4話:どこにでもありそうなキョゾウ(覇皇暦1909年冬節2期11日)

「オッフレー、おなかすいたー」

「……僕もだ」


 カラッカラに乾いた赤土を踏みしめながら、腹ぺこの旅人二人がふらふら歩いている。何かを食べたい。背負っている荷物が普段よりもずっしりと重たくのしかかってくる。普段ならこんなことを言われれば煽りを返すところだがさすがに今ばかりはダメだ。かなりしんどい。


「……あーもうムリ疲れた。きゅーけい」


 前を歩いていた相棒がすっと地面に座りこむなり水筒を取り出して水を飲み始めた。先ほどから明らかに休憩の間隔が短くなってきている。そろそろ体力が限界なのだろう。現に彼女は水を飲み終わってもぼーっと虚空を見つめたまま動こうとしない。……どうせならゆっくり休ませてやりたいが、もう一晩野宿できるだけの体力がこいつに残っているかは……少し怪しいな。今日中に多少無理にでも街に入っておきたい。


「おいフューシェ、動けるか? 動けないなら僕がおぶって運ぶが」

「正直頼みたい……けどまだ歩けるし。うん」


 そう言ってフューシェは立ち上がったが、体幹が安定せず今にも倒れそうだ。ええい無駄な意地を張りやがって、と無理やりにでもおぶってやろうとした次の瞬間、街の方から地響きがやってきた。少し遅れて雷のような怒声。


「おおい大丈夫かおさんら! 今拾うきにすこうし待ってくれえ!」


 そして土煙とともに鈍色に光る……牛、いや猪? ともかく四つ足の獣を象ったと思しき大きな鉄の倉庫のような車が爆走してきて僕たちの目の前で急停車した。

 いやどういう状況だよこれ。あまりの急展開にどうすることもできずに呆然としていると、倉庫の背中がパカっと開いて中から燃えるような赤い顎髭の小柄な男性……鉱精人ドヴェルグが身を乗り出した。


「んー、見たとこ腹ぁ吸いちょるだけやき? とりあえず入ってなんか食べんせ」


───

─────


 鉱精人は土や石に関係する精霊をルーツに持つ、と言われている生粋の鍛冶師の人種だ。生まれながらにして鍛冶の腕前は超一流、小さな体に太い腕を持ち、土地の魂的な物に接続して地脈をある程度自由に操作できるのだとか。ほとんどの鉱精人は自身の鍛冶欲を最優先して日夜自身の工房で鍛冶修行に励んでいるらしいが、彼はそうではないのだと言う。


「まあ俺ん場合は『俺ん技術を人助けに使ったらどれだけんことができるか』ちゅう実験みたきもんやき結局は欲望に負けとるけな」

「偽善でもなんでもおっちゃんが私たちを助けたことに変わりはないけどねー」

「それもそうじゃ」


 あっはっはっは、と揃って大笑いする能天気二人組。いや今の会話に笑うところあったか?

 ともかく僕らはこの「おっちゃん」と名乗る謎の鉱精人に救助された。しかも食事も貰えて街まで運んでもくれるという超高待遇だ。これは是非お礼を……と思ったが本人が「そいなもんはいらんき」と言ったのでお礼はしないことになった。

 今は僕らの胃もいい具合に埋まってきたのでとりとめのない世間話をしているところだ。あっちの村に盗賊が出たとかどこそこの商会が変わった釣り竿を作ったらしいとか、そんな感じのことを適当に話し続けている。ちょうど最近大陸極南の港町が活気づいているらしいという話をしていたとき、壁にある金庫のような機械が「熱源反応確認 熱源反応確認」と無機質な叫びを上げ始めた。


「僕たちみたく遭難してる人でも見つかったのか?」

「んにゃ、この大きさは砂蜥蜴系じゃろな」

「あーあれね、あれ群れてるから狩るには向かないんだよねー」

「こん車で近づきゃあ向こうから勝手に散ってくれるけな」

「それは……とても楽だな」

「ふん、俺ん自慢の一台やき」


 あの見つけた獲物は絶対に逃がさない砂蜥蜴が自分から逃げていくとなるとかなり高性能なモンスター避けが組み込まれているのか、それとも単にこの車の外見が物騒すぎるだけなのか。ともかくこれに乗って旅をすることができればものすごく便利だろう。いやもちろん仮定の話であり実際の僕らには最下級の馬車ですら手の届かない代物だが。

 ともかくしばらくするうちに機械の叫び声は少しずつ音量が小さくなっていき最後にはぷつっと音が止まった。数か距離かわからんが声の大きさがなんらかの情報を表していたらしい。……いやこれどういう機構なのだろうか。罠師の端くれとして普通に気になる。


 その後は何事もなく順調に車は進み、外壁が視界に映りだした頃におっちゃんがふと思い出したかのように問いかけてきた。


「そういやおまさんらは何ぞ夢とかあるんか?」


 特に思いつかなかったので『お先にどうぞお前が先に言え』という思いを込めて相棒の方を見る。同質の視線がぶつかりあって火花を散らした。


「特にこれっちゅう理由があるわけでもないみたいやき……そいならなんかを目指してみるっちゅうのはどうや? なんかを目標にして見る世界はちょいと色が変わる……そいな気がするんやき」


───

─────


 おっちゃんと門の外で別れた二人の旅人が、大真面目な顔をして歩いている。


「……お前は何か思いついたか?」

「いやなんにも。でもまあ『目標を見つける』っていう目標があっちゃいけないとは思えないんだよね私」

「それはただの逃げだろ、僕はきちんと目標に向き合って世界を見つめてるから」

「受け売りの言い回しばっかだけどちゃんと独自の世界見えてます?」

「もちろんちゃんと見えてるぞ、それはもうくっきりと」


 まあどんな目標なのかはこいつに言ったらどう煽られるか分かったもんじゃないので言えるはずないが。


「言えないってことはどうせ大した夢でもないんでしょ、そのうち私が世界を股にかけるでっかい夢を見てやるから今のうちに覚悟しておくんだね!」


 別にいいだろ小さい夢でも。

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デイブレイク・トラベラーズ 短編集 紙瀞もよぎ @meiry_mugwort

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