第4話 世垓功次の過去と女の正体

「あ、あの。大丈夫なんですか?」

私はお腹にナイフが刺さった女の人に心配をした。普通、人間であればナイフが刺さって平然としていられるわけないからだ。

「大丈夫よ。この程度で死ぬ功次の体じゃないわ」

「そ、そうなんですか」

「そういえば言ってなかったわね」

「何がですか?」

「私の名前よ。言ってないでしょう?」

確かに私はこの女の人の名前を知らない。功次さんと似ているが功次さんではない。

「私は黒野羽夏くろのうなつ。功次との関係は帰りながら話すわ」

「分かりました…えっとなんて呼べば?」

「羽夏で良いわよ。敬語とか苦手だから」

功次さんと出会ったときと同じようなやり取りをした。やはり功次さんと似たところがある。

「そうですか。じゃあ羽夏さんでいいですか?」

「構わないわ。とりあえずここを出ましょ」

「そうですね」

そうしてこの薄暗い牢獄のような所から出ることにした。


「どこでしょうかここ?」

「どこかしらねぇ?なんか見たことがあるけど」

「帰れますか?」

「なんとかなると思うわよ」

かなり無責任な発言であった。本当に大丈夫かな。

「太陽の位置を見る感じだとミョルフィアはあっちね」

そういって道を進み始める。太陽を見て方角が分かるんだ。

「と、いうかここミョルフィアと王都の間ね」

「そうなんですか?」

「そうよ。功次が仕事で王都まで行くときがあったからね」

羽夏さんは功次さんがしている事全てを知っているように話していた。

「そろそろ教えてもらえませんか?功次さんとの関係を」

「そうね。ただ功次の過去も話すことになるわよ。功次本人から聞かなくて良いの?」

「大丈夫です。真式さんは多分教えてもらえないと思うと言っていたので」

「真式がそんなこと言ってたのね。確かに功次は教えたがらないと思うわ」

そうして羽夏さんは自分の正体と功次さんの過去を話し出した。

「私は功次と同じ…うーん少し説明が難しいわね。言ってしまうと功次のもう一つの人格っていうのかしら?」

「もう一つの人格?」

「そうよ。二重人格って聞いたことない?」

「ありますけど…二重人格って見た目は変わらないのでは?」

いくらなんでも性格が変わるのは分かるが見た目も声も変わってしまっている。もう別人のようなものだ。

「普通はそうなんだけど私と功次の場合は特殊でね。どうしてこうも特殊なのかは私も分からないわ」

「そうなんですか…」

本当にわからないといった様子で話してくる。ここまで話していて気になったのは分からないと言ったとき功次さんは含めず私だけと言ったことだ。

「あの、なんで特殊であることの理由がわからないのは羽夏さんだけなんですか?もしかして功次さんは知っているんですか?」

そう私が聞くとあっ、と言った反応をした。

「ごめんなさいね。今の言い方だと誤解しちゃうわね。功次はね、私の存在を知らないのよ」

「えっ?」

謝りながら訂正されたがそれよりも私は驚いていた。功次さんが羽夏さんを知らない?でも羽夏さんは功次さんの事をしっかりと認識している。

「驚いているようね。でも事実なのよ。功次はね、あなたから見たら強いと思うでしょう?」

「そうですね」

「でも功次はメンタルは強くないのよ」

「え?でも…」

「確かにジュリちゃんが見た限りの功次のメンタルは強く見えたと思うわ。ただそれは自分に向けられた敵意や悪意にだけ。周りの人、特に自分の大事な人に向けられるものに弱いの」

「と、言うと?」

少し理解しきれなかった私は聞き返した。

「まぁ細かく言うと自分の大事な人を目の前で傷つけられたりすると意識を保てないほど精神をすり減らすのよ」

なるほど。だから私がナイフで傷つけられそうなときありえないほど動揺していたんだ。

「それで功次の精神が完全にやられてしまう前に私が出て来たのよ」

「なるほど。だいたい理解できました」

「それはよかったわ。功次は人を殺すことができない。どれだけ自分が傷つけられようともね」

「それは何故?」

この時私は功次さんは優しいから、そう思っていた。

「功次は『守護者』私は『破壊者』だからね」

羽夏さんから言われたのはそんなよく分からないことだった。守護者?破壊者?

「人間には誰しも立ち位置があってね、その立ち位置はたくさんあるけど大きく占めるのは『生産者』『支配者』の二つがあるのよ。その中でも『守護者』と『破壊者』は少ない立ち位置でね」

「その『~者』ってのは職業とは違うんですか?」

私は思ったことを質問してみた。

「ちょっと違うのよね。職業って似たようなものもあるじゃない?でも立ち位置っていうのは生まれ持って決まっていて立ち位置に関連した職業に就く。そう決まっているのよ」

でも功次さんはさっき『守護者』って…騎士団や警護兵なら納得できるが功次さんの職業は作家と何でも屋であって『守護者』っぽくない。

「でも『守護者』と『破壊者』はなれる職業が少なくて、まだ功次は何でも屋で護衛をやったりはしているけど私は功次の二つ目の人格だから職業がないのよ」

なるほど。確かに最初功次さんに会ったときに元々私を持っていた商人さんは功次さんに助けてもらったって言っていた。

「では『破壊者』ってどんな職業があるんですか?」

「『破壊者』は殺し屋とか暗殺者とかの黒い仕事だわ。実際に私はデルタルトは殺したしその息子も殺したしね。『破壊者』であるのは間違っていないわ」

「職業と立ち位置はちょっと違うということは職業は職業であって、立ち位置は生き方といった感じですね」

「そういうことよ。理解が早くて助かるわ」

まだ疑問点はあるがなんとなくは理解できた。そうして話しながら歩いていると

「あれ?ジュリ?なんでこっちから来たの?それに…」

その声は真式さんだった。周りはかなり人がいた。町まで戻ってこられたようだ。

「あ、あの。この人は…」

隣にいた羽夏さんについて説明しようとすると

「なんで羽夏がここにいるんだ!?もしかして功次に何かあったのか!?」

とてつもなく焦って羽夏さんに詰め寄った。もしかして知っているんだろうか?

