第8話 羽夏の時間

「私はピュオチタン王国国王、マエスタ・ヤマブキ・ピュオチタン。よろしく、世垓功次の仲間たちよ」

マントを広げ、国王陛下はそう名乗った。

「なんか…ダサいわよ」

「うむ。私もやってからそう感じた」

「言うことは?」

「…すまない」

国王陛下に謝罪させるこの人は一体…。

「ゴホン…では本題に入ろう」

咳払いをして国王陛下がそう言う。

「今日はミョルフィアの統治者に世垓功次君を任命するために来てもらったわけだが…」

「今は黒野殿が出てきてしまっていますな」

「議長の言う通り、特異な存在である羽夏君が出ている…一体何があった?」

国王陛下の質問に私たちはここに来るまでに起きたことを伝える。

外で戦っていた功次さんの動向を知っている羽夏さんさんが主にだが。

「…なるほど、そんなことが。だから君が表面上に現れているんだな」

「そういうことよ。感覚的に明日の朝には起きてくると思うけどね」

「ならばまた明日に来てもらおうか。適当な宿を手配しておく。寝床の心配はない」

「そりゃ助かるわね。ジュリちゃんに野宿なんてさせたくないし、功次も望まないだろう」

私の頭を撫でながら、そう言う羽夏さん。

…極論野宿になっても構わないのだが、この人達は優しい。

「羽夏君から話を聞いていたのは、功次君と仲が良い伊波真式という者がいるのは知っていたが…そちらお嬢さんはどちらかな?」

国王陛下が屈みながら私に聞いてきて思わず退いてしまう。よくよく思えば失礼だと思うが、どうしてもあまり知らない人は苦手だ。

「この子は最近功次の所に来た元奴隷のジュリよ」

「奴隷…か…」

羽夏さんが代わりに答えてくれたけど、国王陛下は奴隷という言葉を聞いて暗い顔をした。

「いまだに奴隷という負の存在が残ってしまっているのか…私の父上、前国王陛下の代から奴隷というものは廃止にされつつあると思ったが…」

「だけどこの子は私が依頼されて始末したデルタルトの所の子よ」

「…認めたくはないが、あいつの所だとするならば納得せざる負えないな」

頭を抱える国王陛下。…国王陛下は悩みの種も多いのだろう。

「すまなかった。もっと早くあいつをあの立場から降ろしていれば君の人生も変わっただろうに…」

私に頭を下げ、謝罪する国王陛下。

「と、とんでもないです!」

「だが、この国の負の代表といっても差し支えない存在をすぐさま消し去れなかったのは私の不手際だ。本当に申し訳ない」

再度頭を下げる国王陛下。こんなにも上の人が私に頭を下げているという信じられない状況だ。

「私は大丈夫です。今は功次さんと出会えて、良い食事ももらえて安心して寝ることが出来ています。昔は辛かったけど…今は幸せです。あの方に出会えたこの運命を私は恨んでいません」

「君にそう言われるだけ、少し救われる。これからもこの国から奴隷という概念を根絶できるように善処する」

「お願いします。私と同じような苦しみを持つ人たちがいなくなって欲しいですから…」

私はあの時とても辛かったけど、もしかしたら私よりも苦しんでいる人がいるかもしれない。そんな人は一人でも救われないといけない。

「…ていうかさ」

「ん?どうしたの真式?」

真式さんが口を開いた。

「羽夏と国王陛下はなんでそんなに親しそうなんだ?」

「あー…」

「それはだな…」

「まるで功次が俺にいろいろ小言を言うときみたいに羽夏が辛辣なこと言うだろ?相当仲良くないといけないはずだろ?」

「まず陛下にそのような態度を取ること自体相当な不敬罪だが…」

議長がかなり呆れた様子だ。

「私からこいつにコンタクトを取ったのよ。この街に来てからすぐにね」

「羽夏君…こいつってなぁ…」

何度も雑に扱われる国王陛下。

「俺、知らない」

「まぁ、あんたが寝ている真夜中に私が功次の体を借りていたからね。知らないのも当然よ」

真式さんの質問に羽夏さんはそう答える。

…そうか。功次さんの意識がないと羽夏さんが出てくるけど、寝ているときは意識がない。だから真夜中のうちは羽夏さんが動けるんだ。

「あの時は国王という立場になって間もなく、疲労しているのに自室に侵入された時は暗殺者か化け物が来たと死を覚悟したものだ」

「失礼ね。レディに向かって」

「冷静に考えてくれたまえ。暗い中いきなり窓が開いたと思ったら、全身漆黒に包んだ人間が侵入してきたら死ぬと思うのは当然だろう」

「お前そんなことしていたのか…」

ジト目で羽夏さんを見る真式さん。羽夏さんの侵入方法が怖すぎる。私も警戒していないときにそんな状況に置かれたらと想像すると、心臓に悪い。

「そこで提案してきたのはこの私が国王であるが手を下せない存在を始末するというものだった」

「なんだそれ?」

「これはまだ国王になってから日も浅く、力も決断力もなかった私をサポートするものでもあった」

「まぁ私にそんな意図はないけどね」

「そうだったのか?だが羽夏君のこの提案のおかげで私が手を下したい、しかし力がなく行動できない存在を陰ながら消していってもらった」

「正直我に相談してほしかったものですがな」

「そう言うな議長。意外と何とかなったではないか。この国の悪しき風習を続ける貴族や大商人を確実に減らせたのは良いことではないか」

「そうですが…羽夏殿に陛下が頼み始末された貴族の中には多くの統治者がいました。その後任を見つけるのにどれだけ苦労したか」

国王陛下もかなり変わった方のようだ。意外と議長さんが振り回されているようだ。

「でも今は議長さんも羽夏さんのことを知っていますよね?」

「そうだな。実は我が知ったのはここ最近だ」

「なんでだ?結構前から知っているのかと思ったんだが…」

議長の言葉に真式さんが疑問を投げ掛ける。

「我がミョルフィアの次期統治者を探し、世垓功次殿を見つけた。そして丁度陛下が我々の仕事を見に来た際、『こいつ知ってるぞ』と申されたのでな。何故にこの国の者でもないのに存じ上げられているのかお聞きしたのだ」

「そこで教えちゃったのね、私と功次の事。なんか適当にはぐらかせば良かったのに」

「すまぬ。だが後々伝えねばならんとは思っていたんだ」

「まぁ、陛下の政策に置いて障害物となりえる存在が次々と倒れていくのは何かあると思っていましたが」

「後々バレていたってことね…まぁ仕方ないか」

羽夏さんってかなりすごいというか危険なことをしていたのかな。

「本来であれば貴族に手を掛けているのだ。国家反逆罪として罰せられるところですが…悪政を敷いていた者のみ消されている。しかも羽夏殿は功次殿の中におられるので、うかつに罰せる事は出来ない」

