2話:蕾の香りのアイロニー(覇皇暦1909年冬節2期4日)

「もし、そこのお二人さん。良かったらわたくしと一緒にお茶でもいかがですか?」

 真っな花が咲き並ぶ丘から、黒橡のローブにくるまれた幼女がひょこっと飛び出してきた。濃密な死気を纏うその姿は、生者を妬み命を嫉むまさしく恐怖の象徴、死霊。寿命という運命を覆した超越者が、ゆったりとした笑みをたたえていた。

 圧倒的強者からの問いかけ、普通に考えれば一つ応対を間違えれば死にかねないような状況でも貰えるものがあるならばとりあえず貰っておく図太い神経の持ち主がここに二人。

「お、ではお言葉に甘えて」

「お代はオッフレ持ちねー」

「あ、私の自家製なのでお代は別に……ってそうじゃなく」

 幼女の深い水底の色をした眼が呆れて丸まる。いや割と無難な返答だったと思うのだが。

「……普通の人間は死霊に話しかけられてそこまで冷静な応対はできないものなのですが」

「慣れだな」

「死気が凄い割には殺気が出てなかったから大丈夫かなーと」

「ご、豪胆すぎる……!」


───

─────


「うっわおいしそ……!」

「風味が染み出して来るともっとおいしくなるのでもうちょっと待っててくださいね」

 こぽぽ、と鍋の中で薄紅に染まった牛乳が躍る。甘く柔らかな香りがちんまりとした小屋いっぱいに満ちる。


 幼女がもう何百何千年と過ごしているという小屋の中は、不死者にありがちな有り余る時間を活かした収集癖の結果か、それはもう多種多様な物が散らばっていた。

 やけに威圧感を放つ動物の面に大型魔獣の装甲格、真っ二つに割れた木の棒のような何の役に立つのか分からない物まで。価値も大きさも異なる様々な物が同列に転がっている様子にはむしろ美しさすら感じる。

「あ、気になります? やっぱり片づけしといた方が良かったですか?」

 と、床でのたうち回っている蠕虫を眺めていたタイミングで幼女が鍋をかき混ぜながらこちらに問いかけてきた。

「あー、そういう訳ではなく、なぜこんなに色々な物があるのかを考えていただけだ」

「それ私も気になる! なんか思い出とかあったりしないの? そうだね……そこにかかってる鍵とか! 何かありそうじゃん!」

「あー、あれですか」

 フューシェが指差したのは壁に掛かっている小さな小さな金色の鍵だった。いや本当に小さいな、風が吹いたりしたら飛ばされるんじゃないだろうか。

 ゆっくりとヘラを動かしながら幼女が懐かしそうに目を細める。

「それですね、何の鍵か分からないんです。昔仲良くしてた人が見つけた物なんですけど、ピッタリはまる錠が見つからなくて……」

 一回旧皇国の宝物庫も見せてもらったんですけどね、となかなかやばいことを何気ない口調でのたまう幼女。

「あの子、よぼよぼになってもこの鍵が何なのか知りたいーって……結局最期まで鍵について探ってましたね」

 一瞬だけ何かを悔やむような目をした幼女は、しかしすぐにゆったりとした笑みを浮かべ手を打った。

「はい、わたくし特製のお茶でございます。冷めないうちにどうぞ召し上がれ」


───

─────


「……オッフレはさ」

 幼女の小屋を出てしばらくの後、珍しく静かな声音で少女が呼びかけてきた。

「オッフレは、もし自分が不死種になったとして、私のこといつまで覚えててくれる?」

「なんだその質問は、重い女は嫌われるぞ」

「いいから答えて」

 今にも消えてしまいそうな小さな声だ。全く、今日は一体何を共感したんだこいつは。この状態の少女を煽ると酷い目に合うということを男は以前全力腹パンと引き替えに学んだので、とりあえず今の痛みを避けるため適当な本音を言っておく。

「一生忘れないよ。こんな濃い時間を忘れられるとは僕には思えないね」

「……ふーん? 一生忘れないって結構重いね、重い男も嫌われるよ?」

「生憎嫌われるのには慣れていてな」

「じゃあ私一人が新しく嫌ったところで特にダメージはないはずだね、うっわ感情重くない?」

「重いのと重いのだからいい感じにバランス取れてるな」

「いやー私はまだ花の14歳だからね、軽い軽い」

「物理的な重さの話はしてないしそもそもお前そんな軽くないだろ」

「あ?」

 結局腹パンされた。解せぬ。

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