「その通り何かあったのよ。かなりの面倒ごとがね。それは帰ったら話すわ」

「分かった」

羽夏さんは真式さんをなだめながらそう言う。真式さんは今までのんびりした雰囲気なのがさっきは血気迫る勢いだったので羽夏さんがいることは相当まずい状況だったんだろう。


「ご帰宅だー!」

家に帰って来ると真式さんがそう言った。ようやくいつものテンションに戻れたようだ。

「とりあえずは私たちに何があったかを話していくわね」

そうして羽夏さんは何があったのか真式さんに説明をした。

「なるほど、だから羽夏が今は出ているんだな」

「一回で理解できるとは成長したわね」

「馬鹿にしすぎだろ。ところでお前の傷は大丈夫なのか?」

真式さんは羽夏さんのお腹を見ながらそう聞いた。確かにお腹にナイフが刺さったはず。

「問題ないわよ。功次の異常な再生能力のおかげでもう直っているからね」

「そういえば功次って異常に再生が早いよな。怪我しても一日足らずで完治するし病気になってもすぐに直すからな」

「功次の強靭な体のおかげで私も無理できるしねぇ」

「そうなんですか」

やはり功次さんはどこか変だ。羽夏さんとの特殊な二重人格、異常な再生力。そろそろ功次さんの過去を聞こう。

「あの、そろそろ功次さんの過去について聞いてもいいですか?」

「そうだな。一緒に過ごしていくんだ。あいつのことは理解したほうがいいだろう」

「かなり前からの話になるんだけどね…」


ミョルフィアの町から遥か遠く東、4か国渡ったところにある国

最東国さいとうごく

最東国の王都、東華とうかから少し離れたところに位置するある村での8年前の出来事。

「功次-起きてー!」

「うるさいなぁ…まだいいだろー」

真式の大きな声で俺は叩き起こされた。頭に響く…。

「ほら、外行って遊ぶぞ。いつまでも部屋に引きこもっているんじゃないぞ」

「うー分かったよ。行く前に朝飯は食べていいよな?」

「いいぞ。朝飯は食べなきゃ元気でないもんな」

そうして自分の部屋から出て居間に来ると

「遅いわよ功次。いつまで寝ているのよ」

「別にいいじゃん。今日はどこか出かけるわけじゃないでしょ?」

朝飯の用意をしながら俺に文句を言うのは母だった。

「そうだけど…遅起きは時間がもったいないわよ?」

「別にいいよ。やることはやってる」

そんな話をしながら用意してもらった朝飯を食べ始める。うん、うまい。

「真式くんもごめんね。こんなだらしないのと一緒にいてくれて」

「大丈夫だよ。こいつはこんなんでも面白いところ多いし」

「なんだよこんなんって」

そうして朝飯を食い終わる。

「よしっ食い終わったな。ほら外行くぞ!」

「ちょっと待てよ。今飯食ったばかり…うわっ!」

箸を机に置いた瞬間に真式に手を引っ張られて引きずられる。

「気を付けてねー」

そういって母は手を振る。息子がこんな目にあって微笑んでる場合か?


「痛いなぁ…」

真式から手を引きはがしてそう言う。

「まぁそんなこと言わずに。あそこで引っ張って来なくちゃまだ出たくないって言って家にいたままだったろ?」

「そうだがなぁ…」

納得はいかないが否定しきれないのでしぶしぶ頷く。

「っていうかここは?」

俺は辺りを見渡しながら真式に聞いた。生まれてからずっとこの村に住んでいるが見たことがない場所だった。

「ここは村長の家の近くだよ。高いススキが多すぎて放置されてたところあったろ?そこを村長に許可を取り道を切り開いて秘密基地みたいにしたんだ」

「ほえ~」

確かに周りはススキだらけだった。ここを人が行動できる位にしたのはすごいな。いろんな虫がいるから危険な虫もいる可能性が大きく、かなり深いため謎の生物だったり盗賊が隠れている事もあるかもと大人たちも手を出せなかったのに…。こいつは怖いもの知らずか?

「それでさ、ここそれなりの広さあるだろ?」

「そうだな」

「ここに俺らだけの家を造ろうぜ」

確かに人が5人くらい寝転がれるくらいの範囲がある。

「まぁいいよ。面白そうだし」

「よし来た!」


そうして俺らは使えそうな物を集め始めた。真式がここを切り開いたときに集まったススキを始め、村を走り回って見つけてきた木材や布を集め、村の中央広場から少し離れたところで落ち合った。

「これくらいあればそれなりに造れるか?」

真式は聞いてきた。お前が提案したことじゃないのか?

「どれくらいのものを造るか知らんが俺ら二人がのんびり出来る分はあると思うよ」

「じゃあ戻ってからすぐに造り始めようぜ」

「分かった」

そんな話をしながら歩いていると

「やあやあ、何しているんだい?」

俺らに話しかけてきたのは村長の息子だった。こいつは基本的に二人でしか行動しない俺らをのけ者にして見下している。そうしている理由は以前に村長が「息子よりも功次君の方がしっかりしているから次の村長を任せたい」そのようなことを言われた嫉妬心からだと思う。

「お前には関係ないだろ」

真式はそう返す。その顔には少し不機嫌さが見えた。

「関係なくないね。この村は僕のパパのものなんだ。君たちみたいな奴に自由にされたらパパがかわいそうじゃないか」

「確かにお前の親父は村長なのだろうが土地すべての権利を持ってるわけじゃない。村長というのは村の代表なだけであって、村民の権利を管理しているわけじゃない」

「くっ…やはり僕は君が嫌いだ!なぜ君がパパに気に入られているのかわからない!この村の次の村長は僕であることが正しいはずなんだ!」

村長の息子は声を荒げて反論してくる。

「俺が気に入られている理由はわからないが、少なくともお前よりは賢くおとなしく生きているつもりだ。それとこの村は別に世襲制ではない。村長が次の村長にふさわしいと思った人を決めるんだ。だからお前が次の村長にふさわしくないと親父に思われた、それだけだ」

大体世襲制なのは貴族や王族、領主などが該当する。村によっては世襲制のところもあるが少なくともこの村は世襲制ではない。村長の息子であるのにそれすら理解していないという時点でこいつは学が足りない。