「まぁ悪いことをしている自覚はあるわ」

「ん?ということは…あのデルタルトを殺したのは羽夏だろ?依頼したのは国王陛下っていう事か?」

真式さんの言うとおりだ。

…以前あの男の子供に連れ去られたけど羽夏さんが助けてくれた時に教えてくれたのは、功次さんに危害を加えるから殺したと。

今までの議長と国王陛下の話の感じだと、羽夏さんは国王陛下が依頼をしてやったように思える。

「少し違うな。奴は我が撤廃しようとしている奴隷制を未だ残そうとし、一族が長らく政界にいるということで図々しくもあくどく動いていた。我々としても困る相手であった。すると奴が功次殿に敵対心を抱いておったからな。我が羽夏殿に頼もうと思っておったら既に消されておって驚いたぞ」

「かなり前から考えてはいたのだけれどね。あいつ無駄に警戒心が高いから隙を伺うのが大変だったわ」

結局あの男に関しては羽夏さんが独断でやったのか…どのみち国王陛下も頼もうとしていたし万々歳なのかな?

「とりあえず君たちの疑問はある程度解消されただろう。羽夏君が言うには功次君が起きてくるのは明日とのことだ。宿は手配をするから、王都を観光でもするといい」

いろいろと会話が一段落ついたので、国王陛下はそう言う。

確かにここに居続けても多分することはない。むしろこの広くて豪勢な空間に居続けると少し体調が悪くなる気がする。

…私の肌には合わない。

「そう。なら従うわ。私もまともに王都観光はしたことないしね」

羽夏さんはそう言い残して立ち去ろうとする。私と真式さんもついていこうとすると

「…一つ、よろしいでしょうか?」

と、後ろから声が飛んできた。

「どうした?騎士長」

どうやら羽夏さんを危険だと判断し護衛として残った騎士長のようだ。

「その者と一戦交えたく存じ上げます」

騎士長が指を差したのは…

「…私?」

羽夏さんだった。

「先程は危険視してしまい申し訳なかった」

「別にいいわ。気にするようなことじゃないから」

「我は今まで貴殿程本能的に危険を感じてしまう存在は初めてだ。なので一戦交えたく」

なるほど。強い人は気配だけで相手の力量がわかるって聞いたことがある。国の騎士長ともなれば相当強いはず。そんな人すら恐れるなんて…羽夏さんは本当に底が知れない方だ。

「…羽夏君。どうするんだい?彼は騎士長だ。私の知る限りは相当やるぞ」

国王陛下が心配をする言葉を投げかける。だけどその目は笑っているように見える。

「…やるわよ。正直久しぶりに全力で体を動かしたいし…あんたならそれが出来るでしょう?」

ニヤリと笑い騎士長を見る羽夏さん。まるで悪戯好きの子供のような表情だ。

「では訓練場まで同行願う」

「えぇ」

先導する騎士長の後ろを羽夏さんが追うように歩く。

「…あの!」

私は何も恐れず突き進む羽夏さんたちに声をかける。

「私もその戦い見てもいいですか?」

私は羽夏さんの戦いを一度見ている。だけど以前のは全くもって全力じゃないらしい。だからこそ全力で戦う羽夏さんが見てみたいという単純な興味だった。

「構わない。邪魔さえしないのであれば」

騎士長は許可をくれた。

「では私も向かおうかな。日頃依頼しているだけで実際の戦闘能力は知らないからな」

「陛下が行くのであれば、我も向かわせていただきたい。この国の騎士すら敗れた男をたった一人で倒した羽夏殿の強さに興味がある」

「俺も羽夏の戦いを見るのは何年振りかだし第一、ジュリちゃんに何かあったら功次に殺される。俺も行くよ」

各々の理由は違うけど皆行くようだ。


私たちは騎士長の後ろをついていき、着いたのはとても広い空間だった。

様々な武器が飾られたり、置かれている。沢山の騎士もいて、それぞれ剣を打ち合ったり鍛えたりしている。

ここが訓練場…かなりむさ苦しいというか、空気が張り詰めている。

「皆、陛下が来てくださったぞ!」

騎士長がそう呼びかけると

『はっ!』

騎士たちは一斉に国王陛下の方へ膝をついた。先程までの羽夏さんとの軽い空気のやり取りのせいで忘れそうになるけど、こうなるとこの方は国王なんだなと実感する。

「そんな堅くしなくていいんだがな…」

「騎士たるもの、陛下に乱雑な態度を取ることは許されざる行為。慣れて下され」

国王陛下の素はやはり先程の羽夏さんとのような感じのようだ。あの服装も好き好んで身に着けている訳ではないようだし、城の中の豪勢な装飾も国王陛下の趣味ではないのかな。

