかったのに」

「そりゃー…知った時驚くだろうと思って教えなかっただけだが?」

「私は一応伝えようか聞きましたけど…真式さんがこういうので黙っていました」

「…性格わりぃ」

面白がって言わない辺りは真式らしいが、ジュリも教えてくれたら良かったのに。

「お待たせしました」

少しすると議長が戻ってきて、国王に筒状の何かを渡した。

「では功次君。これを」

「…なんだこれ?」

「開けてみるといい」

「はぁ…」

言われた通りに開けてみる。中には紙が入っていた。

流れのままその紙を広げてみると『統治者任命状』と書かれていた。

「あー…なるほど」

「理解してくれたか?」

「あぁ…確かにこっちが本命ではあったな」

若干忘れかけていたが、名目上はこれを貰うために来たんだった。

「これで公的な目的は終わりだ」

「こんな軽くていいのか?」

一応はこれで街というか地域の未来が決まる一大イベントのはずなんだがなぁ…こんな呆気なく終わってしまっていいのだろうか。

「問題ない。さぁ、ここからは私的な話だ」

「…そっすか」

ほんと、大雑把なのかラフすぎるのか…分からない国王だ。

しかしこれでも前国王より民からの支持は大きい。実際にこの国王になってからは他国と比べて豊かだったのがより豊かになった。

「…で、私的な目的っつっても何をするんだ?」

「まずはこの本にサインをくれないか?」

「…は?」

あまりにも唐突に放たれたその言葉に疑問の声を出してしまう。

「だからサインが欲しいんだ、功次君の」

「…サイン…サインかぁ」

「どうしたのだ?」

「いやー、実はサインなんて書いたことないんだよな」

「そうなのか?我はてっきり書き慣れたものだと思っていたが」

「なんでだ?」

「君は『イアラロブ』の中でも上から10番目に数えられる稼ぎを持っているだろう?それだけ貴殿の作品を知る者が多いというので、書き慣れていると思っておったが…」

国王の言う通り俺は『イアラロブ』でもそこそこな立ち位置にいることに違いはない。だが俺は自由にやりたいというのもあって『イアラロブ』側に俺の事自体を表に出さないように頼んでいた。

「まぁそうなんだが…下手でもいいのか?」

「もちろんとも。ここは一人のファンとしてサインを貰えることは喜ばしいものだ」

「…そうか。じゃあ何か書くものをくれないか?」

俺がそう頼むと、議長からペンと紙を手渡された。

これ、俺が家で仕事に使っているやつよりも質が良いな。

「はいよ。これでいいか?」

とりあえず名前をそれっぽく書いてみた。

慣れない腕の使い方をしたせいで、少し変な感覚だ。

「おぉ、ありがとう。これは我が家宝として宝物保管庫に置いておこう」

「…そんな大袈裟にするものか?」

「うむ。むしろファンの一人としてこれを大事に出来ない者はいないだろう?」

俺は何かの作品に熱中するということがないからその気持ちは分からないが…読者は皆そんな反応になるのだろうか?