「く…くそぉ…」

村長の息子がイライラしてこちらを睨みつけてくるとわらわらと子供が集まってきた。

「坊っちゃん!大丈夫か!?」

その中の一人がそう言葉を発す。そうだ、こいつらは村長の息子の取り巻きだ。

「大丈夫じゃない!こいつらが僕をいじめてくるんだ!」

「いやいや、濡れ衣だから」

「黙れ!お前は坊っちゃんの言葉が嘘だというのか!」

ええぇ…正しいことを言うと逆に否定されてしまった。こういった奴らに正論を言ってもなんやかんやで文句を言ってくるから相手にしたくない。

「坊っちゃん、家に戻ろう」

「そうしよう、こんな奴らと関わっていると虫唾が走る」

そう言い残して村長の息子と取り巻きは離れていった。

「やっぱりあいつらのこと嫌いだ。村長はお前の方が優秀だからと言って指名したってのもあるけどただ単にあいつ自身の行動に問題が多いってことに気づかんのかね?」

「まぁ、ああいうタイプは相当のことが起きない限り変わることはないさ」

イラつく真式をなだめるためそう言う。こいつは俺のことで自分のことのように怒ってくれる。俺には友達だと思えるのは真式だけで充分だ。

「気を取り直してさ、秘密基地、造りに行こうぜ。あんなやつのことを考えるのに時間を使うのはもったいないぞ」

「分かったよ、確かにあれのことなんて考えるよりもお前と遊ぶことの方が大事だからな」

「それでよしっ」

そうして俺らは集めた材料を持ち秘密基地まで向かった。


「ふぃ~、かなり進んだんじゃないか?」

額の汗を拭いながら真式はそういう。確かにそれなりの完成度だ。中も床が土のままでは汚れてしまうのでススキを敷いた。壁もその辺に落ちていた木の枝で柱を作り木材で補強したりと基地というには充分であった。さすがにかなりの労働になり暑くなったので着ていたパーカーを脱いだ。

「次造るときは屋根も作らんとな」

「その次までに雨が降ったときはどうするんだ?中がびちゃびちゃになるけど」

「…雨が降らないように祈るしかないな」

「マジかよ」

あまり計画性がない真式に対して呆れた声が出る。いつものことだがかなり突発的に行動するので何をしでかすか分からない。

「じゃあまたな」

「うーい」

そうして俺らは別れた。まぁ次と言っても大体明日のことが多い。お互い何か用事がある事の方が少ない。俺は家でゴロゴロしていたいんだがきっとあいつは呼びに来るんだろうなぁ。そんなことを思いながら自分の体に少しの違和感を感じながら家に帰った。


「ただいまー」

「おかえりー、晩御飯は用意できてるよー」

「分かった」

家に帰ると既に夜飯が用意されていた。父と妹は席についており俺も空いている席に座る。

「じゃあ食べようか」

父のその一言でみんなで手を合わせる。

「「「「いただきます」」」」

そうして飯を食べ始める。この村は農耕が盛んで日頃食べるものもこの村で生産された食材が大半だ。まぁ流石に米やら野菜やらばっかでは飽きるので王都や他の村から魚や肉は届くので食料には困っていない。

「そういえば、今日は何していたんだ?」

父がそう聞いてくる。

「真式と遊んでいたよ。俺が外に出るのは真式と遊ぶ以外の理由ないじゃん」

「確かにな。真式くんがいなかったら功次はずっと引きこもっているからなぁ」

「いいじゃん。別に迷惑になるようなことはしていないでしょ?」

「そうだがな…」

呆れたように父はそう言ってくる。今の歳だと普通は外で体を動かして遊ぶらしいが、俺はそうではない。

「まぁいいんじゃないの。功次は充分勉強もしているし。基本的な事は全部一人でもできているから将来も問題ないと思うよ」

母は父にそう伝える。一般的な家庭に比べたらうちは仲が良いほうなんだろう。今の会話で改めてそう感じた。そんなことを思いながら飯を食べ進めていると

「そう言えばお兄ちゃん」

「ん?どうした?」

箸を止めた妹、愁那がそう言った。なんだろうか?

「パーカーは?」

「…あっ」

忘れていた。暑くて脱いでいたんだ。帰るときに感じた違和感はこれか。

「飯食ったら取りに行くよ」

「そうしなよ、あんたが黒色のパーカー着ていないのは違和感がある」

母にそう言われた。こう考えると周りからの俺の印象は黒のパーカーを着ている奴、みたいな風なんだろう。

「取りに行くなら早く食べて行けよ。もう暗くなっているからな」

「うい」

父にそう言われたので急いで飯を食べ進める。この村、治安はいい方だがパーカーを忘れてきた基地は中央からは少し離れているので賊などが潜んでいる可能性も無きにしも非ず。

「ごちそうさん、じゃあちょっと行ってくる」

「はーい気を付けてね」

母にそう言って俺は家を出た。


村長の家を通り過ぎ秘密基地に向かう。中央からは少し離れるのでだんだん明かりがなくなってきて暗くなる。こうなってくると小さな物音にも敏感になる。遠くで聞こえた狼の遠吠えに一瞬びくりとするが気に留めることなく足を進める。

「着いた…」

走って乱れた呼吸を整えながらパーカーを探す。俺が着るものは黒しかないので月明かりしか無い状態で探すのは苦労する。

「…あった」

記憶を頼りに少しの時間探すとパーカーを見つけた。

「早めに帰ろう」

俺はパーカーを羽織り急いで家へと向かった。


「やっぱり、あの男気に食わない!」

村長の息子は自宅にて文句を言いながら地団太を踏む。自らが村長の息子という立場に生まれ周りの人より勝ち組であるのに何故か次期村長はあの世垓功次とかいう男になっている。それがどうしても納得がいかなかった。

「あのー、そこまで納得がいっていないのでしたら村長様に異議を申してればよろしいのでは?」

「そうはしたいところだけど変に文句を言って良くない印象をパパに思われるのもなぁ」

仲間の一人が出した意見に対してそう返す。村長の前ではどうしても村長になりたいというのは隠していい子でいるという体裁がある手前、そんなことは言えない。良くない印象を持たれてしまっては今まで自分の横暴を金を使って多くの人を口止めしていたのがすべてパーになってしまう。

