第7話 王都へ行く
「お前ら、酔いは大丈夫か?」
「大丈夫です」「おうよ」
家を出てから38時間。俺らは長い道のりを馬車で渡っていた。王都まであと2時間ほどのところに来ていた。
理由はミョルフィアの町の統治者だったデルタルトが死んだことによって、後任がいないということで貴族や役人、統治者を選ぶ国の機関である『貴族選民議会』が何人かの代表者を選んだようだった。
そしたらその選ばれた代表者たちが揃いも揃って、俺の方が適任だと言ったらしい。そこで何故か俺が選ばれてしまった。
だが俺はそんな上の立場に就くことは過去の経験から拒否をした。結局後任が見つかるまでの一時的な役としてなら就くことで落ち着いた。
だが国王が俺の作品を読んでいたということで、統治者の委任状を渡すと言うのを俺に会ってみたいという私的目的に使いやがった。
結果的に俺らはわざわざ往復4日の道のりを渡っている。
「…」「…」「…」
俺らは3人沈黙が起こる。理由はきっと同じだ。
「…あのさ」
「なんだ?」
長い沈黙を開け、真式が口を開く。
「暇じゃね?」
「うん。同じこと思ってた」
「だよな」
正直、ずっと馬車の中だとやることがない。ここまで馬車の揺れを感じながら、外の景色を見る以外やることがないのだ。
「…なぁ功次」
「どうした?」
「ここで瞬間的に作本してくんね?」
「なんで!?」
「暇だから、それを読むわ」
なんという無茶ぶりをするんだろう。
本を書くにはしっかりと内容を考えて、登場人物も考えなければ書けない。
…というか
「書けと言われてもさ、今は道具ないぞ?」
「…あ」
確かにという顔をしていた。俺も書く道具があるならばやっても良いと思ったが、道具がないなら出来ない。
「…」「…」「…」
結局振り出しに戻ってしまった。
…本当にどうしようか。このまま2日間やることもなく、馬車に揺られ続けるのは結構辛いぞ。もう話す話題も底を尽きてしまった。
「功次さん、こういう時は寝るのが良いと思いますけど…」
「うーん…でもなぁ。正直俺、枕が変わると寝れないタイプなんだよ」
「そうなんですか?」
「昼寝なんか家でしかできない。だから今ここで寝るのはちょっと難しいな」
いろいろ時間の過ごし方を考えてみても、いい案が出ない。
逆にこれで時間を潰せるんじゃないか思えてきた。
すると…
「ん?」
急に馬車が止まった。それと同時に
「総員戦闘態勢!」
と、外から護衛の人たちの叫び声が聞こえてきた。
「何があったんでしょう?」
不安そうにジュリは寄りかかってくる。
この雰囲気は良くないタイプだ。きっと異常事態が発生したんだろう。
「何が起きたんだ!?」
周りにいるであろう護衛の騎士に声をかけるが返事がない。
「くっ…真式!ジュリを頼む!」
「お、おう!」
「功次さん、気を付けてください!」
俺は馬車の屋根を上り全体を把握する。
護衛は7人に対して盗賊は20人。人数的に言えばかなり不利だ。
しっかり状況を見よう。護衛が右側は3人、左側は4人だ。そして盗賊は右側に12人、左側に8人。
これは明らかに右側の加勢に行かなきゃな。
「あなたどこに立っているんですか!」
「お?」
前の馬車から女役人が顔を出す。
「気づいたか。今からどうするんだ?」
「逃げます。騎士たちが足止めをしてくれている間に」
「でもどうやって?」
「そ、それは…」
女役人が指示をしてくるが、周囲は完全に戦闘状態になっている。とても切り抜けれるような状況ではない。
「仕方ないか。俺は戦う」
「なんですって!?」
先程見た状況だと右側が不利だ。俺は馬車から飛び降りようとする。
「危険です!退いてください!」
女役人が俺を引き留めようとする。すると
「止めてやるな。やらせてやれ」
男役人は女役人を止めた。
「何故です!?彼は次期統治者なんですよ!?それに国王陛下が尊敬する人物です!そんな彼に怪我でもさせたら国王陛下に何と言われるか…」
女役人は男役人に反論する。だが男役人は落ち着いた様子で
「彼が行くというのなら行かせてやれ」
「しかしっ…」