「次は何をしようか。君からは何かあるか?」

「そうだな…」

正直何もない。別に俺は地位も名誉も必要ない。ここで少しでも取り入ろうとすることはない。

そして少し考えていると勢いよくこの部屋の扉が開かれた。

「愚弟よ!この部屋か!」

「な、なんだ!?」

俺はびっくりしてそちらの方を見る。隣で座っていたジュリも驚いて俺にしがみ付く。

「…何故ここが分かった」

「やはりここか!そいつだな!?世垓功次は!」

「…あ、はい」

突然俺を指差して来た謎の女性にそう言われ戸惑う。思わず情けない返事しか出来なかった。

「さぁ、来い!私の相手をしてもらう!」

「は、はぁ!?ちょっと、どういうことだ!?」

訳も分からず、突然現れた女性に俺は連れられ部屋を去った。


「あぁ~、マズい事になったな、議長」

「そうですな。至急世垓殿を救出しなければ」

「なんなんだよ…あれ」

「っ!?陛下!功次さんが向かった場所は!?」

嵐のように去っていった謎の女性に功次さんが連れ去られてしまった。

国王陛下と議長さんの反応的に良くない状況なのだろう。私の勘も不味い状況だと叫んでいた。身体の危険ではなくもっと他の危険が功次さんに及んでいると。

そう考えたので国王陛下に功次さんの向かった場所を聞いていた。

「ス、スゴい気迫だな…教えてやろう」

「勿体ぶらないで早く!」

「お、おう。彼はきっと我が姉上の自室に連れ込まれたと思われる。この部屋を出て左へ向かい突き当りを右に曲がって8個目の部屋だろう」

「分かりました!」

私は功次さんの居場所聞いた瞬間立ち上がり、部屋を出た。

「…俺も行った方が良いっすかね?」

「そうした方が良いんじゃないか?」

「了解っす」


「じゃあ始めましょう」

「な、何をする気だ!?」

俺は謎の女性に連れられ部屋に押し込まれた。

一体何が起こっているのか理解が出来ない。

「口が悪いわね。私はこの国の王、マエスタ・ヤマブキ・ピュオチタンの姉、アイリス・ヤマブキ・ピュオチタンよ」

「は、はぁ。で、その国王陛下の姉君、アイリス様が一般人の俺をどうする気で?」

確かにこの城にいるのであれば、謎ではない。少なからず関係者なんだろう。あまりに焦りすぎて冷静な思考が出来ていなかった。

「ふふっ…そーれーはー」

不敵な笑みを浮かべアイリスは俺に近寄る。

「何をする気…だぁっ!?」

俺はベッドに押し倒されてしまった。

「ちょっ、本当に何をする気だ!?」

「それは…子孫繁栄とでも言うのか?」

「…はぁ!?」

何を言い出してんだ、こいつは!?

「世垓功次。私は貴様を知っているぞ。人間性、能力、経済力、身分。どれも私の婿としては充分だ」

「はぁ!?婿!?何を言っているんだ!?」

「ここまで言って分からないのか?私は貴様を婿に決めたのだ。拒否権はないぞ」

困った。この理解しがたい状況を打開する方法が見当たらない。

普通に考えれば王族の婿として選ばれるのはこれ以上ない役得だろう。

しかし俺はそんなことは望んでいない。

「何を嫌がる必要がある。貴様にとっては王族の一族となるのだ。金も権力も全てが手に入るんだぞ」

「そうだが…俺はあんたを知らない」

「知らぬわけがあるまい。国王の姉なのだぞ。名は広まっているはずだぞ」

そりゃそうだが…マエスタとは価値観の持ち方が違うようだ。

マエスタはマエスタで王族としては変わっているが、こいつも変だ。

…本当にこの国は大丈夫なんだろうか。

「まぁいい…つべこべ言わずに私の婿と成れ」

「断固として拒否させていただきたい!」

実際の所普通に振り払う事が出来るが、下手に力加減をミスって傷つけることは許されない。

ここ最近、俺にとっての苦労が多い気がするんだが…なんでだ?

