第三百九十六話 海鳥を追いかけて
青ヶ島から南方の海上
「カシラァ、随分暑いんですが」
「いやあ暑いな……」
青ヶ島から少し海流に流されながら南下してきたが島影らしきものは見当たらない。それにしても北緯三十度か……まずまず南洋に差し掛かってきたようだと航海日誌を見ながらそう思う。
「カシラァ!東にあまりよくなさそうな雲がありまぁす!」
言われてみてみると確かにでかい雲の塊が見える。
「南風が強く吹いているのはあの雲のせいかも知れんな。進路このまま!やりすごすぞ!」
「カシラァ!なんか鳥が飛んできまぁす!」
見ると雲の方から大きな鳥が飛んでくる。カモメやウミネコとは違う……もしかしてアホウドリか?夏のベーリング海で見たこと有るがここからでは判別が難しい。しかしもしアホウドリとなれば追っていけば鳥島にたどり着くかも知れないが、あの雲の中に飛び込むのは危険だな。
「鳥の飛んでいった方向になんかしら陸があるはずだが」
「あの雲に向かっていくのは御免ですぜ?」
「そうだな。ここでも時折強い風が吹くからな、野分かそこらかもしれん。残念だが鳥は追わずにこのまままっすぐ進んでまた考えよう」
その後さらに二日ほど南下を続けるも島影一つ見当たらない。
「なあ船長さんよ島どころか鳥の一羽も飛んでねえんだが」
「そうだなこのまま南に向かっていくのも悪くないがなあ」
「カシラ、ここは行けるところまで行きましょうぜ!」
「いやいやそろそろ帰りてぇよ」
だいぶなんかしてきたからかホームシックになっている船員達もいる。無理して行くことも出来るがそうなると今後の航海に影響が出るかもしれない。
「分かった。今日一日このままの進路で何も見つからなかったら引き返そう」
その後も雲を避けつつなるべく南に進路を取った。青ヶ島から緯度にして約六度の差だから概算で六百キロほど南下したようだが島影は見えない。
「カシラァ!東に鳥の群れが見えまぁす!」
黒い鳥のようなものが確かに見える。
「鳥の方向に雲などはないか!?」
「ありませぇん!」
「であれば回頭して鳥を追うぞ!」
「合点!」
船員たちが慌ただしく各帆に取り付き操作して、鳥と思われる群れに向かって針路を取る。
「てめぇら!島影を見落とすんじゃねぇぞ!」
副長が声を張り上げる。
そこから約半日、暗くなって来たところで島と思しきものが見えたと報告が入る。
「よし、明日明るくなったらもう少し近づいてみよう。今日は皆休むように」
そうして休んでいると、夜中に轟音が鳴り響く。
「どうしたぁ!」
「う、海から火柱が上がったと!」
生憎の新月で噴煙が上がっているのかどうかもわからない。
「むう音がした方向に船を向けろ」
「なぜですか?」
「波が来るかもしれん」
火山噴火による波が、洋上でどれほどになるかはわからんが備えていたほうがいいだろう。その夜は若干船の揺れが激しかったようにも思うが時化ほどにはならなかった。
夜が明けて改めて音のした方に目を向けると噴煙が空高く伸びている。
「ありゃあ火の島ですなあ」
「そのようだな。鳥もあそこから来たのかも知れぬな」
火山の南側を進んでいくとはっきりと見えるが、やはり海底火山の噴火のようだ。辺り一面が噴煙に覆われていて陸地があるのかはわからない。
「陸に上がれるかと思ったが残念だな」
「どうします?鳥たちは東の方に逃げているようですが」
「追いかけよう」
もしもっと近づいていたらどうなっていただろうな。とりあえず針路はそのまま東に向いて鳥を追いかけていく。
また一日が過ぎて日が昇ってきたところで南に大きな島影を見つけたと知らせを受ける。
「どうやら島がいくつか集まっているようです」
「ではその中で一番大きな島に上陸しよう」
北から時計回りに島々の周りを移動しているが船の類はなく、火の気もないことからどうやら無人島のようだ。その中で西側に開けた湾が見えてくる。
「あの入江は波が少なそうでぇす!」
ということで湾に入っていくとなるほどかなり静かな湾のようで避難港にも良さそうだ。ここに貯炭場を置けば遠洋航海の足掛かりにもなりそうだ。
「人は……住んでいなさそうだな」
「そのようですな」
「結構広い島であるし、今後我らの航海において重要な湊にはなりそうだからいくらか人を置きたいな」
奥州に戻ったら殿に許可を貰わねばな。そう思いつつ何班かの探索隊を編成して島を調べていく。全体に地形は険しく小さな沢がいくつか有るだけかと思っていたが島の南側に比較的大きな川が流れていた。
「それは助かった。これで水の心配はせずに済む」
報告を聞いていると俄に空が曇って桶をひっくり返したような激しい雨が降り始める。慌てて森の中に逃げ込んだと思ったら打って変わって晴れてくる。
「なんだ?変な天気ですな」
「時雨のようだな」
「そうですなあ。さながら夏時雨とでも呼びましょうか」
「お、今日の副長は随分と教養がお有りですね」
茶化すように皆が囃す。
「あたりめぇだ。頭の居ねえときは俺様が阿曽沼の代表なんだからよ」
呵々と副長が笑うと皆もつられて笑う。陸に上がったおかげで皆の気持ちに余裕が出たようだな。
「おおーい、お頭ぁ!魚を採ってきたぜぇ!」
人の体よりも大きな魚、というかエイを引きずって潮が浜を上がってくる。
「こりゃあ縁起が良いな!」
エイだけにエエってね。気をつけて棘のある尾を切り落とし、続いて鰭を切り、腹を開いて肝を取り出し味噌煮にする。白身魚の旨味が味噌とよく合う。
かなり大きなエイなので食べきれない。残ったものは一夜干しにしていく。
「もう二、三匹獲れれば余裕も出るのだがな」
ただこの後は獲れなかったので最初の一回は海の神様の褒美だったのだろうと思うことにした。
「水は積み終わったな?」
「へい!食い物も問題有りやせん!」
「よし、では大槌に帰るか」
錨を上げて船を出す。まず北に向かうと先程の島より小さな島が見える。山はなく川がなさそうなので発見した地点を記しただけで通り過ぎる。
半月余り北上を続けていくと北海道が見えてくる。
「はぁ広い土地だなぁ、あそこが大槌って所か?」
「いやあそこは北海道、ああわかりやすく言うなら蝦夷ヶ島だ」
どうやら少し東に流されていたようだ。十勝大津に船をつけて羽根を伸ばし、徐々に開拓が進んで今回移出出来るまで増えた麦を満載して大槌に帰り着いた。
「ここが俺たち海軍の根拠地、山田だ」
鏡のような山田湾に滑り込むと、海軍の艦艇や造船所から引き出されてきた船などが所狭しと並んでいる。
「すげぇ……」
どうやら蒸気船の二番艦が進水し、公試を始めたようでもくもくと黒煙が空に登っていた。
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