第四百五十四話 売るための市場が欲しい

鍋倉城 阿曽沼遠野太郎親郷


 あの後雪は次男である米次郎、米がよく採れたので、が産まれたのでこれで世継ぎ問題は安泰だろう。


 ようやく三本松城の整備ができたとの報告が来た。これから物資の集積などを行うため会津征伐は雪が溶けてからになるだろう。


 時間の猶予を得られたおかげで練兵がまた育ち、相馬との戦で若干の消耗は有ったものの概ね三千の精兵ができたわけだ。新兵と中堅を混ぜて練度を均一化し新兵に実戦経験者の雰囲気に慣れさせる。


 それはそうと兵らに着せる軍服の生地を調達すべく紙の生産を増やして、海参威はいさんわい(ウラジオストク)に持ち込んでいる。上方に持ち込んでも座が邪魔で仕方がないし、比叡山には邪魔をされるし、布地は明から仕入れたほうが安いと言うことで海参威で商売をしている。あとは琉球や広州でも商売が出来るようになったので余り上方を重視しなくても良くなったというのもある。それにこの時代としては破格の生産量の紙ではあるが、巨大な明の紙市場を飽和させるほどではなかろうしな。


 それに院内いんない銀山(現秋田県南部)も安定稼働しているお陰で明での支払いにも問題が無い。


「それでももし足りなくなるようなら大英帝国の真似でもするか」


「産業革命ね」


「糸や布を大量に作れるようになれば民にも大きな利があるからな」


「それであの羊と言う畜を増やしているのですね」


 お腹が大きくなってきた藤子は俺たちが前世、この時代から見れば未来の知識を持っていることがバレてしまったのでこうして俺たちの会話に参加するようになった。勿論国内の歴史に影響しそうなところはごまかしているが。


「あれの毛を使った服は暖かかろう?」


「はい。父に文で自慢してあげましたわ」


 それでウールの反物を寄越せと文が来てたのか。


「あれをたくさん作るのはいいのだが上方で売れるようにしていただかなければ増やすことも出来ぬと返事をしておいたぞ」


 ウールの座が出来るのも時間の問題だろうし、他の布類の座が黙っていないだろうしな。ただまあ売りさばくための市場が無いんだよな。市場が無ければいくら物を作ろうと利益を吸い上げることが出来ない。明に持っていっても良いが解禁で追い出されるかもしれないから、市場獲得のためにも早く統一しなければならなくなるわけだ。そしていずれは海外領土も。そのためにはインフラの整備と各種技術の発展が必要でその技術の発展のために学問の進歩が必要でとまあ気長にやるしかないか。


 そして清之からの知らせで、亀王丸が足利義晴を名乗り従五位下となったそうだ。とはいえ十一歳だというから実権は管領など幕臣が掌握しているのだろうが。


「次の大樹はまともだといいな」


「先代は直前になって堺に出奔するなんて何を考えておられたのかしら。父もお上が未だに怒ってて困ると……」


「そこは新しい大樹に期待するしか無いな」


「できれば足利に変わる大樹が欲しいとも」


 藤子への文にそう書いたということは少なくとも近衛や周辺には期待されているのだろう。


 これ以上ここにいても何時上洛するのかと聞かれかねないので、庭に出てみると孫四郎と鞠が駆けている。


「あ、ちちうえ!」


「とうしゃまー」


「孫四郎、今日は学校ではないのか?」


「きょうはお休みです」


 そうだったか。一応五日働いたら一日休むよう通達していたからその関係かな。


「ちちうえ!弓をおしえて下さい!」


「そうだな。そろそろ孫四郎に弓や刀を教えねばならぬな」


 そう言って弓を持ってこさせて弓場に行くと雪もついてきた。


「じゃあまず父が見本を見せる故、しっかり見ているように」


 諸肌を出して弓を番え、引き絞り、放つと数瞬後、的が割れ落ちる。


「まあまあだな」


「相変わらず馬鹿力ね」


「そうか?これくらい普通だろう」


「普通って何かしら?これ三人張りでしょ?」


「何いってんだ。武士ならこれくらい普通だぞ」


「いや前線に出ないくせに弓ばっかりやってるから周りの倍くらいの強さでしょ」


 いくら前線に出ないとは言え弓の訓練は絶やしてはいけないのだからこれくらい引けて当然だろう。これより弱い弓を使っていた源義経は弱弓がバレたら恥ずかしいとか言って弓を拾いに海に飛び込んだくらいだし。


「鉄砲もあるのに鉄砲はあんまり使わないし」


「だって暴発の恐れがあるから使っちゃいけないって……」


 俺だって鉄砲撃ちたいよ。一応専用の十匁筒はあるけれど弓ほど気軽に撃てないんだよなあ。


「それはともかくだ。孫四郎もいずれこれくらい引けるようでなければいかん」


「はい!」


「いい返事だ。では体格に合わせた弓を作ってやらねばな」


 とりあえず子供の頃に俺が使っていた滑車弓を渡して引かせてみる。残念ながら矢は明後日の方向に飛んでいってしまったがすっかり気に入った様子で繰り返し弓を射始める。


 翌日筋肉痛を訴えてきたが構わず構えさせる。


「当たり前だ。身体が慣れるまでは痛いものだから痛くなくなるまでしっかり鍛錬しろ」


 痛いのは力の入れ方が良くないからだろう。


「ははうえ……」


「そうね。武家なのだから痛いくらいで音を上げてはなりません」


 米次郎を抱く雪にもピシャリと諭されてしまい孫四郎は涙目で鍛錬せざるを得なかった。

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