「ほんとすごいわよねぇ、騎士って」

「え?」

羽夏さんが周囲を見てそう溢す。

「だってこんな堅苦しい雰囲気を維持しないといけないんでしょ?私だったら絶対無理だわ」

「確かに大変そうですけど…」

「しかも上の命令には従わないといけない訳じゃない?そんな縛られているような状況は合わないわね」

羽夏さんのような上下なんてどうでも良い自由な人は騎士や役人の堅い雰囲気は合わないようだ。

「俺も騎士っていうのは苦手だなぁ。ずっとしっかりとした心構えでいるのは無理だ」

功次さんの周囲の人は堅苦しい空気が苦手のようだ。

私も功次さんたちと過ごし始めて数週間したけど、こんな堅い空気になったことはほとんどない。

「騎士達には一度除けてもらった。思う存分戦える」

騎士長の言う通り、中心にある闘技場のような場所には誰もいなくなっていた。

「本当に大丈夫ですか?」

「全然問題ないわよ。あくまでこれは殺し合いではないからね。多少怪我はしても死ぬわけじゃないわ」

羽夏さんはそういうが正直少し不安だ。

人は危険を感じたら何をしてくるか分からない。羽夏さんは余裕でも騎士長は羽夏さんを相当危険視している。

もし力加減を間違えて命を落とすほどで攻撃されることがあって欲しくない。

「では、どの武器を使うか選んでくれ」

「ふーん」

騎士長が出したのはいろんな種類の木でできた武器だ。

羽夏さんが使うならどれを使うんだろう?今まで武器を使っているところ見たことないけど。

「…いらないわね」

「何?」

「私ステゴロ派なの。武器は使わない」

「…そうか」

確かに今までずっと自分の肉体で戦っていたけど、武器を持っていないからだと思っていた。普通に使わないのか。

「では闘技場内に入ってくれ」

羽夏さんは言われた通りに闘技場に入っていく。騎士長も続けて入っていく。

「…気を付けてくださいね」

「分かってるわよ」

本当に大丈夫だろうか。

周囲には私と真式さん、騎士達、国王陛下と議長と沢山の人が羽夏さんと騎士長の戦いの始まりを見ている。

「流石に騎士長に勝てる女性はいないだろ」

「そうだな、もし騎士長が負けるなんてことがあれば女性相手で手加減しているだけだろう」

周りの騎士達の会話に私は思わず

「羽夏さんは負けません!」

と、叫んでいた。

「な、なんだよ…」

「羽夏さんを何も知らない人が負けるなんて決めつけないでください!」

「…そう言う君も騎士長の事を知らないだろう?」

「そ、それは…」

勢いで言い返してしまったが…反論されてしまった。

「しかしながら、騎士たちよ」

「な、なんでしょうか、陛下」

国王陛下が口を開いた。

「騎士長が相手にしようとしている彼女は先程まで騎士長が危険視した程の存在だ。そんな彼女が必ず負けると言えるのか?」

「さ、左様ですか」

「もし君らの崇拝する騎士長が敗北を味わった時はこの子に謝罪をしたまえ」

国王陛下の言葉で騎士たちは黙った。


「ジュリちゃんがああ言ってるし負ける訳にはいかないわね」

後ろからのジュリちゃんの声が聞こえる。あんなに言われてしまって負けてしまったら、ジュリちゃんに恥ずかしい思いをさせてしまう。

「こちらとて部下がこれだけ見ている中で負ける訳にはいかない。全力で行かせてもらう」

騎士長は剣先を私に向け構える。

「その木剣、通常の剣より少し長いわね。長剣とも言い切れない微妙ね」

「これは我の訓練用に特注で作成してもらった木剣だ。我が愛剣あいぼうと同じサイズだから扱いやすい」

「でも木剣って実際の剣と重さは違うと思うけど?」

「問題ない。北の方で採れる貴重な材木を使用して作成してもらったからな。実際の剣と重さは何ら変わらん」

「すごいわねーそれ」

しかし実際の剣と同じ重さをしているとなると充分な強度もあるだろう。

そうなると重さも相まってまともに喰らえば怪我で済むか分からないわね。相当気を付けないと。

「…名乗っておらんかったな」

「…え?」

「我の名はカヴァルエル・コモンデント。誇り高きピュオチタン王国騎士団の騎士長だ」

真面目なのかしっかりと名乗ってきた。これは武士道というか騎士道っていうの?

「丁寧にどうも。私は黒野羽夏。まぁ所属っていう所属はないわね」

「我は女性であろうと手加減はせぬぞ」

「結構。全力で来なさい」

むしろ女性と手加減されると全力で楽しめないわ。

「開始の合図は私が」

横から一人の女騎士がそう言ってきた。巻き込まれないかしら。

「了解した」

「分かったわ」

お互い構えて相手を見据える。

「それでは…始め!」

女騎士の言葉で騎士長は突っ込んでくる。

「速いわね」

「はぁっ!」

胴を斬るよう横薙ぎに払われた木剣を跳んでかわす。

そこにすぐさま剣が突き上げられる。

「せや!」

「なっ!?」

空中にいるまま剣を蹴りで弾く。

「ふっ!」

功次がしたように空中から踵落としを仕掛ける。これは体重が乗るから威力が出ると思うわね。

「くっ…」

「いっつ…」

紙一重で避けられてしまい地面に足が叩きつけられてしまう。

…よく避けたわね。

「あの場から攻撃が飛んでくるとは…」

「あら驚き?」

「…いや」

先程より速い速度でまた突っ込んできた。

「考えなしかしら?」

今度は避けずに殴り飛ばそうと拳を出そうとすると

「あれ?」

目の前まで着た瞬間殴ったと思ったら拳は空を突き出していた。

「っ!?」

背後に気配を感じ、後ろ蹴りをする。

「今のに反撃をするとは…」

私の蹴りは剣に止められていた。

「…実際の剣だったら私の足は飛んでいるわね」

「そうだな。反撃は認めるが早計であったな」

「さぁねっと!」

「ぬっ!?」

私の足を止めた剣を蹴り飛ばす。剣はカヴァルエルの手を離れる。

「覇ッ!」

「ぐをぉはっ…」

真式の使う全力の殴りを真似、胴体に入れる。

まともに当たったカヴァルエルは怯む。隙が出来たわね。

「再度ォッ!」

私がもう一度殴りを入れようとすると

「させんっ!」

「うぎゃ…」

顎に良い蹴りを貰ってしまった。

「貴殿の拳…鎧を貫通するとは…」

「今の蹴りいいわね。一瞬意識が飛びかけたわ」

「何故…今のを喰らい倒れぬのだ?」

「うーん…まぁ丈夫だから?」

正直、この体の強さは私じゃなくて功次の天性の才だからちょっとズルしている気分になるわね。

「そろそろ終わらせるか」

「そうね。この後ジュリちゃんの観光があるもの」

カヴァルエルは飛んだ剣を取り、私も拳と脚に力を入れる。

「行くぞォッ!」

「来なさい!」

お互い正面からぶつかり合う。

振られた剣を私が弾き、拳と蹴りを仕掛けると剣で防がれる。

…ここまで打ち合えたのは初めて。

どこか楽しんでいる私がいる。


「…見えねぇ」

羽夏さんと騎士長の戦いを見ている真式さんが呟く。

真式さんの言う通り二人の戦い始めはまだ何が起きているか分かったけど、今は何が起きているのか分からない。

しかしお互いの殴り斬りの音は聞こえる。それだけでどれだけ激しい戦闘をしているか分かる。

「あの騎士長が本気を出すなんて…」

「俺らでもほぼ見えない…」

横にいた騎士たちも二人の戦闘を見て唖然としている。

「…議長、見えるか?」

「…申し訳ありません。私には…」

この場にいる人は誰も何が起きているか見えていないようだ。

「あれが羽夏さんの全力?」

「多分な」

あんな激しい戦闘をしていれば、きっと疲れると思う。

…しかし何故だろう。あれは羽夏さんの全力だとはあまり思わない。

あまり見えないけど…どこか戦闘を楽しんでいる雰囲気を感じている。


「あれ?もう疲れたの?」

「…まだ…いけるぞ!」

何分戦い続けているか分からないが、お互い決め手が入らず終わりが見えない。

しかしカヴァルエルには少しづつだが疲労が見える。

「…はぁ」

来た!