「この状況で自ら動こうとするということは勝算があるということだ。護衛と盗賊の人数差は歴然だ」
「そ、そうですが…彼を危険な目に逢わせるのは…」
「今の状況を打破できる案があるならば、それに頼るしかない。頼めるか?」
男役人は俺の方を向いてそう言ってくる。こいつは分かってるな。
「もちろん」
俺は頷き、馬車を飛び降りて、一人の騎士に迫る盗賊の方へ向かう。
「…はぁっ!」
一人に膝蹴りをする。うまく顔に当たったので倒れてくれた。
「君、危険だ!中に入っていなさい!」
俺に気づいた護衛がそう言ってくる。
「そんなことを言ってる場合か!明らかに人数不利だろ!」
「そ、そうだが…君は次期統治者だ!危害を加えさせる訳にいかない!」
強情な…騎士は最善手を選ばなきゃいかないだろうに。
「あーもう!今は口論してる場合じゃない!」
目の前に剣を振りかぶってきた盗賊の横腹に蹴りを入れ吹き飛ばす。
「君…そんなに強かったのか!」
「さぁね。相手はあくまで素人だ。単調な攻撃が多い。それだったら簡単に倒せる」
「しょうがない。今は加勢をしてくれ!」
「言われなくてもそうするよ!」
今、俺が2人ダウンした。人数不利とはいえ、鍛えられた騎士だ。1対1であれば負けることはないだろう。
「囲まれないように注意しろよ!」
「分かった!」
俺はすぐさま視界に入った盗賊を倒しに行く。
「死ねぇ!」
俺の胴を斬るよう横薙ぎに振られた剣をしゃがんで避ける。
「そいっ」
「うがっ」
足払いをして転ばせる。流れるように鳩尾に拳を入れる。
「うっ…」
すると動かなくなった。
「これで3人目か」
周囲を見ると、今いる右側は騎士は誰も死なず3人、盗賊は4人。それは騎士に任せればいい。
それより左側の状況を見たい。人数的には大丈夫だと思っているが。
「なんだ…あれ」
馬車を周り、左側に出ると盗賊はあと1人だった。そこまでは良かった。
しかし今残っている1人はさっき馬車の上から確認した時にはいなかった。
何故ならあんな大男はいたら気づかない訳ないからだ。
「グワハハハ。歯向かう奴はもういないのか!」
その大男の盗賊は2mはあろうかという体躯だ。
周りには戦ったであろう騎士が倒れている。
「よし、馬車を漁らせてもらうぞ」
大男はジュリと真式がいる馬車に向かっていく。
マズいっ!
「待て!」
「ん?まだいたか。俺に歯向かってくる奴は」
俺の声に反応して振り向く。大男との距離は5m。
その目は俺を獲物に選んだ獣のようだ。
「…マジか」
明らかにこいつは他の奴らとは違う。雰囲気があまりにも強い。
語彙力がなくなるほどに、こいつは格が違う。
…だがここで戦わなければ、ジュリが危ない。
「なんだ?来ないのか?じゃあ俺から行くぞ!」
「くっ…」
飛び込んできた大男は俺が立っていた場所に殴りかかる。
俺は咄嗟に跳び上がる。すると大男の拳は地面にめり込んだ。
「うっそだろ…」
こんなの当たったらひとたまりもない。
しかも5mもあった距離を一跳びで詰めてきたぞ…こいつ力も機動力も尋常じゃない。
「おっらよ!」
宙にいた俺に蹴りが飛んでくる。
「マズっ…」
俺は何とか胴に飛んできた蹴りを腕で防ぐ。
しかし防ぎきれず吹き飛ばされる。
「うっぐ…」
蹴られた勢いのまま、地面を転がる。
急いでなんとか立ち上がると、腕が痺れている。
…なんつー威力だよ。これは…本格的にマズいぞ。
「まだ立てるか。あそこで防いだのはすごいな。お前それなりに強いな」
「…どうだろうね」
「だが俺に歯向かったんだ。生きては返さねぇ」
より殺気が強まった。
実は力だけが強く、体は脆いということにかけて攻撃を仕掛けるか?でも力がある奴は体も強い。
正直こいつは俺の手に負える敵なのか、とも思ってしまう。
だがここで逃げてはジュリに晒される。あの役人たちも被害を被るな…。
…やるしかない。
「うぉぉぉらぁぁぁ!!!」
気合を入れて突撃する。
「おぉ!?来るか!?」
大男も腕を振り上げる。
それを確認して、俺は拳を固め大男に向ける。
大男は迫る俺を迎撃するかのように腕を振り下ろしてきた。
読み通り!