「どうしたらあいつを次期村長の座から落とせるのかなぁ?」

部屋にいる仲間たちに問う。みんなが少し考えると一人が手を挙げ言った。

「世垓功次が悪行をしたということにして村全体に知れ渡るようにすればいいのでは?」

「確かに、それはいいな。でも、どうやるんだ?」

「うーん…」

そう悩んでいてふと窓から外を見たとき世垓功次が走っているところを目にした。それはちょうどパーカーを取って家に戻っている最中の功次だった。

「…いい事思いついた」

にやりと気味の悪い顔をして思いついたことを仲間に伝え行動に移し始めた。


「…くわぁぁ」

重い瞼を上げ朝日を目に入れる。昨日、パーカーを取って帰宅してから疲れたのかすぐに睡魔が襲ってきたので抵抗することもなく眠りに落ちてしまった。基本引きこもっている自分が村を走り回り、基地を作りなどといろいろ動いたからさすがに疲れたのであろう。

そんなことを考えていると部屋の外からドタドタと足音が聞こえた。

「何だ?」

俺が疑問を浮かべていると

「功次!今すぐ来て!」

「えっ!?えっ!?」

母が血気迫った表情で俺の手を引く。何が何だか分からないまま俺は連れられた。


『世垓功次を出せー!世垓功次を出せー!』

村の中央広場に近づいてくると村人たちの怒号が聞こえる。それは俺の名を呼んでいた。全身で恐怖を感じ、顔が青ざめていくのがわかる。

「…な、なにが起こってるんだ?」

震えた声で母に問う。その頬には大量の汗が流れていた。それは走っているためでも熱いからでもなく、焦りからによるものだった。

「…分からない、朝起きて朝食の用意をしていたらこんなことになっていた」

「…とりあえず行ってみればわかるか」

自分の行いに問題がないはずだが確かめる必要はあるな。そう思い覚悟を決め中央に向かった。


村中央に来ると村の全員がいるのではないかと言うほどの人がいた。

「おーようやく来たか、功次」

村人の一人がそう言って俺を睨む。その目と声には殺意や怒気が感じれた。

「なぜ俺を呼んだ?」

村人たちの視線に負けそうになるがここで負けてはならないと思い声を強くし返す。

「余裕だな。昨日あんなことをしておいて」

「…あんなこと?」

あんなことと言われつい聞き返してしまう。

「白々しいな。昨日村長を殺そうとしたくせによ!」

「は!?」

その言葉を聞いたときに俺はぎょっとした。俺が…村長を…?

「そんなことをした覚えはない!」

「嘘をつけ!証人だっているんだ!逃れられると思うな!」

「まぁ待て。私が聞こう」

俺が反論していると村長が人混みの中から出てきた。

「功次君、君は私を殺そうとした。違うか?」

「村長信じてください!俺はやっていません!」

「でもなぁ」

「大体、俺が村長を殺す意味は?」

「ないと信じたい。だが事実私は死にかけた」

「村長、まずどうやって死にかけたんですか?」

「真式君が君と遊ぶために許可を取った私の家の近くのススキが多くあるところ、あそこが燃やされた」

「…え?」

基地が燃やされた?昨日俺が行った時は燃えていなかったはずだが…。

「その燃えたのって自然と燃えたとかではないんですか?」

「最初は私もそれを考えた。だがいろいろと証拠が出てきてな」

「証拠?」

「燃えた箇所から炭になったこの村で松明に使われている木材が見つかった」

「それだけでは俺がやったっていう証拠にはならないのでは?」

「それだけではな。しかし…」

「しかし?」

村長の少しためらう様子を見て嫌な予感がした。これはきっと俺が犯人であるというのには決定的な証拠だから、そう思えた。本当はやっていないのだが…。

「私の息子が功次君が昨日の深夜、ススキの中に松明を投げ込んでいるのを見たと言っていてな」

「…は?」

その言葉を聞いたとき俺は唖然とした。

「しかも他の子供達も君が松明をもって私の家の方面に走っていくところを見たと言う」

「えっ?えっ?」

…何故だ?どうしてそんな話になっている?俺が松明を持って走っているところを見た?そんなことをした覚えはない。ということは…。

「私の息子だけだったらただの見間違えだとも思ったが…これほどまでに目撃者がいると私も信じざる負えない」

これは…嵌められた…やつだな。俺が気に食わないあいつ(村長の息子)が昨日の夜パーカーを忘れ取りに行ったところを見たのだろう。そして自作自演であそこを燃やし、俺に擦り付けた。

「…村長はそれを信じるので?」

「最初は耳を疑ったが…あの子が普段関わらない鍛冶屋の娘や織物屋の跡継ぎも証言していてな…」

あの二人も…二人ともかなり仲良くしていたが見捨てられたか…。

「…そうですか」

愕然としていると

「ちょっと待った!」

人混みの中から聞こえてきた声に周りが固まる。その声を聴きなれた俺は心から安堵する。

「功次がそんなことをするはずがない!村長、あんたは息子に騙されている!」

真式が人混みの中から飛び出て村長に指差しそう叫ぶ。良かった…こいつは俺の味方でいてくれた。

「そうですよ、功次は確かに昨日夜に外に出ました。しかしそれは真式君と遊んだ時の忘れ物を取りに行っただけでそんな愚行はしないはずです」

母も真式に続けて俺を擁護する。何とか身の潔白が証明されればいいが…。

「黙ってください。犯罪者の母親と友人」

母と真式の言葉を止め村長の背後から出てきたのは、俺をはめたであろう村長の息子だった。

「功次という男は僕のパパから次期村長とされ、いい気になり自分勝手な行動をし、村人たちに迷惑をかけていると聞いています」

「な!?」

「今回の事もそれの延長戦でしょう。奴は早く村長になりたく、現村長であるパパを殺そうとしたといったところでしょう」

その眼には日ごろ俺を見下し、嫌う意思が読み取れるがそれ以上に殺意に近い負の感情の上位層が感じられた。

「そんなのはったりだ!」

「そうだ!村人に迷惑をかけているのはお前の方だろ!」

俺と真式が全力で抗議する。こいつ…自分の過去の行動すら擦り付けてくるとは…。

「言いがかりはよしてください。ならば皆さんに聞いてみますか?今ここで」

「問題ない」

このとき俺は村人たちから真実が語られるもんだと信じていた。

「ならば、どうですか?皆さん、この功次という男に今まで何をされてきましたか?」

「…俺は功次に店の食料を盗まれた」

………えっ?