「ここだ!」

「がぁっはっ…」

息が切れ隙を見せたカヴァルエルの右横腹に蹴りを入れる。

「ぬっ…ぐぅ!」

「いった…」

反撃で剣を左腕に貰ってしまう。

腕からはピキッという音が聞こえる。…骨が逝ったわね。

…さっきより威力が上がっている。これが火事場っていうのかしら。

「…まだだっ!」

「強いわね~まだやるのね」

「ここで…負ける訳には…いかんのだ」

「流石騎士長、すごい根性」

かなり殴り飛ばしたと思うんだが…未だに倒れないか。

しかし時間の問題だろう。かなり攻撃をいれているし、鎧を着ていても肉体に負担はかかるはず。私の攻撃をあれだけいれれば骨の一つや二つ折れている。

「っと…」

一瞬だが意識が飛び掛け、フラつく。

…私も多少疲労が来ているわね。

「…ふっ、貴殿も限界なのでは?」

「…まだまだ行けるわよ。鈍っているだけね」

事実こいつの腕はかなり立つ。まともに戦い合った中では最強と言っても良いだろう。

…だが過去には私が命の危険を感じる程の状況に遭ったことがある。

それと比べれば…

「いい加減倒れてもらうわよ!」

「こちらとて同じこと!」

お互い意気込み構える。次の一撃で決める。

「はぁっ!」

「ふっ!」

互いに急接近する。剣先が私の胴を貫こうとする。

寸前で躱し、蹴りを顔面に叩き込む。

「既に貴殿の動きは見切っている」

腕で防がれてしまった。

だけど…

「…そうかしら?」

「なっ!?」

私はカヴァルエルの顔を両手で掴んで、私は頭を振り上げる。

「これはどうかしら!」

「ぐっふぅ…」

カヴァルエルの顔に頭突きをかます。

「もう一度ぉっ!」

「がぁっは…」

もう一撃食らわし、そこで掴んでいた頭を放すと、カヴァルエルは力尽き動かなくなった。

「…終了!」

開始の合図をした女騎士がそう叫ぶ。

『うぉぉぉっ!!!』

周囲で戦いを見ていた騎士達から歓声が上がる。

…いやいや、あんた達の上司でしょうが。

「…やはり貴殿は強いな」

「ん?」

背後から声がかけられる。

「あら起きたの?」

そこには女騎士に肩を貸してもらい、歩くカヴァルエルがいた。

「うむ。意識を手放してもすぐさま起きられるように訓練しているからな」

「それにしても早いけど…まだやる?」

冗談を言ってみる。ここでまたやると言われても私は了承できるが…どう来る?

「もうそのような体力はない。しかも貴殿に疲労の色は見えぬ。再度やれど敗北を期するのは我だろう。貴殿の勝利でよい」

「そりゃどうも」

私たちが話していると

「羽夏さーん」

闘技場内にジュリちゃん達が入ってきた。

「おっと…」

「大丈夫ですか!?」

皆の姿を見て気が抜けたのか、フラついてしまう。

ジュリちゃんがそんな私を支えてくれる。

「無事か?」

「えぇ、もちろん」

真式も心配してくれる。やっぱりたまには全力で体を動かさないと鈍っちゃうわね。

「いやー面白いものを見せてもらった」

拍手をしながらマエスタはそう言う。こいつからしたらただの娯楽かしら?