「よっと」
「ぬぅっ!?」
俺は大男の前で跳び上がる。先程と同じように大男の拳は地面にめり込む。
「倒れろ!」
空中に跳んだので大男よりも上の位置になる。
なので俺はかかと落としをする。
空中からのこれを食らえばひとたまりもないだろう。
「…なっ!?」
俺のかかとは間違いなく大男の頭を直撃した。
「いい威力だが…効かねぇなぁ」
これで倒すために全体重を乗せた。それなのに大男は全く怯まなかった。
「ふっ」
「マズっ」
俺は大男の頭に乗った足を掴まれた。
「死ねぇぇぇっ!」
「ヤッバ…」
俺は大男に10mほど離れた木に投げ飛ばされた。
すぐに後頭部を守り、木に背を強打する。
「ぐをぉはっ…」
この…距離を…投げるなんて…なんつー…馬鹿力だよ。
後頭部を守ったが…意識が…飛ぶ。
薄れゆく意識と視界。大男が迫っていた。
これは…『死ぬ』
俺がそう確信した時
『功次…私に任せて』
そうどこか懐かしい声が聞こえてきた。
そこで俺の意識は途絶えた。
「選手交代。私よ」
私は功次の体を借りて立ち上がる。目の前には功次を痛めつけたであろう男が驚愕していた。
「な、な、なんだ…お前は!?」
「私?私は黒野羽夏。よろしくね」
「さ、さっきの男は!?」
「功次かー。功次ならね、今はちょっと休憩中よ」
「…はぁ?」
「あなたが痛めつけてくれたからね」
「…ひぃ」
私が睨むと何とも情けない声が聞こえてくる。
「弟分を苦しめた分。しっかり落とし前付けてもらうわよ」
私はすぐさま男に跳びかかり、顔面を殴る。
「うがっ」
男を地面に叩きつける。この男…頭が硬いわね。功次のかかと落としで倒れないわけだ。
「まだまだよ。こんなところで寝てるんじゃないわ」
容赦なく倒れた男の全身を連続で殴り続ける。
「…くっそぉぉぉ!」
「おっと」
男は気合で起き上がってきた。意外とやるわね。
「…お前化け物か!?」
「嫌ね。私はただの女性よ。化け物なんて酷い言い様ね」
でもこいつは充分強いわね。頭はないけど力だけはすごい。正直盗賊なんか辞めて軍に所属して欲しいくらい。
「に、にげろっ」
すると男は逃げていった。
「あっ」
男が走る先には真式とジュリちゃんがいる方だった。
少し油断してどうでもいいことを考えていた。
…でも真式がいるならいいか。
「真式!」
「任せろ!」
私が叫ぶと真式は馬車から飛び出た。
「うぉぉぉどけぇぇぇっ!」
男は真式に突っ込んでいく。
…判断を誤ったわね、あの男。
「真式!一撃でいいわ!」
「おうよ!」
真式は男が迫るなか馬車を背に動かない。
「邪魔だぁぁぁっ!」
「覇ッ!」
勢いを殺さず突撃する男の胴体に真式は一撃殴った。
バキャァッ
すると何かが大きな音を立てた。
そこで男は力尽きた。
「お疲れ様」
私は倒れた男を横目に真式に労いの言葉を掛ける。
「よく言うよ、羽夏」
「相変わらずそれ使えたのね」
「もうしばらくは使えねぇけどな」
