第5話 落ち着いた普通の日

…また…やっちまった。

昨日、寝る際にまだジュリのベッドがないということで、初日と同じように俺のベッドで寝ることとなった。しかしお互いにベッドの譲り合いとなり意見が平行線だったので俺が折れて共に寝ることにしたが、年頃の少女と寝るのは世間体的にまずい。だから途中でベッドから抜けることにしたのだが…

「…寝落ち…してしまったのか」

窓から朝日が入り込む。隣ではジュリが小さな寝息を立てている。

「起こしちゃならんな」

ジュリを起こさないようゆっくりベッドから抜け出しリビングに向かうことにする。

渡り廊下に出ると真式のいびきが微かに聞こえた。


「流石にあいつはまだ起きとらんか」

リビングに向かうが真式はいなかった。起きてきてリビングで寝てる可能性も考えたが…そんなことはなかった。二人はもう少ししたら起きてくるだろうから朝飯を用意し始める。

「いい加減ジュリの家具買わんとな」

本当は昨日昼飯を食べた後に行くつもりだったが…それどころではなくなってしまったからな。

「…ん?」

考え事をしながら準備をしていると後ろから気配がした。これは…

「あ、功次さん。もう起きてたんですね~」

後ろからは眠たそうなジュリが階段から降りてきた。

「おはようさん。もっと寝ててよかったぞ。もう少し準備には時間を要するからな」

「私も手伝いますよ」

眠い目を擦りながらも手伝うと言ってくれるあたり真式あいつとは違うな。

「そうか、準備できたら真式を起こしてきてくれるか」

「分かりました、だけど真式さんってご飯が出来たら起きてくるのでは?」

ジュリの質問に俺は

「まぁ、そうだな」と答える。俺も寝ぼけているかもしれないな。

そこからは黙々と準備を進める俺ら。ここにジュリが来て3日だが物の場所を覚えるのが早いな。

地頭がいいのか?

「出来たので真式さん起こしてきますね」

「あいよー」

俺は俺でジュリが用意してくれた皿に朝飯を盛り付ける。

よくよく考えたら食費増えたな。俺を基準とし1人分、ジュリが0,5人分、真式が2.5人分。あいつ食いすぎじゃね?