「私は育てていた花壇を荒らされたわ」

……えっ?

「僕は誕生日買ってもらったおもちゃ壊された」

…えっ?

それからもどんどん皆が俺にされたという行為を上げていった。そこで言われたことには一つも身に覚えはなかった。

「ほらね?言った通りですよ。このように功次に迷惑をかけられた人はたくさんいます」

「そ、そのようだな。まさかここまでとは…私も見る目がないな…」

そう言い村長がため息をつく。

俺と真式は愕然がくぜんとしていた。村人たちとはそれなりにいい関係を作ってきたと思っていた。狙っていたわけではないが村長に次期村長と言われた時から元から気を付けていた自分の行動により気を遣うようになった。

一人が言った店の食料を盗まれた、それはあいつがやったことだ。俺は現場を見ていなかったが店主に相談をされたので盗まれた分の代金を払って売り上げ的には問題ないようにした。

花壇を荒らしたのもあいつだ。これは俺と真式が協力して元に戻した。

おもちゃを壊したのもあいつだ。これは現場を見たので修理してあげた。

その後に挙げられていったものも全てあいつが行ったもので俺と真式が何とか解決したもの。

皆村長の息子ということで強く言えなかった。俺は本人に言っても治らないので村長に言おうとすると毎度あいつや取り巻きに阻止された。

「はったりだ!功次がそんなことをしたところは見たことはない!みんな功次に助けられたのになぜ裏切るんだ!」

「裏切る?元よりみんな味方ではありませんよ?どうして迷惑をかけてくる奴の味方にならなければいけないのですか?」

真式がまだ反論してくれるが俺はもう戦う気がなかった。こいつは何らかの方法でこの村の人の大半が俺の敵になるように仕組んだ。方法はわからない。

洗脳?催眠?それとも金?思いつく方法を頭の中で上げる。

ただそれよりも今は絶望している。人間関係を良く築き上げてきても簡単に壊れる。

「…真式、もうよそう」

「まだだ、お前が作った信頼はそんな簡単に裏切られるものか!何度も言えばみんな正気にもど…」

「…いやもう無理だろう」

まだ頑張ろうとする真式の肩を掴み止める。

「どうして!?悔しくないのか!?」

「…悔しいが、簡単に敵に着く人と一緒にいようとは思わない」

「そ、そうか…」

俺が完全に諦めたことを察すると真式も退いた。

「お?ようやく認めるんだね?」

「…あぁ、もういい」

「功次は…功次はそれでいいの?」

俺が諦めたことをあいつに告げると後ろから母がそう聞いてくる。

「…もういい、なんか…疲れた」

「…そう」

それだけ言って母は自宅の方へ戻った。

「賢明な判断ですね。いつまでも愚かな息子の味方でいるのは精神的にも疲れるでしょうしね」

「…そうだな」

「では、君はいつまで彼の味方でいるんだい」

あいつは真式に向き直り尋ねる。


「俺は最後までこいつと一緒だ。最後までこいつはやっていないと言い続ける」

「そうですか、今ここで彼の母親のように彼を捨てれば君も罪を負うことはないのに」

そう言いクソ野郎は俺を嘲笑うかのように聞いてくる。

「罪だと?」

「当り前じゃないですか。人を殺そうとしたんですよ?しかも村長を。そんなことをしておいて罪がないとお思いで?」

「くそ…」

「彼への処罰を決めるのは僕ではないので後はパパに任せます」

「あ、あぁ。分かった」

そう言い残しクソ野郎この場を離れた。

「村長、本当に功次に処罰を与えるので?」

クソ野郎が離れたことを確認してから村長に問う。

「そうだ。本来であれば村長及び役人を殺害しようとしたならば、死を持って償うのが妥当であるが、功次君がこの村にもたらした作物の量産の効率化や産業の増産もそれなりに大きい」

「ですよね!であったら…」

「だがそうであっても罪が重いことに変わりはない」

「そんな…」

「死を持って償うまでいかずともこの村から出ていく。その程度にしようと思う。これはまだ功次君の味方でいようとする真式君にも科せられる」

このクソ爺は功次が今までどれだけ頑張ったかを知っていながらこの判断を下すのか。

「それでいいです。本当の正義に着いて行かず悪に着く愚かな人たちのために頑張ってきた功次がかわいそうになった。これ以上功次が地獄を見ないよう、今すぐにでもここを出させてもらう」

「分かった。そうしてくれ」

「行くぞ功次」

「…」

ずっと黙り込んだままの功次の顔を除くとその眼には光が宿っていなかった。

これは…相当心に来てるな…。

「行くぞ功次。こんなゴミみたいな奴らがいるところにいればどんどん心がやられるぞ。お前を捨てた奴らなんかどうでもいいだろ?ここでお前が絶望したままだと時間がもったいないぞ」

「…」

俺がこの村の奴らをゴミといったのが聞こえると背後から大量の大人の罵倒が飛んでくるが気にせず功次に問いかける。

されど反応はない。しょうがない…。

「おいしょっと。行くぞ」

俺は功次を背負い功次の家へ走る。こういう時インドアな功次は軽くて助かる。


「おばさん、いる!?」

功次の家に着いた俺は中に入り叫ぶ。人のいる感じではない。

「いるよ。結局功次は負けちゃった感じ?」

奥から出てきた功次の母さんはまるで分っていたかのように言った。

「そうだけど…知ってたのか?功次が負けるって」

「まぁね」

日頃は仲良さそうだが今はかなり冷たいと思う。

「覚悟しておいた方がいいと思う。多分おばさんたちは村の奴らから何かと嫌がらせされると思うけど…」

俺が心配して言うと

「分かってる。でもね、最初のうちはみんなあのクソガキの味方をするだろうけど、功次が築いたものはすぐに戻ってくる。だから私たちは少しの間耐えることにする」

俺の背中で力尽きてる功次を見ながら言った言葉を聞いて、どれだけ功次を信頼しているかを実感した。

「そうなのか…。俺らは村から出ていくよう言われたが」

「死刑にならないだけ良かったよ」

「俺らはすぐにここを出るけどみんなはここに残るつもり?」

気になったことを聞いてみると

「いや、みんなが正気に戻ってあのクソガキを潰して沢山慰謝料を貰って、ここを出ることにするよ。簡単に人を裏切るような奴らがいるところなんかに居たくないからね」

「ここからって、どこに?」

東華とうかの中央区にいる親戚が私たちの家を用意してくれたからね。そっちに行くつもりだよ」

「なんでそんな用意がいいんだ?」

あまりにも全てを見透かしているような行動に疑問をぶつける。

「今日の朝、ちょっと外に出てった愁那から村の様子を聞いたときに、明らかに功次が嵌められたっていうのが分かって、流石の功次も負けるだろうと思ってね。だから朝からお父さんと愁那に東華に早馬で走ってもらって早急に私たちの家を用意してもらったんだよね」