ひと段落ついて、二人だけが分かる話をしていると
「…あの、大丈夫ですか?…って羽夏さん!?」
馬車から顔を出してジュリちゃんが聞いてきた。
「あらジュリちゃん。久しぶりね。元気してた?」
「はい、功次さんのおかげで…ってそうじゃなくて!なんで羽夏さんになってるんですか!?」
ジュリちゃんの表情がより豊かになったわね。まるで普通の女の子みたい。
功次の中から見ていたけど、実際に自分の目で見ると安心できるわね。
「まぁ功次でも手に負えない相手がいたってことよ。気を失ったから代わりに出てきたわ」
「そうなんですか…でも無事なら良かったです」
「しばらくしたら起きると思うから大丈夫よ」
ジュリはほっと胸を撫で下ろした。…功次も思われているわね。
いい加減気持ちに気づいたらいいのに、どうも鈍いのよね。
「大丈夫か!?大きな音がしたが…」
馬車を回り込んで右側の残党処理をしていた騎士たちが来た。
「あぁ、こちら側は片付いたわ。そっちは?」
「こちら側も終わったが…あなたは?」
一人の騎士が私を疑問の目で見てくる。
そうか。戦闘中に関わったのは功次であって私ではない。
いきなり知らない人がいたら不審に思うのは当然か。
「私は功次のもう一つの人格。今は功次は寝ているわ」
「は、はぁ…」
「訳が分からないだろうけどそういうものだと受け入れて頂戴」
どこか納得はいっていない様子だが納得しろとしか言いようがない。
「で、こいつらどうするの?」
私が護衛に聞いてみると
「そいつらは王都に取りに来てもらう」
左側から声が聞こえてきた。功次たちの前にいた馬車だ。
私はその馬車の方へ向かう。
「ふーん。じゃあ任せるわ」
役人が手を回してくれるなら、楽でいいわ。
「被害は?」
「右方は次期統治者様により皆無事です」
「左方は大男により2人負傷。2人は動けます」
右側は全員倒れてたけど、衝撃で倒れてただけか。鎧って便利。あの男の攻撃はかなり重かったけどそれなりに防げるものなのね。
「では左方の者は引き続き護衛を。右方の者は負傷者2人と無事な者はここで見張り。もう1人は王都まで早馬を」
『はっ』
男役人は護衛達に指示を出して、それぞれ動いた。
素直に上の指示に従えるのはいいわねぇ。私だったら絶対無理だわ。
「護衛はいいの?だいぶ分散させちゃったけど」
男役人に聞いてみる。ただでさえ少なかった護衛がさらに減った。またこんなことが起きたら対処できるとは思わないが。
「問題ない。王都まではそう遠くない。あと1時間もすれば人通りも増えてくる」
「もしその予想が外れてまた盗賊やらがいたら?」
「その時は貴殿が対処してくれるだろう?『黒野羽夏殿』」
「え?」
この役人、私を知っている。何故だ。
「そう警戒するでない。我が何故貴殿を知っているかと思っているだろう」
「そうね」
「我の身分を知れば納得してもらえるかな」
「どういうこと?」
ただの役人ではないの?