「申し訳ありません、陛下」

「何故謝る必要がある?」

カヴァルエルが膝をつく。

「この国の騎士長という立場でありながら、全力を以てして敗北を見せてしまい申し訳ありません」

「…騎士長、そんなことで謝るな」

「しかし…」

羽夏こいつは正直例外だ。まともな人間ではない。そんな奴に負けたんだ。気にすることはない。むしろこんな化物に汗をかかせたんだ。充分誇らしく思え」

「…はっ」

「何よ、私を人外みたいに…あんたが相手してみる?」

マエスタに挑発する。…私はあくまで人間よ。

「遠慮しておく。羽夏君と正面で戦えば死しか見えん」

ここでやろうって言ってくれたら面白かったんだけど…そしたら全力で叩き潰していたのに。

「でも羽夏さんに怪我がなくてよかった」

私を支えるジュリちゃんにそう言われる。

「まぁ無傷って言う訳ではないわよ。腕と肋骨は戦闘中折れてたし」

「…大丈夫ですか?」

「今は治っているから大丈夫よ。相変わらず功次の再生力には頭が上がらないわ」

正直通常の体であればここまで無理は出来ない。功次の異常な再生力があるからこそ捨て身の攻撃を可能としている。

「骨が折れて既に再生するとは…つくづく貴殿には驚かされる」

カヴァルエルは呆れた様子でいうが、隣でカヴァルエルを支える女騎士は異質なものを見るような目をしている。

「…あれはいいの?」

私は周囲で盛り上がる騎士たちを指さす。

「…しばらくの訓練をハードにした方がよろしいかと」

「…そうだな」

女騎士の提案をのんだカヴァルエル。ドンマイ騎士たち。

「そういえばあんたはどういう立場なの?」

ずっとカヴァルエルを支えている女騎士に聞く。

「私はピュオチタン王国騎士団副騎士長ヴァイス・ベリシモです」

「そうなのね…ご丁寧にどうも」

騎士団に女性がいるのも少し珍しいけど…副騎士長ときたか。それなら騎士長であるカヴァルエルにあの提案をするのも理解できる。

「にしてもあなた、強いですね」

「そう?」

「騎士長が全力で戦い、負けたところ何て見たことありませんから」

逆に頻繁に負ける騎士長とか嫌だわ。

「…この度の模擬戦、感謝する」

「いいわよ、別に感謝なんてしなくても。私も体動かせて満足だし。突然どうしたの?」

「我が全力で戦い敗北した。これは騎士達にも考えを改めさせるいい機会になるだろう」

「どういうこと?」

カヴァルエルの言うことがわからず聞いてみると

「最近騎士たちは騎士長に勝つことは不可能とし、訓練を怠惰にするものが出てきたのです。皆騎士団に入団した際は騎士長を目標としていたんですが…」

勝てないからと諦める奴が出てきたのか…まぁあの強さに追い付こうとするなら命を懸けるほどの鍛錬が必要になるだろう。

「貴殿に我が敗北したことで、我の強さが絶対的なものでないと皆が理解できたであろう」

「そういう事ね、なら勝っておいて良かったのかな?」

「正直なところ、実践であれば我は確実に死んでいた。今回は我としてもいい経験になった」

「そりゃどうも」

「機会があれば再選をしてもよろしいか?」

カヴァルエルのその申し出に私は

「機会があったらね」

と答えた。


「では、明日また来てくれ。今度は功次君の状態でな」

「分かったわ」

訓練場を後にしてマエスタにそう言われる。

「黒野殿たちの荷物はこちらが用意した宿に送らせてもらう。必要なものがあれば今のうちに所持するように」

議長に言われた通り、私たちは持ってきた荷物から要る物を持っていく。宿にそっちが送ってくれるなら、観光中に気にすることが減るから助かるわね。

「これが手配した宿の場所だ」

「どうも」

マエスタが指示すると議長から紙を渡される。そこには宿周辺の地図が書かれていた。


「さーてと、これからどうしようか?」

空は夕暮れ。王城を出てジュリちゃんと真式に聞いてみる。

「私は王都についてはあまり…」

「俺もなんだよな…」

二人とも案がないようだ。

「私も行きたいところはないのよね」

功次もだが私は目的もなしに行動することが苦手だ。意味もなくブラついたりということが出来ない。

功次なら家で時間があると、仕事を進めているが…私は違う。

「…とりあえず歩きませんか?何か寄ってみたいところとかあるかもしれませんし」

黙り込んでしまったのでジュリちゃんが沈黙を切り開いてくれる。

「そうね。お金はかなりあるし、多少は遊べるかな」

私が了承すると

「じゃあめっちゃ食っていいんだな?」

「それは…」「駄目ね」

「えぇ…」

真式の意見をバッサリ否定した。

こいつに食わせ始めるとどれだけお金があっても足りない。


「…うーん」

王都を見て回ってもあまりいいものは見当たらない。

人通りはミョルフィアと比べたら多い。店の数も多いが、私…というか功次の趣味に合うようなものがない。余計なものを買いたくもない。

「別に面白そうなものはなさそうだな」

「そうですね…」

結局また困った。

「…なぁ羽夏?」

「どうしたの?」

適当に辺りを見渡しながら時間を潰していると真式が声をかけてきた。

「腹が減った」

「…そう」

暫く喋っていなかったが、お腹が減ったからか…まぁどうせそんなことだとは思っていたが。

「じゃあ、あそこに入りますか?」

ジュリちゃんが指差す方向には『ラアメン』と書かれた看板の店があった。

「ラアメン?初めて聞く店ね」

「店と言うか料理の名前ですけどね」

「そうなの?」

「はい。東の国で人気の料理みたいですよ」

「どうしてそんなこと知ってるの?」

私の知識は自分自身のものと功次のものからなるが…そんな料理は聞いたことない。私が知らないと言うことは功次の持つ本の中にも書いてないということだ。

じゃあジュリちゃんは何処から知ったんだろう。

「普通に町の人に聞きましたよ。なんか王都で流行っているって話していたので」

「あーそういう事ね」

ジュリちゃんも街に馴染めてきたようで安心だ。

しかしこの調子だと功次よりもジュリちゃんの方が人との関わり方が上手になりそうね。

功次は必ず他人ひとと心の距離を取る。その距離は人によるが、比較的仲が良く見えるティナやバルコル、クラレイにも心は遠い。

後ろでずっと見てきた私には分かる。それは裏切られても傷つかないため。過去の絶望をもう経験したくないから。


『いらっしゃいませー!』

「圧がすごい…」

店に入ると店員なのか料理なのか分からない熱気が襲ってくる。

「でもいい香りするぞ」

今すぐにでも食べたいという顔をする真式。…香りすら食べちゃいそうね。

「席をご案内しまーす!」

一人の店員が来て、空いている席に連れられる。かなり人がいるが、今まで行った飲食店で一番広い。流石王都。敷地は広大だ。

「食べ過ぎないでよ?」

「分かってるよ」

席に着くと、真式はすぐさまメニュー表を手に取り眺める。

どこ行っても変わらない。ここら辺は子供っぽいのはどうにかならないのか…。

「汚れないように気を付けないとね」

「そうですね。結構勢いよく食べる人もいますし」

隣に座るジュリちゃんとそんな話をする。真式は気にするようなことはないと思うが、ジュリちゃんは女子だし汚れてほしくない。

「…俺は決めたから」

「どれ?」

真式が頼むものを決めたようなのでメニューを渡してきた。

何を選んだろうか。

「これ」

指を差され、見てみると『トンコツラアメン』と書いてあった。

値段も別に高くない。

「の大盛な」

「あ、そう…」

大盛にしてもそんなに金額は増えないようね。ならいいか。

「ジュリちゃんはどうする?」

「そうですね…」

一緒にメニューを見て考える。

こうメニューを見て分かるのは、『ラアメン』というのは麵料理のようだ。そこにネギなどのトッピングがある。

雰囲気はおいしそうだ。

「じゃあ私は『ショウユラアメン』って言うのにします」

「なら私は『タイワンラアメン』にするわ」

「じゃあ呼ぶぞ」

私たちも何を食べるか決めると真式が店員を呼ぶ。

各々、決めたものを店員に伝える。

待っている間にもこれからどうするかを話す。

正直何か買いたいものは別にないし、下手に大きなものを買うと邪魔だし何より功次が戻ってきたときに違和感しかない。

「お待たせしました!」

店員が頼んだ料理を持ってきたのでそれぞれの前に置いてもらう。

「羽夏…お前食べれるのか…?」

「辛そうですね…」

二人は私の前に置かれる『タイワンラアメン』を見て驚く。

「多分。食べたことないから分からないけどね」

「功次は辛い物苦手だからな…羽夏が食べれるなら驚きだが…」