それを聞いた俺は功次の事を信じていなかったとも取れたが功次の事をよく分かっているとも思った。俺も功次とは長い付き合いだから分かるがそこまでメンタルが強くない。こういう状況に陥ったときにどうしようもなくなることは薄々感じていた。

「まぁ、私たちのことは大丈夫だから。問題はあんた達だよ」

「俺たち?」

「ここから出ていくって言っても行く当てはあるの?」

その質問に俺は答えられなかった。俺らはまだ若いため金を得る手段がない。金がなくては宿を取ることも飯を食べることもできない。村の奴らに堂々と出ていくと言った時がそれについて考えてなかった。

「私たちも多少金は出すけど、足りないでしょ」

「…そうだな」

困ったな…。功次だったらこういう時何とかする方法を思いつくんだろうが…。

「…ん?」

どうしようか悩んでいると俺の背中で力尽きているであろう功次が動いた。

「お、起きたか。功次」

先程よりも重く感じる。確認がてら後ろに目線を移してみる。本来であれば功次がいるはずなのだ。しかしそこにいたのは

「早く降ろしてもらえない?」

「え?」

俺の背に乗っていたのは功次ではなく女の子だった。


「え?だ、誰だ?」

私を背負ったままの真式は固まっていた。それはそうであろう。先程まで人間に対して絶望し放心した状態だった親友が女になっているのだから。

「説明するからとりあえず降ろしてくれない?」

そう言うとようやく真式は私を降ろしてくれた。真式の顔は困惑の顔をしていた。お母さんも目をぱちくりして私を見る。

「とりあえず、説明するから落ち着いて聞いてよ」

私の言葉を聞き真式とお母さんは頷く。

「私は黒野羽夏くろのうなつ。世垓功次の新しい人格よ」


「世垓功次の新しい人格よ」

黒野羽夏と名乗る女の子は功次の新しい人格と言った。あまりに突然のことで思考が止まってしまう。

「羽夏?は新しい人格っていうけど、姿も変わっているけど…?」

功次の母さんが質問する。確かに髪は伸びているし、背も大きくなっている。俺は功次と同じくらいの慎重だが羽夏は俺よりも二回りほど大きい。

「何故か思考だけじゃなく本当に性別も変わってしまっているのよね。功次は8歳だけど私は13歳よ」

「は、はぁ」

本人も分からないといった感じで言われる。羽夏が分からなかったら俺らも分からないんだが…。

「今の状況は知っているわ。この村から出ていくんでしょう?」

「そうだけど…行く当てがあるのか?」

「真式が悩んでいるのはお金でしょう?」

「俺らの年だと金を稼ぐのも難しいからな。出て行っても野垂れ死ぬかもしれない」

何か方法があるんだろうか?

「お金なら功次に任せればいいわ」

「功次に?」

「功次の趣味は何?」

羽夏の言葉で頭に最初に出てきたのは本を書いている功次の姿だった。

「本を書くことか?」

「そうよ」

「でもどうやって?」

功次の母さんが質問する。本を書いて金を稼ぐってどうやって?

「二人は功次を近くで見てきたから分かんないかもしれないけど、世界で本を書ける人って少ないのよ」

羽夏の言葉に驚く。確かに俺が本を書けと言われたら無理だ。事実この村で本を書いているのは功次だけだし。

「この最東国から西に四か国渡ったところにある『ビュオチタン』と言う大きな国があるんだけど、そこに『イアラロブ』という大きなギルドがあるからそこに入れば安定して金が手に入るのよ」

「なんでそんなギルドに入るんだ?」

「このギルドは世界中に本や絵などの娯楽作品を多く出しているのよ。実際にこの村にある本の大半はそのギルドのものよ」

ほえー。俺はあまり本を読まないし絵にも興味はないので知らなかった。

「でも四か国も二人で渡らせること出来るの?何十日も掛かるだろうけど、流石にその分の食費と宿代は出せないよ?」

功次の母さんはそう言う。そりゃ今すぐ大金を用意するのは無理だしな。

「問題ないわ。功次の記憶に野営とか狩猟の知識が入っているから何とかなると思うわ。多分本を読んでいるうちに覚えたんでしょうね」

「そうなのか…。でも盗賊やらに立ち会ったら勝てないぞ」

「そこに関しては私が何とかするわ」

「何とか?」

「今は功次が力尽きているから私が出てきている。功次は一人で大体何でも出来るけど、自分で対処しきれない事が起きた際には、功次が出来ないことが出来る私が出てくるという風になっているようなの」