そんなことを考えていると

「おはよ~、飯はできたのか~?」

「出来たぞ」

寝ぼけながら真式が上から降りてきた。流れ動作で席に着く。

それに続きジュリと俺も座る。

「食べるか」

俺の言葉で真式は料理に手を付ける。この様子を見ていると、よしと言われて動く犬みたいだな。

「やっぱり功次さんの方がおいしいですよ」

「そうか?ジュリのも充分おいしかったんだがな」

昨日までのバタバタが嘘のような落ち着いた空間。

「そうだ、真式」

「ん?どした?」

すごいスピードで食べる真式に呼びかける。先程考えていたことを言ってみることにした。

「今日はジュリの家具を買いに行くんだが、お前も行くか?」

「そうなのか。俺は…どうしようかな…」

悩む真式に俺は「いや、来い。荷物持ちだ」というと、すごく面倒そうな顔をした。

「…じゃあ聞くなよ。行かないって選択肢があると思うじゃねーか」

不貞腐れながらも飯を食べ続けるので、本当に嫌なのか分からない。

「逆に聞くが居候のお前に選択肢を与えるほど優しいと思うか?」

「いや、思わんな」

即答か。

そんなこんな話していると、朝食を食べ終わった。静かに食べるジュリはまるで小動物だ。

「じゃあ片付けは俺がするから、用意をして来い。少し終わったら行くからな」

真式はすぐさま自室の屋根裏部屋に向かった。あいつは意外と聞き分けがいいから、こういう時はすぐ動く。

ジュリは手伝うと言ってくれたが、ジュリは女子だ。こういう時、男子よりも準備に時間がかかるのはティナの手伝いでよく知っている。

だから気にせず用意して、と言うと自室に戻った。

「…俺も準備するか」

だが俺は外でも寝るときも基本パーカーを着続けているから着替えるということはしなくていい。

なのでジュリの家具を買う用の予算と他に使える用の金を持って俺の用意は完了。

少しの間リビングで茶を飲み待っていると、真式が先に降りてきた。

「ジュリちゃんは?」

リビングにジュリの姿が見えないので聞かれたが

「女子は何故か準備に時間がかかるんだ。理由は知らん」

俺はティナとか仕事で女性と関わって知っているが、真式の仕事は力仕事で男臭いのでそこらへんを知らんのは仕方ない。

「じゃあ待つか。別に時間に追われているわけじゃないだろ?」

「そうだな」

ジュリを待つ間、どこに買いに行くか、どんなものを買っておきたいかというのを話していると

「用意できました。待たせました?」

二階から降りて来たジュリは以前買って着たものとは違う服を着ていた。

「じゃあ行くぞ。忘れ物はないな?」

「大丈夫だ」

「大丈夫です」

そうして3人で家を出て、家具店へ向かった。


家具店モビリオ、全国的に有名な家具店だ。俺の家の家具のほとんどもここでそろえたものだ。

「じゃあいろいろ見ていくか」

「はい」

「最低限必要なものは、ベッド、作業机と照明器、タンス、椅子。これくらいだな」

「安いもので構いませんよ」

遠慮がちに言うジュリ。出会った数日で何度この光景を見たんだろうか。

「気にすんなって。こいつそんじょそこらのやつよりも金持ってるからな。バンバン使ってけ」

「…お前だけには金は出したくないな。まぁこいつの言う通り金に関しては気にするな」

「は、はい。分かりました」

家具毎にジャンル分けされた店内を見て回り、ジュリに聞きながら家具を選んでいく。

少なからず値段を気にしてはいるが、ある程度気に入ったものを選んでいるので安心した。

値段を気にしすぎて自分の部屋が居心地悪くなるのは避けたい。

「とりあえず最低限必要なものは揃ったな」

「そうですね」

店員に渡されたリストに印をつけて、いつでも買えるようにキープしておく。

「じゃあ後はジュリが必要なもの、欲しいものを買うだけだな」

「…本当にいいんですか?」

申し訳なさそうに聞いてくるジュリにある方向に指を指しそれを見るように伝える。

そこには気付いたら俺らから離れていた真式がいた。

「…あれは何をしているんですか?」

いろいろ手に取ったり、家具を見ている真式について聞かれたので俺は

「どうせあいつは欲しいものを見つけて俺に買ってもらおうとしてる。あー言う風に俺の金なんか一切気にしないやつもいるんだ。気にせず買えよ」

頭を撫で遠慮するなと言う事を伝えると、「分かりました。ではすこし待っていてくれませんか」と言われたので「あぁ、行ってこい」と言い、店の中を見に行った。

待っていると真式が駆け足で俺の方へ向かってきた。…多分さっき言った通りの事だろうな。

「功次!ちょっとこっち来てくれ!」

「お、おう」

手を引かれ目にしたのは布を繭のようにし寝る寝具だった。

「なんだこれ?始めて見たな」

「お前知らないのか!?これはハンモックって言う最近街の若い奴らが話題にしている屋外寝具だ。あのティナもこれの作成に協力してたからお前はてっきり知ってるもんだと思ってた」