真式の言う通り功次は辛い物が苦手だ。だけどこの体は功次であって功次じゃない。今は私の体だ。好みも多少は違う。私は別に辛い物が苦手という訳じゃない。

「じゃあ、食べましょうか」

「そうだな」「そうですね」

一斉に『ラアメン』に手をつける私たち。

勢いよく啜る真式。汁が飛ばないようにゆっくり食べるジュリちゃん。

私も赤い汁に泳ぐ麺を口に運ぶ。

「ん…」

からいですか?」

心配そうにジュリちゃんが聞いてくる。

予想通り辛い。というか今まで食べてきた物の中では一番辛いかもしれない。

ミョルフィアに辛い食べ物はあまりない。

だから私もそこまで辛い物に対する経験は少ないが…それでもかなり辛い。

だが耐えられないようなものでもない。おいしい辛さだ。

「大丈夫よ。何なら一口食べてみる?」

「…いいです。私もあまり辛い物は得意ではないので」

「そう」

ジュリちゃんも辛い物が苦手なのか。知らなかった。

でも功次も辛い物が苦手だから、家ではまず出されないから良かったわね。


「旨かったな、ラアメン」

「そうね。ミョルフィアにもあってほしいくらいだわ」

食べ終わって満足げな私たち。今まで食べてきたものとはまた違った触感と味で楽しめた。

「そろそろ出ますか?」

「そうね。私は会計するわ」

「じゃあちょっとトイレ行ってくる」

真式はかなり水を飲んでいたからだろう。

「分かった。じゃあ先に会計しているから」

ジュリちゃんと会計をする店員が立つところまで向かう。

「ちょっと並びそうね。熱いから先外行ってて」

「分かりました」

店内は熱い。だからジュリちゃんを先に外に行かせた。


羽夏さんに言われた通り、店の外で待つ。

暗くなっても人通りが減らない王都の街並み。

故郷の田舎ではありえなかった光景。あの時は夜に外へ出ると誰もいなかった。

一人で夜空を見るのは楽しかった。

「君、一人?」

「へ?」

二人を待っていると見知らぬ若い男性に声をかけられた。

「…何ですか?」

「君可愛いね、これから遊びに行かない?」

ニヤニヤとした顔で近づいてくる男性。

「…無理です。家族を待っているんで」

「あぁ?」

私の言葉を聞くとたちまち機嫌を悪くする。

「もういいんだよ!」

「え?」

私は腕を強く掴まれる。

「痛いです!離してください!」

「このアマがっ抵抗すんじゃねぇ!」

痛い。怖い。久しぶりに恐怖を感じる。

周囲で見ている人は少なからずいるのに誰も助けることはない。

腕を強く掴まれるのは以前の奴隷の時が最後。だからこそあの時の恐怖が甦る。

…功次さん…羽夏さん…助けて!

「何しているの」

「あぁ!?」

声が聞こえて男性はそっちの方を見る。

「羽夏さん!助けて!」

声の主の方に叫ぶ。

その瞬間腕にあった掴まれる感触はなくなっていた。

「…え?」

不思議に思い辺りを見渡すと、男性も羽夏さんの姿もなくなっていた。

何処に行ったのか探していると

「…ぐっは」

上空で呻き声が聞こえた。なので上を見上げると…

「私たちのっ、大事なっ、ジュリちゃんにっ、何してんのよ!」

そこには空中で怒りに満ちた顔で男性を痛めつける羽夏さんがいた。

助けられたはずの私すら恐怖を浮かべてしまうほどの威圧感。周囲の人もその光景を見て固まっていた。

「潰す!殺す!消す!」

その圧倒的な殺意の塊に腰を抜かしてしまう。

…あれはきっと全力だ。騎士長相手にも出さなかった本気を、私を守るために使っている。

「潰れろ!『破殺落はさつらく』!」

羽夏さんは男性の顔を掴み、地面へと真っ逆さまに落ちてきた。

私から少し離れたところに落ち、男性の頭部を勢いのまま叩きつける。

あまりの勢いに地面に振動が起こる。

「ふっ!」

男性を5m程のところにある街灯に投げつける。

「…羽夏さん」

「覇ッ!」

倒れて一切動いていない男性を絶え間なく攻撃する羽夏さん。呼びかけても返事はない。

「…羽夏さん?」

「覇ッ!」

「羽夏さん!」

「…っは!?」

強く呼びかけると、意識を取り戻したかのように羽夏さんは振り向いた。

すると離れた距離を一瞬で詰め寄り、私を抱きしめてきた。

「ジュリちゃん無事!?」

「は、はい…私は無事ですけど…」

「良かった…」

私は羽夏さんに叩きのめされ全く動かない男性の方を見る。

「…これのことなら任せて」

「え?」

何も言っていないが何か伝わったようだ。

羽夏さんは倒れている男性の方へ歩いていくと、少し離れたところで勢いをつけた。

「飛びなさい『サマーソルト』」

羽夏さんは男性を空中に蹴り上げると、一緒に高く飛んだ。

あれ…人間がジャンプで跳べる高さなんだろうか…周囲の家よりも高いところにいるけど。

私が驚いていると、空中で体をなじる羽夏さん。…何をするんだろう。

「逝ってらっしゃい、ロリコン野郎」

そう言うと、男性に回し蹴りをした羽夏さん。男性はまるで大砲の玉のように何処かへ飛んで行った。

「ごめんなさいね。取り乱しちゃって」

羽夏さんは何事もなかったように私に近寄り、頭を撫でる。

「いいですよ。助けてくれてありがとうございます」

「無事で良かったわ」

本当に安心した様子だ。相当心配したんだろう。

こんなに心配をしてくれるのはありがたいが…あんな強さで叩きのめすことはなかったんじゃないだろうか。

「…あの人は?」

「あれは王都の詰所の方まで蹴り飛ばしたわ。今頃王都の警備係が驚いている頃でしょうね」

「…どれくらいの距離があるんですか?」

「ここから王城よりはあるわね」

そう言われ王城の方を見る。かなり歩いたので近くで見るよりは全然小さくなっている。

…この距離よりも遠いところに蹴り飛ばすなんて…この人の脚力はどうなっているんだろう。

「ん?どうしたんだ?」

何も知らない真式さんが店から出てきた。

「遅かったわね」

「ちょっと腹壊してな。…それにしてもなんでこんなに注目を浴びているんだ?」

真式さんの言う通り周囲の人は私と羽夏さんを見ている。

それはそうだろう。あれだけ暴れたんだから。嫌でも目に留まってしまう。

「とりあえず…ここから退こうか」

「…そうですね」

「ん?ん?いったい何があったんだよ?」

ずっと注目を浴び続けるのも何なので、一先ずこの場から去ることにした。


「…なるほど。俺がいない間にそんなことになっていたんだな」

私たちは議長に渡された地図を頼りに宿へ向かいながら、真式に何が起きていたのかを話していた。

…久しぶりに殺意と怒りを表に出してしまった。

あそこまで感情を表に出すことはもう無いと思っていたけど…まさかジュリちゃんの前で出してしまうと思わなった。

一瞬ヒヤッとした。あの私を見て恐怖で今まで通りの関係でいられないかもと思ったからだ。だけどジュリちゃんが変わらない態度でいてくれて良かった。

「あんなにも感情を出している羽夏さんは初めて見ました」

「え?そうかしら」

「そうですよ。いつもは飄々とした態度で何が起きても大丈夫みたいな雰囲気をしていて、感情の起伏が小さい人だと思っていました」

ジュリちゃんの言う通り私は感情の起伏を大きくしない。

何故なら功次が感情でダメージを受けないようにするために、作られた存在が『私』という人格だからだ。

「確かにな。俺も羽夏が感情を大きく見せるとこなんて5年前のあれ以来だからな」

何気なしに言った真式。しかしその言葉を聞いたジュリちゃんは

「過去にも一度あったんですか?」

真式の言葉に食いついてきた。真式は「ヤベッ」という顔をしていた。

その理由は私が言いたくなかったからだ。どちらかというとジュリちゃんは知らない方が良いことが関係しているから。

…ほんと、真式こいつはなんてミスをしているんだか。

「一度だけね。ただ聞かない方が良いかもね」

「…何かあったんですか?」

「まぁね。聞いても楽しくないことだし、聞かなくていいわ」

「…分かりました」

ジュリちゃんは少し不服そうながらも納得してくれた。

…この子に伝える訳にはいかない。あの事だけは…どれだけ功次の事を信用していても、あれを知ってしまうと…。

「あそこまで滅多打ちにする必要はあったんですか?」

ジュリちゃんがそんな疑問を投げかけてくる。

「実はあいつ、ある犯罪の指名手配だったのよ」

「そうだったんですか?どんな犯罪の?」

「…少女誘拐」

「…え?」

正直あまり言いたくはなかった。

「なんでそんなこと知ってんだ?」

真式も疑問を投げかけてくる。

「私、一応マエスタ…国王からいろいろ情報を貰っているのよ。犯罪者とかのね。その中に似顔絵やら身体的特徴もあるのよ。あいつは私の記憶にあった情報といろいろ合致していた。だから叩き潰したのよ」

