第五百二十話 工作

朽木谷


「ほおこれはえらいええ上布やな」


「お喜び頂き恐縮で御座います」


 青苧の上布をはじめとする様々な献上品が並べられている。


「これはなにか褒美をやらなあかんな。管領、なにか善いものはないか」


「どうでしょうな。酒椿斎(直江親綱)とやら、なにか望む物はあるか」


「しからば古河公方を倒し、関東管領を越後に追いやった阿曽沼めの討伐の御諚を賜りたく」


「官位ではないのか。まあそれくらいなら良いのでは無いか?」


 酒椿斎の願い出に足利義晴は首肯するものの、細川澄元との戦で阿曽沼から支援を受けていた管領細川高国は渋い顔をする。


「しかし幕府への献金では阿曽沼が最も多く」


「そうなのか?」


「伊勢守(伊勢貞忠)、そうであったな」


「管領殿の言うとおりでございますな。しかし年々減ってきてもおりまする」


 古河を倒してから徐々に寄付額を減じているという政所執事からの説明で、再び管領細川高国の表情が険しくなる。


「阿曽沼めは大樹の威光を利用するだけ利用してやっていることは大樹や幕府に楯突き、あわよくば幕府を我が物としようとしているに相違いありませぬ。ここで討たねば討たれるのは大樹でございましょう」


 そう言うと今度は足利義晴が渋い顔になり、評定衆は口を揃えてそのおそれが高いと叫ぶ。これまでは幕府の財政、とりわけ管領細川高国を支えていたこともあり表立って意見することが難しかった。しかし財政援助が減ってきたこと、高国の専横に足利義晴も含めて少々鼻についてきていたことから今回の長尾家からの提案を受け入れてもいいのではとの声が大きくなる。


「し、しかし大樹、すでに陸奥は奥羽だけでなく関東の半分までもその手にしております。それに堺公方のこともございます。ここは穏便に事を運ぶべきかと」


「管領殿は阿曽沼から色々と貰っているようですからそう仰るのも無理からぬこと。しかし先程も申しました通りのらりくらりとしていては手を付けられなくなりましょう。永享の戦と申しませばその後は不吉なものではございますが、大樹と幕府の威厳を確固たるものにするかと存じまする」


「普広院殿(足利義教)の最期は確かに不吉ではございますが、幕府の威厳を示すにこれ以上のものはございますまい!」


 という評定衆の一言に足利義晴は決心したような顔をする。


「た、大樹、お考えを改めなさいませ!まずは京を取り返し堺公方を討たねば軍を興したその後ろを討たれまする!それに軍を興すとしてそんな費えはございませぬぞ」


「管領殿、そこで我らに命じていただければよいのです。阿曽沼を討てと。大樹の御諚があればそれすなわち大樹の軍でございまする」


「しかしだ!」


 細川高国が言葉をつなごうとするも足利義晴が手で制す。


「管領の言うこともよう分かる。しかし酒椿斎の言う事もよう分かった。話を聞くに陸奥は余や幕府を軽んじているのは明白であろう。故に阿曽沼討伐の文を用意するのと合わせて東国の者たちに阿曽沼追討するよう申し付けようぞ」


「誠有り難く存じまする」


「では管領よ……おや管領はどこに行った」


「なんでも腹が痛くなったと厠に」


 しかしその後管領細川高国を見たものはいなかった。



京 内裏


「うぅむ、大樹から阿曽沼討伐の綸旨をよこせと言ってきておる」


「大樹を脅かすものであるためすぐにでも対処すべしとな」


「鎌倉公方を打倒してますからなあ。大樹を切り倒すように見えるのもやむなきかと」


「しかし今の我らは阿曽沼の援助無くしては……」


 四条隆益が反論するも九条尚経に睨まれ押し黙る。


「九条はん、そう睨みなさるな。今の朝廷の費えの多くは阿曽沼から出されたものなのはご存知でしょう」


「ふん、同じくらい幕府からも出ているだろう」


「その幕府への献上も阿曽沼が一番多いのはご存じないのか」


「近衛はんは銭がお好きなようやな」


「費えがなくば主上の即位の礼もできませぬぞ。そもそも即位の礼を行う費えを阿曽沼に出してもらうことに難儀を示したのも九条はんやおまへんか」


「ふん、阿曽沼だけに出させては他の家の面目が立たぬであろう。長者になったというのにそんな事もわからぬか」


「そんなことは理解っとります!せやさかい九条はんの意を汲んで諸国諸家に費えを出すよう遣いを出しておりますやろ」


 九条尚経の煽りに近衛稙家がのせられる。


「はいはい植家も九条はんもそうかっかせんと。あてらが幕府に口を差し挟まぬ代わりに幕府が朝議や祭の費えを出すはずがすっかり滞っとる」


 言い合いがヒートアップしそうなところで近衛尚通が口を挟む。


「だから前例のない令外官たる領事なる役職の新設を認めたであろう。それとも近衛は阿曽沼の臣にでも成り下がるというのか?」


「はぁ、口さがないのう。なんにしても主上を武家の争いに巻き込ませるのは罷り成りまへん。如何してもというなら九条の名で奉書なり直状なり出せばよろしい」


「そしたらそうさせて貰うわ。ほなさいなら」


 そう言って九条が立ち、続いて公家のうち何人かが着いていく。


「二条はんはええんか?」


 九条の分家である一条は九条に付いていったが二条は残っていた。


「主上に累が及ばないようにというのはよう分かります。九条はんには悪いけどあても阿曽沼とは繋がりが欲しいさかいな。なにより朽木谷に逼塞しとるような公方が陸奥に勝てるはずがあらしまへんえ」


 ほほほのほと言って二条も内裏を後にした。

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