「なるほど?」

「つまり功次は喧嘩というか暴力沙汰が苦手だからどうしようもなくなる。そうなったら私が出てくるわ」

分かるようで分からないが本人もいまいち分かっていないようなので仕方ないか。

「とりあえずの目標は『ピュオチタン』に行くことだな」

「そうね。功次が起きるまでは…」

羽夏が何かを言いかけた時、はっとした顔をした。

「どうした?何かあったか?」

「そろそろ功次が起きるわね」

「功次が?」

「流石に自分の中で整理がついて落ち着いたんだと思う。功次の精神が安定すると、代理の人格である私は引っ込むわ」

「分かった。で、どうすればいい?」

「『ピュオチタン』に向かうこととその理由を伝えて。すぐに理解はするだろうから」

羽夏の言葉に従うことにしたが一つ気になったことがあった。

「功次は羽夏のことを知っているのか?」

功次が羽夏のことを知っているのかどうかだ。羽夏は功次のことを知っているが、功次が知っているかは分からないからだ。

「知らないわ。私が出ているときは功次の意識はないからね」

「知らないのか…なら、羽夏のことは伝えた方がいいか?」

俺が聞くと羽夏は少し悩んで

「言わないでおいてくれる?功次は知らないは知らないで良さそうだし」

と、返された。良さそうは何がいいのかわからないが、とりあえず言わないことにした。

「じゃあ私はそこの椅子に座っとくわ。真式が功次を家に連れ帰ってここに座らせたということにしといて」

「分かった」

俺が返事をすると羽夏は椅子に座り、功次の母さんの方を向いた。

「じゃあ母さん、また会えたら会おうね」

そう声を掛けられ功次の母さんは驚いたがすぐに

「うん。功次と真式君をよろしくね、羽夏」

と、返した。

人格は違えど羽夏は功次と同じ母親を持っている。そんな親子が別れを告げた。

そうして羽夏は目を瞑った。


「……ん…ん?」

…俺は一体何を?あいつに嵌められ、村人たちに裏切られてからの記憶がない。

「お、起きたか」

「…ん?」

聞こえてきた声は聞きなれたあいつの声だ。

「真式…ここは?」

「何言ってんだよ。お前の家に決まってんだろ」

「そうか。お前が連れ帰ってきてくれたのか」

あそこからよく俺を運んできたな。俺ってそんな軽かったか?

「で、これからどうするんだ」

余裕のある顔をしている真式は何か考えがあるようなのでどうするのか聞いてみる。

「俺らはここを出ることになる。だが、俺らの年齢では金を稼ぐ手段も少ない」

「そうだな。なんだ?諦めて死ぬのか?」

「馬鹿言え。そんなんじゃない。俺らここから四か国西に向かったところに『ピュオチタン』という国に向かう」

『ピュオチタン』に?何故だろうか…あの国といえば巨大ギルドである『イアラロブ』があったが…まさか…。

「『イアラロブ』に入るっていうのか?」

「そうだ。本を書ける人は意外と少ないらしい。でもお前は書ける。だからそこに行けば何とかなると思う」

「まぁ、納得いくけど…お前、よくそんな案を思いついたな」

真式が国名やギルド名を知っているとは思わなかった。馬鹿ではないけど賢いわけでもないからな。

「あ、あぁそれは…おばさんに教えてもらったんだ」

「そうそう、功次なら何とかなると思ってね」

何やら二人とも目を泳がせているが…いいか。

「分かった。こんなところに居続けても何も得はない。どうせすぐに出て行けと言いに来る奴らがいるだろうからな」

「功次の衣服は用意してあるから。渡せるだけのお金も用意したよ」

母が衣服の入った袋とかなりの金が入った袋を手渡してきた。

金はかなりあるが国を四か国も渡るには馬車を使い続けても半年以上はかかる。流石にこの量は心もとないが…。

「あんた野営とか狩猟とかの本を読んだでしょ。頭に入ってると思うしなんとか出来るよね?」

「あーまぁ、出来んことはない」

流石に俺が読んだ本の大半を買ってきた母は知っていたか。

「じゃあそろそろ行った方がいいよ。まだ出て行っていないと村の奴らが様子を見に来るだろうから」

「分かった。父さんと愁那がいないけど…母さん達はどうするの?」

先程から全く姿を見せない家族について聞いてみた。

「二人は東華に行ってるから。私たちは大丈夫。後で真式君に聞けばいいよ」

「なら良かった」

きっと親戚のところにいるんだろう。みんなもこんなところにはいたくないはずだからな。家族のことはよく分かっている。この母が大丈夫と言えばきっと大丈夫だ。

「よし、少し早い独り立ちだけどあんた達なら大丈夫。長々と話している余裕はないよ」

「分かった。真式、用意はいいか?」

「大丈夫だ、問題ない」

本当に大丈夫か?少し不安だがまぁいいだろう。

「じゃあ行こう。母さん父さんと愁那によろしく」

「うん。元気でね、たまに手紙は出しなよ」

「分かった」

俺がそう返し行こうとすると母は抱きしめてきた。

「…どうした?」

「いや、一応しばらくは会えないからね。これくらいはしておいた方がいいでしょ」

その言葉にはいつも通りの強い母と息子を心配する母の気持ちが伝わった。

それを感じた俺も抱き返した。

「安心してよ。またしばらくしたら会いに行くから」

「うん。絶対無事に帰ってきなよ。父さんも愁那に会わないといけないからね」

そういうと俺を離してくれた。

「じゃあ改めて行くよ」

「行ってらっしゃい」

そうして俺らは自宅から出た。


家を出て村の出入り口に着くと村長の息子がいた。

「ようやく出ていくんだね」

「あぁそうだよ」

声をかけられたが気にせずに歩く。

「立ち直ったんだね、いやー早いね。そこは褒めてあげるよ」

「そうかい」

気にすることなく適当に返し歩き続ける。

「逃げるのかい?みっともないねぇ」

「そうかい」

「こっちを向いてくれないかい?」

「そうかい」

あいつの声を適当に返しながら村の外に出ると後ろから

「君達はどうせすぐに野垂れ死ぬ。外で苦しまずここで死刑になった方がきっと幸せだったろうに」

という声が聞こえたので俺は

「ならばお前はきっと今日の行動をすぐに後悔するだろう」

そう言い残して真式と遥か先の国『ピュオチタン』へ向かいだした。


「と、まぁこれが功次と俺がこの町に来た理由だな」

真式さんと羽夏さんは功次さんの過去について教えてくれた。

「本当は村を出てからもいろいろあったけど…それも話すともっと長くなりそうだしね」

「もう夜飯の時間か。かなり話したな」

「流石にここに来るきっかけが年齢の割にかなり壮絶だったからねぇ」

「羽夏さんについては少し分かりましたが、今日言ってた『破壊者』『守護者』については…」

「それもちょっと説明するのは時間がかかるからまた機会があったらね」

軽く流されてしまったが時間も時間なので仕方がない。とりあえず功次さんたちがここに来た理由が分かっただけでも良かった。

「じゃあ夜飯どうしよっか」

「あ、それなら昼に買って来たもので何か作りましょうか?」

「じゃあお願いするわ。一人で出来そう?」

「大丈夫です」

「出来そうか聞いたところで羽夏は何も出来んだろ」

「う、うるさい!そういう真式も料理できないでしょ!」

ケラケラ笑って真式さんに言われた羽夏さんが言い返す。昨日の功次さんが料理しているときに手伝っていなかったけど料理できないのかと思いましたが、まさか羽夏さんも料理できないとは。