「…そうなんですか」

「危なかったな、ジュリ」

本当に危なかった。もし店に出るのが遅くて助けれなかったということを考えると恐ろしい。

「…もしあの人が違っていたらどうするんですか?」

ジュリちゃんのその言葉に私は

「どのみちジュリちゃんにあんなことをしたのよ。あれだけやっても足りないくらいだわ」

と返すと、ジュリちゃんは苦笑いをしていた。


「もうちょいで着くっぽいな」

しばらく歩き私の持つ地図を覗き見た真式がそんなことを言う。確かに印をつけられた場所は近い。

「…もしかしてあれでしょうか?」

ジュリちゃんが指差す方向にはこの辺では一際大きな建物があった。

「…確かに地図の距離と方向的には間違っていなさそうね」


「…大きいですね」

地図に示された宿まで来た。それは先程ジュリちゃんが見たものと同じだ。

「ったく、マエスタはどんなとこを確保してるんだか」

「どうした?ここって何かあるのか?」

ここを知らない真式は不思議そうな顔をしている。

「…ここは貴族御用達の宿というか宿泊施設ね」

「…だからこんな豪勢なのか」

何処か納得いったようで真式が頷く。

…なんでマエスタはここにしたのかしら。職権乱用もいいところだわ。

「…本当にこんなところに入ってもいいんでしょうか?」

ジュリちゃんは私達のあまりの場違い感を心配しているのだろう。

「ジュリちゃんは大丈夫でしょうけど…私達はねぇ…」

私は自分と真式の恰好を見る。

私は功次の服装をそのままなので黒のパーカーだ。真式は動きやすいジャケットとずっと着ているため少しぼろくなっているズボン。

ジュリちゃんは最近服を買ったというのもあってとても綺麗だ。しかもオシャレも少なからず意識をしている。

「そんなこと言ってもよ…俺はまともに着るのこれくらいしかなかったぞ?」

「私も功次の恰好から変わるわけにはいかないし、元よりそんなにちゃんとした服なんて持っていないわよ」

日頃からこういった事態を想定していれば…。

しかしずっとこのままここに突っ立っているわけにもいかない。

「行くわよ」

「…マジかよ」

「…分かりました」

私が一歩踏み出し後ろから二人ともついてくる。

あいつがここにしたのであれば何とかなるはずだ。

何とかならないなら次会う時に叩けばいい。


「…全然何とかなっちゃったわね」

「…そうですね」

「…案外ヌルっと行けるものなんだな」

私たちは何事もなく宿を確保できた。

入る前に悩んでいた服装とか雰囲気については何も問題なかった。

ホールの人間も「陛下の客人でございますね」と私達を見た瞬間言うので、把握していたようだ。

「…貴族御用達の場所がこんな簡単に入れちゃって良いのか?」

「普通に考えたらダメだけど…マエスタの奴がちゃんと根回ししてくれたのかしらね」

国王としては自由にやりすぎて威厳も何もないように見えるけど、意外としっかりしているのよね。

「…今気づいたんですけど、明日功次さんが起きたら驚きませんか?」

「そこは、こう何とか誤魔化せれば」

「俺ら任せかよ」

「そりゃそうじゃない。功次が起きるときは私は中にいるから何も言えないわよ」

そんなこんなしてホールで貰った部屋番号の前まで来た。

「ここですね」

「それなりの金額がする家よりもいい扉使ってるのはなんででしょうね」

「無駄に派手だから目に悪いんだが」

「…中が目に優しいと良いわね」

真式の言う通り王城と同じくピカピカなところが多すぎて目に悪い。

…でも、マエスタは別にこんな趣味じゃなかったはずなのよね。多分前国王とか重鎮の趣味なのかしら。


「中は思ったより普通だな」

「そうかしら?」

どこかで聞いた事あるようなセリフを言う真式。

確かに中は普通だ。無駄な装飾などは少なく、変にキラキラしていない。むしろ緑色の家具があるので逆に目に良い。

「部屋はもう一つあるみたいですね。ここの隣です」

「…二部屋だけなの?」

「…そのようですね」

ジュリちゃんが渡された部屋番号を見ながら、そう言う。言われた通り部屋は二つだけのようだ。

マエスタの奴、なんで三部屋用意しなかったのかしら。

「部屋割りどうする?」

「そうねー」

「俺は一人が良いんだが」

「私もあんたとは嫌ね」

真式は一人が良い様だ。というか、私も真式こんなやつと寝て襲われでもしたくない。

「じゃあジュリちゃんは私と同じ部屋にする?」

「でも、明日起きた時は功次さんじゃないですか?」

「まぁ二回は一緒に寝てるからいいでしょう」

「…それは」

「しかも真式と寝て襲われでもしたらたまったもんじゃないでしょ?」

「それは…確かに」

「おい!俺はそんなことしないぞ!」

ジュリちゃんとそんな話をしていると真式から文句が飛んでくる。

確かに私は功次の中から昔から見ているけど、二人が女性というか異性に微塵も興味を持っていないのは分かる。

功次は異性どころか他人にも自分にも興味はない。

真式は異性に興味はない、というかご飯と楽しい事にしか興味がない。

「…じゃあ俺は眠いからもう行って良いか?」

もう一つの部屋の鍵を手に取り真式がそう言う。…自分の意思を優先するからこそモテないんでしょうねぇ。

「良いわよ。私たちはこっちで寝るから」

「うい。明日起きる時間って決まっていたか?」

「別に、マエスタはいつに来いとは言っていなかったからね。適当でいいんじゃない?」

「国の仕事とかは大丈夫なんでしょうか?」

「大丈夫でしょ」

ジュリちゃんの心配を適当に答える。

「じゃあ、おやすみ~」

「はーい」

「おやすみなさい」

そうして真式は部屋から出て行った。どこに行ってもこいつは自由でいいわね。

「私達も準備したら寝ましょうか」

「そうですね」

真式がいなくなって女だけになった。

「…ジュリちゃん」

「なんでしょう?」

「実は二人でいろいろ話してみたかったのよね」

「え?」

「功次の事とかジュリちゃんの事とかね」

ジュリちゃんと二人きりの状況は以前危険に遭った時だけだ。あの時は初めて会ったというのもあって説明することが多かった。

だからこそ普通の話をする機会が欲しかった。

これを期に二人だけで話せることを話しておこう。

「…分かりました」

ジュリちゃんの了承を得たので、私は一つの提案をする。

「一緒にお風呂入らない?」

「…え?」


「なんでお風呂なんですか?」

