第二百九十二話 斯波大乱 弐
高水寺城 斯波千春
孫三郞が視察に行くと言ってからすでに十日あまりが経ちましたが帰ってくる気配はありません。
「孫三郞はまだ視察をしておるのか?」
「はい、手のものに寄りますと先日花巻城に入り、いまは亀が森城に向かっておられるとのことです」
「そうですか」
しっかり見回りに言っているのは領主として大変良いことです。
「それよりも、まもなく田植えも終わります」
それはつまり戦が始まるということでしょう。
「わかりました。阿曽沼は兵を出すのでしょう?」
「はい。我が方が兵を挙げれば呼応して出兵すると」
あちらには九戸が付いたと言いますが、不来方に攻め入ってくる様な者を取り込んでどうなるというのでしょう。
「阿曽沼はまずどう動くでしょうか」
「おそらくは若様が落としました稗貫郡の城を落として回るかと」
「ますます阿曽沼は大きくなるのですね」
「やむを得ないかと。まずは家中をまとめるしかございません」
聞けば岩清水館を作り変えるためかなり激しく民草を集め昼夜を分かたず普請しているとか。
「今はまだ孫三郎の準備も終えておらぬでしょう。すぐに兵を出しなさい。これ以上孫三郎に民を虐げさせぬようにせねばなりません」
「では支度もありますので五日後に兵を挙げると致します」
「頼みます」
稲藤大炊助が部屋を出ていく。鎧はありませんが私が大将となり兵を率いることになるかもしれませんね。
「ははうえ?」
「熊千代は案ずることありません。きっと良いように致しましょう」
◇
鍋倉城 阿曽沼遠野太郎親郷
「殿!大殿もこちらでございましたか」
父上と政で話をしているところに清之がやってきた。
「清之どうした?」
「今しがた高水寺城からご使者が到着なさりました」
ついに始まるか。
「すぐに書院にお通ししてくれ」
清之にそう言い、書院に向かう。書院に入る前に下人に湯を持ってくるよう言付ける。上座に俺と父上が座り、しばらくすると使者が入ってくる。俺達が上座に居ることをみて使者の眉が動くがこちらが援軍を出すし、石高ではすでに逆転しているのだから構わんだろう。
「高水寺斯波氏が臣、見前(みるまえ)若狭守である」
「これはこれは、お疲れでしょう。湯を用意しておりますので召し上がられよ。それにしましてもご使者が来られたということはいよいよでござるか」
湯には手を伸ばさず見前若狭とやらが言葉を繋ぐ。
「五日後に兵を挙げるので、約定を違わぬように知らせに来たのだ」
「承知いたした。では約定どおり」
「ところで此度の戦で鉄砲や大砲とやらは使うのか?」
「その予定ですが」
「いくらか我らにもよこしてくれぬかと思ってな」
「生憎と余裕がありませんので」
大砲は本当に余裕が無いからな。鉄砲は分業体制と鍛冶が慣れてきたので年五十丁を超えて作れるようにはなってきたが他家にやるわけが無いだろう。
「ふん、そうか」
「ところで、我らが落とした城は我らのものとして良いというのは真でしょうな?」
「当然であろう」
何を莫迦なと言うように鼻で笑いながら答えてくれる。まあ成り上がりの俺たちのことは鼻持ちならないと思っているのだろうな。
それだけ言うと見前若狭は席を立ち、すっかり冷めた湯呑をおいたまま城を後にした。
「あの様子では落とした城も返せと言って来そうですな」
「まあ言ってくるであろう。孫三郎側の支配下とはいえ斯波の城ではあるしな」
清之の言葉に父上が相槌をうつ。
「それと岩清水とやらの館がかなり堅固な城になるようなので、直接相対するのは得策ではありません」
「岩清水館を攻めないのか?」
「はい。孫三郎は大砲や鉄砲に備えた築城をしているようですのでこれを無理攻めしても当家に利はございません」
なんとかなるかもしれないけれど、こちらの利にならない攻囲はやりたくない。
「ではどうなさるのです?」
「うむ、まず兵は五百を見せ兵として二子城に置き、主に騎馬で撹乱に留める。そして五百を万一に備えて残し、千五百を大槌から久慈に向かい、久慈から九戸の本貫たる大名館を目指そうかと考えている」
俺の言葉に父上が腕を組んで考えている。
「久慈は大人しく通してくれると思うか?」
一応同盟を結んでいるので通してくれるとは思うのだけど。
「通してもらえないことがあるのでしょうか?」
「概ね大丈夫だとは思うが、万一ということもあるし、通達も無くいきなり行くわけにはいかんぞ」
「では使者を送りましょう」
「あらかじめ取り決めていたのでなければ、調整が付く前に戦が終わるわい」
領が大きくなって気持ちも大きくなりすぎていたかもしれない。
「で、では次善として花巻城、亀ヶ森、大迫を落として北上し不来方を目指すというのどうでしょう」
これなら久慈との連携不足でも問題は無い。
「それであれば高水寺への支援にも、九戸や一戸への牽制ともなろう」
それで援軍が見込めぬとなれば孫三郞側も士気が落ちるかもしれない。九戸を一気にたたけるかと思ったが俺のミスだな。
「ではそのように致します」
「うむ、それにこれは其方の初陣でもあるのだ。無理せず確実な戦をすれば良い」
「はい」
五日後に土沢城あるいは二子城に集まるように触れを出し、戦の支度を始めた。
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