あーそう言えば1ヶ月前になんか言ってたな。面白そうなもの作ってるとは言っていたが、これの事か。

「で?これがどうしたんだ?」

「…買ってくんね?」

「嫌」

「即答かよ!?」

どうせこうなると思った。こいつを連れて行くと毎度これだからな。まだ適当な菓子とかならまだ許せる。だがこいつは普通に高いものを買おうとしてくるので困ったもんだ。

「あったりまえだろ。普通にこれ滅茶苦茶高いじゃないか。今はジュリの家具を買うのでそれなりに掛かってんだ。お前に回す金なんかねぇよ」

「いやーでもさ。家具を運ぶの手伝う人件費だと思えば…」

「お前居候だろ。お前の食費は一体誰が出していると思っているんだ」

「っぐ…」

「あといい加減俺が肩代わりしたお前の借金返せよ。利子付けてないだけ優しいと思え」

俺の怒涛の攻撃に反論することもできずに真式は力尽きていた。

「…ち、ちなみに肩代わりしてもらっている借金って今どれくらいで?」

倒れたまま震える腕を伸ばしそう言われる。

うーん、家にメモった紙があるから細かいのはそこに書いてるんだよな。

記憶を頼りに思い出すと

「まぁ…ざっと80万ソルか」

「なっ…」

冷静に考えて頭おかしいな。これに利子を付けたらいったいどんな大金が返ってくるのやら。

「…早く返せよ」

「…はい」

そんなやり取りをしていると欲しいものを見つけたのかジュリが戻ってきた。

「功次さん…えっと、真式さんは何を?」

地に伏している真式を見て困惑するジュリ。

「気にするな。こういうやつだ」

「…はぁ」

「で、見つかったか?」

「…はい。これです」

欲しいものにチェックされたリストを見て値段の総額を計算する。

まぁ予算的には全然余裕だな。

本棚に軽い小物に装飾品、観葉植物、などか…。

俺の家は必要なものしか置いていないから飾りなどは一切ない。

この感じだとジュリの部屋が一番いろどりがあるな。

「問題ないぞ。もういいのか?」

「はい。十分です」

「じゃあ買うか」

店員を呼び、リストを渡す。小物などのジュリが追加で買ったものはそのまま渡され持って帰り、ベッドなどの大きなものは今日の夕方ごろに持ってきてくれるようだ。

なので力尽きている真式を起こし渡された小物は持たせ、俺は代金を支払う。

久しぶりにこんな大金出した気がするな。

目的も達成したので俺らは店を後にした。


「ちょっと、寄っていきたい場所があるけどいいか?」

店を出て二人に声をかける。

「大丈夫です」

「俺も大丈夫だ。昼飯を食った後ならな」

二人の了承を得られたので家の方向とは反対の方に歩き始めた。真式は昼飯を食べたいようなので、先に食べてから行こう。

「…功次さん、どこに行くんですか?」

隣を歩くジュリに聞かれる。

「まぁ着いてからのお楽しみだ」

それだけ言った。


「…えっと、ここは?」

昼飯を食べた後目的地に着き、ジュリに質問される。もしかして知らんのか?