私はジュリちゃんと宿の部屋にある風呂に入っている。かなり暖かい。

「そうね~、一回誰かとお風呂に入るっていうのやってみたかったのよね~」

「そうなんですか?」

「だって功次とは体共有しているし、真式と入る訳にはいかないし」

「まぁなんとなく分かりました。で、話したいことってなんですか?」

「そう、そこよ」

「え?」

「ジュリちゃんは、実際の所功次のことどう思っている?」

「…えっと…その」

顔を真っ赤にして戸惑っている。可愛い。

この反応でどう思っているかは丸分かりなのだが、面白いのでいろいろ聞いてみよう。

「クラレイに言われてからより意識するようになったと思うけど、あまり行動をしてるようには見えないけど…大丈夫?」

「その…私は功次さんともっと仲良くなりたいんですけど…」

「良いじゃない、それで」

「功次さんはそんなこと望んでいないんじゃないかと思っていて…」

「あら?どうしてそう思うの?」

「功次さんはあまり人と深く関わろうとしない…それはきっと私に対しても言えること。私が功次さんと深い仲になろうと、動いたら迷惑なんじゃないかとも思って」

「ジュリちゃんの言う通り功次は人に対してほとんど心を許してはいない。表面上は良いように見せているだけ」

「そう…ですよね」

「でもねジュリちゃん」

「え?」

「功次の中にいる私だから分かるけど、彼は真式を除いたら貴方には一番心を許しているのよ」

「そうなんですか?」

「そうよ。詳しい理由は分からないわよ。それでも貴方と話している時の功次はいつも落ち着いている。他人と話すときは心の奥底で怯えている功次が、あんなに安心をしているところなんてほとんど見た事ないわ」

嘘は全くついていない。功次がどうしてあそこまでジュリちゃんに心を許しているか実は分かっている。ただそれは教えると面白くないし、元より功次が自分について見ていない。だから今は言わないでおく。

「あまり分からないですけどね。功次さんが私に心を許しているなんて」

「まぁ功次は一切本心が見えないようにする演技派だからね。分からないのも無理ないわ」

「でも…羽夏さんにそう言ってもらえて少し勇気が出ました」

「いいのよ。私がいるときはお姉ちゃんだと思って頼って」

「そうですか」

私と話している間、ジュリちゃんはずっと笑顔だった。

人間というものは面白い。

たとえどれだけ暗い過去に飲まれても、恋一つで世界を変える。

早く功次にもそれを知ってほしいものだわ。

…私の本体であり、弟みたいなものなんだもの。

「せっかくだし体を洗いっこしない?」

「え、えっと…」

「ほら、恥ずかしがらずに出てきなさい」

「わ、分かりました」

ジュリちゃんを湯船から出して椅子に座らせる。そこで私はあることに気づく。

「だいぶ体に肉ついてきたわね」

「えっ、私太りましたか?」

心配そうな顔をして私を見てくる。

「違うわよ。元々瘦せすぎていたからむしろ良い事よ。安心しなさい」

「なんだ…それなら良かったです」

ほんと、最初に家に来た時とは大違いね。感情をよく出すので良かった。

「そういえば…前回言っていた『~者』っていうものについて聞いてみてもいいですか?」

一緒に湯船に浸かってゆっくりしていると予想していなかったことを聞かれてしまった。

ジュリちゃんそこ、気になっちゃったか。忘れていると思っていたけど、覚えているとはね。功次の思った通り賢い娘。

聞かれたからには話したい…全部は無理でも。

「…それは世界の『役割ロール』。誰にも覆せない絶対的な関係…とでも言っておくかしら」

「…すみません。あまり理解が出来ていないんですけど」

「悪いけど今はあまり話せないの。もっと話す必要が出てきた時に伝えるわ。それまでは…あまり気にしないで」

「あっ…えっと…はい」

困惑した顔で私の顔を見るジュリちゃん。

結局あまり話せすことは出来ない。申し訳ないけど今は仕方がない。話すタイミングではないから。


「じゃあそろそろ寝ましょうか」

「そうですね」

風呂から出て寝巻に着替えた私たちはかなり大きなベッドに二人で入る。

こうして誰かと寝るなんてこともいつ以来かしら。

「ジュリちゃん」

「…なんですか?」

「功次をよろしくね」

「分かりました」

細かくは言わない。

それでもこの子は分かってくれる。

この子になら功次を任せられる。

…私でもどうしようもなくなった時に、頼ることになるかもしれないわね。

「おやすみ、ジュリちゃん」

「はい、おやすみなさい。…その…『お姉ちゃん』」

「えっ」

ジュリちゃんから発せられたその言葉に私は驚かされてしまう。

…やっぱりこの子は面白い。

早く本当に『義妹いもうと』になってほしいものだわ。


元気?功次

『…誰だ?』

あら?まさか返事があるなんて思わなかったわ

『…この声、どこかで聞いた事があるな』

そうなの?知らないと思っていたけれど

『…何故か懐かしく感じるのはなんでだろうな』

自分で考えたら?

『…考えても思いつかないぞ』

…あんまり思い出さない方が良いかもね

『…どっちなんだよ』

まぁ気にすることないわ

『…ほんと、お前何者なんだよ』

まぁ別に悪い存在じゃないわよ

『…ならいいけどな』

ところで功次

『…なんだよ』

ジュリちゃんとはどう?

『…ジュリの事を知っているのか?』

まぁね。で、どう?

『…どうって何がだ』

あら分からない?

『…質問の意図が分からない』

とても本を書いている人とは思えないほど察しが悪いわね

『…悪かったな』

まぁ今は良いわ

『…よく分からないやつだな』

…そろそろ時間かしらね

『…なんのだ?』

ま…会え…こ…を願…てお…わ

『…おい』

じゃ…ね


今日は久しぶりに羽夏さんと話せた。

羽夏さんが国王陛下と謎に親しい理由も分かった…それでもかなり失礼な素振りをしていたけど、これぞ羽夏さんだと思った。

騎士長に余裕で勝ってしまうあたり、この人の強さの底が見えない。

しかし今日恐ろしく怒っていた羽夏さんを見て、その矛先は私ではないのに恐怖してしまった。

それでもその後はいつも通りだった。

いろいろ話す事が出来たので、うれしかった。

功次さんの事を任されたので、期待に応えれるように頑張っていこう。

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