国のお偉いさんの知り合いはそこまでいないからちょっと分からないけれど。
「我は貴族選民議会、議長ターセント・ノバイルだ」
「…ふーん、なるほどね」
何故私の事を知っているのか警戒したが、こいつが貴族選民議会の議長なら納得したわ。
「私について知っていると言うことは、私がしてきたことも知ってるんじゃない?」
「もちろんだ」
「ならいいの?功次の中に私がいるのにこんな特殊な存在を次期統治者に選んじゃって」
「問題ない。どのみちこの業務を断る権利があるのは功次殿だ。貴殿は何も言えぬだろう?」
「…そうね。まぁだからといって統治者としての仕事で功次を苦しめたなら…覚悟することね」
「うむ。彼はあくまで一時的な任命に過ぎない。そんな高度な業務を任せるつもりはない」
こいつはこう言っているが実際どうなるかは分からない。
統治者の仕事と言うものは私も知らない。現状は何も言えない。
「では出発するぞ」
「はーい」
「またあの長旅が…」
役人が声をかけ、私たちはまた馬車に乗り込む。羽夏さんも乗り込み王都まであと少しの道を再出発する。
私は外で何が起きていたかは詳しくは知らない。だが激しい戦闘だったことは音で分かった。功次さんの唸り声も聞こえてきた。
その時の私はとてつもない無力感に苛まれた。功次さんはいつも私たちを身を挺して守ってくれるのに、私はいつもそれを見ていることしか出来ない。
私は…どうすればいいんだろう。
「そういえば、真式の腕は大丈夫なの?」
羽夏さんが真式さんの腕を見ながら聞く。
「全然。もうしばらくはこいつは使い物にならないな」
動かそうにも力無く項垂れる真式さんの右腕。
そういえば…
「先ほど真式さんが飛び出したときに大きな音が鳴りましたけど…」
「それは真式が功次を倒した男を殴った時の音よ」
「え?」
人を殴った時ってあんな音なるんだ、と驚く。
「まぁ骨の音だけどね」
「え?」
骨の音?ということは…
「折ったんですか?」
「折ったというよりかは砕けたの方が正しいわね」
「…骨って殴って砕けるものなんですか?」
「うーん、まぁ相手によるけどさっきの男は私が全力でやっても砕くまではいけないわね」
羽夏さんでも砕けない?そんなことを真式さんがやったというのだろうか。
「もしかして、真式さんって強いんですか?」
「…どうなんだろうなぁ」
分からないといった感じで返された。今のところ強い感じしかしないが、本人の反応的に分からなくなってしまった。
「強いというよりかは力任せというか…」
「…というと?」
「功次みたいに受け身とか足払いとかの体術はできないけど、純粋なパワーだけなら私と功次より強いのよ」
羽夏さんのその言葉に私は衝撃を受けた。
まさか真式さんも戦える力があるとは。いつも戦うときは功次さんが出て、真式さんは私を見るようにしていたので戦うことはできないと思っていた。
「ただ、狙って当てたりする正確性に欠けるって言うのもあるし…」
「腕がなぁ…」
真式さんは再度右腕を動かそうとするが力が入らないようだ。
「なんで腕が動かなくなっているんですか?」
別に殴るだけならば多少痛みは生じるかもしれないけれど、動かなくなるほどというのが分からなく聞いてみる。
「これなぁ…全力で殴ると腕に負荷がかかりすぎて使い物にならなくなっちゃうんだよ」
「それは痺れるとかそう言う感じですか?」
「いや骨にヒビが入る」
「えっ」
この人はなんて攻撃を使っているんだろう。
「それは…大丈夫なんですか?」
骨にヒビが入るなんて、ただでは済まされないだろう。痛みはあるだろうししっかりとした処置をしないと治らなくってしまうかもしれない。
「まぁ俺も功次ほどじゃないけど、体の丈夫さには自信があるんだ。もちろん治す方もな」
「功次は化け物みたいなものだけど、真式も充分異常よね。なんで二人はそんなになっちゃったのかしら」
「さぁな。ミョルフィアの街に来るまでにいろんな物食べてきたから、その中に変なのがあったんじゃねぇか?」
「…それはそれでいいんでしょうか」
逆に何を食べたらそうなるのか気になる。