そうこうして本能が危険信号を発していると

「功次さん、大丈夫ですか!?」

「誰?」

ドアが勢い良く開かれた。

「ジュリ!助けてくれ!」

「わ、分かりました!…どうしましょう?」

来てくれたので何か案があるんだと思ったが、ここにきて困った顔をされてしまった。

…なんとかしてほしかった。

しかしどうしたものか。相手は国王の姉。

下手に傷つけることは出来ない。だからと言って話を聞くような感じでもない。

「邪魔しないでもらえるか?今は功次と私の時間なのだから」

「そんなこと言われても…功次さんは嫌がっていますよ」

「国王の姉である私と関係が持てる。それを嫌がる男性がいるとでも?」

俺は嫌だよ。

国王の姉、名はアイリス。それ以外の素性は分からない。分かることは面倒な性格をしているということとかなりの美人だということくらいだ。

俺は愛のない相手などは断固として拒否したいところだ。たとえそれがどんな実力者であろうとも、美人であろうとも…だ。

「そんな一方的に迫って、相手の気持ちを考えないんですか?」

「考える必要なんてない。私の相手が出来るんだ。充分だろう」

俺の上から一向に動く気配のないアイリス。その自己中心的な考えを曲げることはなさそうだ。

…これは困ったな。ジュリが来ても状況が良くなる気配はない。

「…ふざけないでください」

「…え?」

俺が再度打開策を考えようとしているとジュリが口を開いた。しかもかなり怒っている様子で。

「貴方がどれほど優秀で容姿が優れていて身分が高かろうとも功次さんの気持ちと体を蔑ろにする権利はないです。今すぐにでも解放してください」

今まで聞いたことがないドスの利いた声のジュリに俺もアイリスも怖気づいてしまう。

言い返した瞬間殺されそうな気配だ。

…良い奴ほど怒らせると怖いとは言うがジュリはその通りだな。

「うっ…分かった」

アイリスも危機を察したのか素直に俺を解放した。

助かったことに関してはジュリに感謝だが…絶対に怒らせないようにしようと心に刻んだ。

「大丈夫ですか?何もされていませんか?」

「あぁ…なんとかな。ありがとう、助けてくれて」

俺はジュリに感謝をしながら頭を撫でる。するといつもの優しい顔に戻った。

「…いやージュリ君の行動速度は恐ろしいな」

部屋の扉が開かれ、マエスタと議長、それと真式が来た。

「鬼気迫るものでしたな」

「…ジュリってあんな怖いんだな」

部屋に入りながらそれぞれがいろいろ言っているが、どれもジュリに対してのものだ。

俺が連れ去られた後どんな様子だったんだろう…と思ったが、きっと先程の恐ろしい雰囲気のジュリのことを言っていると分かった。

確かにあの気迫は俺に向けたものではないのに、恐怖を感じてしまった。

「マエスタ…この娘はいったい何者だ?」

いまだにジュリを恐怖の対象として見ていて顔を青ざめているアイリスがそういう。

「その者はそこの世垓君の連れの者だ」

マエスタそう説明するとアイリスは

「…それは誠か?」

ジュリに向けて聞く。

そこを疑う必要あったか?

「そうですけど…なんですか?」

「…そうか」

ジュリの答えを聞いても腑に落ちない様子だ。一体何を疑っているんだろうか。

「ところで…姉上?我の客人を無断で連れ去るとは何事だ?」

「うっ…だがな、マエスタよ。私に見合う男なんぞ、この者くらいしかおらんだろう?それを狙うことが悪いか?」

ばつが悪そうにアイリスは言うが、突然連れ去られる身にもなって欲しい。

かなりの恐怖だぞ。しかも自分の貞操の危機となればなおさらだ。

「当たり前だ。王族が民の人権を蔑ろにしてどうする。功次殿の同意を得てからそういったことを行え」

「…すまぬ」

弟であるマエスタに怒られてアイリスは素直に謝る。

意外と聞き分けがいいのか?

でも俺の言う事には一切聞く耳を持たなかったよな…家族の言うことは聞くんだろうか。

「我の愚姉が迷惑をかけたな。後、叱っておく」

「あ、あぁ…そりゃいいんだけどさ。どうしてあんなにも俺との関係に固執したんだ?王族であればもっといい相手がいるだろうに…」

アイリスは俺の事を「人間性、能力、経済力、身分。どれも私の婿としては充分だ」と言った。

しかし俺はこの国の者じゃないし、世間的に身分が高いわけじゃない。

確かにギルド内ではそれなりの地位は築いてはいるが。王族に合うかと言えばそんなことはない。

「生憎と我が姉君はかなりプライドが高いのだ。自らが認めた男しか相手にしない」

「はぁ…」

「一応他国からの縁談も度々来てはおるが…あの性格だ。たとえ相手が王族貴族であろうとも脳がない、品が無いなどで断り続けているのだ」

「…それは、外交関係的に良いのか?」

「あまり良くはないな。しかし我は王族である前に家族である姉君の幸せを願っている。無理強いは出来ぬ」

なるほど。だからアイリスはマエスタの言葉はすんなり聞いたのか。自分のことをしっかりと考えてくれているから。

てっきりブラコンなのかと思った。

「にしても貴殿はスゴいな」

「え?」

突然のマエスタの言葉に疑問を返す。

「我が姉君が貴殿をすぐさま認めたのだからな。あんな積極的な姉君は見たことがない」

「…それは誉められているのか?」

「もちろんだとも。流石我の師であるな」

「んな、大袈裟な」

正直生きる為だけに頑張ってきたことを誉められても誇らしくはない。

…この人らは知らない罪も多く犯してきているからだ。

「…やはり私の婿になってくれんか?」

横で俺らの会話を聞いていたアイリスがそう言ってくる。

まだ諦めていないのか。

「申し訳ございませんが、俺にその気はありません。貴女様にはもっと良い相手がいるはずです。俺のような一庶民に固執せず、他の者にも目を向けてください」

俺が丁重にお断りすると

「…了解した」

渋々と聞き入れてくれた。

素は悪い人ではなさそうだ。

まぁ、前国王が名君と呼ばれていたんだ。その姿を見て育ったこの二人が悪い育ちをするわけ無いか。

「では我々はこれで」

俺がジュリと真式の二人に目配せをして立ち去ろうとすると

「私は諦めぬからな!気が変わったらすぐに来い!」

俺の背に向けてアイリスの言葉が飛んでくる。

訂正。やはり面倒な人かもしれない。

「…分かりました。その時は…よろしくお願いします」

心では一切そんなことは考えていないが、それだけ言って俺らは部屋を後にした。


「改めて申し訳ない。我が姉君が粗相を働いてしまったな」

先程の部屋まで戻りマエスタから頭を下げられる。

「あぁ大丈夫大丈夫。俺には何もなかったから。だから頭を上げてくれ」

正直国王に頭を下げさせるのはやるせない。

今は対等とは言われるから諦めていつも通り接してはいる。しかし心のどこかでは相手は格上であると思っている。だからこういったことをされると良くないんじゃないかと考えてしまうな。