「ここは孤児院だ。親のいない子供たちが世話になるところだ」

そう言うとジュリが不安そうな顔をした。

何でだ?と、少し思ったがすぐに理由を思いついた。

「ち、違うぞ。ジュリをここに入れるために来たわけじゃない」

「そ、そうですか」

俺の言葉で安心したようで胸を撫でおろした。

そうだよな…ジュリも親居ないしまだ子供だからこの説明だとそう思われても仕方なかった。

「すまん。今日は普通に用があって来たんだ。心配させたな」

「大丈夫ですよ」

謝罪する。もうちょっと考えて発言するようにしなきゃいけないな。

「おいおい、功次。なにジュリちゃん不安にさせてんだよ。ちゃんと考えてから話そうぜ」

「ぐっ、悪かったって」

まさか真式にこう言われる日が来るとは…これからは気を付けよう。

「邪魔するぞー」

気を取り直して孤児院に入る。すると

「あー功次兄ちゃんだ」

「功次兄ちゃん遊ぼー」

「後ろの人誰ー?」

大勢の子供に詰め寄られた。

「おうおう落ち着けお前ら。後で遊んでやるから」

同時に話されても分からないので宥めて落ち着かせる。

「なぁお前らクラレイはどこにいる?」

子供達にそう言って目的の人物がどこにいるか聞いてみる。

「ママならキッチンにいたよ」

一人がそう言ってくれた。良かった、いたか。

「じゃあ会ってくるから道を空けてくれ」

こうも囲まれてちゃ動こうにも動けん。

だから指示すると皆素直に従い道を空けてくれた。

「ありがとうな」

そんなこんな子供たちとわーきゃーやっていると奥から一人の女性が出てきた。

「はぁ…どうせあなただと思ったわ、功次君」

「来たぜ、クラレイ。上がっていいか?」

「構わないわ。ぜひ上がって。後ろの人たちはお知り合い?」

「あぁ」

クラレイの同意も得たので遠慮なく上がる。後ろにいた二人も俺に続いて孤児院に上がった。


孤児院に上がり、応接室に集まった。

「紹介するよ、こいつはクラレイ。クラレイ・アマバイル。この町の孤児院の代表者だ」

「そんな堅苦しい説明をあなたにされるとむず痒いわね」

「で、これは伊波真式。前に少し話したかもしれないが地元からの友達だ」

「これってなんだよ…まぁよろしく」

真式は雑な紹介をされて文句を言うが、軽く挨拶をする。

「その方が前から話していた友達ね。よろしくね、真式君。その子は?」

クラレイはジュリの方を見る。ジュリはまだ知らない人ということで見られて俺の服を小さく掴む。

「この子はジュリ。もともと奴隷だったが、最近俺が引き取って今は一緒に生活している」

「よろしくね。ジュリちゃん」

「…はい。よろしくお願いします」

この人見知りというか、人が苦手というかこんな感じをなんとかして慣れさせなければな。

「今日は何しに来たの?何もないのに来ることはないでしょ?」

「あぁ今日はこれを渡しに来た」

そう言って俺は財布を出し机に置く。これはジュリの家具の予算が入った財布とは違うものだ。

「…毎月その金額を渡してくれるのは助かるけど…あなたは大丈夫なの?」

心配そうに言われる。

「問題ないな。俺が好きで出しているんだ。気にするな」

「…功次。どういうことだ?」

俺とクラレイのやり取りを知らない二人。まぁ、ジュリはともかく真式にも言ってはいなかったからな。

「俺はな、この孤児院に毎月金を寄付してんだよ」

「へー…え?そうだったのか?知らなかった」

「まぁ言ってなかったしな」

まぁ言わんでも良かったし、言っていなかったんだが。たまたま今日渡す日だったからな、教えても問題ないだろう。

「私は頼んでいないんだけどね。ただ助かっているのも本当だから断りづらいっていうのがあるのよね」

「だーから気にすんなって」

「でもあんな大金貰い続けるのも…」

「…功次さん、一体どれだけ渡しているんですか?」

財布を見ながらジュリに聞かれる。教えても問題はないか。

「3万ソルちょい」

「…え!?」「…はぁ!?」

二人は大きな声を出し驚く。そんな驚くことか?