…私もそれを食べたら強くなれるかな。
「そう言えばさっき男の役人と何を話してたんだ?」
真式さんが話題を変える。確かに羽夏さんは何か話していた。しかも少し警戒もしていた。あの羽夏さんがだ。
「…うーん、まぁ気にしないで」
なんかはぐらかされた。何か言いづらい事情でもあるのだろうか。
「お、外見てみろよ」
またしばらく馬車に揺られていると、真式さんが外を見るように言ったので外を見てみる。そこは発展し、人が多い街だ。
これは…
「王都…」
丸二日かかり王都に着いた。長かった。
「このまま王城まで向かうがよろしいかな?」
前の馬車から声が聞こえてくる。これは男役人かな。
「問題ないわ。王の私情でここまで連れてこられた身にもなれって、一言言ってやるわ」
「貴方!国王陛下に何たる…」
羽夏さんの言葉が聞こえたのか前方の馬車から怒りを女役人は見せるが
「まぁよせ。彼女の言うことも正しい。彼女がいなければ、先程の襲撃で我々は殺されていたかもしれない。そんな人にどうこう言えるのか?」
「そ…それは…」
男役人に引き留められばつが悪そうにする女役人。
まぁ羽夏さんの意見は国王陛下に対しての侮辱罪としては成り立ってしまうのは事実だと思う。
…でもこの人に罪も何も関係ない気もするけど。
「…着きました」
馬車が止まり、女役人が報告してくれる。
言われたとおり降りると、王都について離れた位置に見えた王城の真下にいた。
「…大きいですね」
「…初めて来たな」
私と真式さんは人生初王城を近くで見てそんな感想しか出なかった。
隣にいた羽夏さんは何も言わなかった。
「案内する。ついてきたまえ」
役人が先導して私達は後ろをついていく。
王城の中は豪勢な装飾が施されていて、いかにも高い身分の人が住んでいるといった感じだった。
「功次の部屋もこれくらい豪勢にすればいいのにな。せっかく金があるんだし」
「あの子がこんな悪趣味持ってたら私怒るんだけど」
二人が歩きながらそんな話をしている。
確かにあの人がここまで煌びやかな空間を作っていたら…ちょっとヤダ。
なんか合わない。というかあまりイメージがつかない。
「羽夏さん、かなり毒を吐きますね…ここ一応警備や重鎮の貴族がいる場なんですけど…」
周囲を見ると、羽夏さんを訝しげに見る貴族が多くいた。もちろん先程の女役人も同じ感じだ。
…羽夏さんはどうして何も気にしないんだろう。
ん?というか…
「ここまで来て気付いたんですけど…」
「どうしたの?」
「王都に来た理由の功次さんがいなくても良いんですか?」
「…あー」
今は功次さんは寝ている。だから羽夏さんが出ているのだが…国王陛下が会いたいのは功次さんであって羽夏さんじゃない。
大丈夫なんだろうか。
「…そこは大丈夫よ。ね?役人のおっさん?」
羽夏さんは先導する男役人に向かってそう言う。
…とてつもなく失礼だ。
「そうだな…そこは国王陛下の案によるがとりあえずはいいだろう」
まるで何か知っているような雰囲気で話す男役人。
羽夏さんが警戒をしたというのもあり、この人は何者なんだろうか。
あの失礼な態度を取り続ける羽夏さんに対して注意をする女役人にも口を出して黙らせてしまう。
…本当に何者なんだろうか。
「この扉を開けると陛下が待っておられます。くれぐれも無礼がないように」
しばらく歩いて大きな扉の前に来ると、女役人が振り返ってそう言ってきた。
「特に…次期統治者様の第二人格」
「分かってるわよ。あなたたちの『偉大な』国王陛下の前でそんなご無礼する訳ないわよ」
一切反省しない様子で羽夏さんが言うので、女役人はかなりイラついた様子をしていた。
羽夏さんは役人とか貴族が嫌いなのかな。正直私もあまりいい人たちだとは思っていないけど。
「入ります」
男役人が扉を開ける。そこは大きな空間で周りには騎士、貴族、役人と沢山の人がいる。
そして直線上には大きな椅子に深々と腰を掛けている男性がいる。
…あれが国王陛下か。初めて見たけど、イメージとは違った。
もっと貫禄があるようなお年寄りだと思っていたが…かなり若く見える。25歳位?
