Epilogue…EVE
台風一過の空はピーカンだった。
……ピーカンは死語かもしれない。熱でボーッとしている頭を首の上に乗せて、フラフラとバランスを取りながらオレは戸を引いた。ガラガラと鼓膜を振動させる音がえらく煩い、いつもはたいして気にならないその音も今は妙に頭に響く。ウルセエ。
というのも、昨日嵐の中を無情な衣琉に追い立てられて、家まで自転車で走って帰らなければならなかった所為だ。元々ミッションの所為で風邪気味だったオレは、なんとか家に帰りつき風呂で温まったが、ここに来てとうとう本格的に風邪をひいてしまったらしい。頭がボーッとしてつらいし、ハナミズもとまらない。これからは中等部最後の運動奨励会もあって応援団は大忙しだっていうのに、その長であるこのオレが風邪などひいてはいられないというのに……くそ、衣琉のヤツ後でシメる。
「あれ、ナルナルどーしたのぉ? 顔色悪くてフラリンコにフラメンコしてるよぉ?」
「うを!?」
ヒトの自転車の前で滋畄と一緒に早々と陣取っている衣琉に突然そう声をかけられてオレは叫ぶ。その自分の叫びも頭に響いてキツイ。アホか。
「なになに? 風邪ひいてるの? 夏風邪はお馬鹿さんがひくんだってねぇ、やっぱりお馬鹿さんだったんだぁナルナルぅ?」
「だからナルナルはやめろって……大体誰の所為で風邪ひいたと思ってんだ、お前があんな雨風の中オレを追い出したせいだろーがっ」
「だってそんなでかい図体で家にいられると体積取られちゃって邪魔くさいんだもん……空間は有効活用した方がイイって、お昼のバラエティー番組お部屋リフォーム企画の先生方や断捨離を勧めるスパルタ講師の方々は口をそろえて仰ってるじゃないのぉ? ねぇ滋兄?」
「…………」
「いや、寝てるから訊いても無意味だぞ?」
「ほら、滋兄も邪魔だって」
「いやなんにも言ってねぇって!」
そうこうとコントを続けながら、オレはいつものように滋畄をおぶ紐で背中に固定する。自転車にまたがり、一番重い第一回目のペダルこぎに乗ればあとは成行き任せだ。
「————ねぇナルナル?」
「あー?」
「黄金聖書の時の、さ」
「ああ?」
「イヴの原罪、考えたんだぁ」
「ほー」
「あのね、イヴはもしかしたらアダムしかいないからアダム以外愛せなかったんじゃないかって思ったよ。もしもほかに誰かがいたら、イヴはその人を愛したかもしれない。事実アダムはリリスがいなくなった後、すぐイヴに出会って子作りしてる。煩悩の塊だね。でもリリスが僕たちの祖先だったりしたら――そしたら僕達はもっと違う生物になっていたのかもしれないよね」
「だな」
「そしたらさ、そしたらさ? 僕達ってやっぱりさ、イヴの罪を背負ってるのかな……って思わない?」
「……なんでそーなるんだ?」
「だってね、そーでしょ? そーなるよ。誰もいないから仕方なく愛した者同士の子供だもん。愛を理解できるのは人間だけだって高尚ぶってる人達って少なからずいるらしいんだけれどさ、そう考えると僕達って、本当は愛っていう、なんかよく解らないけれど大好き、ってモノからは一番程遠いものになるよね?」
「——さぁ……オレはイヴじゃないからわからん」
「でもね、そうなると思うん——だっ!」
いつものカーブで宙を舞うキックボード。アスファルトに黒くあとをつけるタイヤ。跳ねあがる痩躯。
「そうだとしたら、どうする? ナルナル」
猫の虹彩をたたえた瞳はオレを見て挑戦的にも縋るようにも思える、不安定で不確定な色をした。
愛ってのがなんなのか解らない、そんな証である自分達の存在の意味もわからない。
だから、それを見つけるためにヒトは歩かされる。
じゃあ結局オレ達の元になった愛ってなんだ? それが見つかるのはいつなんだ? 見つかりもしないうちにまた自分の分身を造って結局…同じ道を強制する。
結局、幻想染みたモノを求めて。
じゃあその、幻想はなんなの?
『お父さん』と『お母さん』の間に生まれて、様々な諍いを起こし、
今『僕』を乱すものの正体って——結局なんなの?
らしくないカオに瞬間虚を突かれた気分になりながらも、オレは見え出した学校へと意識を戻す。ペダルをこぐ力は最高速度をキープさせて。
ラストスパートの直線。顔なじみの遅刻点検係。
眠りっぱなしの滋畄の様子を見て、衣琉にスピードアップを促す。
目だけで見る。
「神様ってヤツの横っ面蹴飛ばして、恋人をよこせとでも言ってやるよ!」
「————おめでとう破戒者クン」
チャイムが鳴った。点検が始まる。
今日の駆け込みもどうにか成功し、ブレーキの音と砂埃がすべてを覆った。
「そういや衣琉、お前一体どんなドジ踏んで向こうに見つかったんだ?」
「あ、お腹が鳴っちゃったの。かなりダイナミックに」
「……万死値?」
HOMESICK ぜろ @illness24
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