そんな疑問を浮かべていると

「…しかもね、功次君ったらこの孤児院に1人増える度1000ソル増やしてくるのよね。毎月そんな渡されていると功次くんの方の貯金が心配になってくるのよね」

クラレイの発言にジュリは心配そうな顔をして俺を見る。真式は唖然とした顔で俺を見る。

「俺は問題ない。…もしかして子供増えたか?」

「いやいや増えてはいないわよ。この町は貴方のお陰か他と比べて治安は良いし。そう孤児は出ないわよ」

俺はなんもしてないが…過大評価しすぎだ。

「なんか…ごめんな」

突然真式が肩に手を置き謝ってきた。

「なんだよ急に。気持ち悪いな」

「いや~、お前に駄々こねたり借金肩代わりしてもらったりしてる俺がなんか情けなくなってきたな」

なるほどようやく自覚したか。

「…じゃあ早く借金返せ」

「…それはちょっっっと難しいな」

てへっと舌を出しながらそう言われ若干イラつく。

押さえろ俺。ここでキレたら子供たちの教育に悪い。後でシバけばいいんだ。

「…苦労しているのね功次君も」

「…まぁな」

「なんだよその反応」

珍しく俺に同情してくれる奴がいた。…古い付き合いなのに全く同情しないこいつはどうにかならんか。

「まぁいいや今日の要件はこんなところだ。…そろそろあいつらも限界だろ」

そう言ってクラレイの背後にあるドアを指差すと、ガラスから子供たちが見ていた。

「そのようね。功次君が来るのを毎度楽しみにしているからね、あの子たちは」

「そうかい…あんまり子供は得意じゃないんだがなぁ」

まぁあいつらはちゃんと言うことを聞いてくれるからな…悪いものではない。仕事の休憩として関わるのはいいと思ってはいる。

なので立ち上がりドアの方に向かう。開けるとどわっと話しかけられる。

まるで大量のひよこみたいだ。

「お前ら!広いとこ行くぞ!ここじゃ狭い!」

俺の指示で子供たちは遊び場の広い空間に向かっていく。

ここだけは兵士に指示をする将軍みたいだ。

「お前らも行くぞ」

応接室にいる3人も呼ぶ。俺だけでこの量を相手するのは無理だ。


「うーい。じゃあ行くか」

「そうですね」

真式さんも功次さんについていった。私も後に続こう。

「ジュリちゃん」

後ろからクラレイさんに呼び止められた。

…この人は大丈夫な人なんでしょうか。功次さんと仲はいいので悪い人ではないと思うんですけど。

「…なんでしょう」

「だいぶ警戒されちゃってるわね。まぁいいわ」

「…えっと、なんでしょう」

「単刀直入に話すわね。あなたは功次くんの事どう思う?」

「…え?」

どうしてそんな質問をするんだろう。

「いやー正直、功次君ってかなりモテるのよ」

「…」

その言葉に私はなにも返せなかった。

確かにそうだ。功次さんは優しいし、頭もよく、強い。非の打ち所はないといってもいい。街中でも皆さんが存在を知っているほどだ。少なからず功次さんがモテるだろうとは思っていた。

「私もちょっとは功次くんを狙ってるのよねー。孤児院で子供達を守ってるから出会いは少ないけど…功次くんと歳はそこまで離れているわけでもないし」

「…何が言いたいんですか」

「功次君もらってもいい?」

「ダメです!」

何故か咄嗟に叫んでいた。

クラレイさんは少し驚いていた。私も驚いていた。こんな大きな声が出るなんて。

しかしクラレイさんはすぐにふっと軽く笑った。この人、何を考えているのかわからない。

「大丈夫よ。脅して悪かったわね」

「…え?」

「あなたの気持ちはよーく分かったわ。功次君は貰わないから大丈夫」

…なにか試されていたようだ。

「…私の気持ち?」

「あら?違うの?あなた、功次君好きでしょ?」

クラレイさんの言葉に私は困惑する。

私が功次さんを…?多分この気持ちは『好き』ではないと思う。確かに恩を感じているし、尊敬もしている。けれどこれは『好き』じゃないと…思いたい。

「私は…分かりません」

「どうして?」

「私はあくまで功次さんの奴隷です。そんな私が功次さんを好きになってはダメなんです」

そうだ…私は奴隷。功次さんがここまでが良くしてくれるのも優しいから。

だから好きになってはいけない。奴隷が主人に恋心を抱いては…。

そう分かっている。なのに何故か苦しい。

「だから…私は…」

言葉を紡いでいると自然と涙が流れる。

「…あれ?…なんで?」

拭っても止まらない涙。

「ジュリちゃん。自分に正直になったら?」

…自分に…正直?