「連れてきたか。大義であった」
しかし若いように見えても堂々とした立ち振る舞いの国王陛下を前にして、役人も私たちも自然と跪いてしまう。
…羽夏さんを除いて。
「…貴方、国王陛下の前です。頭が高いぞ」
一切跪く様子を見せない羽夏さんに周囲の貴族から声が飛んでくる。
…まぁそうでしょうね。普通だったらあまりにも無礼。
「…静まりたまえ諸君」
国王陛下のたった一言で周りの貴族たちは一瞬にして静まる。
あの貴族たちを一瞬にして黙らせる事が出来るのはやはり国王陛下といった感じだ。
「この度はわざわざ王都まで来てもらって申し訳ない。『黒野羽夏』御一行」
「え!?」「は!?」
国王陛下の何気なしに言ったその言葉から私と真式さんは驚いた。
「ど、どうして国王陛下がこいつのこと知ってるんだ!?」
あまりの衝撃に真式さんは立ち上がる。今は国王がどうこうなんて気にしてる暇はなさそうに見える。
『貴様ら!無礼であるぞ!』
「ひっ」
周囲の貴族の怒声に思わず声が出る。
…び、ビックリした。
私は少し怖がり咄嗟に羽夏さんのズボンを掴む。この状況で一切怯まずに立ち続けている羽夏さんの顔を見上げてみると、すごく怖い顔をしていた。
「…羽夏…さん?」
「…黙れッ!」
羽夏さんは周囲の怒声を上回る音量で声を荒げた。
「私と功次のジュリちゃんが怯えているでしょうが!今すぐに黙らないと…殺すぞ」
羽夏さんの言葉で周囲は一瞬にして黙った。羽夏さんの雰囲気はまるで怒りに満ちた龍のように見えて、守られているはずの私すら怖気づいてしまう。隣の真式さんも「…マジか」と声を溢していた。
羽夏さんの脅しにより、騎士たちは貴族と国王陛下を守る態勢をとる。
誰かが一歩でも動けば、問題が起こりそうな空気感の中、動いたのは…
「いやーすまない。忘れていたよ」
国王陛下が口を開く。前に構える騎士たちをどかして、私たちの方へ少し歩いてくる。
「皆の者!一度『議長と次期統治者と連れの者』だけにしてくれるか」
国王陛下は周囲に声をかけると
「ですが陛下。お言葉ですが、そこの者はあまりにも危険です」
背後の一回り大きな騎士が国王陛下を止める。
「どうしてだ。騎士長」
「その者から発せられる威圧は我がこれまでに経験したものとは比になりません。そんな者と陛下を相対させるのはあまりにも危険です」
「…ならば、騎士長もここに残れ。それならば問題ないだろう?」
羽夏さんを警戒したまま騎士長と言われた人は少し考え
「…了解しました。陛下に危険が及ぶようであれば我が対応する。それで手を打ちましょう」
「分かった。じゃあそう言うことだ。皆の者一度席をどけてくれ」
国王陛下の指示で貴族と騎士は渋々従い、この部屋を出ていった。
「…これで話しやすいな」
最後の人が立ち去り、国王陛下が口を開く。
「ほんと、大事なことを忘れているんじゃないわよ」
かなりラフな感じで話し出す羽夏さん。もしかして、羽夏さんは…
「…羽夏は国王陛下と知り合いなのか?」
真式さんが私も思っていたことを聞く。
王城に来る前から羽夏さんは国王陛下が相手なのにあまりに失礼な態度をし続けていた。まるで相手に失礼なことをしても問題がないような間柄のように。
だからこそ何かあるとは思っていた。
「そうよ。この無駄に豪勢な
「…羽夏君。相変わらず辛辣だな」
「何よ。間違っていないでしょう?」
「まぁそうだが…私も好んでこのような恰好はしてない」
本当に友人関係のような話し方をする二人。まるで功次さんと真式さんのようだ。
しかしどうしてこの二人はこのような関係になっているのだろうか。
「陛下、羽夏殿もそこまでにしてもらえぬか?そろそろ本題に入ろうと思うのだが…」