「じゃあ少し待っていてくださいね」

『はーい』

そうして私は料理を始めた。


「ごちそうさん」

「ごちそうさま」

「お粗末様でした」

私が昼買って来たものでいろいろ作ってみんなで食べた。

真式さんは昨日と同じような感じでガツガツ食べていた。

羽夏さんは普通に食べていたが食べているときの姿が功次さんに重なっていたのでやはり同じ人物であるのだなと思った。

「そういえば功次さんはいつ意識を戻すのですか?かなり時間が経っていますけど…」

先程の過去の話だと数十分で起きたようだが今は羽夏さんに代わって4時間ほどたっている。大丈夫なんだろうか。

「あぁ大丈夫よ。もう少ししたら起きるわ」

「なら良かったです。でもどうしてこんなに長いんですか?」

「多分功次にとってあなたが目の前で傷つけられるのは村の人に裏切られるよりも辛かったのかもね」

「そうだったんですか…」

あの功次さんが…それは…喜んでいいのかわからないけどうれしい。

「…良かったわね」

「な、なんですか?」

「いいえ~なにも~」

「どういうことだ?」

羽夏さんに勘づかれた?分からないけど心を読まれたような問いかけが飛んできて少し戸惑う。そのやり取りを聞いていた真式さんは訳が分からない様子だった。

「そろそろ功次も起きるし私は部屋で寝てるわ。また会うわよ」

「おう、またな」

「今日は助けてくれてありがとうございました」

「じゃあね」

そう言って羽夏さんは功次さんの部屋に向かった。

「じゃあ俺は風呂に行ってくるよ。功次が起きてきても羽夏の事は内緒な。適当にごまかしといてくれ」

「はい。分かりました。ゆっくりしてきてください」

お風呂場に向かう真式さんを見送って私は功次さんを待つことにした。


「………はっ!」

勢いよく目を開け体を起こす。

あいつは!?ジュリは!?

「ジュリ!?どこだ!?」

辺りを見回すが見慣れた自分の部屋だ。ジュリの姿はない。

急げ!もしかしたらどこかに連れ去られたかもしれん。

そう思った俺はすぐに立ち上がり部屋を出た。


「功次さん、おはようございます」

「…へ?」

リビングには何ともないジュリが座っていた。…あれは夢だったのか?

「…無事だったのか?」

「あの時は助けに来てくれてありがとうございます」

どうやら夢ではないようだ。では何故二人とも何もなくここにいるんだ?

「どうやって俺らは帰って来たんだ?」

「あーそれは…謎の女性が助けたんです」

「謎の女性…」

何度も聞いたな、それ。俺らが危険に遭った時気づいたら助けてくれる人物。真式といるときに毎度来てくれるが…正体が分からないので何とも言えんな。

「まぁ無事なら良かった。夜飯は食べたか?」

「はい。真式さんと。何か作りましょうか?」

「いや、いい。なんか腹減ってないからな」

どうしてだろう。朝飯しか食ってないはずなんだがな。

「あ、あはは…まぁ今日はあんなことがあったんです。真式さんがお風呂から出てきたら入ってゆっくり休んでください」

「あぁそうさせてもらうよ」

ゆっくりした方が良いんだろうがあまり疲れていないからな。ゆっくり休めと言われても寝れる気はしない。どうしたものか…。

「出たぞー。お?功次、起きてきたか」

風呂から出てきた真式はそんなのんきな声で顔を出した。

「あぁ真式。悪いな」

「まぁ、そこまで被害がなさそうで良かったよ」

「心配させたな」

「もうジュリちゃんを危険な目に合わせるなよ」

「あぁ分かってる」

真式から軽いお叱りを受けたがその声には俺の無事を喜ぶような安心した声だった。

「風呂行ってこい。ちゃんと入れよ」

「分かったよ」

そう言われたので俺は着替えを持ち風呂に向かった。


「そろそろ寝るか」

「そうですね」

全員風呂から出て適当に雑談するといい時間になってきた。

「今日はどうするんだ?俺はいつもの部屋で寝るが」

「あーそうか」

真式の問いに思い出す。そういえばジュリの寝る所はまだ決まってなかったんだ。冷静に考えれば年頃の少女と共に寝るのはどうかしていた。俺が変な気を起こすとは思えないが…世間的に良い事ではないな。どうかしていた。

「私は床でも構いませんよ」

「ダメだ。体に悪いからな。俺のベッドで寝た方が良い」

「ダメですよ。功次さんの体に悪いです」

結局昨日と同じで二人とも意見が平行線になってしまった。このままではいけないな。どうしたものか…そうだ。

「しょうがない。一緒に寝よう」

「あっ良いんですか?」

「このままだと平行線になりそうだからな」

実際は違う。最初は一緒に寝るふりをしてその後に抜け出すという寸法だ。結局昼間にやりたい分の作業が出来なかったというのもある。それを夜中に終わらせれば良い。

「解決したようで良かったわ~。じゃあおやすみ~」

あくびを出しながら眠そうに真式は自分の部屋に向かった。

「じゃあ俺らも寝るぞ」

「はい」

そうして寝室に向かう。ジュリの顔はそれなりに眠そうだった。これは早めに寝てくれそうだ。長く起きてられると下手すると俺も寝てしまうかもしれないからな。

「じゃあ先に入りな」

「はい」

ジュリを先にベッドに入れて俺が入る。俺が外側にいないと後で出れないからな。

「また明日な」

「はい。おやすみなさい」

布団をかぶると睡魔が突然襲ってくる。

まずい…このままだと……昨日と………同じ…………パターン……………だ。

そこで俺の意識は暗闇に落ちてしまった。


功次さんと暮らし始めて二日目。

これからどんな日々が始まるだろうかと思いましたがいきなり危険な目に逢ってしまい功次さんに心配をかけてしまった。

あの時は怖かったけどそれ以上に功次さんに傷ついてほしくなかった。

ただ功次さんについて少し知れたし、羽夏さんとも出会えたので悪い事だけではなかった。

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