「彼は絶対にあなたを奴隷だなんて思わない。それはよく分かってるでしょ?私はあなたの境遇を知らない。けれどもうそこまで自分を圧し殺す必要はないでしょ?」

「…私…は」

言葉が出てこない。

「だって今は立派な女の子じゃない」

「…」

「功次くんという一人を想うだけそんなに泣ける立派な女の子なんだから…自分に嘘はついちゃダメよ」

「…本当に…私は…あの人の事を…好きになってもいいんですか?」

自分の気持ちにここで始めて気付いた。

私は功次さんを好きになってもいい。

まだ出会って3日。それでも好きになってしまった。

でも真式さんは言っていた、『功次は誰も信用していない』と。

功次さんは…私も信用していないのだろうか。

確かにあの過去を聞いてしまったら、そうなってしまうのも仕方ない。

もし信用してもらえていないのであれば、なんとかして信用してもらおう。

これから一緒に過ごしていくんだから。

「自分に素直になれたらな良かったわ。功次君と恋仲になるのは難しいだろうけど頑張ってね」

「はい。ありがとうございます」

「…でもあまりもたもたしてると私が取っちゃうかもよ?」

「ダメです!」

「冗談よ。頑張ってね」

クラレイさんの冗談は心臓に悪い。…この人苦手です。

「…おーい、お前らー来ないのか?」

しばらく話していたので、様子を見に来た功次さんが扉から顔を出した。

「今行くから待ってて」

「あーい、子供たちが二人はまだかって言ってるから早く来いよ。真式はもみくちゃにされてるから」

「分かりました」

功次さんは先に子供たちの元に戻っていった。

「私たちも行きましょうか」

「…そうですね」

功次さんと真式さんを手伝うために私たちも子供たちの元に向かった。


「あーやっと来たー!」

クラレイさんと共に功次さんたちの所に来ると、私たちに気づいた子供が寄ってきた。

「お姉ちゃんだれー?」

「…えっと…私は…」

「もしかして功次兄ちゃんのお嫁さん!?」

「…えっ!?」

先程のクラレイさんとのやり取りで意識してしまったので、子供たちの的を射た言葉が飛んできてつい顔が赤くなってしまう。

「お姉ちゃん顔真っ赤ー」

「功次兄ちゃん、このお姉ちゃんはだれー?」

ひとりが功次さんに聞いてこっちに来てしまう。

…この顔を見られたらバレてしまう…いや、良いのか?

