第三百八十六話 小野寺との開戦前夜

 そろそろ収穫が終わりに近付き出陣の準備をしていたある日、羅坊が訪ねてきた。正直すっかり忘れていた。


「遅くなりまして申し訳ございません」


「いや構わぬ。それで真鍮はできたのか?」


「は、鍮石ちゅうしゃくの手配と精錬に時間がかかりましたが、ご覧いただきたく」


 そう言って小箱を差し出してくる。桃花が受け取り、箱を開けると確かに五円玉みたいな色の金属が出てくる。


「これはなかなか」


「陸奥守様のお目に適いましたでしょうか」


「うむ、これならばよかろう」


「では召し抱えていただくというお約束は」


「もちろんだ。それでこの真鍮はどれくらい作れる?」


 船に使いたいということだったから、結構大量に必要なんだよな。しかしこの時代は亜鉛とは言わずに鍮石というのか。いつから亜鉛と言うようになったんだろうな。


「生憎と陸奥守様の領では銅はありますが鍮石、あぁ明では倭鉛と申しますものが有りませんので」


「倭鉛?どういう意味だ」


「鉛に似ているが火で簡単に燃えてしまう激しい性質から倭寇に因んでそう呼んでいるようです」


 ああなるほどな。


「倭寇はそれだけ激しいのはわかったが、日ノ本としては良い名前ではない。鉛に似た別の金物と言うなら亜鉛とでも言えばよかろう」


「ほ、そうですな!ではこれより亜鉛といたしまする」


 俺の一言で金属の名前が変わるのはどうかと思うけど許してもらおう。


「亜鉛な、銅や鉛などと一緒に出てくるのだったな?」


「さ、流石は陸奥守様でございますな。よくご存知で」


「住友には俺から文を書くからまずは田老の銅山を調べてくれ」


 住友は畿内に居たから真鍮の価値を理解しているだろう。上手くこの羅坊を使ってほしい。


「ちなみに亜鉛はどのように精錬するのだ?」


「それは……」


「まあただで教えろとは言っていない。これを読んでくれ」


 いつか真鍮ができたときのために作ってあった紙だ。


「拝読いたします。っ!これは!?」


 真鍮の製造に関する特別許可状だ。


「これから貴様が死ぬまでの間、真鍮を作れば一貫目につき五十文を貴様に支払わねばならんとするものだ」


 要は特許料が発生しますというやつだな。一貫目で五十文はやすいようにも思うが今後大量に必要になるからな。


「ありがとうございます」


「うむ、これの原本は東禅寺で保管する。写しを当家と貴様がそれぞれ保管するというものだがよいか?」


「は、私からは特に申し上げることは……あ、この別に十文を阿曽沼家が税として徴収するとは?」


「今後この様な証文がふえるとなれば東禅寺も当家も蔵を増やし、管理するためのものを雇わねばならぬからな」


 十文は東禅寺と折半して保管料になるわけだ。たくさん作られれば作られるほど蔵の銭も増えるわけで東禅寺も二つ返事で賛同してくれたわ。


「つまり私以外が作る場合は一貫目作るたびに六十文を余計に支払い、私は五十文を受け取ることが出来るということですな」


「そういうことだ」


「領外の者が作った場合はどうなるのでしょう?」


「後ほど回収するさ」


 出羽を得ればそれが大言壮語の類ではなくなるからな。


「ははっ……陸奥守様は誠に頼もしいお方ですね」



横手城 小野寺中宮亮雅道


 阿曽沼が兵を興すとの報せを受けて、主だった将が集まった。


「殿、ここは稲庭城に下がって待ち構えるのがよろしかろうかと」


「いやいやそんなことしたとて攻め滅ぼされるのがいくらか遅くなるだけではないか!」


「そもそも最上は探題のくせに援軍を寄越さぬとはどういう了見か!」


 家臣共が喧々囂々としている。


「喧しいわ!」


 一喝すると皆黙る。


「し、しかし殿!」


「稲庭城へ下がるぞ」


「お、お待ちくだされ!阿曽沼は四千ほどと聞いております。籠城して羽州探題が来るのを待てば、いえ雪が降るまでこらえれば阿曽沼は兵を引きますでしょう」


 普通の家ならそうだろうな。


「阿曽沼には大砲がある。あれを打ち込まれてはたとえ城にこもろうと城がまず無くなるわ」


 なかなか当たるものでは無いようだが、それでも当たれば簡単に塀や壁を突き破ってくる。それでは籠城も何もあったものでは無い。


「それではどうなさるのですか。稲庭城はこの城より小さいのですぞ」


「しかしあの大砲はずいぶん重いようだからな、我らが下がれば騎馬や足軽が追いかけても大砲はそうはいくまい」


「な、なるほど」


「それに成瀬川などいくつか川が流れておるから渡河するところを攻めれば阿曽沼といえどそうそう負けぬだろう」


「もしそれでも負けるようなときは……」


「そのときは落ち延びて考えれば良い」


 そして甲冑を着たままの道秀が西馬音内にしもないの首を下げて入ってくる。


「手間をかけたな」


「なに、良いってことよ兄上。それよりも阿曽沼に内応しておるというのは本当だったようだぞ」


「これで憂いは絶てたな!では皆急ぎ逃げるぞ!道秀、もう一仕事頼まれてくれるか?」


「なんだ?」


「阿曽沼の大砲が本隊と離れたら襲ってくれ」


「へっ、そりゃまた面白そうだな。いいぜ」


 このやりとりに数で劣ろうとも阿曽沼を倒せると各々確信したようで、皆獰猛な良い表情をして戦支度に向かった。


「まあそれでも勝てぬだろうがな。そのときは京に居る稙道に仇を取って貰うか」

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