「そうか…貴殿がそういうのであれば良いが。あまり気を悪くしないでくれ。姉君も普段はあんな風ではないのだ」

「逆に普段からあんな感じだったら面倒な姫だな。そう言うということは何か理由があるんだな?」

俺が聞くと議長とマエスタは少し暗い顔をした。

「実は姉君に縁談の話が持ち上がっておるのだ。ここより北方に位置するソルドノード皇国の皇太子だ」

流石は王族。縁談なんて話題初めて聞いた。しかし相手はソルドノードの皇太子か。俺より身分は高いからより良いとは思うんだが…なんで二人は暗い顔をするんだろうか。

「良いんじゃないか?受けない手はないと思うんだが」

「確かにこの国とソルドノードの外交関係的に言えばその方が良いです。しかし…」

「あの皇太子にはいい噂はないんでな。あまり向かわせたくはない。事実姉君もその話を聞きこの縁談の拒否を望んでいる」

「…なるほど。だから無理やり俺と関係を持とうとしたのか」

そう考えると強く拒否してしまったのもどこか申し訳なくなってきた。

王族は王族で不憫なところがあるな。

「あまり気にするでない。そこらへんは我がどうにかする」

俺の心情を読み取ったのかマエスタがフォローする。

…精神的に助かった。ここまで事情聴いてしまうと他人事ではない。

知らなかったとはいえ少し悪い事をしたと感じていた。

この言葉のおかげで若干気分は軽くなった。

「…かなり時間が経ちました。そろそろお帰りになられては?」

壁に架けられた時計に目を移した議長がそう提案してくる。

確かにかなりの時間ここにいる。

そろそろ帰り支度をしなければより自宅に帰るまでの時間がかかってしまう。

馬車が出せる時間も決まっているからな。そろそろ帰らなければ。

「そうだな。ここに長居するわけにもいかない」

「…もう帰るのか。まぁ貴殿にも時間があるだろうからな」

「陛下にも政務がありますからな」

「…今日は見逃してくれんか?」

「そんなわけにもいきません。しっかりと仕事をこなしてください」

マエスタは議長の言葉で肩を落とす。

王様は王様らしく働いてくれ。

…やはりこの国の未来が不安になるな。

「では俺らは帰るよ。…ちゃんと働けよ」

「あぁ。今日はありがとう。よくぞ来てくれた。貴殿も統治者としての役割を果たすのだぞ」

「…了解した」

そういえば俺は統治者として働くことになったんだった。いろいろあって忘れてた。

…そうか。本業の邪魔にならないと良いが。

まぁ決まったんだからしっかりやらんとな。

「後に再度議会の者を向かわせる。そこで詳細は聞いてくれ」

「分かった」

するとマエスタが手を出してくる。これは握手の姿勢だ。

拒否する必要もないので俺も手を出しマエスタの手を握る。

「また来てくれ」

「あぁ」

そうして俺らは二人に見送られながら王城を後にした。

背後からマエスタと議長のほかに視線を感じたのでそちらに目を向けるとアイリスが窓から顔を出していた。

気付いた以上何も反応しないのも何なので手を振る。

するとアイリスは顔を引っ込めてしまった。

…何か気に障ってしまったか?しかしどうしようもないので気にしないようにした。


「最後の方俺がいる意味あった?」

借りていた宿に向かっている最中、真式がそう言ってきた。

「確かに最後の方はお前空気だったな」

「だよな」

「全然話せば良かったのに」

「いやー…流石に王様の前で自由に話せるような身分とメンタルは持ってない」

真式ってそんなこと考えるのか。結構無神経な奴だと思っていたんだが…意外とまともだ。

「にしても…今日のジュリは怖かったな」

「…そうですか?」

「あぁ…俺は絶対にお前を怒らせないようにしようって思った」

トラウマみたいな感じで真式が言う。

大袈裟だと思うが俺もあの時の雰囲気は異常だった。

俺のためなのに身の危険を感じるほどだった。

「私、どんな顔してました?」

「そうだな…俺らの国にあった怖いお面の『般若』っていう奴みたいだった」

「それがちょっと分からないですけど…どんなものですか?」

真式の説明じゃわからなかったようで俺に方に聞いてくる。

あれをどうやって説明するんだ?

こっちの国でいい例といえば…

「悪魔…かな?」

「悪魔…ですか」

「気を悪くするなよ?助けてくれてありがとう」

「あ…はい。功次さんも何もされていなくて良かったです」

適当な雑談をし、適当な宿に着いたので俺らは休息を取り翌日帰ることにした。

昨日とは違い全員分の部屋を確保したのでそれぞれ自分の時間を過ごした。

こうして王都での日も終わった。

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