「あーその子はジュリっていう、一緒に住んでる子だ」

「一緒に住んでるってことは、お嫁さんなのー!?」

子供たちの何気ない質問が投げられる。

この様子を見ていたクラレイさんと真式さんがにやにやしながら見ている。

…功次さんはなんて答えるんだろう。

「ジュリは…まー友達だな」

「そうなんだー」

「…そう…ですか」

功次さんにとって私は友達。

クラレイさんと真式さんはため息をついている。

「どうした?体調でも悪いのか?」

「いえ…大丈夫です」

功次さんにとっての私を知って、少しショックを受けて元気がなくなったところを功次さんが心配してくれた。

「これは長そうね」

「功次はこんなやつなんだ。許してやってくれ」

「…はい」

クラレイさんと真式さんが肩を持って慰めてくれた。

確かに…長くなりそうです。功次さんにこの気持ちが届くのは。

「どうしたんだよ?お前ら」

分からないという様子で功次さんは不思議そうな顔をしている。


いい時間になったので孤児院から出た。

「じゃあな、クラレイ。また来るよ。何かあったら呼んでくれ」

「えぇ、ありがとうね」

「ジュリちゃん、頑張ってね」

「はい」

何を頑張るのか分からないが、二人には女子の話と一蹴されてしまったので聞けなかった。

…やはり女子は分からない。

「良かった。クラレイと仲良くなってくれて」

「え?」

「結構話していたからさ。関わりは増やしておくに越したことはないからな」

「私は少しちょっと苦手ですけどね、あの人」

「…そうか」

あいつが子供に苦手だと思われるのも珍しいな。

…まぁ結構会話はしていたし、大丈夫だろう。


「ご帰宅だー」

あいも変わらず帰って来ると真式はこれを言う。

なんなんだよ、それ。

「少ししたらジュリの家具が来る。組み立て手伝えよ」

「おうよ」

「私も手伝います」

「あぁ頼んだ」

少ししてジュリの家具が届いた。

「じゃあやるか」

家具を組み立ててジュリの部屋に置いていく。ジュリに聞きながら配置を決める。

「いやー疲れたな」

「もう飯食いたい」

「お疲れ様でした」

ざっと1時間ほどかけ、家具を設置し終わった。

夕食の時間になり真式の腹時計も叫んでいる。

「じゃあ飯にしよう。俺が作るから待ってろ」

「功次さん疲れていそうなので私が作りますよ」

「ジュリも疲れているだろ?俺がやるから休憩しとけ」

ジュリは俺に気をかけてくれるが、体力的に俺の方が持つだろうしこういう時に動くべきなのはこっち側だ。

真式は俺らの言い合いを見て一言。

「そんなに言うなら二人でやれ。俺は腹が減った。早く飯を食いたい」

と、半ギレ気味に言われた。限界のようだ。

「…そうだな」「…そうですね」

「お前らずっと相手を想いすぎて決着つかんぞ。だったら二人でやれ」

真式はただ自分の事を第一に考えて言っているのだろうが、俺らだと終わらないのでまとめてくれて助かる。

真式のおかげで言い合いも終わったので、二人で作り始める。

こういう時に皿を出すくらいはしてほしいが、真式は何もしない。こういうところはダメだよなー。

「出来たぞー」

「腹…ヘッタ」

気付いたら化け物のようになってしまっている、真式の前に飯を出すとすぐさま立ち直り食べ始めた。

「相変わらず真式さんってすごい勢いで食べますね」

「こいつがこの家にいる限り食費がどんどんかさむんだよな…」


「いやー満足満足」

自分の食べたい分を平らげた真式。俺らも食べたい分を食べて夕食は終了。

片づけは何とかして俺がやると強行した。まぁジュリも結構食べて眠そうで素直に従い、自室に戻った。

食べてからすぐに眠らないように言っておいたが、ようやく来た自分のベッドであるため寝てしまうかもな。

「…功次」

「どした?」

食べ終わってソファで横になっていた真式が話しかけてきた。

「お前、ジュリちゃんの事はどう思っている?」

「急にどうした?」

「いや少し気になってな」

ジュリの事をどう思っているか…あまり考えたことはなかったな。

「俺は…あいつをしっかりと育てていきたいと思っている」

「…そうか」

なんか、そっちが聞いてきたくせに良い反応じゃないな。

「というか、なんでそんなことを聞いてきたんだ」

「いやージュリちゃんがちょっと不憫だなーと思ってさ」

「?」

珍しくこいつが何を言っているかわからない。

ジュリが不憫?俺、何かやったか?俺が原因でジュリを苦しめることあるならば、ちゃんと正さなきゃいけないが…全く持って見当がつかない。


「じゃあそろそろ寝るか」

「そうですね」

それぞれ風呂に入り、寝る時間になった。真式はすぐさま寝てしまった。毎回の事だが自由だな…あいつ。

「明日の予定は?」

「そうだなーまぁ普通に仕事して、適当にのんびりしてようかな。ジュリも行きたいところとかやってみたいことがあったら言ってくれ」

「分かりました」

意外とすぐに聞いてくれるようになったな。

この調子でいろんなことを教えていつか一人で生きていけるようになってもらわなきゃな。

「じゃあおやすみ。何かあったら起こしてもらって構わないぞ」

「分かりました。おやすみなさい」

ジュリも自分の部屋が完成して、お互いの部屋で寝る。

これでいい。これなら朝起きた際に世間体を気にする必要がなくなった。


功次さんにはかなりお世話になってしまっている。

孤児院にお金を出して、どうやら真式さん関連でもかなりのお金を使っているよう。

今回の私の家具だって何事もなく出していた。

いつかこのお世話になった分を返したい。

今日クラレイさんのおかげで自分の気持ちも自覚できた。

でも功次さんは難しい。きっと誰よりも。

私の望む関係になるまでにどれだけかかるか分からない。

それでも私は頑張ろうと思えた。

助けてもらった分、あの人を助けるために。

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