「あぁすまない。議長を残しておいて正解だったな」
「…議長?」
私は思わず疑問をこぼしてしまう。…そういえば先程から国王陛下はあの男役人を議長と呼んでいた気がする。
周囲の威圧に負けてそれどころではなく反応出来なかったけど。
「言っておらんかったな。我は貴族選民議会、議長ターセント・ノバイルだ」
「…あんた、議長だったのか」
真式さんも驚いた様子だ。
「驚くのも無理はない。本来であれば、地方へ向かうのは議長である我ではなく下の者だろう」
「…そうなんですか?」
真式さんに聞いてみると
「そうだな。年に3回位、議会から役人が来ていた。なんでかは知らんけど」と、答えた。
…理由もなしに役人たちが来るとは思うけど。
「理由もなく役人を寄越す訳なかろう。あれはその地の統治者の評判を聞くために送り込んでいたのだ」
「…そうだったのか…ん?なら、なんであんなクソみてぇな奴がずっと統治者として立っていたんだ?」
多分真式さんの言う統治者というのはデルタルト伯爵のことだろう。
確かに議長の言う通りしっかりと議会があの男の評判を聞いていたのであれば、すぐにあの地位から降ろすはずだ。
「…その点に関しては申し訳ない。こちらの不手際だ」
「というと?」
「確かに前ミョルフィア統治者、デルタルトはかなりの悪政を行っていた。国からの金をほとんど私腹を肥やすために扱い、孤児院などの公共施設に充分な支援が出来ていなかった。本来はそこで役人が気づくはずなのだが…」
「功次が各地に寄付しまくっていたのよね。」
「そうだ。彼があの町の本来なるはずであった貧困を食い止めていた。それにより通常の街と何ら変わらぬ、生活を民は送ることが出来ていた。それを見た役人は気付くことが出来なかったのだ…デルタルトの行いを」
「ほえー、あいつそんなすげーことしていたのか」
あの町が安定していたのは功次さんのおかげ…それだけの活動をしているのにほとんど褒め称えられないのはどうしてだろう。
「確かに彼は個人でやるには恐ろしいことをしていた。それこそ一地帯を統治できるほどに。だがそれもデルタルトというマイナスを相殺していただけ。他で名が通らないのも仕方ない」
「…それはそれで可哀そうだな」
「まぁ功次は変に目立つのを嫌うからね。これくらいがちょうどいいのかも」
功次さんをよく知っている羽夏さんだからこそこう言うけど、正直私はもっと有名になって欲しい。皆が功次さんの凄さを理解してほしいというのが私の本音だ。
「…で、しばらく私は突っ立ったままだが…どうすれば良い」
「申し訳ございません。陛下」
頭を深々と下げる、議長。
確かに私たちが話している間、ずっと国王陛下は黙ったままだった。
「いいわよ、こいつに謝罪なんてしなくて。日頃座って作業する、若者には黙って立つという作業もさせた方が良いわ」
「相も変わらず、君は私を肯定はしてくれないんだな」
盛大に肩を落とす国王陛下。
なんだろう…国の王様とは思えないほど、軽いノリだ。辛辣すぎる羽夏さんもよくわからないが。
「では改めて言おう。私はピュオチタン王国国王、マエスタ・ヤマブキ・ピュオチタン。よろしく、世垓功次の仲間たちよ」
国王陛下は威厳を保つように、マントを広げそう名乗った。
今日は功次さんについて、王都に来た。
私自身王都に来たのは初めてだった。
長い道のりは何事もない様で危険に遭った。
そこで功次さんが倒れてしまったけど、羽夏さんのおかげで助かった。
国王陛下ともお会いしたけど、どうやら羽夏さんと何かある様子。
羽夏さんって本当に何者なんだろう?
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